紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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夜皇

「…もう戦って半日経ったぞ。」

 

…殴り合いに次ぐ殴り合い。外野がそうは言うほどには時間が経っていた。お互いのタフネスが邪魔をしてか、決着は中々つかないでいた。だが、勝敗は火を見るより明らか。

 

「ずるいねぇ…超再生能力…か。」

 

「吸血鬼の持って生まれた力だ。傷の完治など数秒で事足りる。」

 

無論、これにも弱点はあるのだが。

…だが、目の前の血だらけの星熊勇儀よりも余の方が軽症である。星熊勇儀は度重なる裂傷、及び打撲により肌から鮮血を垂らし、いくつかの青紫色の打撲傷も目立っていた。

 

「…ハァッ!!」

 

迫り来る殴打。しかし、最初のようなキレはない。見慣れた…というべきか。

 

それを霧になって躱し、背後へと出る。

 

空中から放つ回し蹴りに星熊勇儀は対応。クロスするもその身体は後ろへと滑っていく。

 

「どうした?さっきより弱くなっているぞ?酔いは覚めたんじゃなかったのか?」

 

「…おかしいんだよ。いつもより治りが悪い。」

 

「言い訳は敗者の特権だ。」

 

…難攻不落の星熊勇儀は息を吐きながら、構える。だがどうして、その身体は少し震えていた。常人なら死んでいてもおかしくないほどの裂傷。それを食らって立ってられるだけ化け物ではある。

 

現に余の口にはまだ自身の血の味が残っている。

 

「…構えよ。まだ宴は終わっておらぬ。」

 

「ふふふ…ハッハッハッ!!そうだねッ!!痛みなんてどうでもいいッ!!ここまで血が沸る相手は久しぶりだッ!!まだまだ行くよッ!!」

 

…雰囲気が変わった。

奥の手とやらを隠していたのか。燃え盛る炎の勢いがさらに増したかのよう。…水を得た魚か。星熊勇儀の姿が大きく見える。

 

「ハァッ!!」

 

迫り来る拳。

速度が以前と段違いだった。頬を掠め、血を垂らす。鋭利な刃物のような拳に体が自然と反応した。それが無ければ顔面にくらっていた。

 

ここで上がるか、面白い。

 

避けた反動を使い、回し蹴りを腰へと撃つ。

 

星熊勇儀はそれを跳んで後ろへと躱わす。

 

「…くっ。」

 

逃げれぬように距離を潰すが、星熊勇儀の選択は流星群のような殴打の数々だった。殴打間のスパンは先程とは比にならない程に短く、驟雨のようなそれは一度入れば抜け出すことは難しい。

 

手をクロスして受け止めるのが精一杯だ。

 

身が削れ、血を垂らす。

一張羅がめちゃくちゃだ。再生にも体力は使う。体力は無尽蔵ではない。尽きれば再生はできない。

 

「さぁさぁさぁッ!!抜け出してみなッ!!ガードしてるだけじゃ死ぬよッ!!」

 

「…。」

 

抜け出す方法ならある。

右の拳が捩じ込まれた瞬間、身体を霧にする。そうなれば虚しく拳は空を切るのみ。

 

「またそれかッ!!」

 

「使えるものはなんでも利用せねばな。」

 

距離を取ったものの、肌に血が滲んでいる。シューシューと音を立てて肉は再生していくが、それでも目に見えて再生速度が遅い。一日中戦うなど何年もしてないからな。

 

「…ほう。」

 

…そして、時間は宵闇へと差し掛かる。

視線の先に映るのは白銀に色づく満月。

 

「よそ見かいッ!!」

 

星熊勇儀との距離がゼロになる。

固められた拳は余の額を穿ち抜かんと迫り来る。しかし、それは触れる直前で止まった。

 

「…ッ!?」

 

奴の手首は我が手によって捕まれ、静止した。

星熊勇儀の顔が驚愕の色を示す。

 

「月は妖怪の力を極限まで高める。人間が月夜に外に出ないのはその為だ。凶暴化した妖怪を止められる者はそう多くはない。」

 

「何を…。」

 

「…吸血鬼は夜の王である。その妖怪の好む夜を統べるのだ。」

 

次に星熊勇儀が見た景色は地面。そのまま星熊勇儀は地面へと転ぶ。

 

投げられたことにすらも気づかない。だが、咄嗟に受け身を取ったのはさすがと言わざるを得ない。

 

「姉さんが…!?」

 

「…アイツ、目が赤い。いつもより…光ってるみたい。」

 

外野が五月蝿い。

…だが、気分は心地いい。

 

星熊勇儀が即座に構える。先ほどよりも息が上がっているのは意識外の攻撃に驚いているのだろう。

 

「強さとは狂気、強さとは欲望。月夜はそれを増幅させる。身に合わぬ強さは狂気を呼び、身を滅ぼす。…余はそれを制御した。」

 

「つまり…さっきよりも強いってことだね?」

 

「…汝の拳はもう当たることはない。」

 

「試してやろうかッ!!」

 

迫り来るのは先ほどの殴打の雨。

 

…しかし、遅い。さきほどよりもだ。星熊勇儀の体力が無くなってきたわけではないだろう。余の目が冴えてきたのだ。

 

「ぐっ!?」

 

その殴打の隙間を潜るように拳を入れる。

 

それは星熊勇儀の顎を撃ち抜いた。

 

星熊勇儀は距離を開け、ゆっくりと息を吐いた。

 

「動体視力の向上、再生能力の向上。満月は余を完璧にさせる。」

 

「…ッ!!」

 

次の瞬間、距離を潰し、星熊勇儀の腹部に右拳をねじ込む。

 

「ごふっ…。手を…抜いてたのか…?」

 

「何を。手など抜いては喧嘩ではない。」

 

腹を押さえ後ろずさりする星熊勇儀。その顔には先ほどはなかった汗が滲み出ていた。余裕が無くなってきたと言うべきであろう。

 

「夜の間だけ…強くなるってのかい。」

 

「先ほどからそう言っている。最も…満月の夜と新月の刻のみ…だがな。」

 

星熊勇儀の顔が険しくなる。

…出血に口からの吐血。おそらく今の一撃で臓腑まで届いただろう。それでも立ってられるのだから妖怪とは恐ろしい。

 

ただし、吐く息の周期が短い。発汗と体の震え。…タフネスの鬼でも相当なダメージだ。

 

「…久々だねぇ…。喧嘩で負けるってのも。…でも、悪くない。」

 

そう言うと星熊勇儀は仰向けに寝っ転がった。周りから心配の声が上がる。だが、星熊勇儀は誰も来させなかった。余がいたからか誰も来なかった。

 

「…負けるってことはまだ強くなれるってことさ。…アンタのおかげで自分の限界を知れたよ。…でも、今度は負けないさ。」

 

その隣に腰を下ろす。

星熊勇儀の清々しいまでの笑みは周りに慕われるのも納得できるほどだった。体力も余力もまだあったろうが、それでも完全敗北までは秒読みだった。余も戦い始めたのが夜からであったら。…負けていたろう。

 

もしなんて酔狂な言葉はこの世には存在せぬが、たった一つの何かが変われば運命など簡単に狂ってしまうのだ。

 

「…姐さんッ!!」

 

そんな我らに一人の若い男鬼が駆け寄って来る。その隣には射命丸文もだ。手には何故かタオルを持っていた。

 

「吸血鬼でも汗かくのね。」

 

「…どこで拾った。そのタオル。」

 

「そこの男の子が貸してくれたのよ。ほら、アンタ。汚いの嫌いでしょ。」

 

…別にそんなことはないが、好きというわけでもない。役に立つ女だ。

 

「姐さん。そんな傷だらけで。」

 

「ハッハッハッ!!…鬼童。悪いね。心配かけて。」

 

隣ではまだ若い男の鬼が星熊勇儀に白い手拭いを渡していた。鬼の心配そうな顔、そして、周りの表情を見るに星熊勇儀がここまで傷つくのは随分稀な話なのだろう。

 

「これは随分なお客様だ。」

 

…ガラガラとまた大きな門が開く。

星熊勇儀も鬼童と呼ばれた男も…そして我らも鬼たちもその声の主に目を向けた。…その声はうら若き乙女の声…いや、完全に幼女の声であった。

 

そこに立っていたのはツノに紅を塗った桜柄の着物を着た子どもであった。

 

「ウチの勇儀相手にここまでやるとは。旅のお方、相当、腕が立つとお見受けする。」

 

「…そちらこそ。随分と化けておられる。」

 

…今の余ならと入れば恐らくは半日では済まぬ。周りの青ざめる鬼たちも、そして、余の袖を持ち、カタカタと震える射命丸文の気持ちもわからんでもない。冷静なのは余と星熊勇儀のみだ。

 

「いえいえ。私は喧嘩からは足を洗った老兵。…そこな星熊勇儀が実際に力では上。もう歳よ。」

 

柔和な笑みからは信じられないほど、妖力の匂いが強すぎる。星熊勇儀と戦っていなければ、血の興奮は抑え切れておらず、苦戦必死だったろう。

 

「旅のお方の方こそ、かなりお強い。これは今の私でも勝てるか怪しいですな。」

 

「…謙遜するな。汝は強い。」

 

「…旅人さんや。鬼では私が上でも、怪力乱神の力を持つ勇儀と戦い、互角を演じたその妙技には敵いますまいて。…私も疼くものはありますが、それをここでやるにはあなたは傷つきすぎている。今夜は集落でゆっくり休まれてはどうかな?」

 

…女はそう言い、柔和な笑みを絶やさない。

ここでことを構える面倒ごとはもう沢山だ。付き従っておくが良いだろう。

 

「…言葉に甘える。汝、名は。」

 

「この集落の大将…鬼子母神。」

 

幼なげな顔からいっぺん、ニヤリと笑った顔はまさに妖魔。余が出会った中でも指折りの怪物か。その手を払うのは礼儀に反する。

 

「ルディウス・スカーレット。夜の王、吸血鬼のスカーレット家の長兄である。」

 

「ホッホッホッ。それはそれは。吸血鬼の旅人は長く生きておりまするが初めてのことじゃ。よくおいでなさったな。」

 

…そう言い掴まれた手から感じるのは圧力。

ギシギシと骨が言う音がはっきりと耳に残る。手は勿論、2倍ほどの差があるにも関わらずのこの握力か。

 

「口は物腰柔らかだが、なんとも下品な女だな。」

 

「は!?」「ちょっ!?」

 

…思ったことを口にしただけで周りの空気がひんやりと変わる。凍てつく空気とはまさにこれのことだ。殺気というよりも恐怖からのものか。星熊勇儀も隣で生まれたての子鹿のようになっている射命丸文も流石に声を上げた。

 

「ホッホッホッ。鬼の集落の女が上品な筈ありますまいて。…入りなさいな。歓迎するよ。…ルディウス・スカーレット。」

 

「感謝しよう。」

 

門の先へと足を踏み入れる。

そこにあったのは古民家だらけの集落だった。




過去編だからオリキャラ多数出てきてるけど大丈夫だろうか。なにかあれば教えて欲しいです。

半日戦って兄上はほぼ無傷(常に回復していたためか、月が来るまで体力はほぼ無い)vs傷だらけの勇儀(体力にまだ余裕はある)が続いていた状況。どちらも化け物です。
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