紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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鬼の英雄

…その日の夜は宴席だった。

ばちばちという火の音は宵闇に包まれた漆黒の集落を明るく照らす。

 

「…。」

 

下に刺さる鋭い痛みはなんとなく肌には合わない。ここの酒よりもやはり肌身に合うのはワインだ。特にこんな月夜には静かにワインを嗜みたい。

 

「楽しんでるかい?」

 

隣にドッカと座るのは星熊勇儀だった。

大きな盃になみなみに酒を注ぎ、揺らぐ水面を見てからグイッと飲み込む。口元から流れる酒はお構いなし。

 

「酒は百薬の長って言うけど、この傷はなかなか治らないね。まぁ、全然もう痛みやしないけどさ。」

 

「…。」

 

「…大嶽丸はどうだった。最期は惨めなもんだったろ。」

 

…低く、しっとりした声でそう言う星熊勇儀。えらく饒舌なもんだ。乾く舌を黙らせるように酒を飲む。胸の辺りが熱くなるが、こんなものだろう。

 

「あぁ。…だが、あそこでやらねば鬼童が死んでいた。」

 

「アンタは鬼童を守ったってのかい?邪険にしてたのに?」

 

ニヤリと笑う顔に何故か無性に腹が立つ。目に見えてキレるわけではないが、ため息が出る程度だ。

 

「…いや、興味はない。だが、同じ興味の無さならば、大嶽丸の殊勝な理想の方が欠伸が出るほど興味がなかっただけだ。」

 

「意外と良いとこあるじゃないか。」

 

「アイツは弱い。人間に毛が生えた程度だろう。…だが、精神力はずば抜けていた。白刃を前に…自身の肩を贄に差し出すほどである。それは一目置いて良い。」

 

…並の妖怪ならば、逃げ際にその背を裂かれていたところ。それで絶命していたはずだ。だが、奴は前を見た。前を見て苦痛に顔を歪めたが、一撃返した。それが余の興味をそそった。それが無ければ奴も鬼の里も見殺しにしていた。

 

「…世の中の偉大なる功績は一人の興味から始まる。奴は余の興味をそそった。それがここを救ったのだ。正しく鬼の英雄…だな。」

 

自力をわからぬ阿呆を育てる気力は毛頭ない。元来、余は他人を育てるなどという余興は苦手な部類なのだ。

 

「余と射命丸文は明日出立する。まだ日も起きぬ時間だ。そうすれば床に伏す奴と対面する必要もない。」

 

「次はどこを目指すんだい?」

 

「…知らぬ。ただ興味の向くままに。」

 

天狗の頭領を倒した、鬼の集落を救った。これだけでもレミリアやフランドールにはいい話となろう。だが、八雲紫を捕まえるという新たな目標が見つかった以上それを成し遂げないのは間違いというもの。

 

「…しかし、若き鬼は全て根絶やしにした。青年と言えるのはあの鬼童のみ。…この里も終わりか。」

 

「そうでもないさ。…若い光は着々と育ってる。あの子達が成長したら今よりいい里になるさ。その為にもこの里はよくしていかなきゃいけないね。」

 

そう言って指を指す先には小さな小鬼たち。ぴーぴーと喚く餓鬼だが、小さな子どもたちを見るたびに我が宝を思い出す。寂しがってないだろうか。ちゃんと食えているだろうか…。

 

「…だが、不思議と悪い気はしない。」

 

「あら。アンタも呑むのね。」

 

…カタカタという音と共に聞こえるのは少々明るい声。視線の片隅に漆黒といってもいい艶やかな羽根が見える。脚を揃えて座る様は口調からは感じられないほどの上品さを感じさせる。

 

「射命丸文。…汝の方は随分と楽しんでいるようだな。」

 

「まぁね。これでもお酒強いのよ?…ただ鬼の酒は流石に強いわ。ちょっとだけ休む。」

 

「勝手にしろ。」

 

そんな報告はいらん。

…しかし、いつもの団扇を涼みに使っている分、かなり身体が火照っているようだ。

 

「…日が起きぬうちに出立するぞ。」

 

「次はどこに連れ出す気よ。」

 

「どこか…気の乗る場所へ。」

 

不満そうにこちらを睨む射命丸文だが、天狗の視野角は使える。風は防衛、攻撃に長け、物事を文字通り高みから見下ろせる。利用価値はまだある。が、山以外の情報は期待できないか。

 

「どうせ、アンタのせいで家には帰れないし。着いていくしかないでしょ。」

 

「…そうか。」

 

そういえば、天魔の時に半ば強引に連れ出したんだったな。…天魔を慕う天狗からは裏切り行為と見られて仕方ないか。

 

「あと、その“射命丸文”っての、やめてくれる?…長いでしょ。」

 

「…別に言い慣れてはいるが。」

 

「どうせ、ここまで来たのよ。旅は道連れ、世は情け。…同じ旅をしてる人間に疑念を覚えたまま、いつまでも周る気?」

 

「…疑念か。では、“文”…だな。」

 

名字がなくなっただけで随分と呼びやすくなった。射め…文はなぜか、驚いたような顔をしたのちに、顔を背けた。長い黒髪のせいでその顔は全く見えない。

 

「…そ。それでいいわ。…で?アンタは“ルディウス”でいいの?直接名前聞いたことないから。」

 

「言ったことはなかったか?…まぁ、名前などどうだっていい。好きに呼べ。」

 

「そ。じゃあ、好きに呼ばせてもらうわ。ルディ。」

 

「…。」

 

…偉く馴れ馴れしい。横目で見れば、すかした顔でこちらを見ていた。ぶらぶらと脚を動かす様はどこか子どもっぽい。

 

「なによ。」

 

「…まぁ、今宵は宴席だ。別にどんな呼び方でも変わりやしない。」

 

無礼講…というやつなのだろうが、利用価値があるだけで馴れ合うつもりはない。本国に帰れば、この関係もなくなる。奴は戦力を、余は諜報力を求めた結果の関係。使えるうちは守ってやる、それだけだ。

 

「…お客人。」

 

などと話していると前方から歩いてくる影があった。背丈の小さなそれに見合わない妖力は間違いない…が、以前見た時よりも衰えている。

 

「此度は鬼の集落の異変を解決していただき誠にありがとう。…貴方は正真正銘、鬼の英雄だ。」

 

「…成り行きだ。成そうとして成したわけではない。」

 

「それでも、博麗の巫女と山の妖怪の全面戦争は免れた。博麗の巫女も此度の貴方の活躍で手を引くと言っておられる。お互い、戦争はしたくないものですのでな。」

 

…鬼子母神はそう言いつつ柔和に笑う。

此奴だけは食えない。全てを見通すその目はやはり生まれ持って鬼子母神になる為にきたようなもの。大嶽丸如きでは器足らずだと確信づく。

 

「これからは貴方には我々鬼がバックにつきます。鬼子母神のお気に入りとして名乗ってもらって構いません。山の妖怪は大抵、それで傅きますから。それと…つきましてはウチの鬼童を面倒見てやってくれませんか。」

 

…最後の一文はいらなかったな。

大きくため息が出る。

 

「汝もそれか。」

 

「鬼童は先代の子孫でしてな。光るものはあると思っておるのです。…そこで山から出て見聞を広めるのもいいかと。」

 

「…。」

 

最もらしい言い分を。

流石は頭目、頭は切れる。同じ理由だから、余が連れて行くと踏んだわけか。戦力にならなければ、案内係の枠もとられている。…盾にはなるか。

 

「…仕方ないな。鬼の頭領にこんな場所で頭を下げさせるわけにはいかないだろう。」

 

「かたじけない。」

 

「文。出立は奴の怪我が癒えてからだ。」

 

異論はないのだろう。コックリと頷く文。

その反応を見て、鬼子母神は元いた場所へと去っていた。鬼の頭領、いろんなものを相手にせねばなるまい。背格好や表情は変わらないのに、力だけは目に見えて弱々しくなっていく。全盛期ならばあんな奴ら、余が出るまでも無く…そもそも、逆らおうとすらしなかっただろう。

 

時間の流れとは残酷だ。永遠なる強者などこの世にいない。どこか、弱みを隠し持っているものだ。それに悟られないから強者であり、カリスマである。

 

「…。」

 

一人一人の年代はとても長い。

しかし、それでも着々と受け継がれなければこんな心労絶えない役目を一人でこなすのは酷なもの。…レミリアも今や実質的な紅魔の主人。あの姿を見ると嫌でも思い出す。帰った方が良いものかと。

 

…だが、余もわからぬ力の正体を知るまでは帰るわけにはいかない。奴らを…殺してもおかしくはないからだ。そうなるのなら…帰らぬ方が我が妹らのため。

 

「難しい顔して。どうしたのよ。」

 

「…いや。酒がうまい。宴席とは楽しいものだ。」

 

「…明日槍でも降るんじゃないの。そんなにアンタが好意を素直に受け取るなんて。」

 

…この女の不遜だけはここで殴っても許されるだろうか。

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