…鬼たちの激励を背後から受け、我らは道をいく。鬼童にとっては自分の村からの独立で、手を振るその様は送り出す側の心意気を考えればとても嬉しいものだろう。大袈裟すぎるほどのそれを見て、余も文も笑いはしない。
「行くぞ。」
「はい。ダンナッ!!」
師匠と呼ばせるにはそこまでの興味はわかぬ。故に別名を提示させたら、ダンナで定着してしまった。鬼子母神も星熊勇儀も余のことはダンナと呼ぶように。呼び方なんざ何通りもあるというのに。
「…しかし、楽しみっすね。鬼の里から出たことなんかなかったから。」
「私も天狗の仕事以外では飛び回ったことなかったわ。意外に広いのね。妖怪の山って。」
「ええ。文さんと同じ意見っす。ダンナはどう思いますか。」
…鬼童という男。八重歯を見せて笑いかけるその姿は見た目以上に幼く思う。しかし、煩わしい。今まで文とは必要最低限にしか喋ってこなかったからか、賑やか…というよりも五月蝿いが勝ってしまう。
しかも、その煩わしさを知っているにも関わらず、文は平気でその姿を傍聴している。今すぐ捨ておこうか。この男。
「…木ばかりだ。」
「そりゃ、山っすから。」
「…余から見ればまた見え方は違う。天狗は木々の闇を使い、その姿を隠す。鬱蒼と茂った森に定着するならその土地を有効活用する。つまりは何処から何がやってくるかわからぬ…ということだ。」
…暗に五月蝿いから喋るなと言いかける。
しかし、そんな言葉すら聞き及ばない彼はベラベラと舌鼓を打ち、愛すべき静寂を全くもってかき消していた。これ以上は言うだけ無駄か。
「…しかし、ダンナ。なんでダンナは旅を続けてるんですか?」
そんな中で鬼童は無邪気にそう問いはじめた。
「旅に理由なんてない。汝らとつるんでいるのも。特定の理由はない。」
「…。」
帰る場所がない。その力に惚れた。
結局その程度のことで、ただ集っただけの仲間。余ではなくてもコイツらは誰かが引き金を引けば、旅に出ていただろう。
「文。…これから何処へ行く。」
「玄武の沢。…ちょっと涼みにいきましょう。そこが終わったら…人里の方面にでも降りてみましょうか。」
…妖怪の山以外の幻想郷か。
好き勝手したら奴は出てくるだろうか。
「…河童とやらは能力に博学なのか。」
「いいえ。…でも、何かしらのヒントにはなるでしょうね。それに。」
文が指を指すのは鬼童の持つ刀だった。
…それはあの大嶽丸の持っていた妖刀。鞘に納まってるだけでも異質な妖力が漂う。
「それに少なからず興味は持つでしょう。彼らはそういうの、好きだから。」
…大木に突き刺さっていたものを鬼童が持ってきた。なぜ持ってきたとその時も言ったが、この男には過ぎたおもちゃだ。だが、多少は鬼童の戦闘能力が上がると踏んだ。…この男はそれに対して、拳以外は使わないと豪語していたが。本当に一人前に口をきく。
「…コイツは供養します。その為に先ずは未練を鎮めねえと。」
「…妖刀は怨刀だ。切り刻まれた無数の無念が血と魂をその刃に宿し、曰くとなる。あまり持ちすぎるのも良くはない。」
「でも、アイツは道を間違えたとしても同志です。鬼は外道と言われがちですが、鬼は鬼だ。俺たちは生まれ持って鬼子母神っていう母親を持つ兄弟。…だからこそ、アイツを最期はどうあれ供養してェんです。…ただの自己満ですがね。」
…この男は阿呆だ。清々しいまでに純粋で…言い換えれば、物語の主人公のように物分かりのいい。今もあの愚鈍な悪鬼の為に想いを馳せている。…余から見ればただ喧嘩をして、ただ殺されて…そんなだけの存在だが。
「…すんません。ちょっと湿っぽい話になっちまいましたね。」
「あの、大嶽丸って奴とは仲が良かったの?」
「いえ。…でも、話さない仲ではなかった。アイツはいつも最強の一族に生まれた自分を誇りに思ってました。少なからず、夢を言い合う仲だと。…そんなアイツと敵対してしまったことが、ちょっと心に来てるんです。…だから、せめて供養だけは。」
…妖怪が供養とは。
何ともおかしな話だ。妖怪は本来死ぬわけではない。その御霊は恐れられることにより何度も再生と復活を繰り返す。その妖怪に供養なんて考えがあるとは…。
「…そうだ。ダンナの家族って…。」
「親は幼い頃に死んだ。…妹の話をすれば一日動けないぞ。」
「…そんな淡々と言うもんですか。」
「死んだという認識しかないからな。」
…皮肉なもので。銀の杭で磔にされ日の下にさらされた。吸血鬼という至高の存在も弱点に当たればすぐに死ぬ。普通の妖怪ならそんなことはないのに。強い故に命は有限だ。
「汝が死のうが文が死のうが…余にとっては妹以外の命は儚いもの。せいぜい記憶に残るように働け。」
「…そんな言い方ないでしょ。」
「…例え、憂いてもその者は帰って来ぬのだ。考えることを生き絶えたものが望むとは限らん。忘れなければその命は生きた意味がある。世の中の理屈はそう出来ている。」
ため息をつく文と苦笑いをする鬼童。
死に対する倫理観が低いのは妖怪共通だとは思ったが、どうやら違うらしい。それはそうだ。父と母を思い出すものは何もなく、骨すらも残っていない。それに対するものは忘れぬこと以外には何もない。
「…だからではないが、鬼童よ。汝が気に病む必要など何もない。その刀の持ち主は何処まで行っても堕ちた外道。…本当の性格は汝が記憶に留めておけばいい。」
「…はい。ありがとうございます。」
感謝されることなんざ言ってはおらぬのだが。
「着いたわよ。ここが玄武の沢。」
…そう言われ目の前を見ればそこに広がるのは岩肌を穿つようにしっかと降り注ぐ滝壺であった。清流とはまさにこれのことを言うのだろう。透き通る水により隆起した岩壁が露わとなっている。隠れるとするなら陽光の反射のみであろう。
自然豊かな妖怪の山の中でもより一層自然豊かだ。
木々に隠されたその滝は隆起する岩に当たり、白い飛沫をあげている。
「あれー?天狗じゃん。何しに来たのぉ?」
…我々が物珍しいのか、川から顔を出す子どもの河童たち。その中の一人に青髪の女がいた。鬼や天狗を見てきたからか、そこまでの戦力は感じない。
「…興味が湧かんな。」
「言うと思った。でも、色々見たいって言ったのはルディでしょ。」
「…。」
それもそうか。
「しかし、中々の絶景だ。」
壮観である。
崖の上から沢のほとりに至るまで新緑葉を携えた木々が風に揺れている。水は天上から荒々しく降り注ごうとも、飛沫は小さく、沢自体は揺れずたおやかに緩やかに時を感じさせる。河童どもの声は雑音にはなれど、心の底から穏やかになれる。
…苔むしていない岩の上に座ってそう考えた。
「この目が映写機ならば、妹らに見せてあげれたろうに。」
「この山の自然よ。そう簡単に消えないわ。」
横の文がそう言った。
微笑むその顔が沢の水に映る。
「また妹さんを連れてきたらいいじゃない。…これでもアンタにはちょっとだけ感謝してるのよ。天魔のせいで私はこんな景色すら穏やかに見ることはなかった。そこは…感謝するわ。」
「…戯けが。…何度も言うが余は汝の王を殺した仇敵よ。」
…奥で河童どもに鬼童が囲まれている。例の妖刀絡みだろうが興味はない。
「なによ。珍しく褒めてあげたのに。」
「褒めるとはなんだ。汝は余が利用しているだけだ。天魔殺しも彼奴が余を舐めたから殺しただけのこと。褒められる筋合いなどないわ。」
「…ふん。じゃあもう褒めてあげない。」
何を憤っておるのか。
頬を膨らまし、顔を背けるその様は妹らと相対しているようで。独りの旅とはまったく持って違うな。煩わしいが…悪くない。
「…おい。」
「なによ。」
「こっちへ来い。」
…ため息を吐きながら怪訝そうにこちらへと寄る文。ゆっくりと近づくその吐息が耳に聞こえるまでの距離へ。不機嫌そうな顔が目に映る。…艶やかな黒髪。優美な自然を映していた視界がその顔に閉ざされたが、どうでもいい。
その頭に右手を乗せた。
「は?」
「我が敬妹以外にはこのような仕草は断じてせぬが、汝にも褒美をくれてやろう。よくやった。このような景色を見せたことを褒めてやる。」
「…だったら、普通に言えばいいじゃない。触れなくても。」
…そう言うもののその場から退かない。
恐らく、余にそう言われたのが心地いいのだろう。天狗のくせに小癪である。
「…折角なら山を降りてはみぬか。」
「は?山を?…馬鹿じゃないの。降りたら人の里しか…。」
少し後ろへ下がり、文が見せたのは驚愕の顔。それへ笑みを返す。
「…人の里に行けば博麗の巫女とやらに会える。博麗の巫女ならば八雲紫の所在を知っているだろう。文よ。汝にも無論ついてきてもらうぞ。」
「…仕方ないわね。帰る場所もないしね。」
…そう言うと文は静かに微笑んだ。