…汗一つ欠かず、血など流さず…埃一つも許さず…あるのは死屍累々のみ。人間に見られれば、我らが悪だろう。
「…鬼童、死んではおらんだろう?」
「…ええ。…ちょっとどじっちまいましたが。」
対して、鬼童は左肩を押さえて笑っていた。
赤黒い髪の分け目から見える額も少し割れている。サシでも弱いのに多戦もこれでは…。
「死ぬのは勝手だが、せめて役に立ってから死ね。」
「へへっ。ひでぇや。」
勝手に着いてきたのだ。
無駄死にだけは許してはおけぬ。…さて、今は人の子だ。せっかく守ったのだからなにか収穫があるといいが。
「…大丈夫?」
「はい。ありがとうございます。…貴方方…人ではないですよね。」
絹の布を脱ぐと現れたのは花の飾りをつけた紫色の髪。若草色の着物を着た…女児だった。奇異とは思わぬ、ただの女児。妖怪でもないだろう。
しかし、着物を見ると綺麗に整えられているといった印象だ。和装には詳しくはないが、髪をかきあげる所作を見るなり、よほど親の教育が行き届いているのだろう。
「申し遅れました。私、稗田阿夢と申します。貴方方は。」
お辞儀をするその様も厳しく躾けられているという様子を見せる。レミリアたちもこのぐらい出来た方がいいか?…いつまでも余が守るわけにもいかぬ。レミリアたちが嫁に行った際に恥ずかしくないようにしなければ…。
あぁ、無論。レミリアたちの伴侶となる男には余を五回は殺すほどの実力がなければ認めやしないが。
「ちょっと。ルディ。私たち、もう自己紹介済んだわよ。」
「…人間如きに名乗る名など持ち得てはいないが…まぁ、いい。余はルディウス・スカーレット。…それ以外は覚えなくていい。」
「文様に鬼童様、それとルディウス様ですね。…先程はどうもありがとうございました。」
…余を前に感謝を忘れぬとは。
この女、なかなか見どころがある。さて、本題と行こうか。
「…稗田阿夢よ。我らは所要につき、人里に「…あの。不躾なのは承知でもう一つお願いがあるのです。」…なに?」
申し訳なさそうにしているが、この女はあろうことか我らを顎で使おうとしている。不遜だ。それに人間如きの願いなど興味もない。やはり世の中上手い話はないな。
「…興味はない。汝一人でやれ。」
「いえ、貴方方にしか頼めないのです。…私をここから連れ出してはもらえないでしょうか。」
「…余に人攫いをしろと?」
馬鹿馬鹿しい。
人攫いなどする意味もない。更にはもうただでさえお荷物を抱えているというのに戦力にもならない人間の女児を一緒に連れて行くなど言語道断だ。
「…妖怪は恐ろしい。ですが、人間の中には博麗の巫女がいるからとタカを括り、夜の森に肝試しに入るようなものだっています。…幻想郷縁起の編集もしなければなりません。ですが、日々、妖怪や妖精の生活態は変わってきてます。それを資料にまとめなければなりません。故に博麗の巫女に助力を賜りたかったのですが、博麗の巫女も妙齢につき…どうしようかと思案に暮れてた挙句…動かなければ何もならないと。」
「…ほう?」
「私は病弱故に屋敷から外へは出されません。無論、それは私も重々承知です。今の環境に何の文句もない。でも、今世の人間の方々は妖怪を軽んじている。…護衛の方も休まれているこのタイミングでこっそりと。」
「それで妖怪に襲われては世話ないな。」
「もっともです。…私も軽んじていたのかもしれません。」
…この歳にしてあくなき探究心を持っている。
病弱というのも虚言の可能性はあるが…。
「余が言うのもなんだが、汝は戻った方がいい。犬死にするならそれもよし。」
…例えこの人間が死のうが生きようが余には関係ない。
「…そうですよね。しかし、私の能力では幻想郷縁起の編慕に必要な資料以外の情報を手に入れる手段は…。」
「…能力?」
「ええ。私は何年も前の記憶すらも持ってます。それは勿論、今世の記憶ではありません。前世の…何年も何十年も何百年も昔の時代の話。それを私は全て覚えています。覚えているだけですが。」
…能力は攻撃的なものだけではない。
これまであったのは文の風を操る力、星熊勇儀の筋力増強、そして、八雲紫の謎の亀裂を生み出す力に稗田阿夢の記憶能力か。稗田阿夢の場合は、記憶することよりもその記憶を次の身体へ、次の命は受け継ぐというものが能力の本質なのだろう。
やはり、興味深い。
余には果たしてどのような力があるのだろうか。確実に持ってはいるのだ。あの女の、八雲紫の反応を見るに。だが、その名を理解していない。故に力は応えない。
「…私は妖怪を実際にこの目で見たい。新しい人間たちに妖怪の恐ろしさを伝えるために。」
「…なんとも幼稚な考えだ。だが、汝の能力とやらには興味がある。」
「本当ですかっ!!」
…キラキラとした眼差しを見せる稗田阿夢。小動物か何かと思わせるが、妹らのような庇護欲は湧かぬな。小さき生物ゆえに余には見上げる形となっている。
「…最も、着いてくるなら余の役に立て。…汝が人里に入るための鍵となるのだ。」
「は、話聞いてました?…私、黙って出てきましたので…帰ったら…その…怒られる…というか。」
…なんとも歯切れの悪い。
モジモジとしながら言う姿はまさに幼子のようだ。自然とため息が出る。
「ならば、何故、汝は黙って出れたのだ。」
「…うぇっ…えっと…門番さんにお裾分けとして…眠り薬を少々。」
少し大人びていると思ったが、やることは悪戯童と同じではないか。文や鬼童も流石に苦笑いをしている。…この轟音でも起きぬとは流石に阿呆がすぎる。…取り敢えずはここからは離れた方がいいな。
「…汝を捨てれば人里に入れるのか。」
「そんな殺生なぁ〜!!そもそも、人里には博麗の巫女様の結界がありますので妖怪の皆さんじゃあ入れないかと…。」
ふむ。人質がいれば、容易く入れるとは思うが、そんなものは弱者のすることだ。ことを容易く進めることは出来るものの余のプライドが許さん。そのような醜態を妹らに見られれば軽蔑の他ないだろう。
慌てる稗田阿夢を他所に思案に暮れる。
第一段階からつまづいた。こんなことは余も初めてだ。
「…では、私の記憶をあてにしてはどうでしょう。」
「…前世からの記憶…というやつか。」
無い胸を張る稗田阿夢に対して冷ややかな目を向ける。正直、半信半疑である。無論、前提としてそんな能力はないという考えは持ってはおらぬ。何が起こってもおかしくないのは数週間、幻想郷に滞在してから鑑みた。もはや、一年は経っていてもおかしくない程にここで生活を過ごした。…時間の流れは余には遅く感じてしまう。
その上でもこの女は枷だ。
役に立つ前にぽっかり死んでしまれては此方が損をする。
「流石に吸血鬼に会うのは初めてですけれど…ここら辺の妖怪なら大体はわかります。ただ私は人間なので…。」
深入りは死を招く。
人間でこの女のように力を持たないのは尚更である。
「…例えば、古くからここに居る花の大妖なんかはもしかすると何か知ってるかもしれません。」
「…我らは博麗の巫女から八雲紫の尾を掴もうと思っていたが。」
「博麗の巫女様は今、次代の巫女様を育てられております。今、会いに行くのは私の名前を使ったとしても危険すぎるかと。博麗の巫女を二人相手にすることになりますので。」
…それだけで負けると思われているのは少し心外だが。
「…花の大妖か。」
「相当、凶暴です。花を荒らされれば手がつけられません。それに過去、彼女に半殺しにされた野盗が彼女を狙っているという話もあります。…勝てるわけがありませんが、一応お耳に。」
人ならばただの阿呆か。
人里からは離れたが、人里以外に住む阿呆がいるとはこれまた珍妙な話だ。
…しかし、花か。
我が妹らに対してのプレゼントとして最適かもしれん。兄のことを忘れるとは思わぬが、少しは労ってやらねば。うちは女も多い。皆に花を贈るのは骨が折れるが、何かしら聞いておけば帰った時に贈れるか。
「話だけでも聞きに行ってみるか。」
…まぁ、この娘は眠った時にでもそこらに置いておこう。どうなろうと余は知らん。
裏話
阿余なのか、阿悟なのか、阿夢なのか悩んだけれど、ここからレミリアの歳的に400〜300年、紅霧異変までにかかるなと考えたため、阿夢に。ここら辺難しいけど、どこかで魂転生までに100年は閻魔様の下で働くみたいなのを見たので、阿求にするためにはそういう事なんだと思って書きました。疑問に思う人が多かったらちょっと考え直します。
さて、お気に入り登録者100人突破、ありがとうございます。
初心忘るるべからず。いつこういうのになっても嬉しいものです。今後ともどうぞよろしくお願いします。
少々、裏話を語らせていただきます。
兄上『ルディウス・スカーレット』はまさに最強という部分を掘りつつ、シンプルなキャラとして仕上げていく感じでございます。今まで最強キャラは属性もりもりの化け物、されど成長の余地など無く、成長しても意味がわからないという感じになっていましたが、兄上は違います。
theシンプルを極めさせていただきます。いずれ、この幻想奇譚編(仮)が終われば設定を出したいなぁなんて…
逆に鬼童というキャラはその兄上と対比して書く部分が多いです。
なんでも使う兄上↔︎拳や蹴りだけの鬼童
強い兄上↔︎弱い鬼童
ってな感じで。慢心はせず、根性で全てをぶち抜くキャラ…になったらいいなぁと。決して早熟ではないですが、確かに成長をしていきます。
稗田阿夢に関してはこれから兄上の中の人間観を変えていく人物になります。
あとは原作と歳や年代が違うキャラがいますが、ここからはできるだけ合わせていく所存です。兄上の歳は非公開。見た目だけなら17、8歳ぐらいの優男です。ちょっと大人びているだけで。
何かあれば感想、アドバイス等よろしくお願いします。