…風の噂で聞いた。
稗田家の主人が消えたのは人里にとってはビッグニュースだったらしく、人里の陰陽師がこぞって探しているということを。
「博麗の巫女様一人では結界の確認のたびに降りてこないといけなくなります。継承やお稽古など巫女様の離れられないときにも結界の確認や小さな妖怪事件の解決は幻雲様率いる陰陽師団がしています。…その人員は相当なもので数だけなら人里の半分以上。大屋敷の中で暦の調整などもしています。」
ヴァンパイアハンターや聖教徒みたいなものか。
「…しかし、そんな陰陽師団が汝が襲われた時に出てこなかったのは何故だ。」
「…さぁ?…幻雲様は優しいお爺様で私に眠り薬をくれたのも今回の相談に乗ってくれたのも彼でした。」
阿夢は穏やかな笑みを浮かべてそうは言っているが、所々に怪しさを感じる。阿夢が相談を持ちかけた際にそんなに簡単に眠り薬など出るものなのか。護衛だけ眠らせるはずなのに陰陽師が出てこなかったのは何故なのか。陰陽師にも盛られていたのか。
…だが、会ったことも見たこともない男の話など興味はない。
「此方です。…太陽の花畑。」
他愛無い話をしていた我々だったが、いつの間にか目的地に着いたそうだ。太陽…その名前は余にとってはとても煩わしく気持ちのいいものではない。だが、その花畑とやらは壮観であった。
所狭しと並ぶ向日葵の花は雲の浮かぶ青空の太陽の方を向いていた。軍隊の団体行動かのように統制されたもので、何一つ朽ちてはいない。また、他に生えた花々も色とりどりで、微かに吹く風に踊るように動いていた。
見渡す限りの花畑。山やここまでの道のような緑一辺倒の道から一変して色彩豊かなその土地は美以外の何物でもない。
「…ここまでとは太陽の花畑…。」
…この景色こそレミリア達に見せてやりたかった。いつか、連れて来よう。文や鬼童ですら見惚れていた。
…だが。
「…避けろッ!!」
脅威はいつどこからでもやってくる。
余の声と共に反応できたのは文のみ。鬼童はやむを得ん。
「んごっ!?」
「きゃっ!?」
阿夢の懐に腕を入れ、抱き上げ飛ぶ。鬼童に入れたのは軽い肘鉄だ。それによって後ろへと転がる。
直後、確実に我らを仕留めようとする光の筋が、先ほどまで我らの立っていた場所を横一線に貫いた。
「…あれが花の大妖。」
…星熊勇儀の時には感じなかった冷徹なほどの殺意。全身が総毛立つこの感覚と共に感じる妖気は星熊勇儀や天魔にも勝るとも劣らない。
肩より上で切られた緑髪の女。その顔は真顔…だったものの、鋭い視線を我々へと向けている。
直後、女は地面を蹴り、尻餅から立ち上がった鬼童の元へ。
横一閃に振り回すのは刃物では無く傘。切先…と言っていたのだろうか、それは鬼童の首筋を目掛け飛ぶ。
「ぐっ!?」
紙一重、鬼童は後ろへと跳ぶが、分厚い胸板には微かに切られた傷跡と地面に落ちる鮮血。それを見て女の顔が軽蔑に変わる。
…今のはよく避けたという他ない。
だが、次に繋がるのは傘による刺突。瞬きよりも早く繋がるそれは鬼童の胸を貫こうとする。
ここから避けるには遅い。仕方ないが、動くしかないか。
「クソがァッ!!」
そう叫ぶと鬼童が取り出したのは…あの妖刀だった。…奴め。まだ持っていたのか。
刀身では無く、鞘で受け止めるも刺突の勢いを殺せず、後ろに地面を滑り吹き飛ばされる。
直後、向けられた傘の先端が怪しく光る。
「鬼童様ッ!!」
手元の阿夢が叫ぶ。
…炎を使えば容易いが、我々がここに訪れたのがあの女の襲撃の理由と仮定するなら火に油を注ぐ行為。どう頑張っても引火する。…だったら一つだ。
「文ッ!!」
「え?ちょっ!?ルディウス様ァッ!?」
近くにいた文に阿夢の身体を投げつけて預ける。直後、傘の向かう先と鬼童の間へと割って入る。ため終わったレーザーが今なお此方へと向かおうと進む。大きさこそ変わっていないものの、距離のせいで此方からは大きく見える。
「『
影は我々を包み込むように広がり、大盾へと姿を変える。大盾は我々を守るようにレーザーの流れを二股に割く。ダーインスレイヴの力でもビリビリと感じる力。鬼童が喰らっていたら間違いなく消し炭になっていた。
…程なくしてレーザーが止む。
ダーインスレイヴが影へと戻るとすでに奴の傘は余の首筋を狙っていた。
右から来る横一閃を左手で受け止める。
「…。」
至近距離だ。その顎に拳を入れようと右手を固め、打つ。女は顔を上へと逸らし、その拳を避けると強引に傘を引き抜き、左脚からの回し蹴りを余の頬目掛け飛ばす。
…身体を霧と成し、それを強引にではあるが避けて見せる。
これは喧嘩ではない。殺しに来ている。
星熊勇儀のように遊び半分ではないのだ。
背後に立つ余に向かってきたのは左からの肘鉄。それを腕をクロスして受け止めるが、受け止めた場所がじんじんと痛む。痺れる衝撃…という奴だ。軽く吹き飛ばされる。
…余に追撃をすることはあの女はしない。
余の後ろには花畑があるのだから。血に汚れることも大きく景観が壊されることも対敵する女は嫌っている。
飛び道具を封じたやつが次に…再び鬼童へと傘の先を向ける。
レーザーが放出されるよりも早く、女との距離を詰め、後頭部に左拳を捩じ込む。
…しかし、レーザーなど出していない。ブラフだった。目の前を横切る傘の切先を僅かながらに背後に飛ぶことで回避。…完全にはできなかったが。
「…あら。いい顔になったじゃない。」
女はニヤリと笑い、初めて声を出す。
鼻と目の中間、横一閃に切り裂かれた傷は瞬間的に治っていく。まさに凶暴。
「汝がいてはこの花畑が秘境となるのも頷けるな。美は人々に共有され、初めてその存在を知り広める。」
「あら。貴方は皆に全てを広めているのかしら。目に入れても良いほどに可愛がっているもの。それを守りたいとは思わない?…私にとってそれは花。無断で踏み荒らすのも貴方達のどこからか持ってきた腐った息を吸わせるのも反吐が出るのよ。」
「…嫌われたものだ。」
…レーザーは少なくとも大地を穿ち抜くパワー。傘を剣のように扱い、格闘術も鬼の次に強いだろう。これはまさしく殺し合い。…無傷撤退は不可能。
「おしゃべりは終わりよ。…死ね。」
冷徹にそう言い放つと傘を振るう女。その先端は余の体の肉を食むことなく、空を切る。霧になった余は女から一時、距離を開ける。
「スカーレット家長子にして、長男。こんなところで無様に負け、おめおめ逃げ帰るなどあってはならぬこと。」
「何言っ…。」
地面を蹴り、前へと走る。地面の砕ける音と共に女との距離が一気に縮まる。
咄嗟に女は傘を前に突き刺す。
しかし、それは当たりはしない。横に首を傾げ、避けると伸び切った女の腕を持ち、後ろへと投げる。
「…チッ!!」
女は咄嗟に左手をつき、体勢を元に戻す。
前から向かう余に対して撃ってくるのは右の膝蹴り。
それを首を傾げ、避けるとその体に拳を捩じ込む。
女は手をクロスして、ガードはしたがダメージを抑えきれず、そのまま後ろに小さくはあるものの吹き飛んだ。
「…くっ。」
自力はやはり星熊勇儀の方が上だ。
だが、この女は何をしでかすかわからないという恐怖がある。今、睨み合っているが、その顔からは何を考えているかわからない。薄気味悪い女だ。
「…そろそろ本気でいこう。」
「なに?痩せ我慢はモテな……へぇ?なかなか楽しめそうじゃない。ちょうど、退屈してたのよ。貴方だったら…いけるかしら。」
そう言うと女はパチンと指を鳴らす。
その顔は笑み。あの冷徹な表情から温度を得たようにも見える。直後、地面から此方へ伸びるのは巨大な食虫植物。獲物を見つけたそれは余の身体をかぶりと噛みつき、胸下までを飲み込んだ。
…何もなかったにも関わらず生えてきた。この女、植物を創造できるのか?
しかし、この余を虫扱いか。
「…不愉快だ。」
手に力を入れ、振り抜く。
緑の蔦がぶちぶちと千切れている感覚は植物というより肉を相手にしているようで。真っ二つに裂かれたそれは破裂。
羽をバサリと広げて、女に向かって突撃する。
女が余に示すは傘の先。そこから飛ぶ極太のレーザー砲を身体を霧にして回避する。
「…当たらないか。」
ボソリと女が呟く。
まさに女からしてみれば瞬間移動をしたかのように見えるだろうな。背後から足を上へと思いっきり上げる。女の脳天を目指し、踵を振り下ろすが、女は直感的にそれを横へと跳び、回避。
踵の刺さった地面は大きく円形に窪む。
コンマ1秒の隙を女は逃さない。右拳を固め、顔面を穿ち抜こうと放つ。
それに対して腕をクロスし、受け止めようとした。…が、女は余の予測を遥かに超えた。拳は不意に緩められ、余の左腕を掴んだのだ。
「…なに。」
次の瞬間、左腕は骨の軋む音と共に捻じ曲げられ、あらぬ方向へと手首が向く。
それで満足したのか女は手を離す。
その腹に蹴りを入れると女は口から血と唾液の混じった息を吐き、そのまま後ろへ吹き飛ぶ。地面には二本の小さな線が出来上がる。
…まずいな。
左腕の感覚がない。左手を伝い、血が流れる。そこにあるのは左腕ではなく、ブランブランと重力に従い落ちるだけの肉。…だったらこんなもの。要らぬな。
「ふんッ!!」
「…それは流石に私でもやらないわ。自身の左腕を引きちぎるなんて。」
そのまま左腕だったものを前へと投げる。
血によって出来たのは一瞬の隙。二の腕の半分からなくなった腕がぐちゃぐちゃと音を立てて再生する。…ほぼ複製と同じだ。服は戻らぬが。
次に女が見たのは余の膝蹴りだった。
顔面に迫るそれを女は完全に外せない。首を傾げ、避けるのみ。その膝蹴りは頬を裂いて終わる。
すぐさま女は拳を固め、ガラ空きの腹部へそれを撃つ。だが、その拳は霧を…空を切るのみ。女はそれを見て背後へと振り向く。…そこには余はいない。
「容赦はせぬぞ。」
「…チッ!!」
現れたのは先ほどまで正面だった向き。
拳を振り上げても間に合わないだろう。完全に懐である。
向き直す暇もない女はまた肘鉄を撃つ。…再生した左腕でそれを掴み止める。
「ぐぅっ…!!」
突如、女は表情を歪めた。
掴んでいる左の親指が、女の膝の上に突き刺さったのである。めり込むそれと共に左の親指に僅かに温かな感触が伝わる。
「離れなさいッ!!」
女は強引にそれを引き抜き、回し蹴りをしながら此方へ振り向く。胸を逸らし、それを悠々と避ける。
「…女、名前は。」
…こいつは強い。
ゆっくりと姿勢を正し、女を見る。女は傷を手で触り、確かめるとそのまま笑う。…常人の笑みではない。瞳孔は小さくなり、三日月型に目一杯広げられた口からは隙間のない歯が見える。狂気的な笑み…と言っていい。
「…風見幽香。」
「-———そうか。ならば風見幽香よ。まだ…いけるな?」
「貴方は強い。…だからこそ、完膚なきまでに叩き潰してやるわ。かかって来なさい。」