紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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花鳥風月、嘯風弄月

リミットが外れたのだろう。

風見幽香が踏み出した一歩と共に、妖気がさらに増えていく。風が静かに吹き、鳥たちが飛び立つ。

 

何度か見た傘による刺突。

頬の皮を切るも風見幽香に迫る余を止めるものではない。

 

左の拳が風見幽香の顔面を捉える。

風見幽香も首を傾げ、避けるも再び頬を切る。

 

「…面白くない。それしか出来ないの?」

 

お気に召さないか。

風見幽香の顔から笑みが消え、あの冷たい表情へとなる。直後、見せるのは至近距離からの極太レーザー。咄嗟に霧になって避けなければ燃え滓になっていただろう。

 

…先程のブラフもあってか、すぐには背後を向かない。

 

余の目の前には風見幽香の背後が映っている。

風見幽香は此方へ振り向くとそのまま横一閃を傘で描く。首筋を狙ったのだろう。少し後ろへ身体を逸らした為、首は切れたものの頸動脈までは至っていない。

 

血が流れれば勿体無いからな。

 

そのまま後ろへと距離を離す。

距離を離せば奴が見せるのは傘の先端。そこからは毎度レーザーが放出される。…花も背後にない今、奴の飛び道具を防ぐ手段は…一つだけだ。

 

「…なに?」

 

余の手を覆うのは赤く煌々と燃え上がる火の粉。

 

それはまるで風に流される花弁の如く、空に揺蕩う。

 

「…魔術はあまり見せるものではないが、手の内を隠し、加減をしてると見られても面白くないのでな。」

 

「そう。」

 

人差し指と中指の間に集約した緋色の球は風見幽香を追い詰めんと徐々に大きくなっていく。相対するのは奴のレーザー。

 

火球は膨張していくと共に奴の制空を侵食していくが、レーザーによってスピードはさらに遅くなっていく。…だが、消えない。地面を黒く焦がしてなお、それは風見幽香を飲み込まんと動く。

 

…こうなれば、秒読みだ。

 

火球は空気の入らなくなったバルーンのように破裂。極光と爆炎が風見幽香を飲み込み、そのまま黒煙をあげる。…辺りは悲惨なものだ。花畑には届いていないものの、辺りの草木は黒色に焼け焦げ、炭化している。焼け野原とはまさにこのこと。

 

発生した風が髪を静かに揺らす。目の前に起こった黒煙はその中の人物がどうなっているかわからないほど濃い。…だが、これで死んだら拍子抜けだ。

 

「…来たなァ…!!」

 

嬉々としてそれを視界に入れる。黒煙からは一本の線が伸びる。

 

何者が走り、その背後を付き従うように。瞬間、目に飛び込んできたのはほとんど無傷の風見幽香の姿だった。所々、火傷はあるものの軽傷である。

 

先手は奴だ。

 

なんの躊躇もなく、余の首に手を伸ばす。

 

握られたのは…またしても虚無。

 

「…めんどくさいわね。一芸ばかり…。」

 

…擦れば擦るほどの相手の深層意識の中でこの行動が明確に映る。一芸も極めれば多才にも勝る。故の行動だ。理解されれば弱点になる。

 

距離を離し、再び炎を構える。

 

風見幽香が選んだのは…特攻。精神力もずば抜けているか。先程のアレを見て炎の中に飛び込もうなどというものはいない。火球は地面に着弾し、轟音と共に爆発。爆風により、近くの木が中腹から千切れ、飛んでいく。

 

…が、中から現れた風見幽香はほとんど無傷。数えられるほどののみの生傷だが、それが増えたところで何になる。

 

迫り来るは黒いタイツに包まれた膝。顎を狙ったそれは首を傾げることで回避できる…はずだった。

 

「ッ!?」

 

…左頬を駆ける衝撃。

舌に広がる生暖かい血の味。…久々に殴られた。

 

怯んだ隙を風見幽香は逃がさない。空いた懐へ次は本当に膝蹴りを入れようとあげる。たった一瞬の隙だ。

 

苦し紛れに腕を間に入れ、ガードする。鈍い音と鋭い痛みが腕をかけ、僅かに上へと体が浮く。が、それでは終わらない。

 

直後、余の足を風見幽香は掴み、地面へと叩きつけようとした。地面スレスレで霧と化したから良いものを…意識が昏倒していれば如何に余とて絶大なダメージを喰らっていたろう。

 

「ダンナァッ!!」

 

「…喚くな。」

 

鬼童の言葉は頭に響く。

全く煩わしい。花を守ることから余を殺すことへ認識が変わったことにより更に容赦がなくなった。奴の攻撃は格闘、傘による斬撃や刺突、レーザーの3種類。

 

「さっきは期待していたのだけれど、時間を追って弱くなってきたかしら。」

 

「…寝言は寝て言うものだ。風見幽香よ。」

 

完膚なきまでに叩き潰してやる…か。

大口を叩くだけのことはある。

 

だが、ダーインスレイヴを出すまでには至らない。

 

「何、笑っているの?やられすぎて頭がおかしくなった?」

 

此方を睨む風見幽香の視線。その視線には殺気が混ざられている。

 

「…余を弱いと言った貴様を呪え。」

 

余が地面を蹴り、前へと出たと同時、奴もまた此方へと向かってくる。

 

星熊勇儀の時のように殴打同時のぶつかり合いにはならない。風見幽香は至近距離で選んだのは傘による刺突。

 

「余を舐めるな。花の大妖。」

 

迫り来るそれを……掴む。手の皮は切れるものの、一瞬、奴の勢いが止まった。

 

「それがどうしたとッ!!」

 

そうなれば次にやってくるのは右足による膝蹴り。跳ね上がるように余の腹部を狙う。…が、そこまで付き合いはしない。

 

「あぐぁっ!?」

 

風見幽香の顔がガラリと変わる。

その体が徐々に…徐々に上へと上がっていく。超常現象でもなんでもない。余の右腕で奴の首を掴み上げたのだ。

 

「これが、したかったのだろう?」

 

「がっ…ぁあ…い…いい趣味ね…!!」

 

…自然と口角が上がる。

余はヒーローなどではない。やり方は自身が決めることであり、その戦いに美徳などない。このまま絞殺も良いが…それでは些か興醒めである。

 

「…こういうのはどうだ?」

 

首筋の手を緩め、隙だらけのその腹部へ…蹴りをねじ込む。

 

「ゴフッ!?」

 

…モロだ。

留め具となる足も地面についていない以上、風見幽香は地面を滑る時よりも早く地面から少し浮いた状態で吹き飛んでいく。その先には樹木。なすすべなく、風見幽香の身体はその硬い樹皮の大樹へ当たる。

 

「…やったわね…。」

 

「イイ面になったではないか。」

 

立ち上がる風見幽香。しかし、その顔は無様である。口元からたらりと血を流し、頭をぶつけた為、額からたらりと血を流している。

 

堅牢な守りは虚をつくことにより、穴が開く。

 

笑っていないところを見るに、風見幽香にとっては少なくともそういった現状だ。此方は何故だが、気分も心地いいのだが。

 

「…その程度で終わってくれるなよ?完膚なきまでに叩き潰してくれるのだろう?」

 

「…ふふふっ。…じゃあやってやるわ。」

 

地面を蹴り、此方へと向かってくる。

…顔面を目掛けた打突。しかし、それは左の掌底に弾かれる。

 

右の拳を固め、腹へねじ込む。

 

だが、それは腹と拳の間に入った奴の右手によって腹にめり込むことはなく、掴まれる。硬い拳がみしみしと音を立てて、握られるが、そんなものはどうでもいい。

 

「ふんっ!!」

 

…武器はまだある。

風見幽香の頭に額を打ちつける。それは奴にとっての虚。意識外であり、頭突きなどというものは考えていなかっただろう。それにより拳を受け止めていた手の力が緩む。

 

拳を引っ込め、手刀で袈裟に風見幽香を切り裂く。

 

「はぐっ!?」

 

刃物などはない。だが、風見幽香の肩から右の脇腹にかけて赤い帯を見に纏っていた。滴るそれは確実に命に到達するもの。

 

そのまま傷を押さえる風見幽香の腹を再び蹴り抜く。

 

感触は柔らかくなく、どこか硬かった。流石だ。蹴り抜かれる直前、腕でガードし、自ら後ろへと跳んでいた。

 

「…手刀で…こんな…。」

 

「次は腹を貫通させる。」

 

初めて風見幽香の顔が笑顔と真顔以外に変わった。顔面蒼白で、額から血と共に汗を流している。無論、血を流しすぎただの怪我が命に関わるだのそんなことは我々の次元ではない。

 

警戒するものが増えたのだ。当たり前だろう。

風見幽香の目が此方を睨んで離さない。仇でも見ているのかというほどの怨念を感じる。余と同じ紅き眼に余が映る。

 

地面を蹴り、前へと突き進む。

 

「チッ!!」

 

至近距離でもレーザーを打つような奴だ。

距離を潰そうが、脅威であるには間違いない。

 

先手はまたしても風見幽香。傘による刺突はこの土壇場で速度を上げる。

 

肩に突き刺さるそれによる局所的な灼熱感。

 

そのまま腹部への蹴りにつながる。…だが、おめおめとそれを喰らうわけにはいかない。たった一瞬の、攻撃に移る隙が命取りである。

 

「ぐっ!?」

 

風見幽香の腹へ拳がめり込む。勝負あったか。風見幽香の身体から力が抜けた。…ただし、それは一瞬。

 

次に感じるのは腹部の痛み。…なんだ。

下に目をやるとそこには。

 

「ゴフッ…貴様もか…。」

 

風見幽香の腕が腹部を貫いていた。

口から血を吐くなんて…久しぶりすぎていつぶりかなど覚えていない。遅れてやってくる灼熱感。腹から伝って鮮血が流れ出る。

 

当の風見幽香はというと…腕を引き抜くと小さく笑い、そのまま下へと倒れた。

 

「ダンナッ!!大丈夫っすか!!」

 

「…腹に穴が空いた…それだけだ。」

 

此奴め。余の手刀を見て思いついたのか、あるいは天性の凶暴性なのか。流石に疲れた。貫通はしていないものの…少し骨が見えている。なんとも恐ろしい女よ。

 

「…少し疲れた。余は休む。」

 

「え、ええ。肩を貸します。」

 

「必要ない。」

 

…どうせ、傷は数分もあれば元に戻るのだ。肩に突き刺さった傘を引き抜き捨て、木陰に座る。あの優美で壮大な花畑を見れば心を安らげるもの。少し目の保養とするか。

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