…風見幽香と別れ、博麗の巫女の住む神社へと旅立つ。巫女というだけあって、神社住みらしい。
「…しかし。」
「なに?」
…不思議な感覚だ。
女の髪型など気にしたこともなかったが、文はずっと一緒に旅をしてきたからか、少し気にはなる。
「なんだ。えらくスッキリしたじゃないか。」
「そうね。…アンタに命を預けたからね。」
「髪は女の命…か。」
艶やかな黒髪は健在ながらも、不細工にも整えられた毛先と黒髪の時はチラリとしか見えなかった首筋がしっかりと視認できるのがとても気にはなる。
「…何よ。あんまりジロジロ見ないでくれる?」
「元がいいとどんな髪型でも似合うな。」
「…アンタ、平然とそういう事言うわね…。」
文のもの言いたげな目が此方を刺す。
下劣な言い方をすれば、幻想郷は強ささえ兼ね備えれば、女には困らぬ。風見幽香や八雲紫など眉目秀麗、美人揃い。この文も例外漏れなく整っている。…だが、興味はない。
如何に顔が良くとも、その心の中では何を考えているかわかった試しがない。文ならば、ここまで共に歩んできたのである程度はわかるが、その他はその美しさに惹かれてついて行ってはいけない。…美しい花には棘があると言うものだ。
「褒めてくれてるならありがと。」
「ふん。…余は目の前の真実を言ったまでだ。」
再びもの言いたげな目が此方を刺す。
なんだというのだ。そんなもの…美しさであればうちの妹達が上位に位置するのは確実である。あれは引く手数多だ。
「つきましたよ。…この階段を登れば博麗神社です。」
いくらか歩いた後、稗田阿夢がそう言った。
目の前に広がるのは天高くまで登る階段とその脇に生い茂る森。鳥居すらも見えないが、登るのは骨が折れる。
「…仕方ない。鬼童は歩いていけ。余と文は飛んでいく。…稗田阿夢よ。お前は文に抱えてもらえ。」
ただでさえ、ここまで稗田阿夢のために何度も休憩をしてきたのだ。こんな階段では何日いるかわかった試しがない。
長い階段を登り切るとそこにあるのは古き良き和風家屋だった。瓦の屋根に、引き戸。木の間から微風が通る。
こう言うものは見たことがない。…それにここにいるだけで肌を刺すような嫌な感覚が走る。
「…この場所に来るとは中々な自殺志願者だねえ。」
…艶やかな黒髪を持つ老婆が縁側で犬を撫でていた。静かに吹き付ける風のような穏やかな声だが…所々に圧を感じる。
「アンタ、外国の妖怪さんだね。…この博麗の巫女に何のようだい?」
「…我らは先ほど、人間の集団に襲われた。全員、無論、殺したがそれが汝の差し金かどうか…確認しにきたのだ。」
「————へぇ。」
長らく溜めて放たれた言葉は酷く冷徹。
犬もその膝から逃げるほど…。全身が総毛立つ。
「そんな外道と同じにされちゃあ、この私も舐められたものだねえ。」
「陰陽師もいたからな。」
…鬼童と文は圧にやられている。
開かれた瞳孔から感じる圧は妖怪なら動けなくなってしまうかもしれないほど。殺気と共に漏れ出るのは妖力ではない濃い匂い。
「ことを構えるのは面倒だけどねえ。」
「…余も汝とはことを構えたくないな。」
「…助かるよ。アンタとは私もやりたくはない。」
…柔和な笑みを浮かべるが、この女、かなりの強さだ。流石は長年最強と言われているだけはある。若い頃なら、勝てたかどうかわからん。
「歳はとりたくないねえ。…アンタは私の天敵だ。そうだろう…?」
「天敵?どういうことだ。」
「…アンタの能力。ここからでも違和感は感じるよ?…アンタの能力は…『ありとあらゆるものを喰らう』能力だ。」
…なんだそれは。
「ここからは私の勘だ。食らうといってもそれだけじゃない。…やりようによっては最強を名乗れる。…それ以外は本人しかわからない。」
…喰らうか。
名前を聞いてもコイツとの付き合い方はよくわからん。消化を良くする能力か?それとも何もなくても腹を膨らます能力か?…それが何故、最強を名乗れる。
「…本当は私か、今の博麗の巫女が相手してあげたらいいんだけどねえ。修行中だからねえ。」
「大丈夫だ。妖怪のことは妖怪に聞く。…八雲紫を呼んでくれ。」
その言葉に老齢の巫女が見せたのは…呆気に取られた表情だった。
「紫?…でもアイツはアンタの言うことを聞くような奴じゃ。」
「奴とは一度会っている。…それに言うことを聞かせる術はある。」
…使いたくはないが。
妹らに顔負けはできぬからな。だが、最悪使うしかない。
「…なら、紫は呼んであげるよ。ただし、人里の事件を解決してくれたらね。」
「妖怪が、か?」
「アンタならやってくれると思ってるけど。仏頂面だけどいい男だからね。」
なかなか見る目がある。
だが、妖怪が人里などに入れるのか。…人里の事件というのは何だ。あの野盗と陰陽師団が我らを狙ったことに関係があるだろう。
「…人里には陰陽師団がある。その長の幻雲という男…全てに通じている。」
「…幻雲か。」
聞いたことがある。
確か、稗田阿夢に眠り薬を渡した男の名前だったか。
「稗田阿夢の好奇心につけ入り、眠り薬で門兵たちを眠らせることで間接的に稗田阿夢が…稗田家の当主が死ぬ。そうなれば、当主のいない稗田家と元々懇ろにしていた陰陽師団の…しかも、長の幻雲という男に人里の実権が舞い込んでくる。」
「…何が目的だ。」
「…人と妖怪の全面抗争。」
…それは大嶽丸が考えていたことと一緒だった。
文や稗田阿夢、鬼童の顔は青ざめていく。博麗の巫女の柔和な笑みが次第に固く、温度を失った真顔と化す。
「そうなったら、若い博麗の巫女である現当主は出なくちゃいけない。でも、うちの子はまだまだだ。私としても博麗の巫女が途絶えるのは嫌でね。だけど、人里の希望である博麗の巫女はその狙いに気づいていても人を守ることしかできない。…あれは凄まじいほどの妖怪憎しだからね。妖怪の根絶、それが狙いだよ。」
「…しかし、八雲紫がいる以上、それは不可能だろう。」
「だろうね。でも、八雲紫にとっても博麗の巫女は簡単な相手じゃない。それで多くの陰陽師団を相手にするのは難しいだろうね。それを狙っているのさ。」
…そうなれば、幻想郷は潰える。
博麗の巫女は幻想郷を守る砦。彼女はそれを危惧している。
「…そうか。要は幻雲を暗殺しろ…ということだな。」
口角が上がる。
これほど簡単な話はない。博麗の巫女もそれを見て、柔和な笑みを三度浮かべる。
「やっぱり、男前だね。…人里へは入れると思うよ。でも、注意しなさい。見つかれば博麗の巫女…私の娘と対峙することになるからね。」
「ふむ。」
暗殺…か。
我らなら出来るだろう。
「理解した。…人里へ戻るぞ。」
「…ちょっと待ちなさい。」
…背後へと振り向く余に博麗の巫女はそう言った。頼んだやつが驚いたような顔をしている。二つ返事で返した余に驚愕したのだろう。
「頼んだこっちが言うのもなんだけどさ。…アンタには関係のないことだろう?なんでそんな簡単に…。」
「そんなことか。…答えは単純だ。」
博麗の巫女に振り向き、翼を広げ、答えてやる。
「…格好いいだろう?尊敬する兄がこの幻想郷を守ったとなれば、妹らも目を輝かせ、兄を讃えるだろう。その未来が余には見える。…だから、やるだけのことだ。」
「…ははっ。なんだそれは。…アンタ、意外と単純だねえ。」
…笑われてしまった。嘲るようなものではなく、愉快な話を聞いたかのようで。だが、余の行動原理は全て家族だ。妹らが偉大と思うなら、大言も叶えてみせる。…それが余だ。
「話が終わったなら行くぞ。…人里に。」
周りの目が少し暖かい。
あの文でさえ、笑顔を見せている。…博麗の巫女に恩を打っておくことも視野に入れているわけだが…なぜか信用は得たな。まぁ、いい。悪党退治と赴かせてもらおう。