紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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失敗

人里近辺。背丈の高い木々は隠密には上等だ。時刻は黄昏。

 

「…夜間、門兵は交代制か。」

 

「寧ろ、夜の方が堅牢だと思います。…妖怪は夜が活性化しますので。ほら、あの人が幻雲です。」

 

稗田阿夢が指を指す方向。そこにいたのは白髪の初老の男性だった。首には玉のつながったネックレスをつけており、目の周りには火傷痕が窺える。

 

「昔、人里が燃えたことがありました。その火の手は普通じゃ考えられないほど。人里の半分以上が炎に包まれたものを人々は妖怪の怒りだと考えました。それを幻雲様は一瞬で沈め、雨乞いで消火を行いました。それを神の善行だと。幻雲様はその影響で…人里では英雄視されています。」

 

…確かに。門兵へ手を振る所作やその際に見せる笑顔…いやらしいものは感じない。柔和な老人といった感じだ。

 

「…ふむ。」

 

「ちょ、ちょっと!?酷いっすよっ!?博麗神社に置きっぱなしで、飛んでくなんてッ!?」

 

…後ろの方で鬼童が何かうるさい。阿呆じゃない為、小声だが…耳が幾分かいい為、それでもただの雑音だ。

 

「あ、あれが幻雲っすね。…あれを殴り殺せば全て解決。」

 

前言撤回。ただ阿呆だ。

呆れてものも言えん。腕をぐるぐる回して、拳を固めている。とりあえず、額にデコピンを入れておく。額は割れるが…まぁ、死にはしない。

 

案の定、額から血を流し、こちらに抗議の目を向けている。

 

「阿呆が。巫女が言っていただろう。…見つかれば妖怪と人間の全面戦争。その引き金になり、博麗の巫女が出る。大嶽丸がやっていたことと同じ運命を辿ることになる。何のために汝は肩まで切られた。」

 

「…ぐぬぅ。」

 

…隙はない。幻雲の周りには眉間に皺を寄せた仏頂面の男が7、8人囲んでいる。幻雲ほどではないが、濃い匂いを放っている。妖力よりも甘めの匂いだ。

 

「どうやって入り込む?…私じゃあの結界は無理よ。」

 

…ビリビリとした感覚。

我々妖怪には人里が淡い白色のガラスで包まれたように見える。ガラスのドームだ。そもそも、妖怪ならその堅牢な守りを突破できない。

 

…そうか、喰らうと言うのは…。自身の手を見て、確信する。

 

「余なら何とか出来るやもしれぬ。」

 

「…はぁ?いや、アンタがいくらすごくても…。」

 

文は呆れたようにそう言う。

 

…自身の力が喰らうというならば…例えば、何かを喰らい削ることも可能なのではないか。あの、八雲紫との戦闘…スキマとやらを削ったあの瞬間…。

 

恐らくは余の攻撃には結界、霊力や妖力などによる守りを貫通する…あるいは食い破り、薄くする力がある…のではないかと思う。よく出来た憶測で、余に好都合な考えだ。が、確証は無くとも己の力。…試してみる価値はある。

 

「でも、門兵に見つかっちまいますよッ!?どうするんですッ!?」

 

「…喚くな、鬼童(愚か者)。…其方は対処済みだ。霧になればいい。」

 

「え?」

 

呆気に取られる面々…いや、文だけは顎に手を当てて考えている。…そう、彼らは戦闘の時の避ける動作だけしか知らん。霧化は修行の末に身につけた妙技…故に余のように妖力を可視化、及び感知できぬ者は気づくことはない。…人間であれば尚更だ。

 

だが、無敵ではない。

今は耐性がついたから何も言うことはないが、日光に当たれば文字通り霧散。されど、何故か炎や氷では何もなることはなかった。…その謎は余にもわからぬ。

 

「…決行は獣も寝静まる夜更け。汝らはここに居ろ。…死ぬことに気づかぬほど即滅してやろう。」

 

「…しかし、此方からの潜入では人里で問題を起こすことになります。それでは、博麗の巫女がやってくる理由になり、本末転倒では。」

 

「…ふむ。」

 

…気づかれぬうちに殺すこともできるが、確かに幻雲の寝所までの経路、そして、そこまでの護衛を視野に入れればそうなるか。

 

「しかし、夜更けに稗田阿夢が行けば必ず騒ぎになる…。それに乗じて殺す方法もあるにはあるが。」

 

「…殺し方次第では群衆に博麗の巫女を呼ばれます。」

 

「やはり潜入か。」

 

何故、我々がここまで脳を使わねばならぬ。くだらん。

 

「…どうやら、頭を使う必要はなさそうよ。」

 

…文の言葉に我らは前を向く。

そこには陰陽師団を率いる幻雲の姿があった。既に日は落ちている。いくつかの男達が、火を灯した松明を持ち、森の中へと入っていく。

 

「…チャンスだ。あの阿呆、稗田阿夢を探すよう懇願されたのだろう。森の中へと入っていくぞ。」

 

…ここから見える奴の顔は辛酸をなめさせられているにも関わらず、酷く穏やかに見えるが…体裁を保つ為には稗田阿夢を探さなければならぬ。だが、奴の狙いは稗田阿夢を殺し、人里の実権を握ること。

 

恐らくは従者とやらに稗田阿夢を探すよう言われた。だが、当然、死体が上がっていないだけだと駄々を捏ねただろう。

 

「…アンタ、すっごい嫌な笑顔浮かべてるわよ。本当に悪役面。」

 

「それでいい。余は正義の味方なんぞではないからな。」

 

…漆黒に染まる闇の森林を突き進む。葉の擦れる音は一切出さぬ。今回は事態が事態なので稗田阿夢は余が抱き抱える。

 

「ちょっ!?ちょっと!?もっと持ち方ないんですかぁっ!?」

 

…脇に抱えるが、何やらうるさい。

この女が弱点になり得るのだ。仕方ないだろう。

 

「…おい。稗田阿夢。」

 

「…なんですか。…私なんてどうせお荷物ですぅ〜だ。」

 

「あの男、どれだけの手練れだ。」

 

先程見た幻雲という男。匂いの濃さが尋常じゃなかった。しかも、混ざり合ったような匂いだ。霊力と…妖力の。

 

その濃さは先日戦った風見幽香や星熊勇儀などにも匹敵…はしないが、それ以下にしても中々に濃い。普通の人間では話が始まらないほどである。

 

…言葉を選ばずにしてみれば、この余をもってしても不気味…である。この案件、一筋縄ではいかぬだろう。

 

「…見えた。」

 

陰陽師団の後ろ姿を捉える。

周りは大木の檻。逃げ場あるが、火を消せば視認は困難。…だが奴は…幻雲は向かう此方を見て…ニヤリと笑った。

 

「彼方です。」

 

直後、矢が飛んでくる。

 

…まずいな。片腕は稗田阿夢を持っている為、満足には避けられん。霧になればこの女を落とすことになる。

 

「ハッ!!」

 

横に跳んで林に入る。

…だが、霊力が練り込まれた矢だろうか、頬に薄く傷がつく。

 

「大丈夫ですかッ!?」

 

「…かすり傷よ。」

 

…彼方は余のことを好き勝手言っている。探している稗田阿夢を片手に追ってきたのだから飛んで火に入る夏の虫といったところだろう。

 

「…見たところ、2、30はいるな。」

 

取り敢えず下ろすとするか。

 

「そこです。」

 

「「ッ!?」」

 

…察知能力が優秀なのだな。

稗田阿夢を持ち、上昇。上から飛んでくる矢に今度は当たらず、木の上に止まることができた。

 

幻雲はニヤリと笑い、紫の装束の裾を引き摺りながら、此方をみる。片方の手には剣…もう片方の手には札を持っていた。

 

「私を見ている邪な者よ。貴方だけが私を見ているとは限りません。私も人里の結界を通じ、貴方を見ているのです。…仲間がまだ2人いますね。稗田殿を早くお渡しなさい。さすれば、慈悲により楽に逝かせてあげましょう。」

 

…近づきすぎたのか。人里に。

余としたことが…ぬかった。微温湯に浸かりすぎた…やもしれぬ。

 

「…稗田阿夢。」

 

「は、はい?」

 

「…少し乱暴に行くぞ。」

 

…しかし、そんな窮地にも関わらず、余に舞い降りてくるのは狂気にも似た嬉々。戦闘とは痛みを伴うもの、死を見るもの。そうでなくては面白くない。だから、無敵は嫌悪する。

 

枝を蹴り、最高速で懐へと潜り込む。

 

迫ってきた陰陽師は札を飛ばすも、それは地面へと勢いをつけて落下。余には掠りもしない。

 

陰陽師が最期に聞くのは地面と靴の擦れる微かな音だろう。

 

「ひぐべっ!?」

 

陰陽師の首が血の軌跡を描きながら、宙を舞う。人間の首など手刀で容易に狩れる。

 

「さて次だ。」

 

月が雲に隠れる。

…何故か、頭の中で警鐘がなる。…仲間をやられて皆、恐れているというのに幻雲だけは柔和な笑みをやめない。

 

「幻雲様には指一本触らせぬッ!!」

 

…後ろから来た奴は…。

 

「ガペッ!?」

 

…右の掌底で顔が破裂した。こうすれば大体は恐れていく。陰陽師とはいえ、奴らの顔には苦の表情が。

 

「…さて、私も出ますかね。『火炎の戦付』」

 

「ふんっ。」

 

霊力を纏った札による追尾弾。

 

稗田阿夢を抱えながらも、木の間を縫うように飛ぶ。…このようなものは見たことがない。しかも、札は橙に染まり、煌々と熱を放っている。

 

「…森でやるには可哀そうですが、仕方ありませんね。ほら、もう一つ。」

 

…前方からも何発かの札がやってくる。速度は余より少々遅い程度。止まれば当たる。

 

「…遠距離はこれぐらいだがッ!!」

 

炎上はまずい。文字通り煙に巻かれる。

集中しろ。抱えてない方の指…そこに火球を作れ。

 

「ハッ!!」

 

…いつもの大火球とは違う。小規模のそれが、目の前の札とぶつかり、黒煙を作る。

 

それは陰陽師達にも予想外。

いくつかの陰陽師達は火傷…装束も焼けていく。

 

だが、幻雲だけは無傷だった。

 

「…『神堕剣(かみおちのつるぎ)』」

 

このまま飛ばし、その首を蹴り砕こうと空中で放つ蹴り。

 

しかし、幻雲はそれを容易く跳んで避けると余の腹部を軽く薙ぐように突きを放った。

 

「ぐっ!?」

 

…身体から生気が抜かれる。焼けるような感覚だ。…速度を維持するのも不可能。ならば…!!

 

「くっ!!」

 

目の前の木を片手で持ち、方向を変える。

背後から来る札には先ほどの小火球を放ち、撃墜。だが…そのまま、視界が地面へと落ちる。

 

…身体が…落ちた?

飛ぶ速度は維持できないとあの場で悟った。しかし、何故飛ぶことも不可能になる。

 

「ルディウス様!?ルディウス様…!?」

 

「…チッ。」

 

…腹部から血が垂れでる。しかも、滝のように。

抑えても手を赤く染めて、流れ出る。再生が間に合っていない。

 

立ち上がることは辛うじてできるが…目の前の男を倒すには少し心許ない。

 

「…未来というのはよく変わりますね。ルディウスくん?」

 

「貴様…余の名を何故…。」

 

「私はね。少し先の未来が見えるんです。それだけですが…君たちが襲ってくるのはわかっていました。」

 

ニヤリと笑い、そう言う幻雲。

そのまま剣を構える。

 

「…この剣は神堕剣と言ってね。邪なる穢れを浄化する力があるんですよ。こんな風にねッ!!」

 

そう言いながら、袈裟に振り落とす幻雲。

 

…切先は見える。普段なら避けられるその一撃は…その胸を袈裟に切り裂き、血飛沫を上げた。

 

「ぐっ!?」

 

「ハッハッハッ!!妖怪という己を呪いなさいッ!!このまま祓ってあげましょうッ!!あの世で先に待ってなさいッ!!」

 

全身を襲う倦怠感。

…身体を襲う寒さ。久々に感じる。太陽に突きつけられたあの時に感じたそれに近い。

 

「…負けぬぞ…。ゴフッ…。余は負けず嫌いでなぁ…!!」

 

戻すように血が出る。

口元を垂れる己の血に己が未熟さを感じる。稗田阿夢が余の名前を連呼する。その声がひどく煩わしい。今際の際だ。それはわかるさ。

 

「死になさいなッ!!」

 

…再び、繰り出される突き。

 

それに対して炎を放とうとするが…出ない。先ほどまで我が想い通りに出せたそれが。…そして。

 

「グフゥゥッ!?」

 

…余は自身の身体を貫く刀を初めて見ることになる。星熊勇儀の時は月が出ていなければ負けていた。風見幽香のときは事実上の引き分け。…ここで敗北か。

 

もはや立つ力も残っていない。

刀を引き抜かれ、余の体は哀れにもそのまま膝をつき、倒れる。…が、何もせぬのは…癪に触る。

 

「ぐ…お……。」

 

「ぬっ!?貴様ッ!?」

 

…爪を立て…幻雲の右膝から下を吹き飛ばそうとした。しかし、その一撃は骨を断つに至らず、肉を裂くのみであった。血が吹き出すその様を他所に視界が朧げになる。…人間を舐めすぎていた…か。

 

「ルディィィッ!!」

 

…薄れゆく意識の中、聞こえたのは雌天狗のその声だった。




急すぎたかな。
強いキャラは慢心でやられることが多いですよね。

兄上の匂いについてですが、吸血鬼の嗅覚を異常発達させた兄上は血の中に溶ける力にもその匂いを感じることができます。

妖力…キツめの匂い。

霊力…甘めの匂い。

魔力…酸っぱい匂い。

と言った感じ。具体的にどんなのというのは提示しませんが、兄上自身はそれで見極めてる感じ。強い妖怪ほどそれは濃く、弱い人間には何も感じません。

まさか兄上が負けるなんて…と思われがちですが、コールド勝ちって実は少ないのよね。兄上。
紫さん達と大嶽丸ぐらいですから。でもここまでの負けは初めてかな。負けないとつまらないよね。どんなチートキャラでも。
あ、兄上はチートになります。では次回!
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