「…完全に消し去った。人里では騒ぎにはなるが、博麗の巫女が動くようなことがないよう奴の悪事もばら撒いた。」
…妖刀の存在。そして、人里の奴の家にあった禁術の書。人の身でありながら妖怪になろうとして、敢えなく撃沈という流れである。
「イテテ…文さん、もっと優しく…。」
「馬鹿に付ける薬はないの。ほら、シャキッとするっ!!」
博麗神社で妖怪の治療とは。
これはこれで稀有な現状だ。不思議と、皆が揃っているこの現状が悪くない。
「…ありがとね。人里から妖怪の退治依頼は来なかったよ。期待はしていなかったが、あの幻雲の悪事が信じられたらしい。」
「余にできることをしたまでだ。」
だが、無様な醜態を晒した。
文達に命まで救われるとは…思いもしなかった。
「…で?八雲紫は何処にいる。」
本題に入ろう。血みどろになってまで、任務をこなしたのもあの女に会うため。しかし、余の言葉に返ってきたのはどこか含みのある笑みだった。
「焦らない焦らない。…と言いたいところだけど、もう来ているよ。ねぇ?紫。」
そう言うと同時、背筋をなぞるように冷たい殺気が突き刺さる。風見幽香や星熊勇儀のような大妖怪にしか許されないほどの濃密な妖力の匂い。先ほどまでなかったのに…おかしなものだ。
「余に感知されぬとは。恐ろしいものだな。」
「なんで私を探していたの?…求婚でもなさるつもり?」
後ろを向けば、あの狐…八雲藍もついてきていた。
空中に腰掛けるように、日傘を刺したその様は怪しげではあるものの、誘い込むような美を感じさせる。
「いいや。汝に頼みがあってな。」
「貴様…どの分際でほざいているッ!!」
「…躾がなってないようだな。」
ギロリと睨みつけられ、突きつけられる言葉のナイフ。まだまだ若いのだろう。すぐに声を荒げる藍に対して諌めることもなく、八雲紫は此方を笑みで見つめている。しかし、その目は笑っていない。
…まぁ、当たり前と言っては当たり前。此奴らとは初遭遇でぶつかっている。八雲紫はわからぬが、八雲藍は殆ど本気だっただろう。…わからぬが。
「頼み?」
「余を鍛えよ。」
「……は?」
突拍子のないことに周りが驚愕する。
あの八雲紫でさえ、博麗の巫女でさえ、目を丸くし言葉を失っている。
「なぁに、貴様は余に対して能力の有無を仄めかした。そして、掴んだは能力の本質、その名ッ!!…だが、安定して出せるとも限らぬ。そこでだ。この幻想郷でも指折りの実力と賢者たる貴様に余を鍛えさせようと思ってな。」
「…やると思ってんの?私が。」
…言葉の端々に殺気を感じる。
八雲紫の顔は引き攣った笑みとなっていた。
「何故だ?強さを求めるのは興味本位だが…悪いのか?」
「…貴方は幻想郷を滅ぼしかねない存在。…そんなものを私が育てろと?馬鹿じゃないのッ!?」
「…ほう。」
幻想郷を滅ぼしかねない力…余がか。
何もそんなことはしない。と言っても信じられやしないだろうが、この郷はいい。壊すには勿体無いほど、色々なものに満ちている。飽きない…というのが、行動原理だろうか。
「余について来れるものがこの郷には五万といる。いずれ、我が妹らも連れてこよう。…これでは満足いかぬか?」
「行くわけないでしょう?…兎に角、貴方のことを育てるなんて言語道断よ。」
「…そうか。」
嫌悪感を示す八雲紫。八雲藍に関してはもはや、此方に噛み付かんと言わんばかりに威嚇していた。…はぁ。仕方のないことだ。このまま収穫なしで帰っては余が傷を負い、血を吐いた意味がない。
「…では、此方にも方法はある。」
「…やる気?この博麗神社の境内で。」
…そんな面倒なことはしない。八雲紫、そして、老いてはいるが博麗の巫女を一度に相手にするほど自惚れてはいない。だが、魔力を持つ吸血鬼ならではの突破口があるのだ。…使いたくはないが、仕方ない。
「仕方ないな。…我が目を見よ。」
「ッ!?藍ッ!?目を背け…!?」
「…遅い。」
究極、我々、吸血鬼は敵を作らない方法など数多ある。圧倒的な力で服従させるか、権力を誇示するか…或いは
レミリアやフランドールは使えない。使わせないのだ。幼き子には過ぎたおもちゃ。では、どう使うのか。簡単である。一度でも対象に目を見たと錯覚させれば終わり。後で目を逸らしたとしても後の祭りだ。
「ぐっ…あっ…く…くそ…。」
周りの皆もその現状に驚きを隠せない。頭を押さえ、苦しむ八雲紫に。
初老の巫女からも少し殺意が見えてくる。
「何をする気だい?」
「…安心しろ。人には決して使わん。それに出力は弱めてある。…余に対する抵抗する力を削いだだけだ。嫌悪する相手に思うままに使われるのはなかなかに堪える。」
…まぁ、最も。身体なんぞに興味はない。
ここまで堕ちるのだから、弱みを握られてはレミリアやフランドール達に危害が加わる可能性がある。そんな女を心の底から愛せなど難しい話だ。
「…ぐ…あっ…。」
やがて八雲紫と八雲藍から力が抜ける。
認識を…脳の認識をぐちゃぐちゃに混ぜられるのはとてつもない苦痛だ。心と頭での認識の乖離。悪魔…か。中々に的を得た名前ではあるだろう。
「…これで有無は言わせまい?」
「…ふざけるなよ…屑が…。」
乱暴な口調は八雲紫の口から放たれる。
だが、殺意を剥き出しにしながらも此方へと襲ってくる気配はない。
「屑か。…だが、貴様には余を呼ぶべき名があるだろう?」
「あ…ぐっ…あ…主人様…。」
「…。」
流石にやり過ぎたか。
八雲紫はゆっくりと地面に膝をつけようとする。土下座…だろう。八雲藍もそれに倣う。
「よせ、そこまでしなくても良い。」
流石にこの面々の前で女を土下座させるなど、余の器が知れる。いや、余の欲望の為に女を使うのだから、もうそんなものないか。
「…腕が動けば貴方を殺してるわ。ここまでの屈辱…初めてよ。」
「何も命や純潔までは取らぬ。余が興味あるのは汝の知識よ。それ以外のものは求めぬ。」
「…くっ。」
さて、此奴らとの旅もここまでか。
「腐っても妖怪なのね。」
そう言うのは文。しかし、その顔はいつもの冷ややかな真顔だった。
「…余は八雲紫に鍛えてもらう。これ以上の旅はできぬ。汝らはどうする。」
「私は妖怪の山の再建があるから。…天魔様も決めなきゃいけないし。それに…いつかは帰らなきゃね。」
「……そうか。」
真顔が笑顔に変わる。
案外、この度を最も楽しんでいたのは己自身だったのやも知れぬ。
「鬼童、貴様は。」
「ついて行きますよ。俺も強くなりたいし。」
「…そうか。」
この馬鹿のお守りはまだ続くようだ。
歯を見せる笑みもさっきのを見て、余のことを軽蔑はしていないようだった。此奴らも腐っても妖怪だ。
「…アンタがしたことは許されることじゃないよ。」
…たった一人だけ。そのことに苦言を呈す者がいた。博麗の巫女である。老齢の巫女は此方をただ見据え、睨みつけている。
「他人の尊厳を奪ったんだ。…アンタはそれで満足かい?」
「…本来ならばこの手段は取りたくはなかった。…言い訳をするようだがな。だが、他の者には絶対に使わぬ。それにこの女らの何かを変えるわけではない。余が満足すれば呪縛からは解き放ってやるさ。」
「…まぁ、好き勝手してる紫にはいい薬だね。」
…それでいいのか、博麗の巫女。
後ろで涙目になりながら八雲紫が汝の名前を呼んでるぞ。
「でも、人に使えば私たちはアンタの敵となる。これは博麗の巫女に語り継いでいくよ。アンタが帰ってくるのならばね。」
「…肝に銘じておこう。」
死すればこの女と会うこともない。
博麗の巫女に恩が売れただけ、儲け物だ。柔和な笑みを浮かべ直す巫女に確信した。
「稗田阿夢。汝は。」
「…私は貴方に守ってもらいました。もう少し貴方に早く会いたかった。…でも、流石に戻らないと…ですね。」
にっこりと笑みを浮かべる稗田阿夢。この女は結局、戦力にはならなかった。幻雲とやらに踊らされ、余の枷となった…それだけの存在。
「…人間の命は儚いものです。もうここで貴方とはお別れですね。…でも、貴方と出会ったことは忘れません。だから、その…また、幻想郷に来たら…私を探してくれますか?」
「…汝はいつも恐れ知らずよな。」
…えへへじゃないが。
博麗の巫女もこの女も結局は今だけ生きているだけの存在。我々妖怪とは違う時間のもの。だが、この女だけは特異。
「…暇つぶしぐらいにはなるだろう。」
「…待ってますね。ちゃんと人里に入れるようにしておきますから。」
それは嬉しい便りだ。
…さて、いつまでも語ろうている訳には行かぬ。
「八雲紫。余と鬼童だ。…連れて行け。」
「…う…ぐっ…わかったッ!!わかりましたよッ!!…くそっ。なんで私が。」
そう言うと八雲紫は怒りを我慢しつつも、空中に裂け目を開く。八雲紫は我々を睨みながらも入るように催促する。…さて。
「…さらばとは言わんぞ。だが、楽しかった。」
奴らの顔を見ずに裂け目の中へと入っていく。
…声は聞こえない。聞きたくないだけかも知れない。また会えるだろうか。…どうでもいいことではあるが。
兄上は所謂いい人ではありません。
使えるものは使う。それが彼の考え方になります。
さて、もう少しだけやってからそろそろ彼女らの元に帰らねば。
遅れましたが、UA10000超えありがとうございます。
これからも少しずつですが飽きない限り頑張ります。では次回。