無口で偉そうな男と幼女が仲がいいのが好みすぎるのさ。
昼飯を終え、時刻は13時ほど。
少し腹を休めた博麗霊夢と茨木華扇は神社の裏の空き地にて、巫女の御技の修行をするらしい。
「…霊力の維持か。」
「ええ。これから彼女は私と共に博麗大結界の維持に回るわ。例え、どんなことがあってもそれを壊させてはダメ。外に妖怪が傾れ込むし、外からの武器やら何やらが幻想郷に入ってきてしまう。それは避けなきゃいけない。」
…珍しく神妙な面持ちの八雲紫。
それを他所に博麗霊夢の身体が浮く。彼女を博麗の巫女たらしめてるのが空を飛ぶ程度の能力である。ただ飛ぶだけではない。あらゆる事象から浮くことができるまさに化け物。
…外では妖怪というものは夢物語。
それこそ子どもでも信じやしない所謂創作物の類になったそう。つまりは妖怪の養分たる恐れが集められなくなった。そんな妖怪たちが傾れ込んだのが忘れじの郷『幻想郷』。
その妖怪に対する倒し方が無くなった人間たちの元へ妖怪が傾れ込むのも、此方へ銃火器が輸入されるのも避けねばならぬこと。外の事象に興味を持つなとは言わぬが、それがもたらすのは幻想郷の決壊につながる…というのが八雲紫の見解である。
「どう?匂いとやら、霊夢は強いんじゃない?」
「…うむ。確かに。」
荒削り、かつ安定はしない。
ゆらゆらとして濃いには濃いが、周りに霧散してしまいそうで少し薄い部分もできている。あれをいかに自分の器に入れ込むかで驚異度が変わる。
「それでも奴は余を超えるぞ。」
「当たり前でしょ。…って言いたいけど、貴方は浮いても意味がないからねえ。」
「あぁ。食らいつけば良い。」
…しかし、博麗霊夢が殺そうとしなければ余もしないだろう。余に取っては霊力のガードも形を持たぬ。故に博麗の巫女とて、ただの人間。どうせ人間なのだから、その時は殺せる。
「…霊夢を殺そうとすれば幻想郷が敵になるわよ。」
「…そんなことが起こらなければいいが。」
余にとっては妹こそ正義、妹こそ絶対。…無論、血を分けた実の妹であるレミリアとフランドールだ。彼女らに危害を加えなければ下等な生き物如き相手にもしない。
八雲紫の刃物のような視線と殺気は冗談では済まさないと言っていた。修行に取り入っている博麗霊夢はそれを気づかない。
「肝に銘じておこう。」
居場所をひとつ消すことになるのは大変つまらない。
「…そもそも、もう帰るのでしょう?」
「あぁ。」
…だいぶ時間が経った。この幻想郷にいる間に季節が変わった回数なんて数えきれないほど。文明の変化も何回見たか。いつの間にか陰陽師団は解体に向けられ、人里の運命は博麗の巫女に託された。勿論、人里の門番はいるにはいるが。
しかし、余の居場所はここではない。
博麗霊夢は余にとっての妹分であり、妹ではない。妹という形あるものの代わりをこの女で果たしているだけだ。会いたくないわけじゃないし、代わりが務まるわけがない。故に簡単なことだ。
「力の正体もわかった。手に馴染む弾幕も手に入れた。…もうこの郷にいる価値はない。」
「…ここまでいてそれ?」
「…だが。そうだな。館ごとここに住んでもいいかもしれない。」
…先程の話。人々は妖怪の存在を忘れ、代わりに文明と銃火器を手に入れた。昔のように相手できればいいが、人は学ぶもの。万が一があっては叶わぬ。故にこの幻想郷なら安心して暮らせる。
「えぇ…。せっかく、屑主人様との暮らしも終わりだと思ったのに。」
「…。」
言葉は酷いものだが、その顔は少し笑っているように見えた。
「…とはいえ、博麗霊夢を夏祭りに連れて行かねばならぬ。その時までは居る。」
「…子どもには甘いのね。」
「………さぁな。」
少しの期間だが、人間といたせいであまくなってしまったのかもしれぬ。だが、あの幻雲のような醜悪なものなら兎も角、子どもまで殺してしまうほど落ちぶれちゃいない。そこには己にとってメリットになり得ることなどないのだ。
「意味もなく人間を殺すなど低急妖怪のすることだ。興味はない。どんな存在も最初は弱く、幼いのだ。」
…かく言う余にも少年だった頃はある。
「そんな幼き弱いものを痛めつけても余は強者にはなれん。真の強者とは臆することなく、高みを目指すもの。子どもを傷つけて強者を名乗るのは外道だ。…人間であろうと妖怪であろうと。」
余は決してレミリアやフランドールに顔負けできぬことはせん。ただ強者たれ…それで彼女らは余を敬い、余を越えようと切磋琢磨する。強者は弱者を痛ぶるような真似はせん。
「…博麗霊夢と一戦演じるのであれば、成熟しきってからだ。今の奴とやり合っても無意味である。とだけ言っておこう。」
「ふうん。なんとなく貴方って妖怪がわかったわ。」
…八雲紫のニヤケ面で全てが台無しだ。それは一時置いておいて…。
目の前では博麗霊夢と茨木華扇が弾幕ごっことやらに洒落込んでいる。今回は霊力弾を使いながら飛ぶ修行をしているそうだ。攻撃と言えば拙く、演舞と言えば殺伐としたそれは七色の玉を自身を中心に円上に配置しながら、小さな巫女は宙を舞う。
茨木華扇は飛ばされる霊力弾を地面を滑りながら避けていく。
突如、彼女の視界を埋め尽くすのは赤い札である。霊力の纏った札は矢よりも鋭利な飛び道具となる。
赤い札はたった一瞬、空に赤い線を作ると茨木華扇の頬を切り、地面へと向かって飛んでいく。
それが雨のように、集中的となって茨木華扇へと飛んでいく。
茨木華扇は地面を駆けて、避けるものの赤い札は追尾し、追いかける。まさにチェイスだ。
茨木華扇はその札と自身の間に木を一本挟む。札は木を破壊しながら進むものの黒煙を色濃くその場に残すのみ。それは茨木華扇を博麗霊夢の目から隠した。
「くぅっ!?どこだぁっ!!!」
…かくれんぼでもしているのだろうか。高く呂律の回らぬ声が響く。それに対して返されたのは七色に光る弾。5個ほどの球が空を舞う巫女を撃墜せんと追いかける。
巫女は七色の玉を放ち返し、空中で出会い頭に爆散する。
「きゃっ!?」
「甘いッ!!」
縦横無尽に駆け回る包帯が博麗霊夢の身体を打ちつける。そのまま地面へと撃墜するがそこは博麗の巫女。霊力で守った身体は傷ひとつ汚れひとつなかったものの、大の字になって地面に倒れていた。
「あううっ…いったぁい。」
「天賦の才とは恐ろしいものだな。…未熟なままでありながら、霊力で身体を守った。」
…だが、立ち上がった博麗の巫女はもう戦えない。匂いが薄くなりすぎている。霊力切れだ。
「貴方も気づいたわね。主人様。…そう。霊夢の弱点は霊力を無意識に出し過ぎていること。だから、それを無くしてあげないと。」
「…ふむ。」
確かにそれは重要なことだ。
いかに天賦の才であろうとそれを生かしきれなければ最強は名乗れない。
「むー。ちゃんと頑張ったんだもんっ!!」
…おやおや。お褒めの言葉を求めて博麗の巫女がいじけ始めたようだ。ここはあの二人とも似たような部分がある。
ぷいっと横を振り向く様は如何に大きな役目を背負ってようと小さな女児であるのは間違いないと思わせる。八雲紫がこちらを向くが、余にこれを鎮めよとでも言いたげだ。
仕方ないので、近寄る。
頬を風船のように膨らませ、此方を睨むその様は将来有望と言えよう。…膝に土がつくが仕方ない。片膝をつき、いじける姫様の頭に手を当てる。
「…最初は誰しもが弱者だ。研鑽を重ね、強くなるが良い。さすれば今は意地悪をしてくる悪鬼も見返せるようになる。」
「ちょっと。誰が意地悪をする悪鬼ですか。」
…此方を睨む茨木華扇は放っておこう。
「…だが、よく頑張ったぞ。前は茨木華扇に弾幕すら出させていなかったじゃないか。そこまで汝は成長したのだ。大事なのはそれを鼻にかけず、強くなること。もし、自身がそれをしても未熟なままなら教え方の悪いお師匠様が悪いのさ。」
「…貴方ねぇ…!!」
…茨木華扇の声が強くなる。今見れば鬼の形相とやらをしているだろうが、余に任されたのは博麗の巫女のご機嫌取りだ。
「故に頑張れ。…わかったな。汝には空を飛んで雲を星を掴む力がある。」
「…うんっ。わかった!!お兄ちゃんが褒めてくれるなら頑張るっ!!」
…再び余の胸に飛び込んでくる小さな巫女は満面の笑みであった。
「それでこそ余の妹分だ。」
「甘すぎるわよ。霊夢に。これで貴方がいなくなったら修行しないなんてことになったらどうするの。」
そう苦言を呈すのは博麗霊夢の師、茨木華扇だった。その顔は如何にも不機嫌だと言わんばかりのその顔に溜息が出る。
「…そうなった場合は余が責任を取らざるをえん。だが、この天賦の才はそう簡単には腐らん。そうではないか?」
「…だからこそ、この子の能力は伸ばさなきゃいけないの。」
「心配するな。いつか、この小さな巫女はあっと驚く化け物と化す。」
…なんとも怖い話だ。だが、過ぎた力は狂気を生む。故に不安定な今、何かしらの精神的な支柱が必要となる。余がそうだったように。
「…人間だからナメてはいけない。妖怪だから慢心してはいけない。余は身を持って体験した。…博麗の巫女に取りいるのも一つの手だ。ならば信用されるのが一番。」
「貴方…!?」
「…とだけ言っておこうか。」
茨木華扇が此方を睨む。
…本当のことを言えば、余が信じられなくなるだろう。本当は妹らとこの子の境遇が、妹らと少しその姿が重なったとはな。
「霊夢に何かしたら私が許しませんよっ!!」
「大丈夫よ。」
…憤る茨木華扇に声をかけたのは八雲紫であった。
「主人様にはそんなことはできない。この人は汚い人だけど同時に誇り高い吸血鬼でもある。今のまま殺す真似はせず、本当に強くなってから戦おうとすると思うわ。これまで見てきた私の最終的な結論よ。」
「…とのことだ。安心せよ。」
余に対する敵意を断っただけであり、頭の中を全て弄ったわけではない。これは八雲紫の八雲紫としての言葉である。二対一であることと八雲紫が完全に余に使役しているわけではないということは茨木華扇も知っている。
「…この女を殺すなどということは絶対にしない。」
「…それでも。私は見てますから。」
なんとも疑り深い奴だ。
…まあ良い。余がやらなければ良いだけのこと。
「…それではもう良い時間だ。我らは帰るとしようか。」
「ええ〜?もう帰っちゃうの〜?」
「あぁ。もう帰らねば。怒られてしまうのでな。」
…鬼狐に怒られるため、流石に帰らねばならぬ。
鬼童と八雲藍は今も戦い続けているだろう。時刻は夕暮れだ。
「あとは任せるぞ。茨木華扇。」
「え…ええ。」
戸惑う茨木華扇をよそに博麗霊夢の頭を一撫でして、立ち上がる。
「またね〜!!」
最後のそれで満足がいったのか、大きく手をぶんぶんと振り、此方へ愛嬌を振り撒く博麗の巫女。少し心の中で温かいものを感じる。…そう思いつつも、スキマの中へと身体を通した。