烏天狗の庁舎。
その中の地下牢獄に霊夢は居るそうだ。
「…。」
…空飛ぶ余をそのまま通すほど向こうも阿呆ではない。次はまた狼天狗共の一個小隊。前に出るのは隊長らしき女…手に盾を持ち、もう片方手には剣を持つ。…が、他の狼天狗と同じように震えている。
「…そこを通せ。余は汝らと戯れるほど暇ではないのだ。」
「…っ。で、出来ないッ!!これは…大天狗様からの…承った命ッ!!」
「———そうか。では、死ね。」
無益な殺傷など言ってられる余裕はない。
ゆっくりと足を動かす。ただ殺気を出しているだけで此奴らは震え、怯えている。生まれたての子鹿のような此奴らは殺さずとも良いだろう。…無論、殺されかけたら殺すのみだが。
バチバチと右手に電撃を纏う。
炎を圧縮し、温度を上げた…
「う、うわぁぁぁッ!?」
一人が逃げ出すと同時、隊長以外の他の狼天狗はその場から逃げ出していく。文字通り、尻尾を巻いてだ。その場は隊長一人となる。…どれだけの誇りだとしても自らの命は大事なようだ。
「…あ、ぐ。…ここは…こ、ここは…!!」
…なんとも哀れ。
目から涙を流し、その場から動けずに居ぬ子犬。…手で触れるだけで黒焦げになって死ぬだろう。
…待て、殺すよりも利用すればいいのでは。
「…ひっ!?」
「…逃げぬ貴様の心意気、気に入った。余のために役に立て。…烏天狗庁舎の場所を教えよ。さすれば命までは取らん。」
怯える女隊長の耳元でそう囁く。
目と鼻の先ほどの距離しかないのにも関わらず、奴は余に刀は愚か、指一本触れられない。恐怖と任務の責に揺られている。…そう感じざるを得ないが、同情などしない。
「…か、烏…天狗のちょ、庁舎は…こ、この先の…小高い崖の…う、上に…。」
「…そうか。」
…そこらの有象無象よりも役には立ったな。敵意はあれど、あの惨状を聞いたか、目にした隊長は動けずじまい。結局、飛び立った余を見ることしか出来なかった。
烏天狗の庁舎…か。
純潔などと口走っていた愚か者は生かしたまま磔にした。今頃、出血死しているだろう。生きたまま血を失うのは変え難い苦痛だ。
…さて、切り立った崖の上…だったか。
「待てッ!!ここから先は…!!」
「…邪魔だ。」
「がっ!?」
何やら
余計な時間を食っている場合ではあるまい。
最短最速で助け出さねば。
「…あれか。烏天狗の庁舎は。」
…遠目で見てもよくわかる。警護に当たる烏天狗が10名ほど。…流石に多すぎる。中に重要機密でもない限りはここまでの警護は庁舎には要らん。
「…ぬ?貴様はッ!!」
着地と同時に白煙が上がる。
あえて大規模に、ダイナミックに立ち塞がる。そのまま地面を蹴り、まずは二人。横薙ぎに手刀で首を落とす。
「「ぐべっ!?」」
…貴様らと語らう時間など無駄以外ない。
そのまま横から刀が落ちてくるが、それを右の人差し指と中指で挟み止める。
「なっ!?ごっ!?」
股座に叩きつけられた蹴りは相当なものだろう。烏天狗の股から血が滴り落ちる。倒れたところを踵を落とし、頭をつぶす。惨状は…言うまでもあるまい。
「…残り7人。」
…手には鈍刀。…いつぞやもこんなことをしたな。
右手に持ち変え、前へと突き進む。立ち塞がるのは二人の天狗だ。両袈裟に落とす刀。落とされる前にその額に右手の刀を眉間に突き刺さるように投げる。
「…ッ!?」
そうなれば袈裟に落ちるのは一太刀。
…もはや、これ以上は遊ばん。遊んでいるわけではないんだが。
「雷帝『
二本の電撃でできた剣がその場にいた生きた雑魚を貫き、焼き殺す。出来上がったのは香ばしい匂いのする焦げた骸のみ。そのまま、ドアを蹴り飛ばす。勢いよく飛んでいったドアに何かがつぶれたが、興味はない。
「なっ!?貴様は…!!あぐっ!?」
「…答えろ。ここに人間の女児がいるはずだ。」
臨戦態勢の烏天狗に首輪をかけ、壁に追い詰める。…12人の雑魚に余が止められると考えたのならば、それは浅はかであったとしか言いようがない。怒りに右手の押し付ける力が入る。木でできた壁に亀裂が走る。
「言え。死にたくなければな。」
「い、いるっ!!し、下の…ろうごっ…ぐえっ!?」
「…牢獄か。」
手のスナップで烏天狗の首をひね折る。そのまま力無く倒れる天狗の遺体を踏みながらも下の地下牢へと続く梯子の穴に飛び降りる。…そこはいかにも埃と血の匂いがする不衛生な環境だった。
「…居た。」
…その奥に錠に繋がった霊夢の姿があった。ご丁寧に眠らされているのか、声一つ出さない。そして、そこには髭の生えたいかにも重役らしい老天狗が羽を広げ、槍を持って立ち塞がっていた。
「…こんな狭い場所で…か。」
「貴様に私のお楽しみを邪魔されるわけにはいかないからなぁ。なぁ?山の厄災めが。」
「…ご大層な名前をつけられていることだ。」
下卑た笑みにその視線。…なるほど。幼女趣味か。その視線は霊夢の方を向いており、醜悪な笑みには虫唾が走る。
「あぁ。下衆が。我々、天狗の長、天魔様を殺し、あまつさえその利益のために女天狗を拉致した怪物が。…この私が倒してくれる。」
「…何年前の話をしている。それに今は若い天狗が天魔の役職に就いたろう。」
「ええい、黙れッ!!…私は…私こそが天魔に相応しい…!!」
そう言って槍を此方に向ける大天狗。
…殺意も目的も隠す必要ないのだろう。あとは天魔が関与しているか…だが。
「…貴様如きの阿呆が、余に触れられると思うな。」
「何ッ!?」
直後、大天狗の目の前に飛んでくるのは膝。
「ぐばっ!?」
そのまま目視することなく、鼻頭を陥没させ、大天狗はそのまま壁へと飛んでいく。大の字で岩壁にめり込む大天狗。頭からも、鼻からも無様に血を垂れ流している。
「あぐっ!?き、貴様…!!」
「…容赦はせんぞ。」
ちょうどいい。
サンドバッグの完成だ。右拳を固め、その腹に打突を入れる。
「ごぶっ!?」
戻したかのように血を吐き出す大天狗。吐瀉された血は流石に多すぎるため、肋骨が内臓にでも突き刺さったのだろう。
「…貴様も見せしめだ。ここから霊夢を連れていく。…死ね。」
「あぐっ!?私は大天狗なのだッ!!私は偉大なるだいて…!?」
電撃を纏った右手を大天狗の首に押し付ける。右手に纏った高圧電流は大天狗の体を駆け巡る。
「ぐぁぁぁぁぁッ!?」
骨を伝って電撃は体を駆け巡る。肉を焼き焦がし、そのまま息の根を止める。終わった後に埃臭さの中に血の匂いをかき消すかの如く、香ばしさと顔もわからない丸焦げの死体の出来上がりだ。…ぴくぴくと動く以外、大天狗ができることはない。
…さて、後は霊夢だ。
手刀で鋼鉄の檻を切り刻み、穴を開ける。そのまま檻の中へと入るとそこには先ほどの惨事など知らぬようにスヤスヤと寝息を立てる霊夢の姿があった。…彼女からは血の匂いはしない。どうやら、大事は免れたようだ。
起こさぬように手の上を切る。そのまま落ちる眠り姫の体を抱き抱え、背中に背負うと早急にその場を脱した。こんな場所に長居などしたくないからだ。
「…ん?」
庁舎を抜けるとそこには沢山の天狗衆が余を出迎えていた。さて、その数はゆうに300を超えているが、これと戦うとなると霊夢を背に背負っていては如何に余でも無傷は難しい。
…やる気か、否か。殺気は感じない。
突如、天狗たちは余に向かってその頭を下げ始めた。集団の間に通路をあけ、その通路を突き進んでくるのは若い女性。長い黒髪を一つに結い、真っ白な着物に身を包んだ彼女は余の前に立つと例外に漏れず、頭を下げた。
「…此度の事件について詫びさせていただきたく存じます。私は天魔…名を
「…天魔か。」
あの一件以降、天魔の職は老中から選ばれていた。しかし、妖怪の力が衰えるにつれて、老中たちはどんどん権威を失っていった。その結果、文を筆頭に若い天狗衆が革命として今までの体制に意を唱え、若い天魔が役目につくことになった。…その節は八雲紫から聞いている。
「此度のことは貴方を昔から知る老中が起こしたこと。天狗たちはその大天狗の命に逆らわず、貴方に向かっていった。…死者が少なかったことこそが救いでしょうか。」
…確かに。その気になれば山を丸ごと消すことだって可能だ。…霊夢がいたからそうしなかったが。
「…貴方には是非ともお詫びをしたい。どうか、お嬢さんと共に私の屋敷に来てはくれませんか。」
そう言うと再び天魔は余に頭を下げた。
「…それはいいが、この子を少し休ませてあげてくれ。」
…おそらく、睡眠薬か何かの類を飲まされている。幻術かあるいは。そこまで深い睡眠状態じゃないと感じるため、しっかりと寝かせてやれば回復するだろう。記憶障害まで至ってないといいが。
「わかりました。屋敷の一室に客間があります。そこで今日はお休みくださいませ。」
天魔はそう言うと天狗一同をその場から飛び立っていった。そのうち一人。見慣れた黒髪と見慣れない撮影機を首に下げた女性が此方へと歩いてくる。
「もう帰ったと思ったけれど。まだこの郷に居たのね。」
「文。…まぁな。役割もできたことだし。」
ずれ落ちそうな霊夢の位置を直す。文はにっこりと微笑むとその霊夢の頭を優しく撫でた。
「この様子を記事にしたいけれど、流石にやめておくわ。起こしたら可哀想だし。」
「…記事?」
「私、新聞記者を始めたの。…というか、元々そうだったんだけど山以外のニュースは取り扱わせて貰えなかったのよね。でも、最近は山以外のニュースも出来るようになった。…ふふ。貴方のおかげね。」
…久しぶりに会ったからか、やけに饒舌だ。
「こほん。文さん。」
文の言葉を遮ったのは天魔の咳払いだった。
文も少し苦笑いをしながら、そそくさと飛び立つ。
「…積もる話もあるでしょうが、先ずはその子を休ませてあげましょう。話はそれからです。」
「…あぁ。」
先ほどよりも優しく運ぶ必要がある。
…天魔の飛び立つ姿を見ながら飛び立つ余の背で眠る霊夢はとても安らかな寝息を立てていた。