天魔の屋敷はそれはそれは厳かなものであった。大きさはさる事ながら、和風建築ではかの白玉楼にも勝るとも劣らないほどの規模であり、中は客間、道場含め約50の部屋が作られていた。
畳の上に敷かれた布団に眠る霊夢から余は一時も目を背けたことはない。ただあの大天狗は余に一泡吹かせたかったから霊夢を狙ったのではない。あわよくば霊夢を…。
酷く腐った話だ。
引かれた座布団も硬く感じるほど長く座り続けていた。
「ん…んんぅ?…ここ…どこぉ…?」
「…目が覚めたか。」
…状況を理解していない姫巫女の頭も優しく撫でる。彼女からすれば余と遊んでいたらいきなりここに飛んでいるのだ。わかるわけがない。
「お兄ちゃん?…んぅっ。くすぐったいよぉ…。」
「ふふ。嫌か?」
「んーん?…これ、気持ちいいから好き。」
などと言い、何が起こったかわからない博麗の巫女様は余の手に自身の頭を擦り付けている。体感はまるで犬のよう。買ったことはない。…流石に生きる時間が短すぎるからな。直近で犬というと…あの狼天狗の隊長、元気でやっているだろうか。
「身体には大事ないか。」
「え?あ、うん。…けほっ。ちょっと喉が痛いかなぁ。」
…あんな埃臭い場所で1時間近く居たのだ。喉に異常を感じるのは仕方ないかもしれない。
「…ふむ。水をもらってこよう。ここで待っておれ。」
「ううん。私も行く〜。」
「…そうか。」
確かに。起きたからとは言ってまだ力の制御できない子どもをまた一人っきりにさせてはいけないか。小さな手を優しく握り、共に天魔が居ると言っていた道場へと足を進める。
そこには正座をし、己を鍛える天魔『璃』の姿があった。
「ようこそ、おいでくださいました。」
「…霊夢が喉が痛いらしくてな。水をもらえればと。」
「そうですか。ではすぐに持って来させましょう。」
そう言い、璃は手を叩く。
その後に反応するが如く、烏天狗の一人がコップに入った水を持ってきた。水面は揺れず、一滴もこぼさない精密性はさすがだと感じる。
「霊夢さんはこの烏天狗に任せてください。なお、あのようなことがあってからではありますが、彼女は幼天狗の保母もしておりますので大丈夫かと。」
「…ふむ。」
先ほどの一件、霊夢は知らない。かと言って天狗に霊夢を任せるのも少々気が引ける。今度こそ大切なものを失うかもしれない。…そうなれば、余がここで暴れればいい。天魔は殺すことができるのは実証済みだ。如何なる理由であろうとそんな腐ったことはさせん。
「もし何かあれば根絶やしにするが…それでもいいな。」
「…え、ええ。」
殺気を出してはいたが、震えないところを見るになかなか肝が座っている。
「…霊夢。少しそのお姉さんと一緒にいてはくれぬか。」
「なんで?お兄ちゃんと一緒にいるっ!!」
水を飲み干した幼巫女は小首を傾げ、その丸くなった目を此方へと向ける。ぷっくりと風船のように膨らまされた頬からは納得の言ってなさを感じさせる。
「…いいか。これから余はこの天魔と話すことになる。つまらぬ話も出てくる。汝が退屈せぬようにだ。わかるな。」
「…う…わ、わかった…。」
その言葉を聞いて霊夢は少し顔を俯かせながら、浮かない顔のまま、天狗の女の元へ行こうとした。その…彼女の頭に手を優しく置く。
「その代わり、今日の晩は汝の好きなものを食わせてやろう。何か…考えておくといい。なんでもいいは無しでな。」
優しく声色を作るとわかりやすく、彼女は顔色を明るくさせ、こっくりと頷いた。天狗の女と共に何処かへと行く霊夢を見届け、すぐに天魔の方を向く。
「ご兄妹。仲睦まじいようで。」
「…血は繋がっておらぬ。修行ばかりに明け暮れていたあの子に無理を言って合わせてもらってから交流を続けている。最初はただ…博麗の巫女に取り繕うが吉だと思っておったのだが。」
…今もその真意は変わらぬ。が、薄汚い大人の言い分は子どもは知らなくていい。
「さて、本題に入ろう。」
「…そうですね。先ずは此度の一件、もう一度詫びさせていただきたい。…誠に申し訳ありませんでした。」
床に胡座をかいて座る。その余に天魔は正座をし、此方に土下座をした。一介の大天狗のために彼女は謝っている。組織の長というものはそういうものだ。如何に取るに足らない部下の失敗であろうと長はやるべきことはしなくてはならない。
…これで霊夢に何かあればこの場で殺していた。
「…あれは、先代を支持する大天狗でした。もう歳もいっておりながら、若き日の栄光にしがみつく化け物。貴方が先代天魔を殺してからは彼も苦労していました。今までの楽な体制、好き勝手している体制が一気に覆ったのです。先先代に意を唱えるものも多く、射命丸文が帰ってきてからはその反対運動も加速しました。…そのため、元の性癖と貴方への復讐心で霊夢さんを…。」
「…なるほど。」
大方の予想は合っていた。
頭を上げた天魔の言葉に合点がいった。惨めなものだ。過去の栄光に縋り、今は何もしない老耄と新しい未来を見る年寄りでは意味合いが全く異なる。選別するなら真っ先に切られるタイプだった。あの大天狗は。
「…これで許してもらえるとは思っておりません。貴方はあの危機化でありながら白狼天狗の小隊を生かしてくれ、最小限の犠牲で済ませてくれました。…勿論、お詫びの品も用意してます。どうか、受け取ってくださいませ。」
そう言うと天魔は細長い桐の箱を持ってきた。
天板を開けると赤い布に包まれている細長い何か…それをめくると見事な漆黒の鞘を携えた刀剣が顕となった。
「…妖刀『玄天』。天候を司るとされ、先代の天魔が持っていた…使ってはいなかったですが、天狗たちを黙らせるために持っていたものです。…それを貴方に。」
「…ふむ。だが、汝も天魔だろう。そのようなものを余に渡していいのか。」
「私はこれで十分です。扱いきれないので。なかなかの暴れん坊ですから、それは。」
そういって見せたのは金色の鞘の太刀であった。
彼女の身長の2倍ほどはありそうな前長を誇る太刀を悠々と持ち上げるその様はさすがは鬼子母神と双璧を成す天魔と言えよう。
「…では、喜んでもらっておこうか。」
「どうぞ。」
淡々とそう言い放つ天魔。
…黒色と紫色の糸が編まれた柄を握り持ちあげる。重量感はない。ダーインスレイヴを片手で扱うので己の力が計り知れないのかもしれぬが、それでも異常なほどに軽い。…刃も見ておくか。鞘に手を触れ、引き抜く。
「ッ!?」
…室内に巻き起こるのはとてつもない突風。それと共に目の前に広がるのは噴き上げられる血飛沫だった。驚愕の色に染まる天魔の顔。木の床に飛び散る血液に目を疑っているのだろう。ほどなくして、僅かに灼熱感が右肩から左の脇腹にかけて走る。
「なるほど。…これは確かにじゃじゃ馬だ。」
口の中に僅かに残る鉄臭さはもう慣れたものだ。なにせ、吸血鬼であるから。
「へ、平気なのですか…?」
「人間ならともかく、我らは妖魔。…この程度、造作もない。傷にもならんだろう?」
…鞘から刃を抜いた途端にこれとは少々驚いたが。
鞘から抜けた刃は見事なもので、紅色の刃に流線形の刃紋が浮かび上がっている。
「…何か違和感等ありませんか?」
「…強いて言えば、この風は鬱陶しい。」
先ほどから室内に巻き起こっている大竜巻。その暴風は余の肉を喰み、風化させていく。おかげで見事な和風の道場が一瞬で屠殺場と化した。肉を抉るほどの風…それがこの刀から出ている。周りに被害を被らないのは、まるで抜いた主人のみを屠ろうとしているように見えた。
抉られては回復し、また抉る。
人間ならば気絶してもおかしくないような状況だ。全身から僅かに痛みを感じる。
「…余を殺すか。刀如きが。」
面白い。実に面白い。
人も妖怪も…更には妖刀もここまで色々なものを見てきたが、ここまで嫌われたのは久し振りだ。口角が少し上がる。
「玄天。余を主人と認めよ。…汝を使いこなせるのは余以外にはおらん。」
まるで覆い尽くすかのように妖力を流す。こうも肌身に刀が合わぬのは刃に染みる未練や失意の中死んでいったものの魂が余に反発しているからだ。ならば、やるべきは一つ。圧倒的な力の差を見せつけ、服従させるのみ。
「…風が…止んでいく。」
ものの数分で、嵐のように吹き荒んでいた風が穏やかに…そして、止んでいく。霧散する風に確信がいった。…この刀は余を主人と認めたと。
風は肉を断ち、血を巻き上げていたのだが、それは静かに余を背中から押す追い風となった。…従順になってみれば不思議と手に馴染む。
「…天魔よ。この刀、喜んで貰い受けよう。」
「ありがとうございます。…玄天は天変の妖刀。慣れれば天候を操ることが出来るようになりますが、最初は暴風を操るところからかと。」
「ふむ。」
…確かに力を入れれば吹き付ける風は強くなる。イメージとしては妖力で操縦するような感覚。出力を弱めれば風も弱まり、強めれば無論、強風と化す。
如何に刀というものに風を集め、形成し攻撃するか…。それなら適任があるが、あれは扇子で起こしているだけだったな。
「…はっ。」
一振り、横一閃で周りの風が強く大きくなる。竜巻…いや、塵旋風といったところだろうか。今度は我が肉に食らいつきはしない。
「戦い方も変化するだろう。」
「では。試して行かれますか?」
そう言うと天魔は先程の太刀を鞘から抜き、此方へ刃を向けてくる。感じるのは包み込むようで突き刺すかのような殺気。笑顔の裏で恐ろしい奴だ。
「これでも戦いは好きですので。…傷つけてもらっても構いませんが、簡単にはやられません。」
「…これは詫びじゃなかったのか?」
「天狗を一方的に殺戮し、天魔をも超える力…興味あるじゃないですか。」
…小動物系の凛とした女性だと思ったが、生憎前言撤回せざるを得んだろう。しかし、ちょうどいい。ダーインスレイヴは魂を削る剣、不死者すらも抹消してしまうゆえ、どう弾幕ごっことやらに落とし込むか考えていたところだ。此方も殺気で相対する。
「ふっ。…容赦はせぬぞ。死んでも文句は言うなよ。」
「…ええ。」
その圧にも屈せず、天魔は幼い顔つきも他所に戦闘者の顔となっていた。
次回、vs天魔。
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ではでは。