紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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帰還

…霧の街ロンドン。

夜に歩けばその真っ白な霧により、視界を失う危険な町。なおも、空気の綺麗さは幻想郷の方が幾分か上である。

 

数百年も経てば文明は成長を遂げざるを得ない。

仄暗いビル街は昔はなかったもので、大きく天を突き上げる煙突はもくもくと煙を炊いている。歩けば人だかり多し。…肥えた舌にはこのロンドンの飯は幾分か不味く感じた。

 

月明かりも微かなほど濃霧の街。その奥の奥。…そこには濃霧の中でも存在感をとりわけ放つ目が眩むほど真っ赤な大屋敷。その門は首が痛くなるほど大きく高い。

 

「…この景色も何年振りか。」

 

最後に見た時は荒廃した魔法館だったはずだ。随分と化けたな。

 

「懐かしい妖気だと思ったら…アンタか。」

 

「…随分なご挨拶じゃないか。…美鈴。」

 

落胆とした言葉とは裏腹に美鈴の顔は晴れやかである。背中には門柱、そこに預けて胸の下で腕を組んでいた。武芸の達人、また力を上げたのか、どこか存在感が大きく見える。

 

美鈴はゆっくりと歩いてくると固めた拳を余の眼前に突き出す。殺意はない。故に避けやしない。拳の風圧に髪が揺れる。

 

「…それが汝の。」

 

固められた拳から感じたのは凝縮された闘気。熱いというよりも肌を突き刺す嫌な感覚。晴れやかな顔に対し、拳からは殺意をも感じる。

 

「…貴方が行ったあと、私たちはそれぞれの能力について理解した。不思議なことは色々あったけれどね。全てはお嬢様…レミリア様の力よ。彼女は運命が見えるようになった。軽いきっかけだけどそれが私たちの能力を示唆するものとなった。」

 

「…元より我々は身体に能力を刻まれている。遠く離れた幻想郷ではそれを程度の能力と言うらしい。」

 

…しかし、未来視か。

流石は我が妹。誇り高きスカーレットが誇る天使の1人。強く生きてくれていて心の底から嬉しい。

 

「でも、一つだけ貴方にとっては芳しくない話が…。」

 

美鈴の話はそこで途切れる。

言葉が途切れ、突如、爆音と共に紅魔館の窓が割れ、扉や窓の穴から黒煙が吹き出す。地面が揺れるそれに美鈴の顔は蒼白。

 

「…また妹様が。」

 

「…どっちだ。」

 

「フラン様。…あの人は暴走しているの。力が強大すぎる。レミリア様やパチュリー様で止めるのにも精一杯だけど…どんどん成長しているわ。」

 

…フランドール。まだ幼子だったあれが大魔法使いと姉を止めるほどの怪物と化すとは…心の底から兄は嬉しい。

 

「笑ってる場合ッ!?妹様はお嬢様も殺そうとしているわ。恐らくは…既に凌駕している。」

 

「…汝らしくもあるまい。」

 

一蹴して地面を蹴り、館の扉をぶち抜く。

目が痛くなるほどの赤々としたエントランスには押され気味であろう血だらけのレミリアとパチュリーの姿があった。

 

「お兄様…!?なんで!?」

 

「帰りの便りでもよこした方がよかったか?」

 

此方を見るレミリアの目は丸く小さくなっている。額から流れる血が彼女の右目を封じ、右手にはガラス片が突き刺さっている。フランドールの様子がわからぬが、戦況は此方がいいとはお世辞には言えない。

 

「…オニイサマ…?イマサラナンデイルノ?」

 

「…。」

 

…ガラガラと瓦礫が倒れ、砂埃が部屋を覆う。

それと同時に聞こえたのは壊れたオルゴールのような声。小さな影は刻一刻と此方へと迫っていく。見れば両手には赤々とした灼熱の槍を携えている。…その名をレーヴァテイン。

 

フランドール・スカーレット。

瞳は小さく…そして、目の光は無くし、口元からは誰のものかわからない血を流している。その体躯は小さいものの、強烈な殺意と共に此方に歯を剥き出しにして迫ってきた。ゆっくりと…獲物を脅すかのように。

 

「…狂気か。その身に宿った力に意識まで食われたか。」

 

「アハハハハッ!!」

 

まさに壊れている。

同音しか出さないブリキ人形のような…不気味なそれは此方を見て笑う。首を傾げ、焦点のわからぬ赤い瞳は何を捉えているのかわからない。

 

「…また、封印しなくちゃ。あの子は外に出しちゃいけない…!!」

 

「…レミリア、何を…ッ!!」

 

…突如、背中に冷たいものが走る。

レミリアとパチュリーを抱え、翼を大きく広げると共にそのまま天井へと飛び立つと先ほどいた場所が炎の弾幕に埋め尽くされていた。

 

それだけではない。

エントランスはまるで爆弾でも投下されたのではないかというほど窪んでいた。ポトリと落ちているのは…耳。爆ぜた耳の形を保った何かであった。

 

「完全ニ壊シタト思ッタノニ…。」

 

悔しげに右腕を見つめるフランドール。…危機回避をしたのは死への恐怖ではない。壊れることへの恐怖か。右側からツーッと頬へと伸びる赤い水。

 

「…。」

 

2人を地面に下ろし、足を進める。

地面を蹴って飛び込むはフランドールのいる場所だ。

 

「ァハッ!!」

 

余を見据えた瞬間、フランドールはレーヴァテインを大きく揺らす。メラメラと燃える刀身が生み出す炎の弾幕は…密度は濃いが避けられないわけではない。

 

「ふんっ!!」

 

懐まで飛ぶと拳を固め、伸ばす。

 

フランドールはそれを上へと飛んで回避するとまたしても右手を閉じていく。

 

「ッ!!」

 

フランドールの右手が閉じるよりも早く、上空へと出る。しかし、今度は右腕の爆ぜる音を聞いた。滴り落ちるのは右腕だった肉塊と血。即座に回復するも次は天井が落石となって襲いかかる。

 

「…くだらぬ。」

 

当たる寸前に霧となる。強大な力…右腕で対象を破壊するかなにかだろう。見えない攻撃には対象のしようがない。

 

「逃ゲルノ?」

 

「…逃げないさ。」

 

…次にフランドールが余の言葉を聞いたのは背後からだった。振り返るフランドールの顔は…またしても狂気的な笑み。

 

しかし、腹部を蹴り抜く足を何もせずに喰らう。

 

「へぶっ!?」

 

そのまま、後転の勢いで地面を転がりながら自身の作り出したエントランスの大穴へと落ちていった。

 

…心苦しいが、おイタをする妹を折檻できるのは余のみである。

 

「…フランドールは余に任せよ。汝らは封印以外の方法を見つけよ。」

 

「なんで!?お兄様ッ!!それじゃああの子は…!!」

 

糾弾の声を上げるのはレミリアだった。そう。力が有り余っている今、外に出し、稀有な目で見られるのはフランドールの精神崩壊を冗長しかねない。…今でももう壊れかけ、いや、壊れているかもしれない。しかし、封印とは即ちひとりぼっちということ。

 

「…余に任せよ。兄を信じよ。」

 

「何ヲ信ジルノ?」

 

「…そう来るよな。」

 

声が聞こえたのは自身の下。そこから爆風が余を吹き飛ばさんと上がる。レーヴァテインの先が、余の腹部を裂くように動く。

 

「ハッ!!」

 

…地面が爆風によって無くなる前に、背後へと地面を蹴り、避ける。床に手をつき、元の体制へと戻った余が見たのは頭から血を流しながらも歯を剥き出しにして笑うフランドールの姿だった。

 

「…フランドールよ。兄は汝を殺しはしない。だから教えてくれ。何故、そんなに狂ってしまったのか。」

 

「…皆ガ一人ニスルカラデショ?…皆、フランノコト嫌イダカラ…ダカラ…。」

 

そのままフランドールは音もなく加速する。余の懐まで入ると共に、持っていたレーヴァテインを捨て、拳に力を込める。

 

「ッ!!」

 

「…壊スノ!!」

 

…遊ぶかのように見せた満面の笑み。しかし、その拳は正しく余の腹部を撃ち抜くもの。間に入れた腕は折れはしないが、肉は少々爆ぜた。鮮血と肉の間でフランドールを見る。

 

そのまま後ろへと吹き飛ばされる。

 

「…ふん!!」

 

…翼を広げ、空中で静止。ジュージューと音を立てて、再生する右腕。吸血鬼の肉体とはいえ、吸血鬼の攻撃は痛い。身体能力が恵まれているのは当たり前だが、フランドールを殺してはいけないというのも…この戦いを難しくしている。

 

「…オ兄様変ワッタネ?今マデ私ノコトブッタリシナカッタノニ…。オ兄様モ私ノコト、嫌イニナッタンダ…。」

 

「…くだらぬ妄言を吐き散らかすな。余が汝らを嫌いになる?…天地がひっくり返ってもありはしない。」

 

「口デハナントデモ言エルヨネェェェエッ!!」

 

三日月型に口角を上げたと思えば、即座に拾ったであろうレーヴァテインを横薙ぎに振るうフランドール。狙うその一撃は頸を分つもの。

 

しかし、霧になった余をとらえることは不可能。煌々と燃えるレーヴァテインの刃は空を切る。

 

「…口では…か。余は父母が死んだあの日より、汝らをこの命に変えても守ると決めたのだ。このスカーレットの血に誓ってな。」

 

背後からフランドールは話しかける。

さすれば、フランドールは再び振り返る。強いが幼いため、攻撃が単純だ。故に追撃が容易く入る。余の目を掻い潜ることは不可能。

 

「ハァッ!!」

 

振り向き際のフランドールの腹部はガラ空きだ。再びレーヴァテインを振り上げようと持つ…その一瞬。フランドールの腹へ蹴りを突き刺す。

 

「ごぶっ!?」

 

フランドールはそのまま床へと直線上に吹き飛んでいく。吹き荒れる砂埃と轟音に屋敷内が少し揺れる。紅魔館はパチュリーの奴に任せよう。今はフランドールを満足させるのが吉だ。

 

「汝らの兄は帰還した。…汝にもう寂しい思いはさせん。」

 

「…嘘吐キ…嘘吐キ嘘吐キ嘘吐キッ!!」

 

吹き荒れる突風に砂塵がかき消される。その視界に映るのは最近見たばかりの虹色の大玉が余を迎撃せんと此方へ向かってくる。…逃げ場はほぼない。

 

「チッ!!」

 

身体を霧と化し、弾幕とフランドールの間、フランドールの前へと飛び出す。だが、余の目の前をよぎるのは…炎の刃。

 

「くっ!?」

 

「アハハッ!!」

 

鼻の上が先に触れ、横一閃に焼ける。

自分から出る黒煙をこの目で見ることになるとは思わなかった。だが、振り終わりには隙がある。

 

「妖刀『玄天』ッ!!」

 

収納魔法により拡張空間に置いてあった玄天を取り出す。刃を抜く暇はない。たった一瞬のため、納刀したままフランドールの肩に振り下ろす。

 

「あぐっ!?」

 

フランドールはそのまま地面に落ちる。砂塵と共に屋敷内が僅かに揺れた。鼻の上を回復させ、玄天を握りしめる。

 

「痛イナァ?…オ兄様、フランヲ殺スノネ。ジャア、フランモオ兄様ヲ殺サナキャ…!!」

 

「…ほう?」

 

…切羽の詰まった状況だ。兄としては妹が虐げられてきたことが何より悲しく、また、妹が成長したというこの事実が耐え難く嬉しい。誇るべきことである。…そう、はっきりと言おう。目の前のフランドールは何の理由もなく、なんの説明もなく、自分を入れて4人に増えた。それぞれがレーヴァテインを持っており、余を取り囲む。

 

「…分身する相手は初だな。」

 

「アハハッ!!」

 

「殺シテアゲルっ!!」

 

「オ兄様ッ!!」

 

「安心シテ壊レテネ!!」

 

そう言うと4人のフランドールが余に向かって突っ込んでくる。前の2人はレーヴァテインをバツ字になるよう袈裟に振り下ろす。

 

後ろもそうだ。流石は同じ頭の持ち主だというべきか、一挙手一投足がコピーとしか言いようがない。だが、それでは分身の意味がない。

 

「…。」

 

「「「「エッ?」」」」

 

…攻撃が届く瞬間、玄天を鞘から抜く。すると起こるのは無論、前に進むのも酷なほどの突風。軽いフランドールの身体は背後へと吹き飛ばされる。

 

先ずは背後だ。

振り向き、空を蹴って向かう。玄天の風は追い風となり、余を押す。

 

「フンッ!!」

 

「…あっ…。」

 

吹き飛び目が眩んでいたフランドールの分身を一体、袈裟に落とす。なるほど。攻撃力はあるが、防御は紙同然だ。ならば、新技でも行けるな。

 

「風帝『デビルズストーム』」

 

一度納刀。

分身が一体やられ、焦ったフランドールたちは余を攻撃せんと此方へ飛んでくる。だが、それは粗末なものだ。統率も取れておらず、動きも同じである。そのままレーヴァテインを振り下ろそうとするが、その前に刀を引き抜く。

 

「ハァッ!!」

 

引き抜かれた勢いで自分を軸に回転。それにより余の周りに黒竜巻が現れる。大きなそれに飲み込まれたが最後、乱気流の中を跋扈する弾幕に消されるのだ。…もちろん、フランドールは全て捕らえた。…捕らえたはずだった。

 

「ッ!?」

 

左肩から右脇腹にかけて感じる灼熱感。飛び散る血は千切れた真珠のネックレスかのように。

 

「お兄様ッ!?」

 

後ろからレミリアの声が聞こえる。

 

「アハハッ!!血ダラケダネェェッ!!」

 

レーヴァテインに袈裟に捉えられたのだろう。完全に油断をしていた…わけではない。警戒はしていただが、斬られた。

 

「モウ終ワリダヨ。壊レチャエ…!!」

 

「…ふっ。愚か者が。ここから始まったのだ…フランドールッ!!」

 

…ここまで大声を出したのは久々だ。だが、その声と共に三度、炎の刃と玄天がかちあった。

 

 

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