「おいしいー!!」
レミリアの声が大食堂にこだまする。声だけでシャンデリアは僅かに揺れ、机の上の蝋燭の火は静かに揺れる。我が妹に手際を褒めてもらえるのは心地いい。…猫舌でフーフーしてなければ。
「…。」
「…どうした。」
余の左隣。座るのはあの銀髪の少女。少女はなおも机の上の料理に手をつけず、机の上にちょこんと座ったまま、眺めるのみ。
「…食べていいって言われてないから。」
少女の口から出るのはそんな戯言だった。
口元から涎を垂らしつつも、まるで何かを押さえつけているように与えたレミリアの赤と黒の服のスカートをぎゅっと掴みながら、淡々とつぶやいた。
「…汝が何を思っていようが、食べぬならそれを作った余への冒涜だ。食え。許可する。」
「…わかった。」
少女は煮込みを逆手で持ったスプーンで器用に取るとそれを口に運ぶ。
「…!!!これ…おじさんが作ったの…?」
少女は目を輝かせながらこちらを見てくる。その口元には玉ねぎが付いていた。…余の手を煩わせるなどとなんとも不遜な娘よ。
「その通りだ。崇めよ。」
机の上にある布巾で少女の口元を拭き取る。
少女はぱぁっと明るい笑みでがっつくように飯を食べ始めた。テーブルマナーは叩き込まねばなるまいな。
「そんなに急がなくても。おかわりはたっぷりあるわよ。」
「…だって、こんな温かいお料理初めてなんだもん。…今まで冷たい肉とか野菜の芯とかしか食べたことはなかったから…。」
…少女はこちらのことも気にせず、そう言うとまたスプーンを動かし始めた。聞いた美鈴も口を閉ざす。言葉を失ったのだ。
「汝の母親は、どんな料理を作ってくれた?」
「…料理?えっとね…一番美味しかったのは…お父さんの残り物っ!!…あ、でも、お父さんじゃない人の残り物も美味しかったな。…私のご飯は美味しかったことはないよ。」
純真無垢なその童に警鐘はならなかったようだ。存在自体が異形な我らでもその可笑しさには気づく。人の家に口を出すなと言われればそこまでだが、それを笑っては見過ごせない。
「ルディウス様。多分だけれどこの子…さっきお風呂に行った時も身体に…。」
…人という生き物はなんとも無様だ。
その性に暴れ、絡み合うのに…一度子どもができれば育てる覚悟のないものは狼狽する。この銀髪の娘の母親は典型的なそれである。耳打ちで美鈴にもらった情報はその結論を後押しするものだった。
当の本人は何気もなく、バクバクと煮込みを食べている。元来ならば、この少女にかける慈悲など何もない。獅子が鹿の子を育てるのか、鷹がひよこを育てるのか、鯱がイワシの子を育てるのか…。全てがノーだ。…だが。
「…名を与えよう。」
口から出たその言葉に周りがこちらを見る。
姉妹はびっくりしたように、魔法使いは正気かと疑うように、門番は呆れたように。状況がわかっていないのは、銀髪の少女だけである。
「アンタ、また勝手に…。」
「その娘には利用価値がある。だが、いつまでも娘だのなんじだの呼ぶつもりか?…従者には名があって然るべきなのだ。」
「従者?人間を?」
余の言葉に反応したのは美鈴ではなく、パチュリーだった。寡黙な方のパチュリーは余の言葉に意も唱えず、聞くだけであったが、人間を従者にするという無茶な発想が彼女を刺激したのだろう。…そう、寿命問題である。
我々、吸血鬼などの妖怪は寿命は永遠にも近い。パチュリーのような魔法使いは寿命は人間とは変わらないが、彼女曰く研究に時間が欲しいからと寿命を伸ばしているらしい。しかし、人間の寿命は短く、有限である。
「…此奴は時を操る能力を持っている。上手く使えば寿命は底なしとも言える。…だが、結局はこの女次第だ。我々と生きたいと願うか、天寿を全うしたいと願うかはな。…異論は言わせぬ。どうせ、隠して生きるのも難しいのだ。ならば、化け物揃いの紅魔館で面倒見てやった方が生きやすかろう?」
…その言葉には皆押し黙った。
無論、ただ慈悲を与えたという理由ではない。ここで面倒見るからには何かしらの役には立ってもらうし、最悪の場合は食料になってもらう。
「名は要るだろう。この女は実の母からも呼ばれる名を持っていなかったとのことだ。…我々、紅魔の住人が名をつけること光栄に思うが良い。」
…とは言ったものの、何が良いか。
食料に名は必要ないが、使えるとなれば話は別だ。従者として大成するならばそれらしい名を…。
「シルバーとか、そういうのじゃダメなの?ほら、私たち、スカーレットでしょ。」
「そんなのダサいわよ。フラン。…そうねぇ。
「一緒じゃない。」
「うっさい!!」
…姉妹はやいのやいのと言っている。
色にこだわるのは勝手だが、この少女には向いていない。従者といえば、紅美鈴だ。奴のように横文字を使わず、この少女に向いている名前…。ふと見れば髪は銀髪、まるで満月の如き光を放っている。確かに月や夜という言葉はいい。…今日は…あぁ。そうか。
「…十六夜…か。」
「「イザヨイ?」」
フランとレミリアが余の言葉を繰り返す。
これだけで帰ってきた甲斐がある。なんとも愛くるしい姿だ。心を落ち着かせよう。我が天使たちに恐怖心を抱かせてはならぬ。
「あぁ。…満月の次の夜。遠く…東方の幻想郷では『十六夜』または、既望の月と呼ぶらしい。吸血鬼の従属たる人間に夜の名前が入っているならば、面白いと、レミリア。お前が言ったのだろう?」
…そう言うと呆けていたレミリアがうんうんと頷く。…本当にわかっているのかと釘を刺したくなるが、それは成長を無くすだけの愚行である。
「でも、十六夜だけじゃ殺風景ね。…その昨夜は満月だから、サクヤなんてどうかしら。満月を好む私たちにピッタリじゃない?」
「…急になんだ。まぁいい。ならば漢字はこうだな。」
十六夜咲夜。
美しい満月に咲く我がメイド。悪くない響きだ。レミリアがもっともらしいことを言った時には少々びっくりはしたが、先ほどのブラックだのダークだのと言う陳腐な名前よりはマシである。
「汝は今日から十六夜咲夜だ。…しかと胸に刻め。」
「いざよい…さくや?…さくや…さくや…!!」
…嬉々として少女…いや、咲夜は自身の名前を呼んだ。何度も何度もその身に染みつけるように呼んだ。浸透し、その身に名前が刻まれるまではそう時間はかからないだろう。
しかし、時間はかかる。
咲夜の時間を操る力、フランの破壊の力、そして、余の身に巣食う血を操る力。…どれも不透明であり、明確ではない。
「咲夜よ。紅魔館で生きるためには汝の力を高めねばならぬ。…故にこれから余と共にその身を鍛えよ。…よいな。」
「…美味しいご飯、食べられるなら…いいよ?」
「…期待しておけ。」
無作法にも頭を撫でれば目を細め、呆けた顔で指の隙間から此方を見る。真紅の目に映る余の顔は悪魔ではなく、人の親のような顔をしていただろう。身体には字、食い物もろくに与えられず、飯は野犬を殺して得る始末。…少しぐらいは良い思いをさせてやっても構わぬな。
てなわけで咲夜さん(4、5歳)ログイン。
霊夢よりも時間をかけて書いていきます。10話かそれ以上か。
ルディウス、これ以上つよなってどうするねん。と言わんばかりの強者となっていきます。まぁ、勝てないチートキャラではないのでね。では。