「ぐはっ…がはっ…ぐ…クソがぁ…!!」
ヨタヨタと足を動かし、胸の傷に触れるフューザル。…こうなれば形無しだ。ダーインスレイヴの剣先を奴の顔に向ける。
「汝はもう、負けたのだ。」
「クソ…がぁ…!!俺は…天才なんだ…ぁ…!!このまま…消えやがれ…ッ!!」
…この期に及んで。散り際の汚いことよ。
フューザルの杖からはバリバリと電撃が放たれる。
しかし、それは余の羽ばたきで消え去ってしまった。
「なッ!?」
「…さぁ、あの世で詫びよ。我が友に…あの子の母親に。」
斜めがけに切り捨てられたフューザルを他所に、余はパチュリー・ノーレッジの元へと戻る。…かのフューザルなる悪鬼は向上心の生んだ悪魔だ。だからといって口先だけの馬鹿には負けぬ。
「…貴方…なんで?」
…まだ年端もいかぬ少女の頭を乱暴に撫でる。
元々、手入れも行き届いていないから、特段乱れたり等はしない。
「余とて汝を守れた…などと烏滸がましいことは言わぬ。だが、あの阿呆は我が友人を馬鹿にした。余は許さぬのだ。友を、家族を卑下するものを。」
「…教えてくれる?…貴方にとっての私の母親について…。」
「無論だ。」
「ルディウス様。魔力が乱れていますよ。」
初めて来た日、老師は余をボコボコにした。実家だった廃城の一部。そこを魔法鍛錬所として開放し、余を鍛え始めたのだ。
まだ母上や父上がご健在の頃。
我が老師たるフィンネルは余の魔力を見抜き、魔法を一から十まで教えた。無論、余は全て覚えた。覚えざるおえなかった。
「良いですか。ルディウス様。…火の魔法はあたりの熱を一点に集めるイメージです。火の熱、日の熱、体温に至るまで。それを一点に集めるのです。私であればこの杖に、貴方であればその指先に。」
「…熱くないのか。」
「慣れぬうちは。…ですが、慣れればあたたかいものです。」
そう言って老師は杖の先に熱を集め出した。なぜわかったかは、杖の先が真っ赤に光り出したのを見て…である。
見様見真似で指先を見つめる。
その先の空気を着火剤として。室内の日の熱、暖炉の熱、自身の体温、地面から伝わる熱すらもゆっくりとかつ、着実に集めるように。
「素晴らしい。さすが、ルディウス様です。」
…そうして漸く、指の前に小さな火の粉が生まれる。
だが、老師は笑ってはいなかった。…これぐらい出来て当たり前。その目が余には少し、いや、かなりキツく思えた。
老師はいつも余に厳しかった。
無論、老師なりの優しさということはわかっていた。皺だらけのその顔は笑みではなく、ただ冷静な表情をしていた。
「…ルディウス様。」
低く、淡々とした声に名前を呼ばれた時、心臓を掴まれたような感覚が訪れた。軟弱たる余の生存本能にこの男に逆らわぬことが刻まれているのである。
「…ルディウス様、貴方は強い。強く、そして才能の塊です。しかし、その力を最大限持て余している。何故か、自分本位に全てを考えているからです。」
「…自分本位だと?」
「ええ。何かを守りたい、何かの為にという原動力がありません。目標が無い故に、これまででいいかという妥協を生む。妥協は堕落。これまででいいかは知らずのうちに自身に限界を設けているのです。」
…合点がいった。老師は余にもっと人のことを考えよと説いている。無論、合点がいくとは今ならばという枕詞がつく。この時ばかりは老師は遂に壊れたのかとばかり思っていた。
「貴方はもっと強くなれる。まだ小さな妹君や母父上様を守りたいと思うのならば、貴方は…。」
「…。」
…守りたい。強き者が弱き者を守るのは当然の所業。妹らを守れるのは余のみ。そう考えれば腑に落ちた。その言葉はストンと胸の中へと落ちていった。手のうちにふよふよと浮かぶ火の玉がまるで油でもかけたかのように、天を焦がさんと火力を増す。ネズミ花火は火柱に。それを見て、老師は笑った。その皺だらけの目を細めて。
「よくやりましたね。ルディウス様。」
…初めて老師は余を褒めた。
余は何故だが、温かい気持ちで満たされていた。多幸感からか、普段なら目障りなフィンネルの娘…ソレルの世話を引き受けていた。ソレルはまだ小さな女児で、余に花の冠を被せ、遊んでいた。子どものする所業だと、母上も庭の花を無造作に引き抜くことを許していた。
「ルディ。お暇かしら?」
「…余は汝のように草遊びをするほど暇ではないのだ。」
ルディと愛称で呼ぶ紫毛の少女を見て、不貞腐れたように息を吐く。万年ど天然で、この世に疑問などかけらも抱いていないような純粋無垢な彼女が少し羨ましい…。安心せよ。ただの皮肉だ。
「ルディ。まるで女の子のように綺麗よ?…ふふ。」
「…揶揄うな。余は誇り高きスカーレットが嫡男。女児のようにとは、男には侮辱以外の何物でもないわ。」
「あら、ごめんなさい。」
素直と言えば聞こえはいいが、安心せよ。慢性のアホなのだ。このソレルという女は。紫の髪は腰まで伸ばし、ピンク色のドレスを仕立てられ、その手には魔導書を持ち合わせている。七曜の魔女が聞いて呆れるほど、魔法に無頓着。いや、出来るからこそ基礎には無頓着なのだろう。
謝る彼女を見て、ため息が出るのはそういうところだ。
「…ルディ。私ね。…結婚相手が見つかったらしいの。」
「…それで。」
…急にそう言い放つソレル。
ノーレッジ家問わず、魔法使いの家は魔法使い及び魔力の高い魔物以外とは結婚させられない。その慣習は古くからあり、その結婚相手は親…ソレルの場合は、フィンネルだ…が決め、有無など言わされない。ソレルの場合は心配ないだろう。まるで胸のとっかかりが取れたかのように晴れやかな顔をしていた。
「その様子だと、汝はその婚約者と上手くいっているのだろう?」
「うん。とっても良い人よ。…だけど、私がいなくなったらルディが1人になってしまうわ。」
「“1人”?」
ソレルは余の頬に触れてそう言った。
…吸血鬼は孤高の存在、家族・従者以外は群れぬ者。特に魔法使いなどという…殆どただの人間とは友人になるのも憚れる。ソレルとの関係が許されるのは、一重に父上の強さゆえ。…1人はもとより慣れている。
「何が。…元通りの日常が戻ってきただけだ。どっちにしろ、汝と余の寿命には半世紀以上の差がある。…1人になるのはこの世の摂理だ。」
「…ルディ。覚えてる?…初めてあった時のこと。」
「…そんなもの、遠い昔。」
「ふふ。貴方、ずっと1人だったのよね。お父さんが貴方に構うまで家族以外とは話したことがないほど。…多分だけどね。貴方はいい人を見つけた方がいいと思うの。寿命だとかそんな話は関係なく。…私にしてくれたように優しく。」
…そう言うとソレルは余の額に口付けをした。
柔らかな感触と少しの熱が額に伝わる。母上以外には初めてだ。顔を上げれば、離れたソレルが太陽のような笑みを浮かべる。
「私が最後じゃダメよ?…あの人には悪いけれど、貴方といれて楽しいの。だから、これからも来ていいかしら?」
「…好きにしろ。」
心なしか、この時。彼女の目を見れなかった。アメジストのような光を放つその瞳を見るのが少し恥ずかしかったのかもしれない。
「…これが彼女との最後の言葉になるとは思わなかった。」
そこまで話すと全員がこちらを向いていた。探検だぁーなんて家を見ていたフランドールと美鈴が居るとは少し驚きだ。湯気立つティーカップに口をつけると淡いレモンの香りが口の中にほのかに広がる。…少し熱めだな。
「…そう。変わらなかったのね。母は。」
「余は化け物。だが、そんなことはどうでもいいとソレルは余に話しかけてきた。五月蝿いくらいにな。…だが。」
近くにいたレミリアの頭を少し強めに撫でる。レミリアは頬を少し赤らめ、恥ずかしげににへらと笑っていた。おっと、また依怙贔屓だなんて怒られてしまう。
「…この子らを大切に思えるようになったのはあの親子のせいだ。それは感謝している。」
「そう。…ありがとう。少し、少しだけ母のことを思い出せたわ。お客様にこの程度しか出来なくてごめんなさい。」
「貴女はどうするの?」
…余の腕の中からひょっこりと顔を出すレミリア。…なんだ。ただの天使か。久しぶりに風呂に入れたからか、普段のサラサラとした柔らかな水色の御髪もいつもより輝きを増しているように見える。とてとてと移動し始めたのは余に抱かれるためか。…うむ。今日も絶好調である。
「ど…どうって?」
「一人暮らしするには少し広すぎるわよ。ここ。…寂しくないの。」
「…寂しくないって言ったら嘘になるわ。でも、そんなもの関係ないもの。…いつか、私は母も超える立派な魔法使いになるんだから。」
…なんだ。意外とちゃんとしている。
夢見る少女は一点の曇りもなく、そう言い放った。そういうのをめんどくさがる方だと思っていた。
「いいわね。それ、気に入ったわ。…よしっ!!貴女、私たちと一緒に来なさいっ!!」
「…え?」
ビシッと前へと指を指すレミリアに呆気に取られるパチュリー。というか、ウチの長女よ。兄の膝という玉座では少し恰好がつかないと思うが…まぁ、自信たっぷりな顔が可愛いからいいか。
「なぜ、そうなるの?私は…。」
「…え、ええっと…と、とにかくっ!!一緒に来なさい。いいわねっ!?」
「…意味がわからないわ。」
…レミリアよ。それでは人は惹き込まれん。
もう少し勉強をさせておくべきだったか。というか、納得のいってない顔でこちらを見るな。…ひとまず、撫でておこう。
「汝の母には多少の恩義がある。1人で暮らすのは厳しいぞ。…今まで爪弾きにされてきた分、我らは汝を迎え入れよう。…共に歩むというならば。」
「…どうして…。」
「いいではないか。旅は道連れ、世は情けと美鈴も言っておった。…それに、レミリアやフランと(見た目の)歳の近い友人が出来ることは余にとっても微笑ましいことだ。」
実年齢など我々にとってはあってないようなもの。故に、幾年半世紀以上離れていようが、関係のないことである。友という関係に歳など不躾。
「こうなれば、余もレミリアも面倒ぞ?」
「……わかったわよ。そんな目で見ないでちょうだい…。」
ため息混じりでそう言う彼女にレミリアは八重歯を見せてにぱっと笑った。…ここに絵師が居れば永久に消えぬよう描き留めさせ、客間に飾りたいほど愛くるしいその顔。
…それはともかく、レミリアとパチュリーの関係を見てどこか、懐かしい気分になった。まるで
パチュリーの名前がミントなんて初めて知ったわい。