「ルディウス様。今日は夜更かししていいの?」
「あぁ。」
翌日。咲夜の夜ご飯をずらしお風呂に入れてのこの言葉である。普段、咲夜には9時には就寝させている。レミリアたちの朝飯と咲夜の夜飯、それを合わせてから、余と咲夜、美鈴は就寝する。時々、余は起きているが、大抵は霊夢や八雲紫に合わせていた為、昼型になってしまった。今も咲夜に合わせているから昼型なのだが。
くだらぬ話は置いておいて、昨日のアレの祝杯、基、パーティを始めることとした。主催は面倒なのでレミリアにしておいた。余と美鈴は給仕係である。他が悲惨なので余がやるしかないのだ。
さて、水色のネグリジェのチビメイドは初めての夜更かしパーティにワクワクしている。ぴょこぴょこと跳ねる様はまるでウサギ。昨日はいい子で寝ていたらしいので、今日はそれの褒美だ。
「今日だけだ。紅魔のメイドが身体を言わせてはいけないからな。」
「はぁい。」
少々ワクワクさに水を刺してしまったかもしれない。人間はかくも脆い。霊夢が熱を出した時も八雲紫、茨木華扇両名がすごく慌てていたのを思い出した。あれも無理が祟った結果である。妖怪と病気は無縁だからな。
だからこそ、咲夜には無理をさせては行けない。最も早寝早起きの原則を余が語るのもおかしな話ではあるが。
「さて。」
重い腰を上げる。
咲夜の手を持ち、食堂へと行くとパーティの準備はもう終わっていた。食堂の机には所狭しと料理が並べられており、その中心には背の高いケーキが鎮座している。誰かの結婚式のような様相だが、紅魔の財力を持ってして不可能はない。
「わぁっ!!すごいっ!!」
「…ふむ。」
何やらはしゃいで跳ねているが、レミリアやフランのようにドレスを着せた方が良かっただろうか。あのパチュリーですら髪を束ね、紫のドレスに身を包んでいる。というか、そんなものを持っていたのか。意外だ。此奴こそネグリジェのような服しか着てないイメージがある。
「失礼なこと考えてないでしょうね。」
「恐らくは。…汝が失礼と感じないなら別だがな。」
「じゃあ失礼じゃない。」
いつも気怠げな此奴が何故、こういう時だけ勘が鋭いのかはわからぬ。さて、唖然としている咲夜を他所に、美鈴の用意したワインの入ったワイングラスを持つ。咲夜にはジュースだ。…ワインはもう少し大人になってからでいいだろう。楽しめる年齢になり、好むようになれば余も鼻が高いものだ。
「諸君。」
余の言葉にその場にいた全員がこちらを向く。今宵は無礼講。何処からか連れてきた低級魔族のメイドたちもその場に集まっている。主人からの言葉という重荷に、何やら緊張しているようだが…まぁ、緊張するなという方が難しいか。
「今宵は人間との戦争に勝ったことに一先ずこの場で祝酒をあげたいと思う。この戦争はいろいろなものをこれからもたらすだろう。それが喜となるか、凶となるか。…それはわからぬが、今宵は兎に角、楽しもうではないか。」
『おぉーっ!!』
拍手と賛美。
多くの骸の上に今宵はある。無論、咲夜の元母の件も、恐らくこの先の人間との間柄も…何も解決はしていないが、今宵は楽しもう。乾杯とともに喉に入る赤ワインは舌の上に甘さを残しながら、その場は大騒ぎとなった。
「お兄様、ごきげんよう。」
「ごきげんようっ!!」
「…あぁ。」
スカートの端を持ち、お辞儀をする我が天使2人。悪魔が神に感謝するというのはつくづく変な話ではあるが、今宵ばかりは感謝をしたい。このような綺麗なドレス姿に身を包んだ我が妹2人をこの目に収められるとは…まさに行幸。これはウェディング姿も楽しみだ。無論、余を殺せるほどの達人にしか妹らは任せられんがな。雑魚に大事な妹を、天使を任せるわけにはあるまい。
「もうっ。お兄様ったら1人でいいところ持っていくんだから、困っちゃうわ。私だってもっと壊したかったもの。」
そう言うのは真っ赤なドレスに身を包んだフランドール。姉よりは幼なげな印象のドレスだ。コサージュなどはつけておらず、いつもよりも肩を出しているため、身軽に見える。ぷっくりと頬を膨らませる様はまだまだ淑女として…ではなく、幼さを疑わせる。
「汝らの手を煩わせるほどの相手ではない。…最も、余が巻いた種を余が回収したまでだ。」
咲夜の母親というのが何を考えているかはわからぬが、腹を痛めて産んだ我が子をその場に捨て置くとは碌なやつではないのは確かである。家族としての契りは何よりも深い。…だからこそ、あの軍勢を差し向けてきたと考えるべきだが、少なくとも余が拾っていなければ…咲夜は死んでいた。
「お兄様?」
「…早々にケリをつける必要がありそうだな。」
「そうね。」
フランドールが不安げな顔をする一方で、このような話を飲み込んでくれるのがレミリアである。兄は妹が偉大になって嬉しい反面、どこか…寂しさも感じる。あの寒空の下、外の音に震えていた可愛い妹が今や…紅魔の主人と名乗ってもおかしくないほど威厳に満ちている。どこへ出しても恥ずかしくないが…どこにも出す気もあるまい。
「今宵の喧嘩で私たちの居場所が失われなければいいけれど。」
レミリアのその言葉は己も考えていたことである。明確に敵対の意思を示し出した人間、それを木っ端微塵にした我々、妖怪。…平穏の均衡はこうして無事崩れたわけだ。となれば此方を駆逐しに来るだろう。
「咲夜がもう少し大きくなってから…と思ったのだが。」
余の近くで料理に舌鼓を打つ咲夜を見てそう漏らす。食べ方は躾けてよくしたが、まだまだ…口元に食べカスをつけている。主人に拭い取らせるとは従者の風上にもおけぬ。
「…前から思っていたけれど、お兄様、咲夜には甘いのよね。」
「そうか?」
レミリアの言葉にフランが首を縦に振って同調する。なんだ?嫉妬か。なんとも可愛い事だ。むすっとした顔も愛くるしいのだから、何をしても可愛いだろう。
「そうよ。咲夜が来てから私たちにかまけてる時間なんてないんじゃない?」
「そんなことはあるまい。自身の寝食よりも汝らとの時間が愛おしい。」
此方を睨むレミリアの頭を撫でる。小さい頃よりも噛みついてくるようにはなったが、こうして撫でてやると口元を緩めて翼をバサバサと動かして、微笑む。…虚勢を張ってはいるがまだまだ500年も生きていない小娘である。
「…ただ人間はかくも脆い。余が拾うと決めたのだから寵愛は受けさせてやる。故に無償の愛とは少し違うのだ。」
…ギュッと、我が服を持つ咲夜も…結局はその命を散らすまで働く従者として育てるだけのこと。結局は人間という労働力にしか見ていないのだ。
「んー。よくわかんないけど、フランにとってはもう咲夜は家族だよ!!」
「「は?」」
フランの言葉にレミリアと余の声は重なる。
レミリアは余に近い認識を抱いている。人は脆弱であり、時としてそれは餌となると。だが、まだ幼いフランは違った。培った力の使い方で、弱い力で咲夜をギュッと抱きしめる。フランにとっては妹でも出来た気分なのだろう。
「家族ねえ…。まぁ、それもいいんじゃない?ね?お兄様。」
レミリアはそう言うと手に持っていた赤ワインを一口飲んだ。口元からワインが漏れているものの、微笑むその様はレミリアの赤と黒のドレスも相まって淑女と言ってもいい。…とはいえ、兄に拭わせるのはどうかと思うが。
「…そうだな。」
…咲夜の方を見れば、その無表情な目からは一筋の涙が出ていた。咲夜にとっては初めて家族という言葉をかけられたのだ。それは血だけの関係ではない。血は繋がらずとも心を、絆を繋げる。陳腐なものだが、そういう関係である。人間を家族にした吸血鬼という前例はない。
「ちょっ!?咲夜、なんで泣いてるのっ!?」
狼狽えるフラン。
レミリアもやれやれと首を横に振ってその様子を見ていた。
「…だって…みんな優しいからぁっ…!!」
掠れた声でそう言う咲夜。
…咲夜は実際、心優しき人間だ。だからこそ、今、涙を流している。悪魔が優しさを語るとは笑い話にもならないが。頬を親指で拭い、手に伝う暖かな水の感触は確かに…咲夜の嬉しさを体現しているものであった。
「…名誉に思え。汝は我らの家族だ。」
そう、優しげに声をかけると更に咲夜は泣いた。
いい料理が塩味に染まるだろうと冗談半分で笑う。小さな咲夜を宥めるレミリアとフラン。美鈴にかけられた貴方が怖かったんじゃないのという言葉は少々ショックであった。…これこそ今宵の戦争で手に入れた勝利である。
…だからこそ、忌々しい咲夜の過去とは決着をつけねばなるまい。
余談
今まで咲夜はただの人間でした。一緒にお風呂に入った美鈴が見たものは体につけられた切り傷や打撲傷。咲夜にとって母親とはすがるものでもなんでもない。父親はただ傷つけるもの。その母親との確執は本編にて終止符が打たれるでしょう。
ルディウスが人間の認識を改めるのに霊夢と咲夜は必須です。だからこそ、ルディウスがこの後人間とどのように接していくかが光ります。霊夢もルディウスも才能を努力して伸ばし、最強となっていきます。吸血鬼としては甘いのですが、果たして。
霊夢との再会も稗田家との会合もいつとなるか。本編はまだまだ咲夜編を続けます。ですが、幻想入りもそろそろ。彼女ともそろそろバッティングしていきます。
では。