咲夜と会って10年以上。
簡単にいえば、咲夜はすくすくと大きくなり、今や余と並び立つようにもなった。所作、言葉遣いも紅魔館の従者として恥ずかしくないほどとなり、メイド達も余によって教育された彼女を慕うようになった。まさにメイドの長である。それに、仕事も無駄一つない洗練されたものとなった。飯に至っては余に変わって作ることがほとんどである。
戦闘面については、時間停止をとても使いこなすようになった。霊力弾とナイフを織り交ぜた攻撃は余でも掠ることがほとんどである。無論、一度見れば基本は打ち倒せるが、それではダメだ。咲夜の自信をなくしてしまう。
苦手だった肉弾戦は美鈴の協力もあり、ある程度はできるようになった。だが、まだ時間停止という能力にたかを括っている部分がある。そこは悪いところだ。あともう一つ。
「…おい。それはやめろと言ったはずだが。」
「…何故でしょう。私はルディウス様の…ご主人様のことをここまで好いておりますのに。」
…単純明快。夜這いをするようになった。
余が一緒に居すぎたのがわるかったのか、或いは時間のせいなのか。彼女の何かを補っていた余に執着しすぎてしまった。だが、流石に年頃の娘だ。それはやめておいた方がいい。
「くだらん。退け。」
「…んむぅ。」
不服な顔をする咲夜。
鬱陶しい事この上ない。小さい頃から何かに抱きつく癖のあるこの子は今も…余に抱きつくものの、当然、体つきも幼い頃からはだいぶと変わってしまっている。美鈴にもあるが、その僅かな二個の山が己の身体に密着する事で動きを御しているのが気に食わん。あと暑いのだ。
「では、キスを。それで退きますゆえ。」
「…ふざけているのか?」
「大マジでございます。」
「…はぁ…。」
ため息まじりに咲夜のおでこに唇を落とす。
これは茶番中の茶番だ。妖怪が人間に好意を示すなど前例もない事。興味もさらさらない。だが、それによって咲夜の抱擁がなくなったのも事実。
「…布団は片付けておけ。汝の血で汚れてはかなわぬ。」
「はっ。ご主人様。…ご主人様にならいつでもこのお身体をお許ししますゆえ。」
「…。」
メイド服をミニスカートにしたのは少々失敗だったか。そのスカートを少しめくり、太ももを此方に見せ、柔和な笑みを見せる咲夜。この知識を植え付けたのは誰だ。呆れてものも言えん。
「言うことを聞かなければこの部屋に入ることを禁ずる。」
「うえっ!?そ、そんな殺生なっ!?し、承知しましたっ!!」
そう言うと音もなく寝具と共に消える咲夜。あの純真無垢がどうしてこうなったのかはよくわからん。因みにこうなるのは余や家族の間だけ、与えた仕事は必ず執行し、侵入者も暗殺できる。性格に難はあるが、極論そこにさえ目を瞑れば、悪い子ではない。使える。
ではもう一つ。
余の方にも進捗があった話をしよう。新たな魔法は覚えられていないが、血を操る能力の一端を感じ取れることができた。それは再び襲撃をかけてきた人間どもに対する戦争である。人間は戦争が好きなのか、次は朝のうちに仕掛けてきたため、余と美鈴…そして、その時にはすでにレミリアやフランの背丈を超えていた咲夜が相手をした。
その時の話だ。
世は徐に自身の手の甲に傷をつけ、血を出した。それが血の塊となり、敵にぶつかっていったのである。血と侮るなかれ、それは人間の頭部に当たるなり、破壊し貫いた。木っ端微塵であった。液体でできた弾丸とは思う勿れ。まるで鉄丸のようだった。
血を操る力、その一端はまだそれだけであるが、父の言っていた力は果たしてそれだけなのだろうか。
「上出来だ。」
「勿体無いお言葉でございます。」
咲夜の入れた紅茶に舌鼓を打ちつつ、今日の新聞を読み込む。新聞はいい。天候から、何があったか、この後何が起こるのか…全て知ることができる。それに咲夜の紅茶は贔屓なしに我が舌に合う。
「…ご主人様。昨晩、侵入者がおりましたので処しておきました。地下に幽閉しておりますが、いかがなさいますか?」
「いい。殺しておけ。…どうせ、またあれだ。」
「承知しました。」
表情を一変もせず、そう言う咲夜は流石である。ヴァンパイアギルドの陥落以降、スカーレット家には多額の懸賞金がついた。毎夜毎朝、眠っている間に人間がその欲望を満たすために侵入してくるのだ。ゲームと称し、咲夜や美鈴に対処させているが…この前の侵入者はフランが生きたまま全身の骨をおってしまっていたな。内臓に刺さって死ぬ頃にはもう涙も枯れ果てておったか。
「ご主人様。…転移魔法ですが、かなりの時間を要しているようです。まだ時間がかかるとか。」
「…想定内だ。」
幻想郷に拠点を位置すると決めたのは5年前。
迫り来る阿呆どもに嫌気がさした…のではなく、懸賞金問題で買い物も容易とならなくなったのが1番の要因だろうか。我らはいいが、咲夜は食べねば死ぬ。そのため、認識阻害の魔法をパチュリーがかけて我々が買いに行くのだが…それも煩わしくなってきた。
「ご主人様はお優しいですね。この咲夜めのこと、よく考えてくださる。ご主人様に拾われて私、感激ですわ?」
耳元で囁かれても困る。
というか、不敬だ。成長すれば身の程を弁えるかと思ったが、ひっつかれても煩わしいだけ。
「…お前の母親がお前を取り戻しにきた。…そう言ったら?」
「…。」
「なぁに。昔の話だ。」
わかりやすい沈黙。
咲夜の顔を見れば、此方を見通すような目をしていた。昔…あの殺戮蹂躙の夜、オブラートに包んだ話だ。若い咲夜の脳みそでは処理しきれないと我々は口裏を合わせた。
「…会ってみたい気もします。…ですが、戻りはしません。私は身も心もルディウス様やお嬢様方のものですから。」
「…そうか。」
はにかんだ彼女の頭に自然と手が伸びる。昔は喜んだが、最近はあまり喜ばない。現に今も咲夜は口元をつぐんで、むすっとしていた。
「んもぉ…いつまで子供扱いするんですか。…ご主人様がお望みならばもっと進んだこともしますのに。」
「余にとっては汝はいつまでも子どもよ。」
赤が差した頬を隠すように、顔を背ける咲夜。20年も生きていないこの子は子供どころか赤子のようだ。だからこそ、死ぬ時も一瞬なのだろう。…どうせ、この子は100年も経たぬうちに死ぬ。
「…不安か?」
「とっても。…母が拒絶した途端に私の中の彼女が崩れてしまう。でも…。」
頭の手をとって自身の胸に当たる咲夜。柔らかな感触と共にドクッドクッと心臓が蠢いていた。手に力を入れれば目の前のそれは簡単に消え去ってしまう。咲夜はその時、悲しげに微笑んだ。
「ここに帰る場所がありますから。」
「引っ付くな。」
…スキンシップが増えたことは本当に面倒だ。
さ、咲夜さん?