紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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十六夜咲夜という生き方(前編)

「準備は整ったかしら。」

 

懐かしい珍客は余の私室へ現れる。その声が響く瞬間…いや、響く前に銀色のナイフが彼女の頬を切り裂いた。

 

「よく躾なされている事。」

 

「…何者。」

 

冷たく言い放つ咲夜。

そもそも自室に帰れと言いたいが、四六時中…仕事がない時は余とともにいる。その様子を見ながら、嗜む紅茶は格別である。

 

さて、件の人物は口では褒めているが、表情は如何に冷徹だった。余と同じほどか、生きた妖怪が放つのは絶対零度の殺気…咲夜はそれにたじろぐ事なく、ナイフを構えている。垂れる血を親指で拭うと女は舌でそれをなめとった。

 

「その女は余の友人だ。矛を納めろ。」

 

その言葉に咲夜は余の後ろに控える。

時を止めたのだろう、その動きはまさに瞬時であった。

 

「あら、友人だったのね。」

 

「…そうだ。友人として認めてやろう。汝が居なければ完遂できやしない。なぁ?八雲紫よ。」

 

紅茶の水面から、ふと八雲紫の方へ視線を向ける。ぶつかるのはお互いに確かめるかのような殺気。静かに揺らぐ水面と室内に緊張感が走る。室内なのに傘を指す八雲紫に座るよう促す。

 

「で?幻想郷の移住の件でしたかしら。主人様?」

 

…顔は笑っているが、目は笑っていない。確かめていると感じる他なかった。ふと、後ろから冷徹な殺気を感じる。咲夜も八雲紫の言葉や行動に違和感を感じているのだろう。今にも食らいつきそうな番犬を嗜め、止める。リードを持っていなければ、ここで暴れられては困る故。

「あぁ。…ここでは暮らしにくい。だからこそ、幻想郷ならと思ったのだ。」

 

…実際問題、転移魔法だけでは幻想郷には入れない。昔の吸血鬼のように呼び込んでもらわなければならないのだ。それには幻想郷の境界を操る八雲紫の協力が必要である。お互い、笑みを絶やさない。その目は絶対に笑っていない。

 

「…なるほどね。ですけれど、ルディウス・スカーレット様?…貴方は幻想郷に好かれているのかしら。」

 

「いいや?…だが、もしもの時の力は汝がよく理解しているだろう。」

 

「うふふ。…そうね。貴方は無理だと言って聞くようなタマじゃないわよね。良いわよ。連れて行ってあげる。…今日がいいのかしら。」

 

…突拍子もない。そして、急な協力的な行動。

目の奥を見通してもこの女にはなんの翳りもない。

 

「助かる。」

 

「待ってくださいッ!!」

 

意を唱えたのは咲夜であった。

その目は仇敵でも見ているのかと思わんばかりに鋭利で、八雲紫を映すにはとても攻撃的だった。咲夜が余の言葉に意を唱えたことなどこれまで一度もない。従者は主人の言葉に従うもの。…そう、本人は学んだからだ。

 

「急になんですかッ!!先程まで、敵意を示していたのにッ!!そんな簡単な話ではないでしょうッ!?なぜですかッ!!ルディウス様を油断させて殺すようなことでもッ!!」

 

「…咲夜。」

 

余の言葉に咲夜のマシンガンのような言葉の玉は発射をやめた。よく回る舌だ。…その顔を見ると、顔面蒼白という他なかった。昔からの癖だ。怒られると思ったら、とても悲しそうな目で此方を見つめる。その手を優しく握る。

 

…そう言えば、咲夜を叱ったことなど一度もなかったか。

 

「…大丈夫だ。恐れるな。八雲紫はそんな冗談を言うような奴じゃない。今も…アイツは殺そうと思えば余を殺せる。狡猾だが、阿呆ではない。余はこの女をこの女以上に理解している。」

 

そう言うとキュッとしまった腕は緩くなった。仕事は完璧になったが、まだまだ心は幼い。余が居なければこの子は暴走していただろう。それこそ、幻想郷との乖離を意味する。

 

「失礼いたしました。」

 

澄んだ声でそう言うと咲夜は再び余の後ろに控えた。

 

「いい従者ね。」

 

「…やらんぞ。此奴は余の誇りだ。」

 

人間にしてはよくやる。

仕事を10年ほどで全て覚え、そして、優秀な能力。紅魔館の歯車はまさにこの子を中心に回っている。自然と頬が緩む。咲夜の方を見れば、震えながら涙を流していた。

 

「人間を従者に加えるなんて変わりましたわね。」

 

「その人間に同じ責を背負わせている貴様に言われたくはないな。」

 

何度目か、かつんっと無言でお互いのティーカップが軽くぶつかる。咲夜の淹れたお茶を喉に流し、見れば八雲紫も微笑んでいた。次は目の奥まで優しげに。

 

「…では、明日迎えに参ります。この屋敷が鎮座する場所を探さねばなりませんので。」

 

そう言い、スキマの中へ飲み込まれていく八雲紫。先ほどまでいたそこには間の空いた椅子と机、虚無の入ったティーカップが紅茶の残香を漂わせるのみであった。

 

「…明日か。」

 

…余は常に唐突である。

住み慣れたこの屋敷ごと、転移できるのは不幸中の幸いである。…だが。

 

咲夜の重い面持ち。彼女にとっては故郷との永遠の別れ。我々のように海を渡り、色々見てきたわけではない。浮かぬ顔はまだ彼女が人の子だと言っているようなものだ。どこまで行っても人の子だが。

 

「親のことか。」

 

「…申し訳ありません。」

 

頭を下げ、謝罪の言葉を口走る。

咲夜の両親のことは調べた。父はゴロツキ上がりの王宮兵士で、数年前に新聞に名が載っていた。そして、咲夜の母親は家を失った。…旦那の訃報に収入源がなくなったからだ。母親は見目麗しい見た目をしていたと美鈴が聞いた酒屋の店主は言っていたらしい。それにより、旦那が死んで数年は男に貢がせ楽しんでいたらしいが…今はゴミ箱を貪り、路地裏で過ごしているらしい。

 

皮肉なものだ。捨てた娘と同じ末路とは。

 

「ならば、その迷いに終止符を打ちに行こう。」

 

「え?」

 

…しなやかな手を余は取る。ナイフを持って人を捌く腕にしては柔らかく細い。咲夜の丸くなった赤眼は宝石の玉のようだった。美しさの裏にある間抜け面。…まだ抜けきれていない幼さを持ち越すわけには行くまい。

 

「最後に街を見て回ろう。…ほら、汝も言っていたろう。デートとやらだ。」

 

「でっ!?…よ、宜しいのですか…。感激です…!!」

 

攻めるのは得意だが、攻められ慣れていないか。真っ赤に染まる顔、目に涙が浮かぶ咲夜。そのだらしない笑みは己以外には見せられぬな。

 

「そうだ。汝もレディだ。少し粧し込め。」

 

「は?し、しかし…私は…メイドで…。」

 

「あぁ。メイドだ。だが、下女ではない。メイド姿なら主人とメイドになってしまうぞ。この場は対等だ。」

 

…建前だ。外は薄曇り。しかも、目の前の男は歳の割に娘と出かけたことは殆どないと来た。しかし、母はいつも言っていた。女にはそれ相応の格好をさせよと。メイド姿ではつくづく余の品性に関わる。…それを着こなす咲夜は人間にしておくには勿体無い。だからと言って本人が望まぬ限り、人以外にはしないが。スカーレットの血も相続の危機かもな。

 

「美鈴。…あの服の出番だ。」

 

「貴方が買ってこいって言ったのは、咲夜とお出かけするためなのね…。」

 

呆れた様子で扉を開け、やってくる美鈴。いつでも呼べば来るように躾けてある。武人のサガか、律儀な女だ。

 

「えっと…め、美鈴…。」

 

「大丈夫。…ほら、行きましょ?」

 

そう言って戸惑う咲夜を別室へと通す。女の化粧を待ってやるのが、優秀な男である。それに腹を立てては行けない。…父からの言葉だ。よく覚えている。

 

そこから暫く。まだ読んでいない魔術書を読み込む。…次は大地の魔法か、水の魔法を覚えようと考えている。得意魔法である月、火、雷から離れるため、どうなるかはわからないが、何か出来ればいい。

 

努力は常に裏切らん。天才は壁にぶつかって初めて努力の重要性に気づく。スタート地点が違うのだ。だからこそ、余は努力を軽んじ、他人に任せるような奴に興味はない。鬼の里もそうだったな。…鬼童が男気を見せていなければ、そのまま乗っ取られてももうとう興味はなかった。

 

どんな宝石も最初は石ころだ。

摩耗して削れ、光を取り戻す。それを宝といった人が名前をつける。道具も使えば使うほど身に馴染む。魔法も使えば使うほど使いやすくなる。

 

さて…攻撃ばかりだが、補助魔法も悪くない。

毒蝕(ヒュドラ)も使ってみてその重要性に気がついた。あれは腐食と毒を同時に与える光を放つ技。ならば、その逆は…。身体強化、回復…光の魔法になるが、光は炎の延長線だ。使えないわけではないが…吸血鬼が光魔法を使うとはどういうものだろうか。

 

光・聖魔法は日魔法とも別名、言われる。

状態異常除去や、回復…光による攻撃などがこれに値する。だからなんだと言われてもあれだが、こちらは悪魔と呼ばれる吸血鬼。なんとも皮肉である。まだ得意な方だ。

 

物思いに耽っている余の部屋の扉がコンコンと鳴る。主の返事を待たず、軽くギィっと鳴り、扉が開くとそこには純白のドレスに身を包んだ咲夜の姿があった。

 

「る…ルディウス様。…こ、これは…。」

 

恥ずかしいのか、顔が赤い。普段、ここまでタイトだが、スカートの長いものは着ないだろう。外は寒い。しっかりと長袖にはしてある。

 

「余の目利きは悪くなかったな。よく似合っている。」

 

「う、うぅ〜…!!」

 

りんごのように赤く…白いドレスだからよく映えるように真っ赤に染まる。後ろで美鈴が微笑んでいた。咲夜の口元についた紅は幼さを消し、背伸び感も出させない。

 

「さて、参るか。」

 

「は、はひっ!?」

 

その手を取り、外へと向かう。

指甲冑も外し、今だけはただのルディウスとなろう。羽は…魔法で誤魔化せばいい。隣にいるのはメイドとしての咲夜ではない。淑女としての咲夜である。

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