某刻、幻想郷。
博麗神社は閑古鳥が鳴き、賽銭箱には金の香りは一切しない。廃れたかと聞かれれば聞かれた人間が十中八九そうだと答えるほど酷い様相。そこへ、私は箒に乗って現れる。無駄に小綺麗にしてある境内に着地し、中にいる少女の名前を呼ぶ。
「霊夢〜!異変だぜぇ!!」
「…もうっ。なによぉっ。」
中からは気怠げな声が聞こえてくる。
現れるのは紅白の巫女服を身につけた脇出し巫女…幻想郷最強の博麗の巫女、博麗霊夢である。不貞腐れたように中から出てくると私の顔を見て、わかりやすく嫌そうな顔をした。
「空を見てみろよっ!!」
「…んぁ?…真っ赤ねえ。」
…そう。青天という言葉があるのなら、今は紅天と名前をつけるが吉だろう。それは真っ赤な霧に染まり、陽の光が一切届かない。だが、特に寒くもない。おかしな天気は異変と言わずしてなんと呼ぶ。
血溜まりのように真っ赤な空…そんな魔法があるのなら習ってみたいものだ。探究心がそそられる。
「このままじゃ洗濯物が乾かないじゃない。」
…そんな探究心など他所に霊夢はそう言った。何とも陳腐で夢のない言葉だと肩を落とし落胆した。しかし、そうだ。博麗の巫女は幻想郷の一大事というよりは、自身の都合で動くことが多い。別の場所に怒りが言っている部分からして動くのは確実だろうか。
「この霧、どこから出てるか、見当はついてるの?文句の一つくらい言ってやらないと。」
お得意のお祓い棒を手に待って、石畳から浮き上がる。ふんわりとしたその姿を時折、私はとても羨ましく思う。霊夢は何も考えずに飛べるようになっているが、私は飛ぶまでにもかなりの月日を要した。息をするように飛ぶその姿が時折、羨ましくも疎ましくも映るのだ。
「ちょ、ちょっと!!聞いてる?」
「え?あ、あぁ。そりゃあ、あそこだぜ。」
…頭に映る景色はこの幻想郷には大変異質なものだった。幽霊屋敷…人里では吸血鬼が住むバケモノ屋敷と噂されていたのを耳にしたことがある。それが、この空のように真っ赤なのだ。まるで自身の存在をこの幻想郷に示すように。全く悪趣味なことだ。
「吸血鬼屋敷?…あぁ。霧の湖の?」
「そうそう。あそこならこんなことができる奴が住んでてもおかしかねえよ。」
「…吸血鬼…ね。」
…?
霊夢がなんだか、おかしい。何かが引っかかっているように空を見上げた。いつもの霊夢らしくなく、歯切れが悪い。
「…取り敢えず、この霧、止めてもらいに行かなくちゃ。」
そう言って霊夢は飛び立つ。
私もその後を追って箒に跨り、空へと上がる。
「悪魔の居城はすぐそこだぜっ!!」
ブレーキなんてかけない。トップスピードで箒を飛ばす。霊夢も置き去りにして、見えてくるのは大きな屋敷の門である。その城門の前には不思議な装いの女が立っていた。
「…何者。」
「うるせえっ!!邪魔すんならぶっとばすっ!!」
「は?」
こんなところで立ち止まっては居られない。
女は腕を構え、臨戦体勢で此方を睨んでいた。私は懐からあるものを取り出す。それは魔道具の一つであるミニ八卦炉だ。女は私の勢いに気圧されたのか、呆気に取られる。ミニ八卦炉を前に突き出す。
「くらえっ!!恋符『マスタースパーク』ッ!!」
「なっ!?」
ミニ八卦炉は私の声に答えるように七色の極太レーザー砲を吐き出す。放たれたそれは女を包み込み、門ごと吹き飛ばす。地面にはレーザーの進んだ軌跡と共に砂埃を上げる。破壊された門から見えるのは地面に大の字で仰向けで倒れる女とその周りの花壇…あれがこの屋敷の庭園というやつだろう。
…霊夢はまだ来ない。全く、早く来なきゃ美味しいところはもらってくぞっての。
玄関から入ってもてなされるわけがない。
玄関からではなく、二階の窓から入る。…見れば見るほど目に悪い大きな屋敷だ。真っ赤な壁は流石に主人の趣味を疑う。だが、中は予想以上に広かった。
「…ん?」
…手当たり次第、部屋を開けていくが…やっぱ広いな、この屋敷。長い廊下に、左右を見渡せば窓と扉が等間隔においてある。扉の数と同じぐらいに部屋の数がある。…見るだけで10以上はあるな。こりゃ。
一際でけえ扉のレバーを動かし、開ける。ギィィっと重っ苦しい音が廊下に響く。
「…すげぇ。」
室内には首が痛くなるほど縦に伸びる本棚が所狭しとあった。その本棚にギッチギチに入れられている本の一部は何かしらの魔導書らしく背表紙だけで魔力を感じた。胸がワクワクして治らねえ。
…こんなにおいてあるってことはご自由に持ってってもいいってことだよな?私が死ぬまで借りてってもいいってことだよな。
「…ふひひ。」
さぁて、どれにするかなぁ。
一個の本棚に1000冊以上は入ってるし、これ、どれ持ってってもバレねえんじゃねえの?いや、借りてるだけだし。盗みとは違うし…。ここにあって埃かぶるだけだとほんと可哀想だしなっ!!…って。
「あん?」
「お爺さんは芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。」
…どの本にしようかと必死に吟味していると奥の方にソファがあるのが見えた。本棚と本棚の隙間から見えるソファには2人の人影が見える。そして、そこから聞こえるのは低い童話を読む声。
「どんぶらこ〜どんぶらこ〜と…。」
「どんぶらこ〜!!」
ちらりと見るが、おそらくあれが吸血鬼だ。真っ黒なスーツを着ている男の方にも、真っ赤なドレスを着た幼女の方にも、羽が生えていた。幼女の方は細い枝のようなものからクリスタルのような何かが連なっている。…あれは羽なのか?
男の方はわかりやすい蝙蝠の羽といった感じがする。大きな蝙蝠の羽だ。そして、その男は敵に回しては行けない感じがする。霊夢じゃないが、これは所謂、勘だ。今、男は幼女に本を読み聞かせ、幼女は笑顔で男の言葉を繰り返しているが、そんな和気藹々としている様子ですら両者から感じる力はやばいってのはわかる。背中に冷たい何かが入れられたような。…柄にもなく怖がってるな。だが、試してみたい気もする。
「ねぇ、お兄様。…誰かいるよ?」
その時聞こえた言葉は私の耳から離れなかった。直後、私の背後に何者かの気配がした。首を咄嗟に横に傾げると頬を切り裂きつつ、爪が本棚へと突き刺さる。頬から血が垂れる。
「へぇ。ここでは客人を初っ端で殺そうとするんだな?」
「…鼠にかける情などないだろう?」
真っ赤な目に私が映る。
低い声がさらに低くなった。こういうのを…絶対零度って言うんだろうな。怖えが、面白え。私はゆっくりと男と本棚の間から出る。手に持った箒で一度、男たちとの距離を離す。
「博麗の巫女だけかと思ったが、人間よ。吸血鬼の館と知っての狼藉か?」
男は本を閉じ、近くの机に置いておくとゆっくりと歩いてくる。威圧感…っていうんだろうな。身体が重く感じた。本棚の森を抜け、開けた場所に出る。それでも図書館なんだからすげえや。
「知ってるさ。だが、そっちこそ知らなかったみたいだなっ!!…この幻想郷で異変解決のスペシャリストは博麗の巫女だけじゃねえんだよっ!!」
「…ほう。汝も我らを退治しに来たと?」
…ゆっくりとこっちに近づいてくる男。革靴の踵の音が室内に響く。…それだけ研ぎ澄まされてるってこった。少しでも目論見を間違えば、私は死ぬ。その男の隣に幼女が立つ。
「お兄様、ここで暴れたらパチェに怒られるよ?」
「…本棚に一切害をなさなければ問題ない。人間、一つ聞こう。…博麗の巫女は何処にいる。」
バサリという音と共に羽を広げる男。表情は一切変わらず、無表情の鉄仮面。隣の幼女は粘り気のある狂気的な笑み。…小さいからって油断しない方が良さそうだ。
「さぁな?…そろそろ来るか、下で暴れてるんじゃねえの?」
「…なるほど。ならば、前菜には時間はかけていられないな。」
「ふふ。悲しいぜぇ。魔理沙さんと、もっと遊ぼうぜっ!!」
こういうのは先手必勝だ。
出すのはミニ八卦炉。その先へ力を込める。
「ほう?」
男が口角をあげて、初めて表情を作る。隣の少女と同じ笑みだった。まるで兄妹か、親子だな。
「恋符『マスタースパーク』ッ!!」
本を壊さないようにかつ、全力でレーザーを放つ。轟音と共に図書館が揺れる。
「アハハっ!!すっごいっ!!」
「…人の身でありながらあの風見幽香と同等か。…素晴らしいぞ!!人間よッ!!」
笑い声と共に2人は左右に飛んで避ける。直後、此方に飛んでくるのは吸血鬼たちの弾幕だ。とてつもない密度で飛んでくるが、避けられないほどではない。箒に乗って、その弾幕をかわす。
「うっそだろっ!?」
躱した先には、あの男がいた。
男は拳を固め、私の顔面に打ち込んでくる。おいおい、もう片方のほっぺも切れたじゃねえか。
「チッ!?」
「もっと楽しませろ。」
そう言った男は右腕に炎を纏う。腕で払うように振るうと私を追尾する炎の弾幕が飛んできた。ホーミングしてくるからややこしい。
「チィィィッ!!」
私はそのまま勢いで窓から図書館を出る。バリンという音が響き渡るがどうでもいい。本はまた今度でいいだろう。…外ではすでに霊夢ともう1人の吸血鬼が戦っていた。
次回は霊夢side、美鈴がやられたところから。パチュリーは…倒れてんじゃないかなぁ。では。