山に来たのは久々である。新緑深しとは良くも言ったもので夏の緑に鼻を壊されそうだ。鬱蒼としげる木々や丈の短い草花はより一層暑さを演出する。茹だるような…それこそ、その言葉が正しい。
「着いたわよ。」
その言葉と共に余を出迎えるのは…。
「天魔。」
「お久しぶりです。玄天の持ち主、ルディウス・スカーレット様。」
天魔を中心に広がっていく白狼天狗の軍隊だった。天魔はにこやかに微笑んでいるが、その空間は殺気立っていた。実にわかりやすく殺意がこの身を震わせる。…まぁ、毛ほどもそれに興味はないが。
「客人を迎え入れるというのに、随分なご挨拶じゃないか。」
「すいません。なにぶん、余所者の妖怪がここに足を踏み入れるのを白狼天狗は嫌う習性がありまして、貴方はいいと言っているのに…。」
その言葉からは諦めも感じ取れる。敵に塩を送るのは嫌いではないが、時間の無駄だ。自身の成長にも繋がらん。
「そこで、貴方に試して欲しいのです。白狼天狗を。…力を見せつければ貴方に皆、傅くでしょう?」
「それでいいのか。貴様。」
「…鬼子母神がいなくなった以上、この山では私が実質上のトップ。…ですが、玄天を持つ者は私と同じく天狗を統括できる力を持つ。玄天は天狗の長の証だったのです。私の持つ空翔と共に。…それを白狼天狗は理解できないと。」
つまりは…余は天魔と同等の権限を持つ吸血鬼になっているということか。それをここにいる白狼天狗どもは理解できていない。…安心しろ。余もそこまで深くは理解していない。天魔…璃もギロリと白狼天狗どもを睨む。
「ですので、先ずは彼らに思い知らせるのです。貴方の力を。」
「…汝には白狼天狗をも傅かせる権限があると思っていたが。」
「であれば、あのようなことは起きません。私も色々と頑張っているんですが…貴方のことは山も災厄と呼んでおりまして…。」
随分と嫌われているものだ。どうでもいいが。
「それで?」
挑発するように嘲り、そう言う。すると沢山の白狼天狗を掻き分けて2人の白狼天狗が現れる。1人は女…もう1人は男だが、中性的な見た目をしている。瓜二つであり、違うのは目の色が赤か青か。
カチャリという音と共に一挙一動、同じように刀を抜く。
「…姉上。かの者は我々を見下しているようです。これは紛うことなき冒涜かと。」
「浅葱。…確かに。かの者はあの射命丸文とも組んでいるようだ。私はそれが気に入らない。」
姉上と呼ばれた方…女の方は此方に刀を向け、ギロリと睨みつける。さながら血を見た獣かのように。浅葱と呼ばれた方…男は姿勢を低くし、如何にも噛みついてきそうになっていた。
「あれは白狼天狗の隊長と副隊長。犬走椛と犬走浅葱。…相当な手練れよ。」
隣の文がそう言った。確かに感じる匂いはとてつもなく濃い。
「我は白狼天狗隊隊長ッ!!犬走椛ッ!!…貴様が天魔様の言う者か。我々は天魔様以外に忠誠を誓う気も、得体のしれぬ者に教えを乞う気もありはしないッ!!即刻、切り伏せられたくなければこの山から出ていけッ!!」
「…あの阿呆は何を吐き散らかしているんだ。」
啖呵を切ったつもりだろうが、ただの駄々にしか聞こえない。その忠誠を誓う天魔様が余を認めているのだから、話はそれで終わりだろうが。
「阿呆だと…やはり貴様は天魔様を騙しているのだな…!!」
「…だったら?」
「ここで即刻、切り伏せるのみだッ!!」
その言葉と共に地面を蹴り、袈裟に刃を落とす犬走椛。しかし、その刃は余の爪によって弾かれた。
「ぬっ!?」
「それで?…何をどうするって?」
「ほざくなァァッ!!」
顔を憤怒に歪め、弾き上げられた剣をそのまま強引に振り下ろす。阿呆の一つ真似だ。興味はない。
「ッ!?」
再び手を刃のようにし、前へと指先をつく。刃同士が掠れ、火花が散る。
「…ワンコロ。貴様では余は切れぬ。」
「姉上ッ!?」
刃によって腕が伸び切ったところ。その手首を掴み上げ、後ろへと投げる。犬走椛はスカートを翻しながらも空中で回転し、地面に着地する。その頬にはあくまで僅かに裂ける切り傷があった。
余の爪に血肉が僅かに付着している。
「ッ!!」
そして、姉を傷つけられた2匹目は、音もなく忍び寄り、余の首に刃を向ける。しかし、その刃は霧となった余の体をすり抜けるだけ。
「ッ!?」
「…背後がガラ空きだ。」
振り向き際の奴の頭部、脇腹、下腹部と3発の打撃が浅葱を襲う。そのまま犬走浅葱は地面を滑り、犬走椛の横へと立つ。
「…玄天を抜く素振りも見せぬとは…。」
…普段は帯刀していないのだから、面倒なだけだが。しかし、隊長たちへの絶対的な信頼だろうか。それとも、恐れからだろうか。なんとも仲間意識の低いことだ。最も有象無象が1人2人…増えたところで造作もない。
「徒手で十分だということか…。舐めるでないわッ!!」
咆哮と共に地面を蹴り、犬走椛が剣を高らかに振り上げる。頭上から落ちてくるそれは右手の人差し指と中指で挟まり、止まった。
「くっ!?」
力が入っているからか、椛の顔が真っ赤に染まる。刃は一ミリも動かない。その様子をただ突っ立って見るほど、浅葱も阿呆ではなかった。姉の窮地に浅葱は余の左側から剣を袈裟に落とす。
しかし、がむしゃらな剣には何も出来ない。左手で目視せず、打ち払えるほどである。奴らの息遣いから焦っているのがわかる。
「だから、言ったろう?…汝らでは切れぬと。」
「ッ!?」
犬走椛の刃は次の瞬間、中腹で弾け飛ぶ。刃は指の隙間で残り、剣は刃を半分以上失っていた。犬走椛は汗だくで息を吐きながら後退する。そうなれば、横でカンカンと音を立てている弟の剣が煩わしい。
「安心しろ。次は汝の相手をしてやる。」
「チッ!!」
既に犬走浅葱の剣は刃こぼれを起こしていた。ボロボロの剣を握り、後ろへと下がる。
「どこを狙っている?…汝ら切りたいのはここだろう?」
首を指差し、笑ってみせる。その言葉に犬走浅葱は眉間に皺をよせて、此方を睨みつける。背後には犬走椛がいる。…なるほど。他の白狼天狗から剣をもらったか。
直後、犬走浅葱は剣を振りかぶり…その唯一の得物を余の額目掛けて投げる。その情景に自然と口角が上がる。…まさか投げてくるのは思わんだ。グサリと言う音と共に灼熱感が左腕を襲う。切れ味が悪い分、肉の中まで入ってくる感触は気色悪い。鮮血が腕から膝へと垂れ、地面に落ちる。
「ハァァァッ!!」
好機と思った犬走椛は余の背後から首を目掛け、取り掛かる。横薙ぎの斬撃…それは余の体を掠めることはない。血溜まりの中に犬走浅葱の剣がカランと音を立てて落ちていく。霧になった余を犬走椛は捉えられない。
「はっ!?」
即座に背後を向く犬走椛。そこには既に少しだけ玄天を抜き、刀身を見せる。吹き荒れる風は銃のように形作った右指の先に収縮され、放たれる。
「『
集合した風の斬撃により、犬走椛の身体から鮮血が宙を舞う。薄皮一枚、ズタズタに切り裂かれ、その戦意を削ぐ風の斬撃は周りの地面すらもその跡を付ける。
「ガハッ…。」
犬走椛は口から血を吐き、その場に膝をついた。
「姉上ッ!?クソがァァッ!!」
激昂した弟は己が得物すら持たず、その円形の盾を振りかぶってくる。自身の拳かのようにそのまま…ただ振り上げ、余の頭を潰そうと振り下ろす。
「…無様。」
それに合わせて、右の掌底を叩き込む。中心からバキバキと音を立てて、盾が砕け散る。盾を持っていた犬走浅葱の腕はもはやあらぬ方向を向いていた。そのまま膝をついた犬走浅葱の首に玄天の刃を突きつけた。
「貴様らの負けだ。」
「…くっ…。」
…悔しそうな顔をする犬走浅葱。それを悲壮な顔で眺める犬走椛。トップ2があっけなく負けた。そのことは白狼天狗たちの足を止めた。
「どうでしょう。彼らの力は。」
「くだらん。」
興味などない。天魔の微笑みは何を期待しているのかわからぬが、殺意を持っている相手に鍛えられても何も嬉しくはないだろうが…。
「久しく…劣等種族で余にこれほど噛み付いてきたものは見たことがなかった。その反骨精神は目を見張るものがある。余が飽きるまでなら修行をつけてやろう。」
「ありがとうございます。」
天魔…璃は頭を下げる。白狼天狗どもは半ば余の力に恐怖しているようにも見えた。対峙した2人は怒り心頭…どころか、殺意を隠す気もないだろう。どうせ、暇つぶしだ。
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