紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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年長者として

「今帰った。」

 

…結局、あのあと根掘り葉掘り聞かれ、面倒なほど時間をかけられた。時刻はすでに夕方だ。黄昏時、なんとなく寂しさを感じさせる。紅魔館の門を開け、中に入るが、帰ってくるのは門番の呆れた顔だけだった。

 

「なんだ。」

 

「いや、いやね?…咲夜ちゃんが…。」

 

その言葉に嫌な予感がする。

…一歩足を踏み出し、エントランスへと入る。その余を出迎えるのは…背中に伝わる僅かな重みと柔らかな感触だった。

 

「…なんでですか。私はご主人様のこと、待っていたのに。」

 

寂しそうに聞こえるその言葉。後ろを振り向いたら随分と不満げな顔をしていることだろう。

 

「咲夜じゃ…だめですか。私じゃ…貴方の従者にしかなれないんですか?」

 

「…また始まった。」

 

美鈴のその呆れた言葉がそれを表している。言葉と共に咲夜の腕の力は強く、身体は徐々に密着していく。柔らかな感触が、羽の付けめ…硬い背中に少し潰れる。

 

「くだらん妄言を垂れ散らかすな。従者以上に何を求めるか。汝は余の紛うことなき従者であり、紛うことなき家族である。」

 

口から出る声は酷く冷淡であった。色は無く、温度もない。だが、柔らかくも思えた。当然、飽き飽きしている。十六夜咲夜は美醜というカテゴライズに敢えて入れるとするなら、男を惑わす美の化身と言えよう。だが、どれだけ懐かれようと結論で言えば、この娘は短命。

 

盲目かつ、理想を当てはまる咲夜は少し狂っている。成就するはずのないそれに余が答えることはありえないだろう。

 

「私のご飯じゃ貴方のことを射止められませんか。」

 

…なおも寂しげな声は続く。咲夜の声は清らかである。囁けば…男ならば100人に100人…全員が振り向くと感じている。美には嘘はつかない。

 

「…そんなことは断じてない。」

 

対して、余の声にはやはり光はない。一寸先も温度のない闇だ。…と、話をすり替えるのもやめておこう。

 

「前にも言ったろう。汝の飯は余の胃袋をすでに満たすに値するものだ。それ以外は考えられぬ。」

 

「…。」

 

「ただ精進せよ。迷いは舌をバグらせる。味覚までも可笑しくする。…汝の料理こそが余の楽しみなのだから。味を変えてくれるなよ。」

 

やっと…角が取れた。柔らかな声が反響する。咲夜の抱きしめる力が弱くなったと感じた。離れていいという表現だろう。ゆっくりと離れ、後ろを振り向けば咲夜は目に涙を浮かべていた。…その頭に手を当て、ゆっくりと撫でる。

 

「…泣き虫も困ったものだ。」

 

声を押し殺し、咲夜は泣いていた。啜り泣くの表現が近いだろうか。全く、この子は。…愛情表現は余もわからぬ。咲夜はもっとわからぬだろう。どれだけ生きようと咲夜が我らを超えて生きることなどないのだから。もっと教えてやらなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『宴会?』

 

咲夜と余、小悪魔以外の声が重なる。大食堂に呼び、ティースプーンのカランという音が響く中、あまりに無粋とも言えるが、驚くのもわからない話ではない。

 

「阿呆の賢者があろうことが黙っておった。なんだと聞けば、博麗神社で人妖類問わず、酒を飲み語らうらしい。」

 

「私お酒きらーい。苦いもん。」

 

隣のフランが訝しげな顔でそう言った。舌をべぇっと出すその姿は本当に子供っぽくて愛くるしい。自然とその頭に手が出ると誇らしげに鼻を鳴らして笑うフラン。

 

「あぁ。そうだな。」

 

「お子ちゃまね。その苦いのがいいのよ。」

 

と、知ったような口で聞くのがもう1人の天使…レミリア。レミリアもレミリアで酒が飲めたかと言えれば疑問符がつくが…誇らしげなレミリアをフランは尊敬している。今も目を輝かせながら姉の勇姿を見ていた。

 

「お姉様、すごーい!!あの苦いの、飲めるんだっ!!」

 

「そ、そうね。」

 

…幼気なフランを弄るのはさぞ楽しいだろう。高尚な趣味といえる。

 

「美鈴のお酒もあんまり美味しくなかった〜。」

 

「…あれは紹興酒ですから。お嬢様方のワインよりも度数は高いですよ?」

 

微笑みながらそう言う美鈴。中華料理にも紹興酒は使うと得意げに話していたが、飲みもするのか。酒と言えばワインの我らにはない文化だな。

 

「ともあれ。酒は持ち寄ってもいい。料理は…少し大変だが、咲夜に任せたい。」

 

「い、いいですけれど。こちらで作るんですか?」

 

…その反応が当然だ。今宵のパーティの会場は博麗神社。紅魔館からだと着く頃にはどれだけ見た目にこだわってもぐちゃぐちゃだし、冷めてしまっている。だが、咲夜ではない場合の話だ。

 

「汝の力を使えばここからでも期待通りの料理を提供できる。…というが、実際は博麗神社に食材を持ち寄ればいい。霊夢には此方から話をつけておく。」

 

あの霊夢のことだ。タダ飯にありつけるとなれば、喜んで場所ぐらい提供するだろう。そうなれば、キッチンは我がメイド長の独壇場だ。この娘の飯は我が肉体を作った…咲夜の飯で余はさらに強くなれる。だからこそ、この舌が証人だ。

 

「大丈夫よ!咲夜のご飯は美味しいものっ!!」

 

無邪気なフランは目を輝かせ、そう言った。レミリアも刻々と黙って頷いている。フランの言葉に咲夜は目頭を押さえ、少し黙ったあと微笑む。いくら、血塗られた手でも心さえ篭れば人には美酒となる。それが咲夜の飯だ。年長者として…家族として。肯定してやる。

 

「さてと。」

 

…随分と紅茶がぬるくなってしまった。最後の濃い一滴まで喉の奥で存在感を示す。冷めても美味いのが紅魔の紅茶だ。

 

「楽しんでくれてますかしら。主人様?」

 

『きゃっ!?』

 

「…そろそろ現れる頃だと思っていた。」

 

机の上にそのだらしない図体を披露し、上半身だけをスキマから見せるのはこの幻想郷の管理者…八雲紫。その神出鬼没な彼女にフラン、レミリア、咲夜が驚きの声を上げる。目をティーカップから八雲紫に向けると勝ち誇ったかのような笑みを返された。

 

「異変は起こした。博麗の巫女も腕は鈍ってはいなかったようだ。」

 

「うふふ。そりゃあ、幻想郷の要人だもの。簡単には負けられちゃ困るわ。それで…具体的にはどうだった?」

 

…幻想郷の管理者、八雲紫。大妖怪の殺気が試すかのように食堂内に満ちる。答え次第では脳天まで焼き焦がされる。一息ついて、目を開ける。ビリビリと感じる感覚は落雷の如く。

 

「何を試しているかは些か考えも至らぬが、確かに幻想郷の博麗の巫女となればあれほどの力はいるだろうな。」

 

…お互い数百年生きてきたのだ。数多くの人間に相対してきた。その中でもピカイチなのは確実だ。火を見るよりも明らかだろう。

 

「…ところで、八雲紫よ。貴様、私生活の方はしっかりとしているのか。」

 

「…ギクッ。」

 

この世の中で擬音をその口で言うものがいるだろうか。いや、現に目の前にいる。幻想郷でも指折りの美女が、顔を青ざめ、汗を流している。心底深いため息が出る。

 

「ちゃ、ちゃんとやってるわよ。あ、当たり前じゃない。」

 

「なまじ収集癖がある癖に、室内は足の踏み場もない。大賢者様が室内に蔓延る虫と同棲しているとは誰が考えたか。」

 

「う、五月蝿いわねっ!!ちゃんと掃除はやってるわよ!!」

 

「掃除と言いつつ、物をまとめるだけだろう。」

 

威厳という名のメッキが剥がれ、無事、カリスマブレイクしている八雲紫。目に涙を浮かべ、うーうーと声にならない声を上げている。そもそも、机の上に上半身だけ出して此方を見ること自体が行儀の悪いことだ。図星とは時に人を突き刺す。まさに今の状況の如く。…八雲藍も主人のこのズボラには辟易していた。主人だからと甘やかしてはいけないのだが…。

 

「…一度、マヨイガに行かねばなるまい。」

 

「…はえ?」

 

「その舐め腐った態度、余直々に鍛え直してやろう。」

 

…語気を強めたつもりだが。その言葉に返ってくるのは顔面蒼白の八雲紫だった。先程の殺気と威厳のメッキは当に削れ、消えている。脆いものだ。…それに。悔しいが八雲紫は相当な実力者。今、ウサギのように怯えているが、その力は果てしなく強大。…魔法を使う身だ。様々な研究への探究心は尽きない。様々な力を見て、力を欲している。

 

「は。はは…あはは…。」

 

「そう絶望するな。良いじゃないか。…人間ならこう言うものをなんと呼んだか。そうだ。“お家デート”というやつだ。」

 

得意げにそう言ったが、返ってきたのは美鈴やパチュリーからの笑い声だった。無論、ジョークのつもりで言っている。笑われようがどうでもいい。咲夜の見せる銀刃に少し恐怖すら覚えるが。

 

「…では。宴会を楽しめ。我らも行く。」

 

「え、ええ…。」

 

キョトンとした八雲紫はそのままスキマへと消えていく。再び会うのは宴会の時だろうか。楽しみにしておいてやろう。




ほのぼのというか…なんというか。
お兄様から好き好きってなるのはレミリアフランぐらいしかなくて。他の人からは一方的なんだよね。かろうじて霊夢ぐらいは視野に入る。文は相棒枠だし。他意はないし。…では。

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