紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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宴会・前編

100段以上の階段は真夏の夜に青々と茂る葉を身につけた木々によって色飾られている。茹だるような生温い風に煽られ、カサカサと音を立てている。石段一つ一つに足はつけない。立派な羽があるのだから音を立てて飛び上がる。歩くのは美鈴だけだ。それにあれは馬鹿体力である。

 

昔の風景とは何一つ変わらない。変わるのであれば季節のみ。いや、何度も見た季節の移ろいすら忘れてしまった。しかし、春に来たならばこの道は桃色に染まり、花びらを落とす。…あれはかなり好んでいたりする。

 

進んで進んで見てくるは博麗神社の境内である。灯籠に火を焚べ、提灯がぼんやりと灯りをつける。人間の怪談話の中で語られる夜の神社と似たり寄ったりだが、人が忙しさを産んでいた。地面に降り立つとその視線に気づく。

 

「…山を降りてくるとは珍しい。」

 

「来なかったら良かったって?」

 

木の影から現れるのは隠れる気もない黒翼であった。捏造新聞者である射命丸文はにっこりと微笑んでいる。

 

「なにか、失礼なこと考えなかった?」

 

「なんの話だ。」

 

語気が少し強まっていたな。

どうせ、この女はこの宴会を撮りにきた。それだけだ。目的なんて火を見るより明らかである。そのまま足を進める。言葉がないことなどそれ以上どちらも言わない。そんな我らの元へまた1人、やってくる。

 

「遅かったじゃない。」

 

…この博麗神社の主はいつもの服装で出迎えていた。隣には白黒魔女もどき。博麗霊夢と霧雨魔理沙はまさに今回の異変のヒーローである。それにこの場は博麗神社。居て当然だ。

 

「眠り姫の支度に些か時間を割いただけだ。」

 

小さな手で余の手を握る眠り姫は抗議でもしたいかのような目でこちらを見ている。ムッとしたその顔ですら幼さの中に可憐さが交わっている。

 

「我が妹らは常に人前では可憐でなくてはならない。常に完璧な妹たちを汝らも見れて幸せだろう?」

 

胸を張って笑う。フランは余の真似をして、余の横で胸を張って笑っていた。姉の方はというと少し目を背け、頬を赤らめていた。

 

「そう。主役が遅れちゃあ世話ないわね。…まぁ、まだ始まってないからいいけれど。」

 

霊夢はそう言うと境内の方へと歩いていく。それに倣い、足を進めるが、人は少ない。妖怪多数といったところか。カラカラという砂利の音をかき消すように、ヴァイオリン、トランペットなどの楽器の音が響き渡る。和風な宴席だと承知していたが、そこにあるのはオーケストラだ。

 

「あれは?」

 

「騒霊よ。騒がしいだけで何かするわけではないわ。」

 

…博麗の巫女が間合いを許しているだけでその言葉は信用に値する。音楽…特にヴァイオリンは余も好む。今度、紅魔館に招待してやろう。…と、余談はさておき。

 

「せっかく神社に来たのだ。」

 

「…。」

 

小首を傾げるフランとレミリアを他所に足は自然とそちらへと向く。昔からここにはどんな神様がいるかは知らぬが、賽銭ぐらいは入れておきたい。懐から黒布を出すとそこから5円入れる。

 

「ありがとうっ!!お兄ちゃんっ!!」

 

…現金な奴だ。

バッと賽銭箱へ飛びつく博麗の巫女を他所に余は別卓へと歩いていく。卓はない…あるのは敷物のみだ。そこには先に行った咲夜の姿があった。氷のような真顔を浮かべながら。

 

「ご苦労だった。咲夜。」

 

咲夜の労いに言葉を渡す。その言葉を聞いて、料理を運ぶ咲夜の身体がピタッと止まった。さながら時間を止めたかのように。大皿が敷物へと降りると同時に胸に飛び込んでくる感触。

 

「ご主人様…!!お待ちしておりましたっ…!!」

 

表の氷は溶け、春の到来が如く、咲夜の顔が少女の笑顔へと変わる。夏故に少し暑いが、少しはこの無礼も許してやろう。

 

「…今朝方あったばかりだがな。」

 

「私は数分離れることも許されぬ所存。貴方は私の主人です。この身に差し違えても守らねばなりません。ですが、それ以前に…。」

 

一呼吸を置き、咲夜が少し身体を離す。口元を柔らかく伸ばし、首を僅かに傾げる。柔らかなその笑みは聖母のよう。

 

()()と離れたくない。それに如何様な理由が要りましょうか。」

 

「…言うじゃないか。」

 

つられて空気が柔らかくなる。余の口角も知らずのうちに上がっていた。咲夜の頭に手を置く。手入れされている故にその髪は柔らかい。

 

「んうっ…くすぐったいですわ…。」

 

そうは言うものの、声は嫌がっていない。嬉々として受け入れている。昔の咲夜ならば面白くないほどにその顔に表情は刻まれなかった。今のように僅かに頬を赤らめ、微笑むようなことなど夢物語。…人間の成長とはなんとも早いものだ。

 

「…撮るなよ。」

 

「なんでよ。」

 

…この家族団欒に水を差すカメラさえなければもっと良かっただろう。不満そうに此方を睨む文。

 

こんなことまで記事にされて金儲けされてはたまらぬ。最も、妖怪にとって金など何の価値もないだろうが。恐れさえあれば食べなくともよく、嗜好品などなんの興味もない。…そんなものだ。

 

「…そろそろ宴席を始めるらしい。」

 

「え…あ。…わ、わかりました。」

 

…たった少しだけ名残惜しそうに言葉をつむぐと咲夜は余の胸から剥がれて行く。咲夜のスキンシップの量は幼い時から変わらない。無くなることを知った彼女は何かに縋ることでその恐怖から逃げようとする。…妖怪には全く理解できない考えだろうが。

 

「ほら。」

 

歩いてきた霊夢がその手に持つ盃をこちらへ渡す。中は並々に注がれた酒。それが渡される。溢れんばかりに酒は波を打つ。

 

「すでに各々、始めてるけれど。…主役はアンタらなんだから何かしら言ったら?」

 

「…興味はない。」

 

始まりに言葉はいらない。各々、酒で舌を回しているのなら、その始まりを告げる必要はない。盃を傾け、喉を潤す。

 

「…そう。」

 

なぜか、静かに笑う霊夢。トクトクと音を立てながら瓶から盃へ…酒を移す。

 

「酒はいい。友との間柄を保ち、心に溜まったモヤを晴らす。」

 

…血の入っていない純粋な酒など久々だ。欲を言えば、赤ワインとローストビーフを。咲夜のものはこの世に二度もないほど絶品だが、僅かな鉄味がその美を汚す。ここまで言うことを聞かぬのは初めてのことだ。

 

「…。」

 

「余の顔に何かついているか。」

 

「…いや、なにも。」

 

ぼーっとして、余の顔を見る霊夢が視界の隅に見えた。それを苦言すれば、霊夢は顔を逸らす。広げられた敷物の上に腰を落ち着かせる。その横に霊夢が座るも、背中から冷たい殺気を感じる。…視界を向けるに値しない。大抵、こういう時は放っているものはわかる。

 

「まさか、汝と一杯交わすとは。世の中、生きていると不思議なこともあるものよ。」

 

「私もよ。…戻ってくるとは思わなかった。」

 

最後の一言は、哀愁が漂っていた。素面では話せぬ。積もる話も…というが、この娘とのそれは山のように聳え立っているだろうか。喉に酒を流し込み、酒の水面に映る世界へ視界を移す。

 

「…いつか戻るとあの祭りの日に応えたはずだが。」

 

「アンタには時間がたらふくあるでしょ?…いつ来るかなんてわからないじゃない。」

 

「…約束は守るもの。余は違えたりせぬ。」

 

と言いつつ、右に視線を寄せれば、その顔は少し寂しげであった。盃に映るのも同じくだ。人と暮らし、その時間の違いを憂いた。咲夜は余が数日と感じる時間の間に背が伸び、麗女へと成長を遂げた。目を離せばそのうち老女となり、死に行くだろう。幻想郷最強の博麗の巫女も人であるため、例外はない。

 

「時間は有限だよ。お兄ちゃん。」

 

「…心得ている。」

 

無限ならばこの世の生物は星という箱からはみ出ていく。食物を食い潰し、環境を汚す。…だが、学問を作り出したのは人だ。それは興味がある。無限にも近い時間で余はそれを楽しみ続ける。

 

「…時間を無限に感じたいのなら、不死にでもなればいい。」

 

「嫌よ。めんどくさいじゃない。ずっと生き続けるなんて。」

 

「…ならば、贅沢なのぞみだ。死にたいと望んだ時に死ぬことができ、永劫の時間を与えられるなどとは。」

 

何かを得たいならば何かを失わなければならない。妖怪がそれを言うには説得力がないが。

 

「わかってるわよ。お説教はやめてよね。」

 

擦り寄ってくる霊夢が猫撫で声を出す。柔らかい感触が右の腕に伝わる。

 

「…金か。」

 

「それもいいけれど…昔みたいに一緒にいようよ。お兄ちゃん。」

 

その言葉と共に霊夢の顔が綻ぶ。最初は余を恐れ、茨木華扇の影から出なかった小娘が偉くなついたものだ。博麗の巫女としては余のような人心を解さぬ化生に懐くのはどうかとも思うが。

 

「コラァァァッ!!」

 

次の瞬間、咆哮と共に余の左腕が重くなる。ふわりと香るのは偉く澱んだ酒の息。

 

「ごひゅじんしゃまと距離が近いわっ!!このびんぼー巫女がぁ…!!」

 

酩酊し、呂律が回っていない。肉が指で凹み、そのはだけた胸に余の腕がめり込むほどに…咲夜は余の左腕を抱きついていた。

 

「ごひゅじんしゃまぁ〜…夜伽のお相手ならこのっ!!しゃくやめにお任せくだしゃいぃ〜。」

 

「…そんな話はしておらぬ。」

 

「お兄ちゃん。夜伽って何?」

 

…方や煩悩に生きたメイド長。方や、そのようなことから遠ざけてきた巫女娘。小首を傾げる霊夢に顔を真っ赤にして笑う咲夜主人に迷惑をかけるメイドがどこにいる。

 

「…咲夜。今度から酒は弱いものを呑め。」

 

「ひっくっ…ひゃいっ!!」

 

満面の笑みでそう言いながら片手に持った盃を置き、余の膝へと顔を埋める咲夜。無礼講だとは言ったがここまでやるとは思わなかった。次にやったら流石に咎める。

 

「…大変な夜になりそうだ。」

 

…ひとりごちりつつも、盃の酒を煽る。わずかに生ぬるい風が頬に吹きつけた。

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