紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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春雪異変・弍

「なんでここに来るのかしら。」

 

「口より手を動かせ。貴様のヴァイオリンには価値がある。」

 

…プリズムリバー三姉妹の住む廃洋館。時折、話を聞きにきてはここでほぼ無賃でこの女ども…特にルナサ・プリズムリバーの演奏を聴いている。音楽は心を豊かにする、能力の効かぬ余にはちょうど良い薬…なのだが、今日は妙に胸のざわめきが取れぬ。

 

「そんな顔されて聞かれても…嬉しくないんだけど。」

 

その演奏すら今止まった。

ギロリと睨めば、ルナサ・プリズムリバーは不貞腐れたような顔でこちらを見ている。

 

「早く弾け。顧客の要求に応えるのが貴様らだろう。」

 

片手にウィスキーのロックグラスを持って中身を飲む。ここ最近の平和ボケのせいか、些か暇すぎる。

 

「アンタさ。こういうおかしなことが起きてる時、自分から飛び入り参加しそうなもんなのに。なんでこんな場所にいるの?」

 

…そして、デリカシーのない女の発言。それを聞きたいのは己自身だ。何もここで発散するわけにも行かない。

 

「従者を行かせている。主人を行かせ、暇を貰う従者ならばそれはただの穀潰しだ。余は余の来たる仕事へ邁進するのみ。そのための休暇をもらっている。」

 

「あっそ。でも、もっと楽しそうな顔で聞いてくれない?…こっちも気持ちよくないじゃん。」

 

一丁前に注文をつけてくるルナサ・プリズムリバー。妹らも影から此方を見ている。その視線がやけに鼻につく。何も無い廃洋館だ。蜘蛛の巣は張り、屋根は穴だらけ。窓ガラスは割れ、ガラス片があちらこちらへと散らばる。だからこそ、人の視線は気になる。

 

「ルナサ・プリズムリバー。此方は指名してやっているのだ。黙ってヴァイオリンを弾け。」

 

「〜〜〜ッ!!なによそれッ!!」

 

バンっという音と共に瓦礫が余に向かって飛んでくる。首を捻るだけで避けられる。流石に怒り心頭で後先も考えないただのそれが余に当たるとは思わないことだな。ふとルナサ・プリズムリバーに目を向ければその顔はトマトのように真っ赤に染まっていた。

 

「愚鈍が。貴様の価値を吐き違えるな。」

 

「…私はさ。自分の能力のせいで誰にも理解されずにずっと妹たちの影で弾いてきた。やっと理解されるんだって思ったのに…。」

 

「…くだらん。」

 

ルナサ・プリズムリバーの目に涙が浮かぶ。だが、それがどうした。戦闘に関しては無能。その才は全て音楽へと振られた。だからこその価値を与えているだけである。

 

「余は貴様のお気持ち表明を聞きたいわけではない。わかったらさっさと演奏しろ。」

 

「…ッ!!」

 

…あろうことか、ルナサ・プリズムリバーは此方を睨みつけてそのまま立ち去っていった。客を前に消える演者が何処にいる。呆れて言葉も見つからない。

 

「ちょっと!?ルナ姉ッ!!」

 

「もうっ。なんでお兄さん、そんな言い方しかできないのよ。」

 

「なんだ。死にたいのか。」

 

…元気な方の2人。末妹であるリリサ・プリズムリバー…だったか、の方は姉を追い、次女…メルラン・プリズムリバーは余に話しかけてくる。酒に女…これも興かと言わんばかりだが、余には関係ない。少し声が低くなるとメルラン・プリズムリバーの顔が恐怖に染まる。

 

「…あ、あんな言い方されたら誰だって好きなことでもしたくなくなるでしょって!!」

 

それでも物怖じしないのはさすがと言わざるを得ない。だが、余には関係ない。

 

「気に入ったものには金は弾む。気になった者には手助けぐらいはする。結局、自我を持つ生物とはその程度。利害を考えるからこそ生きると言うことだ。あの女には我慢が足りない。感情で動けば…それだけでなにも変わらない。」

 

「え〜。私にはお兄さんも一緒に見えるけど?」

 

「…なに?」

 

僅かに怒気を孕んだ声が口から出る。余が感情で動いているだと。ふざけないでもらいたい。

 

「しかし、熱くなっていたのは事実か。」

 

体が…心が疼く。目の前の戦火に飛び込まんとするいつもの己はどこに行ったのだろうか。憶測だけで動かぬ…いや、動けぬのかもしれない。その時だった。

 

「やっぱここに居たか!!」

 

「むっ…。」

 

耳障りな陽気な声がなんの音もない廃洋館に響き渡る。廃洋館の入り口から歩いてきたのは大きな魔女帽をつけた少女だった。

 

「今回の異変、おまえも噛んでんのか?ルディウス。」

 

ただの魔法使い、霧雨魔理沙は此方を見るなり八重歯を見せてニヤリと笑った。正直、柄にもなくイラついていた。楽しみをとられたまさに餓鬼だ。

 

「…だと思うなら、吐かせてみよ。」

 

「おいおい。…やり合うってのかよ…!?」

 

旧知の友のように迫ってきた霧雨魔理沙。話の聞く相手だと思っていたのだろう、虚を突かれたように顔を驚愕に染める。

 

「生憎、虫の居所が悪いのだッ!!」

 

爆発的に距離をつめる。霧雨魔理沙は即座に箒に乗り、上空へと飛び出した。しかし、それは数秒遅かった。

 

「ハァッ!!」

 

「チッ!!」

 

拳が霧雨魔理沙の足元を掠る。右足が若干、裂け、出血が見える。痛みに顔を歪める霧雨魔理沙だが、それでも一流。顔を真面目なものへと変え、懐からミニ八卦炉を取り出す。

 

「ぶっ飛べッ!!」

 

弾幕があたりに散らばる。即座にその弾幕は豪雨のように此方へと振る。しかし、それはステップで外せる。床が破壊され、爆風と爆煙により視界が狭まる。

 

「…それが狙いか。」

 

完全に上空。垂直に虹色のレーザーが滝のように降り注ぐ。ステップ如きでは無傷でいられまい。

 

「…!!」

 

身体を霧と化し、そのレーザーを透過させる。物理だけではない。光も届かない。

 

「そうだよなぁッ!!そうするしかねえよなぁッ!!」

 

「むっ。」

 

レーザーによる大穴と砂煙、爆風により視界はさらに狭まる。大丈夫だ。匂いで理解できる。…だが、霧雨魔理沙の正体が掴めない。声が聞こえるまで…背後に立っていたことに気が付かなかった。

 

「何をそんなに焦ってるんだよッ!!最強さんよぉッ!!」

 

「…なるほど。」

 

霧雨魔理沙のレーザーが視界を埋め尽くす。その時初めて、自身は何かに焦っていることに気がついた。

 

辺りを爆煙が埋め尽くす。晴れた瞬間に霧雨魔理沙の目には五体満足の余が見えただろう。酷く…酷く無様なものだ。来るかもわからない死に何を恐れているのか。

 

「…あそこへは咲夜を行かせている。余が出る幕ではない。」

 

「そうかよ。…アンタなら嬉々として向かうつもりだと思ったがな。って霊夢が言ってたよ。」

 

「霊夢か。…本当に勘がいい。だが、咲夜や霊夢、レミリア達のためにも余が動くわけにはいかんのだ。」

 

ゆっくりと歩き、倒れた椅子を戻して腰をかける。

 

「…それってさ。普通に心配してんじゃねえの?」

 

「…心配?」

 

霧雨魔理沙はそう言うと箒からおり、地面にペタリと座った。スカートの中身が見えぬよう地面に押し付けて。

 

「そうさ。心配してどうしようもなくてそれでなんか知らねえけど動けねえからウズウズしてんだよ。だから、ムシャクシャしてんだろ。違うか?」

 

「…的を得ている。人間の心配をするなど…昔の余なら鼻で笑っていたな。」

 

メルランが入れたウィスキーを飲む。指をウィスキーにつけまわすとカラカラと氷が音を立てる。

 

「そんなんここにあったか?」

 

「余が持ってきた。音楽に女とくれば酒であろう。…まぁ、酒と音楽以外に興味はないが。で?何故、余を探していた。」

 

「へへ。…お前なら不可思議事件の犯人がわかるかなって思ってな。これは私の意見だけどよ。」

 

歯を見せて笑う霧雨魔理沙。それを肴に一口飲む。

 

「そんなところに座るな。汚れるぞ。」

 

「親父みたいなこと言うなよなぁ。…で?何か掴んでんのかよ。咲夜を送ったって、どこに。」

 

「さぁな。こればっかりは余もあまり深くは理解しておらぬ。だが、いくら博麗の巫女でも簡単な相手ではあるまいな。」

 

相手の向上心を刺激するようにそう言い放つ。酒は舌の潤滑剤…望んでもいないのに饒舌にする。狙い通り、霧雨魔理沙の口角が上がる。この女は余に似ている。凡人であるにも関わらず、学び、努力し、食い下がる。それこそが命の真骨頂なのだ。

 

「…そろそろ出向くとするか。」

 

「あん?何処にだよ。」

 

「そろそろこの寒さもこの景色も目障りになってきた。赤ワイン片手に花見桜…乙じゃないか。」

 

そう言って霧雨魔理沙にニヤリと笑ってやる。すると奴もそれに返すように口角を上げた。少し傾いた扉を開ければ、そこには此方を睨むルナサ・プリズムリバーの姿があった。大した会話もなく、その横を通り過ぎる。

 

「上達はしておけ。汝のヴァイオリンは他に変え難いからな。」

 

ルナサ・プリズムリバーの肩に手を当て、そのまま廃洋館を後にする。件の彼女はぼうっとしたように見えたが、知らぬ存ぜぬ…興味もない。

 

「で?どこにいくんだ?」

 

嬉々として霧雨魔理沙が聞いてくる。このまま素直に向かいたいものだが…勿論、そうは問屋が卸さないだろう。外は猛雪。その中で此方を睨む1人の狐。

 

「…紫様の忠告を聞いていなかったのか?貴様は…また幻想郷に仇なすのだな。」

 

そう言って殺気を爆発させる。…幻想郷に仇なす…か。

 

「くだらぬ妄言を垂れ散らかすな。余は存外この幻想郷が気に入っているのだ。…だからこそ、春を取り戻しにいく。そうした方が妹らも惚れ直すだろう?この兄に。」

 

歯を見せてニヤリと笑ってやる。翼を広げ、此方も威嚇。周りの雪は一瞬、風に流され、溶けていった。

 

「ふざけたことを言うな…!!ならば、八雲紫の名において…貴様を殺す!!」

 

「…あぁ。来い。食前の準備体操と行こうか。」

 

そう言い、笑った瞬間…目の前を七色の弾幕が覆い隠した。

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