ご主人様と別れ、我々は桜並木の通路を抜けていく。外の空気とは一変。外ではしんしんと降り積もる雪はここではひらひらと舞い降りる桜の花びらになっている。
「早くこのクソ寒い冬を終わらせてもらわないと…。」
「お前は炬燵に蜜柑にお茶でいいだろ?」
「まぁね。」
霊夢と魔理沙はそんな他愛のない話をしている。確かに寒さは天敵だ。お嬢様方が寒がるし…。紅魔館の暖炉だけでは寒さは凌げない。ご主人様やパチュリー様のように魔術による気温コントロールが出来ればまだ良いのだが…。
「それに春は花見の季節だろ?」
「い〜や〜よ!!どうせ、博麗神社でやるんでしょ?妖怪たちがバカやって…本当に片付けとか大変なんだからね!!」
「いいじゃねえか。春といえば花見に宴会だ!!なぁ?咲夜。」
「……え?」
急に振られたからびっくりした。よくもまぁ、こんな時に他愛のない話ができるものだ。
「え、ええ…。良いわね。お花見。」
そう言うと魔理沙は目を細めて笑う。…そう、お花見だ。この前の宴会も楽しかった。あんなにキラキラした所にいたのはご主人様に出会ってからだ。この人生に色がついた。夏にここに来たからお花見は初めて。ご主人様とのお花見、楽しみだな。
「…うへへ。」
「なによ。咲夜。気持ち悪い。」
「煩いわね。いつまでもご主人様のこと、『お兄ちゃん』呼びしてる羨ま…けしからん巫女には言われたくないわよ。」
何故か、霊夢とご主人様は義兄妹らしい。耳に入れた時に目の前が真っ白になったのを覚えてる。いえ、私と霊夢は友人だけれどこればっかりは譲れない。
「何言ってるのよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?向こうが呼べって言ってるんだから。」
…当の天然巫女は小首を傾げて何がおかしいのかと言った様子でそう言ってきた。この図太い神経は真似しなければならないわ。なんだろう…ダーリンっとか読んでみようかしら。いやいや、畏れ多い…!!そんないつぞや図書館で見たような本みたいなぁ…!!
「あぐぐぐっ…!!」
「ちょっと、私何か言った?」
「た…多分。お前は知らない方がいいぜ…。」
私が葛藤してると魔理沙はなぜか複雑そうな顔をしていた。話を切り替えようと咳払いをする。道中が長すぎて、結局、雑談していた。戦いの瀬戸際でこのようにペチャクチャ喋ってるなんてご主人様に知られたらなんて言われるだろうか。
「そういえばお兄ちゃん、最近神社に来てくれないのよね。律儀にお賽銭するのお兄ちゃんぐらいだから、早く来て欲しいのよね。」
「はぁ?ご主人様を金蔓だとでも思ってるの?心外よ?」
「違うわよ。…ただちょっぴり、寂しいだけッ!!」
プイッと拗ねたように横を向いて、霊夢はひと足先に飛んでいった。
「あ、おい!!待てっ!!」
…全く、一時の感情に乗せられて飛んでいくなんて…なんて向こう見ずなの。馬鹿馬鹿しい。…取り敢えず追いかけるしかない。綺麗で怪しげな桜並木にも目をくれる暇はない。ご主人様は今も戦ってくれているのだ。失敗なんて毛頭考えない。例え死んでも…あの人の役に立ってみせなければならない。
少し進むと目の前に現れるのは…ものの見事な日本庭園だった。巨大なお屋敷…外見だけなら紅魔館なんて比じゃない。
「すげぇな…。」
魔理沙も私も当然息を呑む。優美…という言葉でしか表現することができない。
「あっちだ!!」
魔理沙の声に私は帰ってくる。…完全に心を取られていた。この場所はまるで別世界だと思った。魔理沙の後ろ姿を追いかけると見たことのある赤いリボンが目についた。先に行った霊夢だ。
「やっと来た。」
気だるげな様子でそう言う彼女。先に言ったのはどちらかしら。…買い言葉に売り言葉だが、霊夢は全く気にしたそぶりはない。それどころか、此方には目線も向けない。…原因は明白だ。目の前の大樹。そこに外から桜の花弁のようなものが飛んできていた。大木はそれを吸収していた。
「…なんだよ。これ。」
「わからない。」
着々と花をつけ始める大木。満開とはすぐにならず、蕾を蓄えるだけだったが、それは桜だということがよくわかった。…そして、なぜだろうか。視界から離れない。
「咲夜、魔理沙。あれ、見ない方がいい。」
…霊夢の声が耳に残る。珍しく真剣な声。わかっている。なんだか、心まで吸われそうな感覚。
「…綺麗でしょ?」
その声は知っている誰のものでもなかった。柔らかなイメージを受けるが…少し威圧感のある感覚。声を聞くだけで背筋が凍る。
「アンタが異変の主ね?」
「さぁ。どうでしょうね。少なくとも…開花が近づいているのは私のせいではないわ。おそらくね。」
「目的は?」
「桜の開花。…そうすればこの下にある何かが目覚める。記憶の片隅で朧げに残ってるの。何かはわからない。でも、この下には何かがある。それ、見てみたいと思うのが…普通じゃない?」
現れたのは桃色の髪をした、水色の着物の女性だった。たおやかな身体に、周りにつくは無数の霊魂。扇子で口元を隠し、その目は非常に冷徹。温度を感じなかった。空中を縦横無尽に浮遊するその姿はまさに…幽霊。
「兎に角、春を返してちょうだい。…外は寒くて迷惑だわ。」
「返してあげてもいいのだけれど。ここまで来たら貴女達も見てみない?満開になった西行妖。ここまで存在感のある桜だもの。…きっと息を呑むように綺麗よ。」
手の扇子を操り、まるで舞踊でも踊るかのように動く女性。無表情とも笑みとも取れる微細なそれはまさに凍りついた笑みと例えるに値するだろう。
「そう…だったら。」
「弾幕ごっこ?…良いわよ?希代の博麗の巫女…幻想郷の賢者たちがこぞってその力を認めている。…ならば、死を超越することは出来るのかしら?」
そう言って女性は笑う。少女のようなあどけなさと大人の女性の美しさを兼ね備えたそれを見た直後、目の前を鮮やかな色彩が埋め尽くした。
背筋を冷たいものが走る。…時を止めて、一度退く。だって、止まったとしてもあの女の元へは迎えない。止まった時は動き出す。
「へぇ。面白い力を持ってる子がいるようね。」
一瞬、着物の女から笑みが消える。
「あの弾幕にあたれば…考えたくないッ!!」
「だったらかき消すまでだぁッ!!」
魔理沙はミニ八卦炉を握る。狙いは着物の女。…彼女はそれを見て、またたおやかな笑みを浮かべる。まるでやってみろと挑発しているかのように。
「喰らえッ!!恋符『マスタースパーク』ッ!!」
とても太く大きなレーザー砲が迫り来る桜の花弁にも見える光の玉をかき消しながら突き進んでいく。
「なけなしの春を頂こうかしら。黒い犬。」
淡々とそう言うと女から笑みが消えた。女はマスパを軽々と避け、頭上より何かを構えようとした…その直後であった。…大気も揺れるほどの大地震が冥界内を駆け巡ったのである。
『ッ!?』
その時、初めて女の顔から余裕が消える。チャンスだ…そう思ったのも束の間。耳を劈くほどの絶叫が辺りに響き渡った。
「なんだァッ!?」
「…あぁ。そうなのね。もう。…そんな時期。」
そう言い、諦めたように笑うと女はふわりと消えていく。居なくなった…というよりも抹消したに近い。その時、初めてその何かの正体に気がついた。首元まで迫り来る蔓。一瞬にも…時を止めるという考えがつかないほど満たない刹那。…言葉すら交わせないほどの瞬間、意識できたのは既に避けることも敵わないほどの距離。木の蔓が私の首元に差し迫る。
「咲夜ッ!!」
霊夢の声が響く。怖くはない。でも、少し寂しくはある。…瞳を閉じて、思い浮かべる。初めてできた家族というものを。…ご主人様、お許しください。
「ハァァァッ!!」
…しかし、悪運だけは強いようだ。何者かによって私の首筋に伸びた蔓は真っ二つに叩き切られた。
絶叫が再び響き渡る。まるで痛みに叫んでいるかのようだ。目を開ければそこに居たのはご主人様…ではなく、白いボブカットの女の子だった。確か、門番をしていた子である。
「…くっ。これ以上は無理です。ルディウスさん!!あとは…。どうか幽々子様を…!!」
「咲夜。」
淡々と紡がれる言葉。私は自然と膝をつき、平伏する。表情がわかる。これは…かなり怒っている。ご主人様の声が後ろから聞こえる。
「…簡単に死を求めるとは。余はそのような教育をした覚えはない。」
「も、申し訳ございません。」
「…まぁ、説教は目の前の御馳走を頂いてからにしようか。」
顔を上げればそこに居たのは羽を広げて黒い大剣を握る
「…人間にはいささか、相手が重かろう?…さて、妖怪樹。」
直後、目の前の大樹は耳を裂くような絶叫をあげ、ご主人様を攻撃せんといくつもの根を伸ばしてくる。濁流のように迫り来るそれをご主人様は横一閃で全て切り裂いた。
「貴様が飲み込んだ春。その腹を裂いてでも返してもらおう。…我が妹らを凍えさせたその罪をその身に刻み込むがいい。」
そう言ってご主人様は空を蹴り、大樹へと向かう。大樹は迎撃しようと蔓や根を伸ばすも、ぶつ切りになって空へ舞うのみである。ご主人様は黒い大剣を握るとそのまま大樹を袈裟に切り裂いた。
次回はルディウスに戻ります。