紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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雪解け

「どこまで、読んでいたの?」

 

そう余に声を掛けるのは風呂上がりの八雲紫であった。心身ともに疲弊した人間どもは一度、自身の家に帰し、此方は聞きたくもない説教をくらっている。

 

「読む?…そんなことはしていない。ただ本能と享楽に従った。それだけだ。」

 

西行寺幽々子の興味による幻想郷の春奪還異変。残雪もくどいほど残り続け、これから遺恨などというものなどなく、そのまま解けていくだろう。たった一体の妖怪が、この箱庭全てから春を奪い、そして、次は死をもたらす。稀に見る怪物だった。八雲紫がサジを投げるのも当然であると理解できるほどには。

 

「しかし、汝が幻想郷の危機を許すような真似をするなど。管理している者としては少し良識が欠けていると考えるが。」

 

「本来ならば西行妖が目覚める前に博麗の巫女によって幽々子は倒されるはずだったの。そこに幽々子と同等か、それ以上の死の香りを纏う怪物が現れた。それが起爆剤になったのよ。ね。これ、どっちが悪いと思う?」

 

肌に紅刺す薄着の風呂上がりの女に、猪口に残る日本酒。これほどまで…飲む気の失せるものは久しぶりだ。八雲紫は笑ってはいるが、目の奥では怒りを隠し切れていない。

 

「私は止めたわよ。下手したらあの子達だって無事じゃ済まなかったわ。幻想郷を管理するってこと、貴方はご存じかしら。もう1人の管理者さん。」

 

「口の五月蝿い大家だ。」

 

目を閉じて一気に酒を煽る。幻想郷の居住を認める代わりに表立って動けない八雲紫の代わりに厄介ごとを引き受ける。裏の面倒ごとは八雲紫が引き受ける。まさに表裏一体。…利用し、利用されるだけの関係だ。

 

「尤も…そのような危険な異変ならば汝が責任を取り、止めれば良かっただろう。あの西行寺幽々子ならば。」

 

「…博麗の巫女は何者よりも強くなくてはならない。そのルールを追加したのは貴方よ。幽々子も貴方の妹のレミリアも…言わば、そのダシに過ぎない。それにこの幻想郷は自由であり、何者でも受け入れるわ。…それが壊滅を呼ぶ異変でも。」

 

「ならば、動いて正解だ。貴様は知恵で、余は武力で幻想郷を統治する。その幻想郷が無くなってもらっては困るからな。」

 

その言葉に八雲紫は沈黙を返す。

そんなことはわかっていたのだろう。だからこそ、此方を問い詰めている。なにせ、余は最悪の事態の引き金そのものなのだから。

 

「狡猾な汝のことだ。最悪にも備えていたのだろう?」

 

「いいえ。…西行寺幽々子を博麗霊夢が倒す。この物語はそれでおしまいのはずだったわ。西行妖が暴れる想定も、目覚める理由もなかった。だから、貴方のせいで歯車は狂ったと言っていい。」

 

そう言って立ち上がると八雲紫は対面から余の横へと迫ってくる。冷めておらぬから暖かい。人肌…妖怪肌?から発せられるポカポカとした陽気な熱気。…少し強引だからか、暑苦しくも煩わしくも感じる。

 

「でもね。…私は貴方に感謝をしているわ。」

 

そう言って此方の肩に体を傾け、左頬をつける八雲紫。黄金のような髪がお猪口に入りそうになる。

 

「あの下に何が眠ってるか、知ってる?…それを幽々子は見ずに済んだし、幽々子を救ったのは貴方と霊夢だから。」

 

「暑苦しい。それに、重い。…酒が飲めぬ。」

 

「…照れてる?」

 

「その首掻き切るぞ。」

 

先程の賢者モードとは一変、咲夜や霊夢のように幼さを残したようにケラケラと笑う八雲紫。

 

「…説教なんて貴方は聞かない。全てを受け入れるのが私“たち”の作った幻想郷よ。貴方が鬼や天狗を魅了して、名前を売って賢い妖怪たちを動かさないようにした。その間に私は箱庭の準備をした。…名前の聞くカリスマが組織には必要なのよ。」

 

「…下卑た話だ。自身の理想のために他者を利用するとは。」

 

「そうね。否定はしないわ。」

 

雰囲気は非常にしんみりとしていた。八雲紫の声は嫌に優しい。口八丁で全てを覆し、その裏で余を使って理想を叶えた。

 

「ありがとう。霊夢達と…幽々子を救ってくれて。」

 

「…その言葉を送るのに相応しいのは…博麗霊夢だ。」

 

花弁がお猪口に落ちる。まだ、西行寺幽々子はしっかり目が覚めていないらしい。目覚めなかったとして、自業自得である。…咲夜が死んでいたら余のせいか。全てが丸くいった今…犠牲など出なくていいだろう。

 

「その言葉は正義に向けられていい言葉だ。自堕落だが、人のために異変を解決する。まさに人々の心の雪を溶かす陽だまりのような人間にな。…我々は腐っても(妖怪)。生きるためなら嘘を吐く。死なない為なら平気で裏切る。…そんなものだ。」

 

「まともな事言うのね。…そこら辺はまるで人間みたい。だって、それが普通ならそんな皮肉った言い方…しないでしょ?」

 

耳元から発せられた言葉には…何も感じない。

さて、この心はなんなのだろうか。喉の渇きを潤す味に…もはや、興味はない。

 

「どうせ。ホッとしてるんでしょ?…家族が、霊夢が無事でいたからって。」

 

「妙な詮索はするな。」

 

想像で語るな。…どうせ、生まれ持った業からは誰も逃れられない。一難去ってまた一難ってやつだ。一つの大きな物語が終われば次の章に進む。そのうち、転機が訪れる。

 

「想像で語るな、理想像を押し付けるな、頭の中で作り出しただけでその理想論と違う部分を見て幻滅するな。…世の中はそういうものだ。」

 

「貴方…どこでそう言うもの…覚えてきたのよ…。」

 

「…眷属には何の価値もない。だが、親は違う。…人から恐怖の吸血鬼というレッテルを張らされた親は、無惨に殺された。死よりも怖いものは何だと思う?…消滅だ。人の記憶にも残らない。解けていく雪を覚えるものは何もいない。残した後も太陽に消されていく。…ホッとしてるものか。」

 

せっかく喉に入れたのに乾いていく。

余計に。ただ余計に。この白玉楼で起こったそれは20年も経てば鎮火される。いや、今も…。

 

「目が覚めればいいな。西行寺幽々子。」

 

「え?…あぁ。大丈夫よ。…どうせ。明日になったらお腹すいたぁとか言って出てくるわ。」

 

…強がりと嘘。妖怪の特権だ。人なら慰めるだろうが、そんなことはしない。この桜を見たいから無理言って咲夜たちには帰ってもらった。事件があったなどここには関係ない。宴で全てを清算する。…この幻想郷の良い文化だ。

 

「心配してくれたの?これでも、数百年は生きてるわ。心だけは無駄に成長してるのよ?」

 

「…若作りというのはこういうものを言うだろうな。」

 

「煩いわね…。アンタもほぼ同じでしょうが。クソジジイ。」

 

余がジジイ?…気分が良くなければその細首をへし折っているところだ。

 

「いい加減離れろ。暑苦しい。」

 

「そう?…昔と違ってあんまり居られないんだから少しは話できたらなって思ったのに。」

 

…一時期、この女と一緒にいた時期があった。

能力、弾幕、霊力の使い方諸々。この女には知恵がある。故に利用価値があると思っただけだ。何の興味もない。

 

「お姉ちゃんとでも思ってもっと頼ってくれてもいいのよ?」

 

「トラブルメーカー。口だけは一丁前だな。殺すぞ。」

 

「あら怖い。」

 

あまりの減らず口に怒気を含んだ睨みを効かす。だが、目の前の大妖怪には全く聞いていない。

 

「百鬼夜行の大王様には、こんな女はお気に召さないかしら。」

 

少し距離を離し、自身の身体を手で辿って…妖艶に笑う。咲夜もそうだ。なんなんだ。この女どもは。はっきり言う。気色悪い。

人間であれ、妖怪であれ、種を反映させるだけのもの。悪徳感情、得手不得手で考える。女であれ、男であれ、絵がいいだの身体からエロスが漂うだの。それを考えるだけで虫唾が走る。

 

「…そういう打算は他とやっていろ。余は関係ない。」

 

「そうかしら。…貴方もいずれ、考えない?妹たちは“母親”を求めるって。」

 

「…もうフランだって500歳近いだろうが。」

 

…本当にこの女は目聡い。一瞬で地雷を踏んだ。しかも、爆発させずに処理をした。心に食い込む形で。反吐しか出ない。

 

「いつだって、誰かに支えて欲しいものよ。貴方もそうでしょう?…妖怪だから何人こさえてもいいの。人道なんて人のたまにあるもんだし。だから、私たちは最初を狙うの。最初は誰にも奪えないから。」

 

「狩人どもめが。」

 

…全く面倒だ。

咲夜もコイツも射命丸文も…全員、己の損得勘定で選んだというのに。女なら腰を振る猿とでも思っているのだろうか。

 

「なら、今度散歩でもしましょうか。そこで貴方の氷の心、溶かしてあげるわ。」

 

「…興味はない。暇なら行ってやる。」

 

「あら。来てくれるのね?」

 

「…時間は有限。何事も用事があった方がいい。そろそろ帰る。」

 

首の骨も鳴るほどずっと座っていた。外の寒さもそろそろ温まってきたからだろう。3人は先に返したが、ここにずっと居る意味もないからな。

 

「ええ。またね。」

 

手を振る八雲紫を横目で見る。いやらしい笑みではなく、まるで聖母のようだ。悪魔が例えるのも可笑しいが。

 

「あぁ。またな。…()。」

 

そう言って縁側から空へと旅立った。

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