「余の勝ちだ。…ここからは自由にさせてもらうぞ。」
伸びる八雲紫とそれを抱く八雲藍へ見下しながらそう言う。藍の目はそれはそれは痛々しいものであった。ナイフのように鋭いとはこのような目のことを言うのだろう。敵意と怒りが混じった…そのような目。
文字通り翼を広げて、自由にようやく飛び立てる。
そして、この目で見たものを妹らの子守唄にでもしてやろう。
「…待って。」
「…ん?」
…柄にもなく新天地でワクワクとしていた。そんな余の気分を阻害するように、か細い声が背から聞こえる。少し時間が経ったのでな。八雲紫が目を覚ますには十分なくらいに。…とはいえ、早すぎるとも思うが。
「…貴方の目的は…なに…?」
「…目的?」
わざわざ問うほどのことではない。
強気な態度などないか細い声に背を向ける。時間が勿体無いからだ。
「余にはこの世の何よりも大切なものがある。余は父であり、母であり、兄であり、良き師である存在。彼女らにただ面白い話を持っていきたいだけよ。その道程で邪魔をする者は黄泉へと送るのみ。…さらばだ。」
…真紅色の血塗れの羽根が月夜に光る。
今、陽光が差し込むのは少々面倒だが…まぁ、構いやしない。そうなれば何処かに身を隠す必要があるか。…苦手は無くさねば。やったことはないが、生物的な弱点を克服することも可能なのか?
「…さて。」
くだらないことを考えながら地面へと降りる。一度試してみたが、やはり肌が裂け、血液が沸騰するかのような痛みを感じた。…だが、やはり銀の弾丸しかり、大蒜しかり苦手は克服できそうであった。まぁ、それは今はどうでも良い。
八雲紫の強襲も退け、ここからはこの国を満喫できる…と思ったのだが、そうもいかない。
「…アンタ、何者よ。」
…山に入ってからこの女に着けられている。
黒髪の腰まである黒髪、そして極め付けはその背から生えるカラスの羽。明らかに人間ではない。
「山登りをしにきただけだが。」
「何処の世界にそんな派手な格好して山登りに来るのよ。」
そんな女はそう言うと余の首目掛け、葉のような団扇の先を向けてくる。この国に来てから女どもに的にかけられてばかりだ。実に烏滸がましい。
「…それに。そんな妖力垂れ流してただの山登りっていうのがおかしいのよ。…いい。即刻、貴方をここで殺しても構わないのよ。」
「…ほう?できると申すか。」
「…。」
生物とは無意味にその命を無駄にはしない。
少なからず脳の入っている生き物はその意思に反して、絶対に勝てない者には向かっていかない。
団扇を持った女もそれを理解しているのか、冷や汗をかいて此方を見ている。
「死にたくなければ余の好きにさせよ。」
「それは出来ないわ。…私がここで止める。」
…なんでこうも絡まれるのか。
余はただこの目で好きなものを見て、愛くるしい妹らにそれを教えたいだけというのに。自然とため息がついて出る。初めて女を正面から視認する。八雲紫や八雲藍から感じた人ならざる者の力。…しかし、数段各落ちする彼女が余と渡り合えるはずがない。
「…汝、死ぬぞ。」
「…ここは我々、天狗の土地だ。無断で踏み入った者は…即刻排除する。」
口調が変わったと同時、女の周りからいくつもの妖力を感じた。なるほど。質より量か。周りはまさに山だ。丈の長いくさばらに小さな木、無論、余の3倍はある木々の数々や上空。その周りにざっと30は隠れている。
「何笑ってるの。」
「…良いぞ。良い。勝てぬのならどんな卑怯でもやってのけろ。」
殺し合いに正々堂々などと言う言葉はない。
一対一じゃない。久々のこの昂り。翼が自然と広がり、余の姿が更に大きく見えるだろう。
その言葉と同義、上空から5人ほど。
放たれた矢は余の羽ばたきの風にチリとなって落ちる。
「ぐっ!?」
「その程度か。」
…一人の天狗の胸を親指で貫く。そのまま円を描くように横に振り回す。天狗の身体は胸から上が裂け、その一撃に天狗団は散り散りになった。死までは至ってない。
「チィッ!!射命丸ッ!!」
「ハッ!!」
先程の女が地面を蹴り、此方へと向かってくる。
羽ばたきの勢いで旋風が巻き起こり、地面の砂煙が宙へと舞う。瞬きでもしていたら、捉えられない程の速さ。
団扇を横一閃に振るうと、なんとも珍妙。
竜巻が余とシャメイマルの間で起こり、此方に向かってくる。
「…この程度で…か。」
砂煙を巻き上げ、視界を奪う。
おそらくこれはただの目眩し。妖力の流れを見れば次に奴らがすることは見える。
だが、風もただの微風ではない。痛くも痒くもないが、刃風のように余の衣服を少しずつ浸食していく。…お気に入りだったのだが。
「このまま削り殺してやる。」
「…烏滸がましい。」
羽をただもう一度バサリと羽ばたかせる。すると竜巻は霧散していった。
その直後だった。四方八方から飛んでくる矢。…頭はいいようで逃げ道を一切なくしている。
風には風だ。
「ふぅ…。」
口から出た息が余を中心に竜巻きと化す。
その規模はまさにシャメイマルとやらの比にならん.矢を中心から全て叩き割り、霧散していく。風属性の魔術は得意な方ではない。防御にしか使えない。結界がまだ体に馴染んでいないための荒療治だ。
「チッ!!化け物めッ!!」
矢も打てない至近距離へと飛ぶ。
一人の男天狗がそう叫ぶと手に刀を持ち、縦薙にそれを落とす。
一対一にしてしまえば無意味だろう。とも思ったが、仲間を巻き込まぬよう全員が刀に持ち替えたらしい。
縦薙の斬撃は妖力の流れを見たおかげであたりやしない。横に最小限の動きで横に避けると天狗の首に手を当て、へし折る。
二人目だ。ちょうどいい。鈍だが、天狗の刀を貰っておこう。
「ウォォォォッ!!」
次の死に損ないは3人同時できた。
先ずは左右二人が斬撃を袈裟に落とす。
それは見えている。後ろに跳んで躱わすと同時、真ん中の刺突が迫り来る。
横に避けると同時、天狗の両腕が膝から下が宙を舞う。
「ぐぅぅぅぅ…!!」
両腕無しの天狗が吠える。
「手が無くなれば足がある。足が無くなれば牙がある。戦闘とは五体全てで行うものだ。…違うか。」
「ぐふぅぅ…ッ!?」
刃を上にし、天狗の腹へと突き立て、そのまま切り上げる。…今のは臓物までいったろう。天狗の身体から力が抜ける。
「…ただ死を待つだけなら誰でもできる。」
「クソがぁぁぁぁッ!!」
徒党が二人から八人に増えた。
後方の二人が弓を構え、背後からも三人が弓を構える。残り三人が刀だ。さて、どうしたものか。
「射てッ!!」
「…ありがとう。教えてくれて。」
…腹から胸まで裂けた天狗の体を盾にする。分厚い天狗の身体が射線上から余を隠す。弓の弱点は補充だ。…その隙に天狗の身体を刀から外す。さて、やるか。
「存外楽しめたぞ。」
地面に落ちたもう一つの刀を拾い、猛進。背後の三人の体を横一文字に裂く。ぐちゃりと地面に落ちる音が聞こえる。
背後から矢が二本飛んでくる。
羽ばたきでそれを吹き飛ばし、砂煙を起こす。次の刹那、振り返り、視界を失った天狗たちへと向かう。
「チッ!!シャメイ…グハッ!?」
射手の背後へと音もなく移動し、背中から胸へと突き上げる。その身体を地面へと落とし、次は剣士三人。
「ぐっ!?クソォォォッ!!」
自暴自棄か、地面を蹴り、一人が此方へと向かってきた。速いな。もう目が慣れたか。だが…。
「無意味。」
「ぐぉぇぇッ!?」
天狗の身体はクロス上に裂かれ、四つに分断された。
ぐちゃりという音と何かを踏みつけた感触が大変不快だ。慣れてはいるが。
呆然と立ち尽くす天狗二人の頭をカチ割り、砂煙は解ける。
「なっ!?」
「…ものの…数秒だぞ…。精鋭たちが…こんな…。」
…天狗の世界ではこの程度で精鋭を名乗れるのか。全く、馬鹿馬鹿しい。一太刀もまだ浴びていないぞ。
さて、ここまでやれば馬鹿でもわかる。
くだらないプライドで数人で攻撃しても死人を増やすだけだと。
ならば、考える暇も与えない。
片手の刀を投げ、目の前の一体の天狗の頭へと当たる。
「ぐっ!?やれ、やれェェェッ!!」
恐怖からか、天狗たちの統制がズレた。
シャメイマルとやらが再び此方へと迫ってくる。この女は殺さない。これは勘だが、八雲紫のような超常的な力を持っている気がするからだ。あの女の言っていた能力とやらがわかるような気がする。
手足をもぐのもいいが…自害されたり失血死されたら困る。
「殺すッ!!」
「…眠れ。」
そのため、余の霧で気道を塞ぐ。もがくシャメイマルをよそに天狗隊が二手に分かれ、背後へ移動。…わかったことがある。此奴らはなぜか同時打ちをしない。天狗の仲間意識…というものだろうか。
情など必要ない。
「…うぶっ…っ…。」
シャメイマルは昏倒。酸素が完全に余の霧に押し出されたので仕方ない。死には至っていない。この程度で妖怪は死なん。
「さて。」
後ろを向いたが直後、左右から二人ずつ。刀を縦に振り上げ、此方へ向かってくる。
刀は一本。だが、殺し合いは五体全てで戦うもの。
「潔く…逝け。」
目の前から向かってくる二人、後ろからも二人。
狙うのは振り終わり。
『ハァッ!!』
…今だ。
地面を蹴り、横へと滑る。
4人の刀の振り終わりの後、背後から一人の首を蹴り上げ、砕く。鮮血がその天狗の目の前の二人の視界を奪う。
「ぐっ!?きさ…!?」
横の天狗は掌底で良い。頭部が爆発したように破壊。そのまま流れるように、二人の目の前の二人の首を切り落とす。
半分以上は消した。
「グォォォォッ!!」
目の前から矢が飛んでくる。しかし、余を捉えるのは不可能。地面を蹴って、瞬時に躱しながら、前へと向かう。
目の前から三人の天狗が刀を手に向かってこようとするが、無駄。刀をそのまま突き刺し、三人を貫通させる。…天狗団子の出来上がりだ。
刀を引き抜くと鮮血が舞う。
その鮮血を目眩しに、射手の前へと向かう。
「なっ!?」
…反応のできない速度で口から上を切り飛ばす。
「うわぁぁぁッ!!」
だんだんと殺されていくため、余裕がなくなってきたらしい。天狗の矢の速度は上がるものの、精度が著しく下がった。
立っていても当たらない。それではダメだ。
「…ふん。」
地面の小石を拾い、指で弾く。直後、天狗の頭が爆ぜた。小石にでも当たったのだろう。
「…あと少しだ。」
良い加減煩わしくなってきた。
楽しんでいたが、ただめんどくさい。援軍が来ても面倒だ。となれば…またあれを使うかな。
「塵芥となれ。」
飛んでくる矢を人差し指と中指の先の火で焦がし尽くす。そのままその火は波状となり、天狗たちの身体へと着火。余はシャメイマルの身体を抱き上げて、天へと舞う。木々を燃やし尽くすような火力は出していない。天狗だけが燃えていくだろう。
じりじりと肉の焼ける匂いと絶叫が聞こえる。耳障りだが、仕方のないことだ。…さてと。何処かで体でも洗うか。阿呆の血はえらく不味いのだ。