紅魔ノ兄   作:紳爾零士

81 / 88
過去編です。


回想 白髪の剣神

「9999、10000、10001…」

 

…鬼童の素振りの音が聞こえる。ここは白玉楼。八雲紫が我ら用にと結界を張り…いや、魅了(チャーム)の力で無理やり張らせ、作らせたのか。敵意を無くさせただけであるというに。

 

「性が出るわね。」

 

「飯時にしか出てこないというのに貴様も難儀なものだ。」

 

隣にいるのは白玉楼の主人、西行寺幽々子。多くの茶菓子を食べながら、余とともに茶会に耽っていた。紅色の茶は飲んだことはあるが、緑の茶も一味違う。

 

「あら、することは多いのよ?…それに彼が帰ってこないように手回しもしておかなきゃだし。」

 

そう言って微笑む西行寺幽々子。此奴の言う“彼”とはこの白玉楼の庭師であり、厳格故の堅物らしい。ここに妖怪が来ることも八雲紫ら関係者以外は認めない筈だと…故に何かしらの理由をつけて、その彼とやらをこの場から引き剥がしているらしい。

 

「貴方は手を合わせないの?」

 

「一人修行も必要なものだ。」

 

…音を立てて茶を喉に流す。呑気なことをしているものだが、仕方ないことだ。暇なのである。

 

「紫は来なかったのねぇ。」

 

「部屋の片付けをさしている。あれは阿呆だ。気に入ったものを外から持ってきては自身の部屋におき始める。そこまで広くないのに関わらずだ。馬鹿者が。」

 

「ふふ。親みたい。」

 

「…くだらん。」

 

笑う西行寺幽々子を尻目に茶を一口口に入れる。

 

「ダンナぁ!!こっちに来て手合わせしましょうぜッ!!」

 

汗だくの鬼童が子どものように無邪気に大声をあげる。少しは落ち着きたいものだ。そう思い、腰を上げた…だが。

 

「…っ。」

 

嫌な匂いに眉を顰める。

久しくこのような濃い血の匂いは嗅いでいない。そのせいで嫌悪行動が出たようだ。

 

「…最近、外出を勧められるので何かあるとは思っておりましたが…まさか。」

 

西行寺幽々子の方を見ればまさに顔面蒼白。その額からは滝のように汗を流している。その低い声にはそれほどの圧があった。

 

「何モンだッ!!テメェッ!!」

 

「…それは此方の台詞。」

 

階段を登って、白玉楼にやってきたのは笠を被った着流しの老人。鬼童も彼を睨み、半足引く。その手には妖刀。

 

傘の影から老人は目を光らせる。

 

「…刀を抜くとはその覚悟がおありか。」

 

「うるせェェッ!!」

 

そのまま両手で柄を握り、地面を蹴り、走り出す。老人は腰元に手を当てると着流しの中からきらりと何かを見せた。

 

「おらぁっ!!」

 

間合いをとったのは鬼童。…しかし、振り下ろした刃が捕らえたのは笠のみ。

 

老人は既に鬼童の背後に立っていた。

 

鬼童の首筋に刀を当てる。

 

「…剣とは拡張された四肢。触るように突き、撫でるように切る。どちらも相手に悟られぬよう。お主のような愚物に使われるなど刀が可哀想だ。」

 

その顔は鉄仮面だ。何の表情もない。対して気圧された鬼童の方は顔面蒼白だった。

 

なにせ、老人がいた場所には砂煙すら立っていない。血気盛んな鬼だとしても、未熟な童だとしても…この戦いの執着はどうなるかわかっていた。

 

老人は口に葉を加え、草鞋で砂利を踏んでいた。

 

…無論、これで終わるなど鬼の矜持が許さない。鬼童は雄叫びを上げると背後に向かって横一閃に刀を振るった。

 

「うるせぇェェッ!!」

 

重い一撃。しかし、血をあげたのは鬼童の方であった。

 

「ぐっ!!」

 

続いて、足を一閃。望まぬというのに膝が地面につく。その姿はまさに異質。

 

「何をしたッ!!」

 

「幽々子様の客人故、殺しはしない。ただ敵意を向けられた故、剣術を愚弄されたと感じた故…首筋を切り、足の腱を切った。一呼吸の間に。これがお主の遊戯とは違う…剣の道よ。」

 

そう言って老人は再び鬼童の背後を取り、首筋に刀を這わせた。

 

「庭が汚れる。…ここで息の根を止めても良いが、どうする。」

 

「ふざけんな。…俺は鬼だ。誰にも負けねえッ!!」

 

「…残念だ。」

 

そう言って刀を振り下ろそうとする老人。しかし、それは叶わなかった。老人の刀は飛んできた小石に弾かれ、鬼童の体に当たることはない。老人は顔の向きを鬼童に向けながら、左目をその石が飛んできた方へと向ける。

 

「…そう。忌々しいのはお主だ。」

 

「ダンナ…。」

 

前座は置いておいて、庭に降り立つ。首の骨をコキリコキリと鳴らし、前を見る。そこにいるのは白髪、白い立派な髭を蓄え、目に一閃の傷を作っている修羅だ。…血がたぎる。強い殺気と強い匂い。これほどまでに心が躍るのは何年振りだろうか。

 

「濃ゆい邪気。そして、邪な面構え。…お主こそがこの白玉楼が忌むべき存在よ。」

 

「御託はいい。…名を聞こうか。腕の立つ剣士よ。」

 

そう言うと老人は地面を蹴り、即座に余の胸元へと飛んできた。その動きはまさに一瞬。洗練された隙のない動きだ。

 

「…冥府に行けば自然と聞こうぞ。」

 

「はっ!!」

 

それを後ろへ飛んでかわす。だが、やられた。胸をざっくりと。距離は離したが、ここまでの達人は久方ぶりか。傷を負うのも…久しぶりだ。自然と口角が上がる。

 

「手応えはあったが、浅い。なかなかにやる悪鬼よ。」

 

「『Dáinsleif(ダーインスレイヴ)I(アインズ)』」

 

取り出したのは巨大な黒曜の剣だ。それを片手で持ち、振り回す。男は視界の端にその大剣を入れると再び半足引いた。

 

「それで儂を捉えることは不可能。」

 

次の瞬間、奴の間合いだった。

 

まさに一瞬の居合い抜き。しかし、それは甲高い金属音と立ち昇る火花をあげるのみであった。

 

「ふむ。」

 

大剣によって遮られた一撃。勝ち上げた勢いで老人の刀と腕が上に登る。

 

余は即座に大剣を振り下ろす。

 

「汝も一撃喰らってもらおう。」

 

「…浅はか。」

 

振り下ろされた斬撃が作るは白い砂埃であった。しかし、手応えはない。振り下ろしただけだ。となれば。」

 

「そんなものを振り回せば、隙を生む。」

 

砂埃を弾き、刺突が飛んでくる。それは余の右肩に喰らいつき、そのまま背へと貫通した。血飛沫が刺突の順路を写すかのように地面に飛ぶ。

 

横に跳んで避けたというか。なかなかやる。

 

「この程度、日常茶飯事よッ!!」

 

「…ふむ。」

 

ダーインスレイヴの軌道を変え、上へと勝ち上げる。無理やり動かした肩は抉れ切れ、もはや、取れてしまいそうになっていた。男は跳び上がると距離を離すように後ろへと下がっていた。

 

「お主も同じか。剣をただの武具と考えておる。故に骸と化す。」

 

「だいたいわかった。…もう食らわん。貴様の斬撃は最早、宝の持ち腐れだ。」

 

「…くだらん挑発に乗る気はないが…やってやる。」

 

そう言って男は三度、地面を蹴る。直後、見せるのはあの刺突。それが上中下に分けられた3段突き。自然といつものように霧になろうと体は動くが…。いや、ダメだ。全ての突きが急所に添えられている。ならば…。

 

「賭けと行こうかッ!!」

 

余はあえて一段目を喰らう。心臓付近に刺さる刃。冷たい感触が身体に伝わる。

 

「これで死…む?」

 

男の刀が動かない。カタカタという音を立てるのみ。賭けだったが、仕方ない。血だ。この男の刀を血で絡め取った。だが、気休め。すぐに切ろうと腕を動かす男。

 

しかし、それよりも早くダーインスレイヴを振り下ろす。

 

再び砂埃が上がる。気がつけば、左胸から左脇腹へと裂けていた。しとどに流れる鮮血が傷の深さを教えてくれる。血の味を感じるのも久しぶりだ。自身の血特有の鉄臭さ。実に不愉快だ。

 

…だが。

 

「良い面構えだ。似合うぞ?」

 

奴の頬に縦一閃の傷が浮かび上がる。そこから流れる血。あの乱闘から頬だけしか切れなかったのかとも思うが、いい分である。

 

「…一撃喰らうとは。儂も鍛錬が足らぬ。」

 

頬から流れる血を拳で拭う老人。再び懐へと入ってくる。この瞬間を狙うのは不可能だ。狙うなら、攻撃の瞬間。

 

首筋を狙われた横薙ぎの斬撃。前に出て、根元で止める…だが。刃は来なかった。

 

…フェイントだ。即座に腹を抉るかのような衝撃。空いた胴に蹴りがそのまま突き刺さる。

 

「ぐっ!?」

 

体制を崩した余に再び袈裟に落ちる刃。限界だ。霧になって避ける。

 

「…霧になる体術か。だが、霧如き、一流の剣術家なら叩き切れる。」

 

刀を振り下ろした状態で老人はそう言った。老人の後ろで、片膝をつく己。右肩から左腹部にかけて痛々しい袈裟の跡が残る。

 

それを指でなぞる。嗚呼…痛い。

 

「何故、笑っている。」

 

老人は眉一つ動かさずにそう言った。現に気分は高揚している。

 

「心から嬉しいのだ。貴様という強者と殺し合いができて。」

 

「…わからんでもない。だが、その程度では儂を超えることは不可能。」

 

そう、目の前の男はまさに難攻不落。類稀なる剣術の才。そして、霧霞すらも切り裂く化け物。もしかしたらそれ以外も切れるかもしれぬ。故に常に自身は挑戦者であるということを忘れてはならない。

 

「超えさせてもらおう。名も知らぬ老剣士よ。」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。