「さぁ!!終焉の時は近いぞッ!!」
余はここで初めて距離を取るように上空へ飛び立つ。広げられた漆黒の皮膜は風を受け、さらに上昇。老剣士が見えないほどの上空。しかし、老人は剣を構えている。
「この庭全てが儂の間合いよッ!!」
「砕け散れ。『
上空を埋め尽くす魔法陣。それは上空で放電し、無造作に紫電が降り注ぐ。
それは老人を穿ち抜かんと放たれたが…直後、円形に落雷が爆ぜた。
「雷くらい切れてもおかしくはないよなァッ!!」
男は光速で走る雷撃を一つ一つ刀で弾き、いなしていた。降ってくる雷を最も容易く切り、或いは弧を描くように上空を切り弾いていく。
たった一刀で…さらに厄介なのはその斬撃は空間を切り、空中の余に飛んでくる斬派と昇華していること。
それを避けながら雷撃の間を抜い、再びダーインスレイヴを抜く。
「自ら望んで死地に入るか。」
降り注ぐ迅雷。それをいなしながらも目の前に目の前に来る余にはほぼ不可避の斬撃。それは空間を裂いているわけではない。本人が言うには時間だ。
反応していない止まった時の中でその斬撃は動き続けている。男の袈裟は文字通り、音を置き去りにし、刃は振るわれたことにも気づかない。
雷をステップも含め、躱わす。数分かからず、余の右肩から胸にかけて斬撃が走るが…生来の第六感が警鐘を鳴らす。
半足退くことで完全には無理でも、皮ひとつ切らせた状態で止める。
血が少し上空に舞うが、自身の血をダーインスレイブで横薙ぎに斬る。
「吸血鬼の血は妖力の塊だ。それを一塊にして…押しつぶす。」
止まらない。トップスピードを出して滑るように走り、老人を至近距離に確認する。
老人は近づいてきた瞬間に刀で突く。少しずらしたものの目尻から鮮血が舞う。
スピードは落とさず、そのまま振り下ろす。
老人は瞬時に後ろへと飛ぶものの、美しく整えられた日本庭園に亀裂が走る。老人を見ると無傷ではない。
「男前になったじゃないか。」
皮肉気味に笑いながらそう答える。額に赤い線を作った老人が返すは恐ろしいまでの圧力。口からありったけの空気を吐き…集中した上で地面を蹴る。
ワープをしたかのように目の前に現れる老人。その構えは…突き。
放たれたその一撃をダーインスレイヴでなんとか弾く。…しかし。
「攻撃とは二の手三の手まで用意しておくもの。」
老人が放ったのはなんと3連突き。二撃目までは体を捻って躱わすも三撃目はすでに目と鼻の先。
狙われるのは無論心臓。なんとも陳腐な考えだ…!!
「…チッ。」
「…左腕を差し出したか。」
滴る血。爆ぜ、筋肉と骨が露出する左腕。この男の突きは爆弾か何かか。円形に肉が爆ぜる。流石に少し痛いな。だが、こうなれば話は早い。
「ヌ…ォオォォッ!!」
左腕の…もはや削られた筋肉を隆起させる。この男にとって肉は豆腐と同義。簡単に裂かれ、切り刻まれることが先刻の様子より、容易に想像できる。ならば、1秒だ。たった1秒注意を逸らされれば…いい。
「無駄な足掻きを…。このまま腕を両断すれば…ッ!!」
予想通り、老人はぶちぶちと余の左腕の肉を裂きながら刀を下へとずらしていく。下はすでに血の湖が出来ているが…関係ない。
そのまま右手の拳を…。
「ぐぅっ!?」
老人の顔面に打ち込んだ。それは1秒にも満たない時間。老人の意識が刀に向いたことにより、その鼻っ面を打ち抜くことが可能となったのだ。
老人は後ろに吹き飛び、初めて背を地面につけた。
「ぐ…おぉ…。」
しかし、再度立ち上がる老人。口の際と両鼻の穴から血が出ている。おそらく鼻骨が少々砕けているだろう。無様なものだ。…いや、それは余もか。
「…酷いものだな。腕には大穴。多少塞がったとはいえ…いつもよりも回復が遅い。それに服は傷だらけに血まみれだ。…高潔で美しい吸血鬼の戦いとは思えぬな。」
傷をなぞりながらそう答える。
「…高潔…だと?…お主は儂の目から見ればただの…邪悪そのもの。ドス黒い何かだ…とめどなく。そして、吐き気のするほどの…な。本来ならば、ここに…足を踏み入れることすら許されぬ。」
老人の目は先ほどよりも血走っていた。多少苦しそうな嗚咽を漏らしながら。しかし、その目は一切の衰えを見せていない。その目を見ると…余は心地の悪い寒気を感じた。背筋からゾクゾクと震えるもの…男の執念に対して。
「…初めてだ。余が恐怖するとは。それも…神でもなんでもない剣術家に。」
無様にも手足が微細に震える。だが、何故だか愉快だった。言葉とは別に口角は釣り上がっていた。前にいるのは余を恐怖させるほどの天才だ。…この無様な様子は流石に妹らには話さぬが…。
「恐怖だと?…血の通っていない貴様にそのような言葉は無用だ…。幽々子様の純真無垢な心につけ入り、この場所に足を踏み入れた罪は…この儂が精算しよう。」
「…まだ…やるか。お互い難儀なものだ。戦闘者とは…常に自身の欲求を満たすために戦う。これは決闘などという綺麗なものではない。…俗的で愚かなまさに『喧嘩』だ。」
「…御託はいい。決着の時は…近いぞッ!!」
即座に地面が爆ぜるような音を出す。目の前で対峙している男は天才だ。目を少しでも離せばおそらく首が転がるだろう。
尋常じゃないほどの横薙ぎ。狙いは首。
胸を逸らして避ければいいが、視界は切りたくない。
「ふんっ!!」
ダーインスレイヴの峰でそれを受け止める…が、次は縦薙ぎの一撃である。すでに落ちてきていたそれを受け止められない。
「はぁっ!!」
「…ッ!!」
胸から腹部にかけて鮮血が吹き出す。しかし、赤い雨にも怯まない。
この男の隙は全て狩る。でなければ犬死にするだけ。はっきり言おう。剣なら歯が立たない。だからこそ、刀を抜こうとするその一瞬に…腹部を殴る。
「が、ハッ…!?」
繋がるように左手のダーインスレイヴで上へと切り上げる。老人は刀でガードしようとするが間に合わない。その一撃は老人の右の眼球を切った。
「ぐぉ…ッ!!」
老人はそのまま後ろへと飛ぶ。
逆手だったことが功を奏したのか、黒目は避けていた。
「何度も何度も斬りよって。これでは…妹らが泣くではないか。」
ダーインスレイヴを影に収納する。そして手に戻るのは最初の大剣。どんな刀もどんな武器も…結局、こいつの振りごこちには勝てるものはない。
「圧死しろッ!!」
地面を蹴り、老人の目の前に勢いよく振り下ろす。老人の顔は酷く青ざめていた。
老人は二刀をクロスし、それを受け止めようとする。少し遅れたような気がした…今までの俊敏な動きの奴がだ。故に…その行為は無駄だ。
「ぬぐぉっ!?」
甲高い金属音と共に火花が散る。刃は老人の右の首筋から右肩へと食い込んだ。だが、それでも…男の目は死なない。
「ぬぉぉおぉぉッ!!」
膝立ちの状態で片方の刀を切り上げる。神速のそれはダーインスレイヴの持っている腕を一刀両断。重みに耐えかねた腕はダーインスレイヴごと落ちる。…しかし。
「それじゃあ傷口が開く一方だぞォッ!!」
余裕は消えない。手は生える。…だが、男の首にはもう…ダーインスレイヴはない。
…今の一瞬で弾いたのか?いや、人間がそれを出来るわけがない。吸血鬼の肉体だからこそ、片手で使えるだけのこと…。
「よそ見は…。」
「しまった…!!」
それはただの一瞬。
思考を一瞬、巡らせただけ。その数秒にも満たない時間に攻撃の手が止んだ。…その瞬間に。
「禁物だッ!!」
「ぐぅっ!?」
左の眼球を襲う灼熱感。眼窩を貫き、そのまま刃先は後頭部へと向ける。この男はいつの間にか右肩を布で結び、外れないようにしていた。あの勢いならば…右肩ごと腕がちぎれてもおかしくなかったのに。…鍛えた賜物か。
そのまま引き抜かれると…悲しくもないのに左目から涙が流れる。赤く…ドス黒い涙が。
「…がっ。」
老人はそのまま右膝を地面につく。初めてだ。そして、重々しく口を開く。
「…流石だ。目を貫かれて動揺しない者はいない。しかし、お主は…それでも戦いの享楽に身を投じ…笑うのだな。まさに悪魔。」
「眼球を斬られただけだ。…さぁ、まだまだ踊り足りないぞ。」
ゆっくりと歩き、隣に落ちるダーインスレイヴを握る。両者、再び向き合った時、すでにお互いの目には決着が見えていた。
「最期だ…。名前を聞いておこう。」
「…魂魄妖忌。」
「そうか、魂魄妖忌。覚えておこう。…余の名はルディウス・スカーレット。貴様と会えたことを心より…嬉しく思うぞ。」
そう言うとお互い、ゆっくりと距離を離す。
ぎりりとダーインスレイヴの持つ右手に力が入る。
そのまま両者、地面を蹴って前へと出る。
「くくくっ!!ハッハッハッ!!」
選んだのは袈裟。愉快なほどに口角は釣り上がり、振り上げられる二本の鉄刀。その勢いは止まることなく、空気を裂き、轟音と共に振り下ろされる。
「ふぅんっ!!」
魂魄妖忌はそれをただの一刀で振り上げる。
鍔迫り合いの後、聞こえる甲高い鉄音。火花が散った一瞬のうちに妖忌は我が左腕を狙う。
「…ッ!?」
「最後まで…剣を信じた己の勝ちよ。だが…。」
狙った場所に腕はない。
霧となった腕の薄皮だけを横薙ぎに掠るものの…ほぼ、空に帰すのみである。
「…悪魔に…真実を吐く口などない。」
奴の狙った左手はすでに奴の腹部を貫いていた。
「ぐ…ふっ…!!」
口から滝のような血を吐き、魂魄妖忌は地面に膝をつく。…しかし。
「…余も…疲れたな。」
倒れる魂魄妖忌を眺め、暗くなる視界の中…そう呟いた。
思い返すと酒が苦くなる。
誰がなんと言おうとあれは負けだ。敗北以外の何者でも無い。
「例え、余が数千年…剣を振り続けたとてあの老人には逆立ちしても敵うことはない。奴は刀を己が死する道と決めていた。その高すぎる障壁に余は己の未熟さを感じたのだ。」
体の傷は簡単に消える。何度斬られても何度貫かれてもそこにあるのは虚無しかない。だが、そこに感じた一抹の恐怖は…何物にも変え難い。初めて余は人に恐怖したのだ。本来ならば剣で決着をつけるが、あの男への手向だった。
「彼は貴方に感謝してたわよ。未熟だったのは己だって。真面目な人だから。」
「…そうか。」
西行寺幽々子の言葉、それをきいてただひたすらに酒が不味かった。