紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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平和

「お前がボロボロになるなんてな。想像もできないぜ。」

 

陳腐な言葉が霧雨魔理沙から飛んでくる。一口。喉に猪口から日本酒を流し込み、霧雨魔理沙を見やる。

 

「…久しく。死地に追いやられたことなどないが…。少なくとも幻想郷(ここ)は退屈せぬほどに戦いが満ちている。そのような最中、ボロボロになるなどもってのほかである。ベッドに横たわれば、時間は過ぎ去るが…その瞬間に何もできぬ。もどかしさは退屈。死んだ方がマシである。」

 

「お、おう?」

 

「ふっ。汝の凡庸な頭脳ではわからぬことよ。」

 

キョトンとする霧雨魔理沙に口角が上がる。酒はいい。固まり切った舌を滑らかにしてくれる。

 

「バカにしてるのはわかるぞ。」

 

「…あぁ。バカにしてる。」

 

一つ呼吸を置いて、そのまま酒を飲む。

 

「…そういえば。汝に礼がまだだったな。」

 

「ほえ?」

 

霧雨魔理沙が呆気に取られたような表情を浮かべる。周りも何故か驚愕の表情だ。いや、アリス・マーガトロイドのみが首を傾げているか。

 

「冥府の桜、悪くなかった。この飢えを満たす者はもはやこの世に無しと思っていたが…この無限に近い寿命を終わらせるほどの悪鬼…まさに至高であった。己が責務などに振り回されて、異変など無価値だと思っていたが…汝の凡庸なそれは余を駆り立ててくれた。感謝するぞ。」

 

…突如、訪れたのは沈黙。

ガヤガヤと騒がしい宴会場もこの場だけは数秒の静寂が訪れた。

 

「え?いや、いやいやいやッ!?なんて言った?今!?」

 

「…愚鈍が。2度も同じ言葉を吐くほど余は暇ではない。」

 

「はぁ!?き〜こ〜え〜なかったんだよッ!!もっかい言えッ!!」

 

「…はぁ。」

 

…あまりの図々しさと声の大きさに頭が痛くなる。だが、偶にはこういう五月蝿く凡庸で愉快な酒も良い。桜の花弁が杯の中央に浮かぶ。何処かのお騒がせ桜よりも語らうことのない凡庸なそれの方が十分に良い。春曇に映える桃色の桜…外の春にはない文化である。

 

「…そういや、ルディウス(お前)は外の世界も知ってんだよな?」

 

「…まぁな。」

 

「どんなんだった?」

 

…好奇心ゆえ。三度、煩わしい声が耳をつんざく。霧雨魔理沙は童のように目を輝かせながら聞いてくる。果たしてそこになんの価値があるというのだろうか。

 

「…聞いてどうする。」

 

ため息を吐く。もう一度帰るなど耐え難い苦痛だ。外の厄介ごとをここに持ち込むのも、外に出て厄介ごとに巻き込まれるのも…。

 

「興味あるじゃんかよ。」

 

「…もし外に夢を見ているならやめろ。外の人間などありもしない自由に夢を見て、成果を手に入れるのに全てを捧げる。生きし傀儡よ。そんなものが汝の目に触れる必要はない。」

 

「んだよ。」

 

童のように拗ねる霧雨魔理沙。ただし、答えは間違っていない。外なんぞ泥に塗れた夢現。ここにいた方がよほどいい。

 

「好奇心は猫をも殺す。そういうものよ。魔理沙。」

 

「げっ!?…紫じゃねえか。」

 

…化け物でも見たかのようなものすごい顔で紫を見る霧雨魔理沙。

 

「…隙を見せるな。その女は土足で踏み込んでくる。」

 

「あらあら。…女の子なら隙を見せる程度の方が良いのよ?」

 

何処からか杯を持ちながらそれを煽る紫。空に亀裂と分かれた女の上半身のみの様はまさしく奇妙奇天烈。合わぬ酒が更に不味くなる。

 

「…確かなのは、この幻想郷の民が外について知る必要がないってことよ。」

 

「右に同じ。…無間に放り込まれる様なもの。」

 

此処と外では天と地ほど違う。汚れた空気は何処まで行っても澄んでいない。研ぎ澄まされた刃はこぼれ、錆びる。そんな世界だ。

 

「酒が不味くなる話はしない。」

 

「そうか…。じゃあさ、お前のあれ!!ビュンビュン避ける奴、あれどうするんだ?お前は攻撃の匂いを感じてるって言ってたけど。」

 

「…誰が手の内を明かすか、愚か者め。」

 

この現在、ぶうぶうと不満げな霧雨魔理沙は良くも悪くも()()使()()だ。探究心を忘れず、自身の至らぬところを埋めていく。その為にはどんなことも行う危うさを持っている。意地や矜持の問題だろうか。

 

「いいじゃない。教えてあげれば。」

 

「私もっ!!興味ありますっ!!」

 

烏滸がましくもそう言うは紫と魂魄妖夢。ずずずっと身体を寄せてくる咲夜も興味津々である。嗚呼、全く好きに酔えんとはなんて宴会だ。

 

「…聞いてもできるとは限らぬ。()()とはまさしく匂いである。人が何かをする際に考え込めるもの。殺意、故意、憂い…激情。行為の際にはその延長線上に何かの匂いを置いてくる。金物であれば、金物の…火花であれば硝煙の…。」

 

その言葉に対し、理解し得るものは誰1人としていない。説明下手なのは置いておき、血の匂いに敏感な…吸血鬼ならではの特有の特性であると考えている。

 

「………要は、無意識や対応できない速度なら使えぬという話よ。あまり万能なものではない。」

 

「ぐむむむ…難しいなぁ…。」

 

「もっとも、何処ぞの誰かさんは全てを“勘”で補ってしまうが。」

 

視線が飯を食う霊夢に刺さる。

その目線をなんとも思わず、飯を食う生存本能は流石というべきか。

 

「いずれにせよ、一長一短で出来るものではない。ないものねだりしている暇があれば、長所を活かせ。わかるな。」

 

咲夜の方を向くと咲夜は少し驚きながらもすぐにいつもの微笑みに変え、酒瓶を持つ。

 

「お注ぎ致しますわ、()()()()。」

 

首を傾げ、その双眸はこちらを見ている。

月明かりに照らされて、なおも美麗ではあるが、それ以外の感情はない。

 

「人間の強さを感じさせるわね。」

 

「少しは反省をしろ。元凶。」

 

悪びれもせず、白玉楼の主は酒を飲みながら、料理を半分ほど食い尽くしている。半分というのは全体のという意味であり、この女のせいで肴が大変減っている。

 

「好奇心は猫をも殺す。いい教訓だ。」

 

「あら。今回のには私だけの思惑じゃないのよ?」

 

「知っている。阿呆も一つ噛んでいるんだろうが。」

 

「誰が阿呆よ。」

 

その阿呆の名は八雲紫という。

…まぁ、幻想郷の異変の裏にはこの睨んでくる阿呆の影が絡んでいるのは間違いないのである。

 

「…前にも言ったけれど、桜は早々目覚めることはなかったのよ。」

 

紫は真剣そのものの顔でそう言い始める。 

 

「また、その話か。」

 

「貴方というイレギュラーが、桜の起床材になってしまった。それは少し反省してほしいものね。」

 

酒の席で小言など…。

舌に乗る酒も不味くなる。杯を傾け、喉を潤す。舌に乗るほのかな甘さが気分を高揚させる。

 

「くだらぬ妄言だ。余に黙り、戦闘を楽しむことはできぬ。幻想郷という箱庭は小さすぎるが故、全てが手中だ。…余を誑かすことはたとえどのような存在であろうと不可能である。安心しろ。例え、破壊が幻想郷を襲おうと余がこの場にある限り…破壊されることはない。」

 

…どうやら、酒のせいで舌が回ってしまっているようだ。当然、こんな幻想郷など、紅魔館に比べればどうだっていい。と、どうやら酒の勢いがここ一体だけ冷めてしまっているようだ。過去の話など話させるからこのような微妙な雰囲気になる。

 

「…なんにせよ、今宵は宴席だ。…小言はそこまでにしてもらおう。」

 

月の下で酒に舌鼓を打ち、平和を確かめる。それが妖怪としては正しくないのはわかっているが…こんな夜も悪くはない。

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