紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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懺悔

悩むとなれば、霧雨魔理沙を巻き込んだこと…だろうか。

 

幻想郷が帰る場所であるのは、ここが余の全てを受け入れるからである。何人殺した。何人消した。…わからない。わからないほどに殺した。わからないほどに壊した。だが、どうか。

 

…今にきて失うことがひどく悲しい。

 

「大きな魔力にただ触れただけね。暫くしたら戻るわ。」

 

パチュリーが触診をしてそう言った。

余の見立てと同じである。ただその目は口ほどに物を言い…とても険しいものだ。

 

「アンタでしょ。…なんで?魔理沙を殺す気だった?」

 

…かの異変より、霧雨魔理沙とパチュリー・ノーレッジはコソ泥と自衛の仲。要は腐れ縁という奴だろう。口では忌み言を、心のうちではとても大切に思っている。ここに来て皆変わった。

 

「…ほんの少しだけ。本気を出してしまった。」

 

悔やみきれない。制御しきれなかった。

…余はヒーローでもなんでもない。殺しもする。…だが、今回ばかりは何を言われても正面から受け止める。霧雨魔理沙に恩がある者はとても多い。フランドールと最近は仲良くしてくれている。それだけで余にとっては大恩だ。だが、その人を殺そうとしてしまった。

 

「相手は人間よ?能力や、力があっても身体は本当に脆いの。わかってる?」

 

パチュリーが諭すようにそう言った。

一室には余と彼女の他に咲夜の姿もあった。人間として思うことはあるのだろうか。果たして、余を盲信している咲夜は何を思うのだろうか。そして、ドアの向こうの人食い少女は何を思うのだろうか。

 

「今回は大事なかったけど…。今後こんなことしないでちょうだい。」

 

「…わかっているさ。」

 

その一室から出ていく。

咲夜も余の後ろをついてくる。メイド長たる彼女の目は悲痛に染まっていた。ルーミアはその場から動かない。現れるのは怒りではない。…哀れみが近いかもしれない。

 

「…魔理沙は。」

 

「息はしている。霧雨魔理沙でまだ良かった…という言い方が正しいかはわからないが、あれが魔法に触れてなかったら、気が触れて死んでいた。」

 

「…そう。」

 

…ルーミアの顔は酷く老けたように見えた。幼い顔が、数年進んだかのように。真剣か、あるいは悲しみか。いずれにせよ、お互い…してしまったことは元には戻らない。

 

「殺すことには躊躇いやしない。食べるのも。でも、魔理沙に対して何も思わないわけじゃない。…妖怪にもこんな思いができるなんて。」

 

「…くだらん。」

 

矛盾するかもしれんが、余は単純に幻想郷の管理者である仕事をしているだけのこと。だが、少し胸が痛い。なんだろうか。…愛情?ふざけたことを。

 

「ごめんなさい。…本当にごめんなさい。」

 

泣きじゃくる忌々しい声に頭が痛くなる。

心まで身体に乗っ取られたかと思うと、本当に自身の感じた妖力に自信がなくなる。ルーミアはただ大粒の涙を流していた。

 

「謝るのは余にではない。」

 

何かに重なったようで…胸の奥でなにかほのかに温かいものがおりる。その小さな頭にぽんっと手を触れるとそのまま自室へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様は本当にお優しいですね。」

 

咲夜はカップに紅茶を注ぎ、こちらへと出す。いつもの匂い、完璧な匂いが室内に充満する。あの時、危険を承知で飛び込んだのはこの紅茶がなくなることを憂いたから…だろうか。

 

「優しい…か。」

 

妖怪にとっては酷い侮辱かもしれない。

だが、今この瞬間…その言葉は頭痛を助長させた。この言いようもない酷い気持ちはなんなんだろうか。

 

「ええ。お優しいですわ。…あの人食い妖怪、本来ならばついてくることも不可能だったでしょう。私のご主人様を手にかけようとしたから。」

 

貼り付けた笑顔の裏には明確な殺意が。

これほどまでに歪な愛情は見たことがない。一体誰が育てたのか。紅茶が不味くなる。

 

「…落ち着け。」

 

「…しかし、魔理沙が死ぬのは夢見が悪いですね。」

 

…咲夜の顔も僅かに暗くなった。

我々と違うのは咲夜も霧雨魔理沙も人間ということ。人間が人間の死に目を悔やむのは当然…とはいえ、咲夜とて綺麗な手ではない。死に目には色々と…立ち合わせたつもりだ。だが、死ぬということを先の異変で直面してしまった。

 

妖怪は規格外だ。平気で人を食う、平気で人を壊せる。人智を超えた存在…なんて陳腐な生き物、そこら辺にいる。忘れじの里…それが幻想郷。人が生きるのも、また難しい話だ。

 

「咲夜よ。…人の死とは、人の命とはどんなものだ。」

 

「…それはまた難しい質問ですね。命とは儚いもの、死とは恐怖とも救済とも取れます。でも、簡単に言えば…いつ生まれてもおかしくないし、いつ死んでもおかしくない。それが人間かと。」

 

…ウチの咲夜は賢い。聡明だ。

改めてこれが20年未満とすれば、恐れ多い。妖怪の一年は小さく薄い。しかし、咲夜の言うには人の一年とは大きく濃いものとなる。人間を理解するとはなんとも酷なことだ。だが、それが業ならば…付き従うべきである。

 

「そういえば、また博麗神社から宴会のお話が来ておりましたわ。全く、こちらも暇ではございませんのに。」

 

「…此度で7回目か。」

 

…流石に違和感を感じ得ない。

霧雨魔理沙も幹事として呼びに来たのだが、不運なものだ。

 

「人間も妖怪も…暇なのか?」

 

「異変が起きておりませんので。とはいえ、お嬢様ならば行くとは言うでしょうが。」

 

「レミリアが行きたがるなら仕方ないな。」

 

お気楽なところはあるが、それもまたいい。

先ほどまでの変な頭痛も我が愛する天使の喜ぶ姿を頭に浮かべればまさしく消えてなくなる。大事なこと、故に。

 

「…。」

 

「どうかなさいましたか?」

 

…大事なこと…か。

ふと、下に乗る紅茶の味も、匂いも忘れて咲夜の顔を見る。考えることも放棄していた…否、今までならばどうでも良かったろうが、考えてしまった。この女も人間だ。首の骨を折れば、胸を貫けば、頭を潰せば…いとも容易く死ぬ。

 

「えっと…あの…その…。」

 

気がつけば咲夜の顔は熟れたリンゴのように赤色と化していた。指を当てれば、少々熱を帯びている。さらさらとした銀の髪は陽の光に煽られ、宝石かのようにキラキラと輝いている。小さな唇は瑞々しくも血色がとても良い。

 

…この女は妖怪的に見れば、美味だろう。

人の言う低俗なそれとは違う。喉に柔らかく乗る脂の味も、血の味も甘いだろう。ただ…長らく人を食っておらぬからか、食欲が湧かない。

 

「ごひゅひんひゃま!!ち、近い…れしゅっ!?」

 

「…確信はしないが。」

 

咲夜の頬を優しく撫で、もう片方の手で咲夜の手を握る。少しでも力を入れれば、粉微塵に出来るだろう。昔は…この手も傷だらけだったか。包帯まみれで…どちらが怪物か、わからなかった。

 

「汝を拾ってよかった。」

 

「…あうっ。」

 

少なくとも後悔はしていない。

咲夜が簡単に死ぬのなら、それも運命。されど、儚くもこの女が命を絶やすのならば、もう…人間は拾わない。2度は無いと断言できる。それと…言うのを忘れていた。

 

「…よく生きて帰ってきたな。」

 

宴会宴会で疲れていた。だが、この女は死地に向かい、生き残った。自ら、諦めた愚図な己とは違い、勇敢に戦った。霊夢も霧雨魔理沙も居たが、咲夜は特別だ。…家族なのだから。

 

「ご主人様が…助けてくださらなかったら…死んでました。」

 

我々と反するような…真っ青な目が潤む。頬を撫でる指に垂れる一雫。

 

「…汝でなければ余が出ることもなかった。」

 

「ずっと…ずぅっと…お慕いしております…。」

 

堰き止められたものが…破壊されるように出てくる。咲夜はこんな子だ。紅魔館に拾われたことを誇りに思い、我慢し、ずっと…ずっと止めていた。

 

「…私はずっと…貴方を…あの日から…大好きでした…。」

 

消えいるような声が…室内に響く。

恋情か、あるいは愛情か。男女としてか、或いは家族としてか。ただ…どうしても、家族以上には見れやしない。父上はどういう気持ちで家族を築いたのか。

 

「…大人になったな。咲夜。」

 

次の瞬間、最後の壁となっていたものが弾け飛んだのだろう。咲夜はその場で…うずくまって泣き出した。人間のことはよくわからない。人が我々を理解するのが難解なように。

 

「失礼。…何この状況。」

 

「ノックぐらいしろ。美鈴。」

 

場をわきまえない門番を睨みつける。美鈴は容易く交わすように咲夜の横につき、その背中を優しく撫でていた。

 

「魔理沙が目覚めたわ。向かったら?」

 

「…その知らせは行幸だ。了解した。…咲夜を頼む。」

 

「はいはい。」

 

美鈴に咲夜を任せて、霧雨魔理沙の元へと戻る。

…何故か、心の奥は穏やかでは無い。己にとても…腹が立つ。

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