紅魔ノ兄   作:紳爾零士

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天魔

「…はっ!?」

 

…ありきたりな反応で目が覚めたら知らない天井が…なんていうものがあるが、彼女にとってはまさにそれだろう。山の中の廃墟に一応は根城を構え、連れてきたのだが、ここも埃くさくて敵わない。

 

「目が覚めたか。女。」

 

まだ座れる椅子に腰をかけ、女を覗き見る。

女は床に寝かせてあるが、手足を軽く縛ってある。そういう趣味ではなく、逃げられると面倒だからだ。

 

「…アンタは…。」

 

「ダラダラと雑談をする暇はない。」

 

ここはまだ山の中だ。天狗に見られればまた面倒なことになる。これ以上汚れるのは敵わんな。

 

「…なによ。私も殺す気?」

 

…手足は縛られ、目の前にいるのは先ほど仲間と戦い生還した男。されど、女の目は死んではいなかったらしい。敵を見る、ナイフのような鋭い目に見覚えがあった。

 

「殺す気ならばあそこで処している。余は汝に問いたいことがある。もしも、利用価値がなければ殺す。それだけだ。」

 

妖怪としては真っ当だろう。

人道に外れたなどという綺麗事は聞かない。姿形が人間であろうと心は違う。女もそれを理解しているのだろう。…しかし、その目は余を睨みつけるだけだった。ここで命を絶たないのは賞賛できる。

 

「…そうね。生き残るためならなんだって答えるわ。…だけど、アンタは勝てない。天魔様には。」

 

「…なんであろうと余は戦うのみだ。」

 

…面倒なことだ。ここにきて、こんな生活ばかりしている。妹らは喜ぶだろうか。

 

「汝に問いたいことがいくつかある。語らなければ殺す。猶予はない。」

 

「…じゃあ良いわ。殺しなさい。」

 

…観念したのか、目を閉じてそう言う女。

利用価値があるから生かしていたというのに。そう言われると殺すのが惜しい。

 

「…断る。」

 

「はぁ?アンタね。さっきと言ってることが違うわよ。利用価値がないなら殺すんじゃなかったの?」

 

「殺す…と言って早々、利用価値のある人間を消すのはまだ食べられるのに物を捨てる鬼畜外道と同じだ。それを…腹の空いた幼子が見たらどう思うか。汝に求むは死よりも情報。救済になり得るのなら、殺さぬが吉だろう。それがわからぬところからどんどん瓦解していく。」

 

終始、満足いっていない顔である。そりゃそうだ。彼女にとっては情報の受け渡しは一族からの裏切り、死は文字通りの死。救いなどない。だからこそ、余は…その首に手をかけ、持ち上げる。

 

「グフッ!?」

 

「これは遊びではない。貴様らは敗者だ。選択肢などない。話すかと余に聞かれればYESと答えよ。それが貴様にできる最後の行いだ。」

 

…汗を感じる。女の汗だ。おそらく、怯えよりも苦しみが来ているな。その身体を床に投げ捨て足を組む。

 

「カハッ…ハァ…ハァ…!!」

 

女は酸素を求め、呼吸を続けた。

 

「…では、一つ目だ。女よ。汝の名を答えよ。」

 

冷徹に淡々とそう言い放つ。恐喝など、無意味だ。相手の反抗心を燻ってしまう。必要なのは何をされるかわからないという恐怖を植え付けること。無論、慰み物にするだのなんだの、妹らに顔向けできないような真似はせん。

 

「…ぐっ…文…よ。射命丸文…。」

 

女…もとい、射命丸文は観念したのか、此方を睨みながらも舌を回す。

 

「ほう?では、射命丸文。…山に入った余所者は皆、殺しているだろう。だが、貴様は余に忠告をした。何故だ?何故、初遭遇で余を殺さなかった。」

 

「…それは。勝機がなかったから。はっきり言うけど私も死にたくはなかったの。だから、アイツらよりも少し早く到着してアンタに会った。でも、アンタが帰らないから…仕方なく…。」

 

…なるほど。

天狗の社会というのが少し読めた気がする。それでも迷いなく此方を殺しに来るのは鍛えられている証拠なのかもしれん。

 

「上のことを“アイツら”呼びか。相当、嫌悪している様子だな。」

 

「…アンタには関係ないでしょ。」

 

「質問には答えろ。」

 

…横を向く射命丸文に再度問い詰める。射命丸文はため息をついて、答え出した。此方に殺す気がなくなったのだ。悪態をつけばつくだけ、地獄は長引く。

 

「…天狗の世界は上流階級主義。私たち一介の天狗は、上の天狗には逆らえないの。だから、好きなこともできない。生きるか死ぬかも上の天狗の機嫌次第。そんな生活に嫌気がしてね。…この目でいろんなものを見たくなってきたのよ。これでいい?」

 

「ふむ。…虫のいい話だな。」

 

「そうね。当然、私も立場的に一番下の天狗を扱えるわ。…だからこそ、彼女たちには嫌われてるでしょうね。本当は今回も白狼天狗が動くはずだったのだけど…。」

 

この環境を変えて自分を変えたかった射命丸文が独断行動をしたため、動かざる終えなかったか。

 

「ふむ。何が来ようと殺していただけだがな。…さて、次だ。汝以外は風を操る術を使ってこなかった…それは何故だ?」

 

「…彼らにも使える…と言いたいけれど、彼らが使えるのは弾幕だけ。それも慣れてないから味方に誤爆が怖かったんでしょうね。私は能力を持ってるからそれで風が扱えるの。自由自在に。…天魔様には負けるかもだけど。」

 

「ほう。天魔という人物はそれほどか。」

 

「ええ。あの人は能力だとか弾幕だとかの次元に生きてないの。速さは一級。強さも一級よ。まさに天の悪魔、天の魔王だからね。…だけど、あの人は傲慢なの。…ついていく人も限られていく。後は嫌々聞いている感じね。」

 

「…ほう…なるほど…。」

 

…それが今外に着いたわけか。より一層、匂いが強くなった気がする。嫌な匂いだ。

 

「…ふん。」

 

「えっ!?ちょっ!?」

 

手段は選んでおられん。

射命丸文を小脇に抱え、天井を突き破り、外へと飛び出す。直後だった。何かの一振りで古屋が崩壊したのである。

 

「…これからも使えると思ったのだが。」

 

「こんな場所にネズミ1匹とは。…ネズミには相応しい廃屋ではあるな。」

 

そこにいたのは白髪の女性のような男性だった。羽根は大きく、そして、その手には大きな薙刀を握られていた。天狗の数も先ほどの5倍強。…これを全て相手とは骨が折れるが…。

 

「射命丸文よ。…余にも能力があると思うか。」

 

「は?いきなり何よっ!?…知らないわよッ!!そんなこと。」

 

…ふむ、これだけは聞いておきたかったんだが。八雲紫の反応から察するに何かしらの力は持っている。だが、感じぬのなら確証がない。

 

「何をごちゃごちゃと。…うちの射命丸を返してもらおうか。」

 

「…返してどうする。」

 

「なぁに。裏切り者だ。…少し遊んでから、殺すのみよ。」

 

綺麗な顔だったものが邪悪に変わる。

射命丸と共に余は地面へと降りた。先ほどの一撃で木が倒壊し、更地になっている。

 

「射命丸文よ。…汝はここに居ろ。」

 

「え?」

 

…正直この女がどうなっても構わない。しかし、この天魔という存在は余をなめている。それでは…妹らに顔向けはできんわな。

 

そうして、天魔と見やる。

奥には天狗の軍勢。その中には羽が生えてないものもいる。

 

「天魔よ。ここはサシで行こうか。」

 

「馬鹿か。それで私に何のメリットがある?…貴様をなぶり殺しにして…。」

 

「…一人じゃ勝てぬ…というわけか。」

 

「…なに?」

 

そう一言言うと天魔の目がギロリと変わる。あえての挑発だ。あれだけの軍勢を殺すのも良し…だが、不用意な殺しはまた面倒ごとを生む。ならば、ここはサシのみ。

 

「小癪な西洋妖怪が。私を誰だと心得る?この山の主人、天魔だぞ?貴様など私一人で十分だ。」

 

そう言うと天魔は余に薙刀の刃を向ける。

…かかったな。余計な血肉は出さなくて済む。しかし、もちろん異議を唱えるものもいる。

 

「しかし、天魔様っ!!この人数です。取り囲めばやつを一網打尽に…ッ!?」

 

…おそらく階級は上だろう。その男は次の瞬間、臓腑ごと縦に真っ二つに裂かれた。斬られた…が正しいか。

 

「…黙れ。誰に言葉を発している。私は天魔だ。負けるわけがない。」

 

冷淡な目は次に此方へと向けられる。

 

「服が汚れた。貴様のせいだぞ。西洋妖怪。」

 

怒りを覚える…というのはいささか違うな。仲間を殺す…これもまた妖怪のサガだ。余のように家族意識がある方が珍しいだろう。人は肉、仲間は道具。上の者ならこう考えてもおかしくない。そして、もう直ぐ夜明け。最悪のタイミングである。

 

「…西洋妖怪という名前ではない。」

 

「あ?」

 

「…余は吸血帝ヴラド・シェペツュが子孫。偉大なるスカーレットの長兄…ルディウス・スカーレットである。汝がどこの誰であろうと関係ないが…余を名以外で呼ぶことは許さん。」

 

羽を広げて威嚇する。していることは低級妖怪も上級妖怪も変わらない。いかに相手に恐れられるか、それが必要だ。しかし、相手は下卑た笑みを見せている。

 

「ハッハッハッ!!では、ルディウスよ。…ここに足を踏み入れた愚かなネズミよ。…ここで私自ら手を下そう。感謝して涅槃へ行けッ!!」

 

そう言った直後、地響きと共に天魔の身体が余の前へと出る。

 

射命丸文ごと両断する気満々である。余は射命丸文ごと、横へと飛び避ける。

 

…一撃で地面を割るか。

 

「とんでもない剛腕だな。」

 

「ちょっ!?このままじゃ私まで…!!」

 

「そもそもが裏切り者の汝ごと両断するつもりだ。…もはや慈悲は捨てよ。」

 

再び薙刀を構え、此方へと向かってくる天魔。

 

取り敢えず射命丸文を草の密集地へと投げ捨て、横へと避ける。…早いが大ぶりだ。見えないわけではない。

 

「避けてばかりのグズがぁ!!貴様が相手にしているのがどれほどか…わかったかッ!!」

 

「…ほう。」

 

…続いて、薙刀の刃が横へと向く。この空中で横薙ぎに切り替えるとは…。なかなかの手腕…だが。

 

「そのまま胴体と泣き別れになれッ!!」

 

「…はっ。」

 

…その刃の側面に手をつき、空中で全宙をする。

 

「ほう?口だけではないようだ。」

 

「…ふん。」

 

空中は奴らのテリトリー。

…このままでは、時期に陽光が差し込み、此方が燃え尽きる。ならば…短期決戦か。

 

「さぁ!!ここで消えろッ!!」

 

「滅びゆくのは汝の方だ。」

 

長い薙刀による刺突。

その上に着地し、距離を詰める。

 

指の先が燃え上がる。

 

「チキンにしてやろう。今宵の晩餐だッ!!」

 

火球が真正面に飛んでいく。その規模は天魔を完全に飲み込むだろうといったところだ。巻き込まれる前に薙刀から飛び避ける。

 

これで終わったらやけに呆気ないが…。

 

「…なに。」

 

「ほう。随分と熱い飛び道具だな。だが、私を捉えるには遅すぎるようだぞ?」

 

火球が燃え広がる寸前に後ろへと飛んできたか。

瞬きよりも速く、広げたつもりだったのだが。

 

「チッ。」

 

「速さとは重さ。貴様には私を殺すことは不可能だッ!!」

 

真正面から拳が打たれる。

手を入れたが、余の身体は地面へと吹き飛ばされた。

 

…これが重さか。久々に痛みを感じる。

 

受け身を取り、前を向く。すでに天魔が真正面に居るではないか。

 

「さぁ!!吹き飛べッ!!」

 

袈裟に落ちる薙刀。

避ける暇はない。…仕方ないな。

 

「…ッ!!」

 

「と〜ら〜え〜た〜ぞ〜ッ!!」

 

胸が袈裟に裂ける。

その程度で、天魔ともあろうものが…馬鹿馬鹿しい。両断できてない時点で…。

 

「汝の負けだ。」

 

「…あん?…ぐっ!?」

 

油断大敵。ガラ空きの腹に拳を放つ。

 

モロに入ったのか、天魔の口から血が垂れでる。臓腑まで響いたか。

 

「貴様…拳に爆弾でも入ってるのか…!!」

 

天魔の踵の後ろに小さな山ができる。土を巻き込んで、そのまま後ろへ吹き飛んだからな。さて…此方も少し血を流している。

 

「…そろそろ、あったまってきたな。」

 

「…あん?」

 

…もう直ぐ決着をつけよう。

そう考えていた…その時であった。皮膚が燃え上がり、血が煮えたぎる感覚を覚える。

 

「チッ。」

 

…そんな時間になっているとはわからなかった。倫敦とここでは時間が違うという当たり前なことを失念していたとは。

 

「…くくくっ。ハッハッハッ!!なるほど!!陽光が苦手なのか。」

 

「…。」

 

気づかれたな。これは面倒だ。

 

「そうかそうか…なら…ッ!!」

 

「ぐっ!?」

 

天魔の手が余の首にかかる。たった一瞬、瞬きもしてなかったが、そのたった一瞬で天魔が距離を詰め、陽光に動揺していた余の身体をそのまま空中へと連れていったのだ。

 

雲という遮断物を乗り越え、見えるは真っ青な空。快晴。…そして、陽光。

 

「グゥゥゥ……!!」

 

「このまま死に晒せ!!私の勝ちだッ!!ハッハッハッ!!」

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