【悲報】ワイこと禪院直哉さん、青春ラブコメを夢見る模様 作:どんぶら溝太郎
「一級術師になったらモテるって高専の先輩から聞いてたんやけど、ワイ全くモテてないんや……これ詐欺罪で訴えられへんかな?」
「……東京から帰ってきてそうそう何しょうもないこと言ってんだ、直哉にいちゃん」
基本的に厳かなもので構成される禪院家屋敷にて、厳かとは到底言えない二つの不純物が池を泳ぐ錦鯉たちを眺めながらだべっていた。
薄汚い方の不純物こと禪院直哉15歳はまるでこの世の終わりかのような表情で、池の中の鯉に餌をやっている。対する可愛らしい方の不純物こと禪院真希5歳は呆れた表情で隣の親類を見つめていた。
「ちゃうんや、真希ちゃん。 聞いてくれや。 ワイはほんまに被害者なんや」
「一応聞いといてやるけど……」
「さすが真希ちゃんやで……大きくなったらワイのお嫁さんに……あっちょ、防犯ブザーやめて」
無言で防犯ブザーのトリガーを握る真希ちゃんに、直哉は速やかに五体投地で謝罪の意を表明した。 鯉がまるで馬鹿にするかのように水飛沫を散らした。
「また直毘人を呼ばれたくなかったら早く続きを言え」
「パパは反則やんけ……
ほな、話を戻すけども、ワイの先輩にサングラスのクッソ性格が悪い人がおるんや。 悟くん言うんやけども。
ワイはこの通り、虫も殺せへんくらい心優しい好青年。 やから高専で、ワイは補助監督を希望したんや……」
「馬鹿なの?」
京都在住、禪院真希ちゃん(5歳)は心の底から湧き出た軽蔑の念を目の前の阿呆に向けた。
相伝術式を持った御三家当主の息子が補助監督を希望する。これは呪術の流れの中にいるとはいえ、まだまだ幼い真希からしても呆れ返ってしまうような言動だ。スポーツで例えるなら、トップレベルの素質を持っているのにマネージャーになりたい、と言ってるようなものなのである。
慢性的に人手不足な呪術界において直哉という素質だけはトップクラスな男を補助監督にさせるほどの遊び心があるわけがないということは、真希にすら理解出来た。
「そもそもワイは普通の高校でラブコメみたいな生活を送りたかったんや……
それをパパが『お前の希望通り、東京の学校に通わせてやろう』なんて甘い嘘で純粋無垢なワイを騙して、東京高専に無理やり入学させられたんやで? 酷いと思わんか…?」
「それは酷いな……」
「せやろ!?」
「直哉にいちゃんの頭が」
「そろそろ泣くで?」
そういう直哉の瞳には、すでに幾分かの涙が溜まっていた。 高校一年生が、5歳の子供によって半泣きにまで追い詰められていたのである。直哉は半泣きであることをバレないように袴の裾で目を拭った。対する真希は直哉が半泣きであることに対してガチめにドン引きしていた。
「……高専のヤツら、みんなクソ野郎や。 ワイが補助監督になりたいって申し出た瞬間、みんなでこぞって責めてくるんや。
特に酷かったのが夏油傑っていう先輩や。 めちゃくちゃ鋭い正論でワイを虐めてくるんやで……? あんまりに責められるから、流石のワイも泣く寸前まで追い詰められたわ……」
本当は泣いたんだろうな……と真希は内心思ったが、口にしないでおくことにした。 ここで泣かれても面倒だからだ。
「やから、ワイは決死の思いで、授業のボイコットをしてやる事にしたんや。 ワイを逃げに徹させたら誰も捕まえられへん。 肝煎りの呪霊を全部躱されたときの傑くんの吠え面は見ものやったなぁ」
直哉は恍惚とした表情で、過ぎたる栄光を回想した。
「直哉にいちゃん、速さだけは本物なの、タチ悪いよな」
「浪速のシューマッハとはワイのことや!」
ドヤ顔でそう宣言する直哉を、真希は平然とスルーした。 目の前の阿呆を一々相手にしていてもキリがないことを、幼女は過去の経験から知っていたのである。
「まぁそんなこんなで、ワイのボイコットは三日は順調に続いたんや。 そう、あのクソグラサンがやってくるまでは……」
────君、速いねぇ〜。 俺の次くらいに、だけど
直哉の回想が、夏油傑の吠え面から軽薄そうに見下してくる五条悟に上書きされた。
「どれだけ逃げても逃げても、あのグラサンは笑いながら並走してくるんや……ワイは怖くて怖くて仕方なかった。 パパにすらそんなことされたことないのに……」
そういう直哉の頬を一筋の涙が零れ落ちた。 真希は心底からドン引きした。
「結局、最後はワイが華麗な土下座をして、ボイコットは終わってもうた。 可哀想なワイ……」
「……」
なんでこの男は情けない思い出を語りながらここまで純粋無垢に自己憐憫を出来るのだろう、と真希は心の底から疑問に思った。
「そんな哀れなワイに、あのグラサンは言うたんや」
────君、モテたいんだって? じゃあ一級呪術師になっちゃえばいいじゃん。 あれだよ、あれ。 勝ちまくりモテまくり、って感じになれるよ? ほら!こんな感じでさ!
五条悟はそう言ってガラケーの写メをひれ伏す直哉に見せつけた。そこには二人の美少女を抱き寄せた五条悟の姿が写っていた。 直哉は感激した。そうか、その手があったか、と。
「まぁ、あの写真に写ってたの、悟くんに無理やり連れてこられた歌姫先輩とワイを騙すために金で雇われた冥冥先輩やってんけどな…」
誰に言っているのか、直哉はそうつけ加えた。
「あの日からのワイはまさに鬼神そのものやった」
直哉はまるで自分の兄弟を誇らしげに語るかのようなテンションで、自画自賛を挟んだ。真希は目の前の男を己の人生の反面教師に据えることを心に決めた。呪術界一優秀な反面教師は幼女からの蔑むような目線に気づくことなく、続ける。
「元々、準一級判定で入学したのもあって、二ヶ月足らずで適当に一級呪霊を何体か祓ってまぁ一級にはなったんやが」
「……ほんと、術師としての才能だけはあるよな。 ……人としてはこんなにキモイのに」
「人の心とか無いんか……?」
ぽちゃん、と何度か池の水面に水滴がぶつかる音がした。 それが、直哉の両眼から流れた悲しみの具現であることは言うまでもないだろう。
「……そんなこんなで、ワイは一級呪術師になった、なったんや。 やと言うのに……」
一級に認定された翌日、直哉はすぐさま行動に打って出た。
具体的に言うのであれば、彼はひとつ上の先輩である家入硝子に告白を敢行したのだ。
その結果は……
「根性焼きって、あんな痛かったんやなぁ……」
家入硝子は笑いながら他人に根性焼きを行える人間であったことを直哉は知ることになった。
「痕はないの? 根性焼きの痕見せて。 ねぇ、直哉にいちゃん、見せて!」
「ええ、めっちゃがっつくやんけ……ここに来て一番興味示したのがワイの根性焼き痕って、直哉お兄ちゃん、真希ちゃんの将来が心配になってきたで……残念ながら、痕は残ってへんよ。 反転術式でアフターケアはバッチリや」
証拠隠滅とも言う。
直哉は自分の綺麗な右手首を労わるように摩った。
「つまんねーの! 直哉にいちゃん、つまんねー!」
「真希ちゃん、兄ちゃんが道徳の教科書買ったろうか?
………そんなこんなで、ワイの心は東京の悪意に弄ばれて傷つき果てとるんや……もっと優しくしてや真希ちゃん」
「へー。 あっ、そういえば真依を見掛けてないな……もしかして」
「真希ちゃん? そこまでスルーされるとお兄ちゃんの心、いよいよ決壊するで? 真希ちゃん? ちょ、どこに行くの? ワイをまた置いていくの? 真希ちゃん?」
タッタッタッとどこかに走り去る真希に、直哉は必死に縋り付くように追従した。
禪院屋敷の厳かな雰囲気は、二つの不純物、というか一人のバカ息子のせいでぶち壊しになっていた。
*
「真依、またか?」
禪院屋敷にある竹林の入口に立っていた少女、真依に真希が声を掛ける。真依はびくっと肩を震わせて振り返り、姉の顔を見てすぐに安堵の表情を見せる。が、さらにその後ろで縋るように小さな姉の服の裾を掴んでる男、直哉を見て、「うわっ…」と顔を歪ませた。
「なんやあの呪霊……首長すぎやろ……キッモ……こっわ〜……」
直哉はそう言って真希の裾を握る力を強めた。真希はそれを力いっぱい振り払って、真依に近寄った。 直哉は思いっきり地面に転倒した。
「ぐべぇっ!!」
「お姉ちゃん……」
「はぁ……手握ってやろうか?」
真希はため息とともに、小さな手を差し出した。 真依は一瞬、その手を握ろうとしたが、後ろで無様な姿を晒している男を見て、自分の手を引っ込めた。
「アレみたいになりたくないから……わたし、がんばるっ」
「うん、それがいい。 私もアレみたいになりたくないからな…」
「イテテ……アレってなんのことや? あ、それよりも、あの呪霊めっちゃ怖いからワイの手を握ってくれへん? 真希ちゃんでも真依ちゃんでもええから……さっきから、チビりそうやねんワイ」
直哉は気づかない。アレについて語っている二人の目線がさっきからずっと自分の方に向いていることに。
直哉は気づかない。アレこと禪院直哉の気持ち悪さのおかげで目の前の少女たちの絆が指数関数的に深まっていることに。
直哉は気づかない。真希の手が禪院家当主謹製の防犯ブザーに伸びていることに。
直哉の手が、二人の少女に伸びた刹那、厳かな禪院屋敷に防犯ブザーの音がけたたましく鳴り響いた。
禪院直哉は即座に、禪院家当主禪院直毘人に捕らえられ、御用となった。