【悲報】ワイこと禪院直哉さん、青春ラブコメを夢見る模様   作:どんぶら溝太郎

2 / 4
パパ黒と遊ぼう

 透明人間というのはどこまで透明人間なのだろうか、と産まれてからずっと居ないものとして扱われ続けてきたロクデナシはぼんやりと考えていた。

 

 己は何処まで透明でいなければならないのだろうか。

 己は何処まで透明でいられるのであろうか。

 

 脳裏に過ぎるのは先日、透明なはずの己を捉えた、空のように蒼く澄み渡った幼い双眼。

 あの時から、妙な思索を行うことが増えてきていることを、透明人間禪院甚爾ははっきりと自覚していた。

 

「……下らねェ」

 

 軸がブレてきている。

 あの日、五条の寵児を見物に行ってから、己の在り方が不安定になっていた。

 そして、その何ともし難い違和感は、確かな苛立ちへと変換されつつあった。

 

────いっそのこと、全部壊してしまおうか。

 

 普段の彼なら、なんのメリットもないと一笑に付してしまうような考えすら絶えず浮かんでくる。

 今日も、天与の暴君は何をする訳でもなく、歪な風土に支えられた禪院の屋敷の中を彷徨いていた。 いつ、その気になってもいいように。

 

 廊下で誰かとすれ違う度に、その者から厭なものを見たという様な顔をされる。呪霊の群れに放り込まれたことすらある幼少期に比べたら、かなりマシな対応ではあるし、そもそも、疎まれることなどとうの昔に慣れた。そのはずだ。

 

 だが、ここ最近は誰かの顔が顰められる度に、その顔面を殴り潰したい欲求に苛まれてしまう。

 

 また、すれ違う。 横切る甚爾を感知した女の使用人は露骨なまでに表情を歪ませた。 まるで、壁に這う毒虫を見た時のように。

 

────次、誰かとすれ違ったら、そいつの顔をぐちゃぐちゃにしてやろう。

 

 そんな、悪意を胸に、甚爾は胡乱な表情とともに歩いた。

 殺意渦巻く彼の胸中を、かきたたせるかのような、小さく、幼く、それでいてどこか自信に溢れた足音が、甚爾の目の前の曲がり角の方から聞こえてきた。天与の暴君は誰に気取られることもなく、右腕に力を込めた。

 

 理不尽で不合理な暴虐が待ってるとも知らずに曲がり角から飛び出してきたのは、満面の笑みを浮かべた短髪の少年だった。 年の頃は小学生上がりたてくらいだろうか。

 少年は甚爾を見るなり固まった。

 

「────ぁ」

 

 少年は目の前の男が誰であるか知っているのであろう。

 対して、甚爾も少年が誰であるか、薄らと知っていた。

 

────直毘人のとこの、相伝持ちのガキか。

 

 少年の方へ目線はやらず、研ぎ澄まされた五感で、目の前で固まっている小動物のような存在の正体を察する。

 さすがに、八つ当たりのために次期当主候補の子供を撲殺するほど理性は捨てられない。

 

 甚爾は、足を止めず、なんの反応も示さずに、固まり続けている少年の横を通り過ぎようとした。

 

「あんた、噂の甚爾ってにいちゃんやな!? ちょいまってや!!!」

 

 が、その歩みは少年の何かに対する期待に満ちた声によって止められる。

 

「………なんだ」

 

 この短い返答を絞り出すためだけに、膨大な殺意が波立った。

 相伝持ちで、天才児。 それが今の自分にとってどうしようもないほどに威力を発揮する地雷であることは、甚爾自身はっきりと理解していた。

 

「ワイはナオヤ言うんや! 知っとった!?」

 

 自分の名を表す漢字すら知らなそうな少年は、意気揚々と自己紹介をする。そんな些細なことすら、今の甚爾にとっては己の神経を逆撫でる行動に値した。

 どうしようもないくらいに恵まれている。どうしようもないほどに持っている。ああ、このいけ好かない笑みを浮かべている子供の頭を握りつぶせたらどんなに爽快だろう。

 

「……ああ、知ってるよ。 天才なんだってな。 スゲェじゃねぇか」

 

「えへへっ」

 

 甚爾は笑いながらそう言った。 それに対し直哉も嬉しそうに笑う。

 だが、直哉は知らない。察せない。 目の前の男の笑顔が、どれほどまでに猟奇的な分類に位置する様相なのかを。 仮にこの場に他の禪院家の者が居るのであれば、直ぐに人を呼ぶであろうほどに壮絶な笑みを目の前の透明人間が浮かべていることに、直哉は気がつくことが出来ないでいた。

 甚爾は口角を吊り上げたまま、直哉の方へとゆっくり、ゆっくりと歩を進める。 あと四歩、三歩、着々と間合いを縮める。 確実に殺せる距離まで、堅実に。

 

「あっ! そんなことはどうでもええんねん! ワイ、とうじくんに聞きたいことあんねん!」

 

「へぇ、なんだよ?」

 

 あと二歩半。 もう少しで、目の前の天才を単なる肉塊に変えることができる。

 

「ワイ、どうしてもやりたいことがあんねん! そしたら、パパがとうじくんならタメになることを教えてくれるって!」

 

「直毘人が、お前を寄越したのか。 そうか……

そりゃあ」

 

────感謝、しなきゃなァ

 

 これはきっと、最初で最後の、禪院からのプレゼントなのだろう。 甚爾は愈々、獣のような笑みを顔に刻み付けた。

 あと一歩。 さぁ、全てに祝福され、世界に愛されている寵児を、誰からも顔を顰められるような、惨たらしい死体に変えてしまおう。

 

「せやねん! やから、とうじくん!!教えて欲しいんや!! 」

 

「……何をだ?」

 

 半歩。 自分を否定してきた世界を、ぶち壊すまでの距離。

 

「オンナノコにモテまくる、らぶこめ生活を送る方法をや!!!!」

 

「────あ?」

 

 暴威の獣と不平等な世界の距離は、そのあまりに意味不明なアホの言葉によって縮むことを中断させられた。

 

 

 

 

 ワイは天才なんやって! まったくオンナノコに好かれへんけど!

 

 みんな言っとる! パパの次の当主はワイやって! まったくオンナノコに好かれへんけど!

 

 

 禪院家にはめちゃくちゃイケメンの、モテ男がおるんやって!

 

 そりゃあもう世界最強のヒモ男なんやって! ヒモ男?の意味はわからんけど!

 

 どんなイケメンなんやろ!

 どんなカッチョイイ声しとるんやろ!

 

 

 

 そんなクソみたいなモノローグと共に、直哉少年は天与の暴君の目の前に飛び出した。

 全てに祝福され、世界に愛されている寵児こと禪院直哉は、興奮気味に先程の言葉を復唱する。

 

「ワイにオンナノコにモテまくる、らぶこめ生活を送る方法を教えてくれや!!!」

 

「……はぁ?」

 

 先程まで剣呑な空気を漂わせていた男、禪院甚爾は困惑半分、呆れ半分な表情を浮かべていた。

 そんな様子の甚爾に、直哉は一瞬呆気に取られたような顔をした。 そして、直ぐに何かに気がついたかのような表情を浮かべ、大きく口を開いて、叫ぶ。

 

「ワイに!!! オンナノコに!!! モテまくる!!! むぐっ!!?」

 

「いや、ちゃんと全部聞こえてるよ、馬鹿野郎」

 

 甚爾は面倒くさそうに、直哉の口を掌で塞いだ。

 触れているというのに殺す気は起きない。 完全に毒気を抜かれた、と甚爾は内心で冷静に自己分析を行う。 しかし、どれだけ冷静になっても、口を塞がれているというのに、未だに意味不明の呪文を唱えようとしているクソガキに関しては何も理解できないでいた。

 

「……はぁ。 一応聞いとくが、直毘人が俺にその……ラブコメ生活とやらの送り方を聞けって言ってたんだな?」

 

「……ぷはっ! せやで!! パパが言うてたんや!! とうじくんは禪院で一番のモテ男で、らぶこめ主人公の素質が最もある男でもあるって!!」

 

「何言ってんだよ、あのジジィ…」

 

 甚爾は頭痛を覚えた。

 これは新手の嫌がらせなのだろうか。 正直なところ、呪霊の群れに放り込まれた時以上に、どうすればいいかわからなかった。

 

「早く教えてくれや!! ワイでもオンナノコにモテる方法を!!」

 

「……お前、当主の息子で、相伝持ちじゃねぇか。 モテる方法もなにも、なんもしなくても女が寄ってくるだろ? それこそ乾く暇がねぇってくらいによ」

 

 こんな小さなガキに俺は何を言っているんだろう。甚爾は内心でそんなことを思いながら、諭すように直哉の肩に手を置く。

 が、直哉はまるで心底から不服であるかのように、こう言った。

 

「何を言うてん! ワイは産まれてから一回もオンナノコに優しくされたことないで!」

 

「……はぁ?」

 

「ママにすら優しくされたことのない、テンヨのモテない男なんやで!ワイは! パパがそう言ってたからホントやで!!」

 

「…………」

 

 ふんす、と胸を張ってとてつもなくネガティブなことを言う直哉を、甚爾はじっと観察した。

 オンナノコ、それも母親からすら優しくされたことがない。 そんな仄暗い情報は、目の前の多少の生意気さはあるものの、愛くるしい顔つきの少年にどうしても結び付けられなかった。それに────

 

「……お前のパパは、本当に天与って言ってたのか?」

 

「? うん! いつも言うてるで! お前がモテないのはテンヨのせいだって! なんやろうな、テンヨって!」

 

 天与。 それに続くは呪縛。

 呪術師、それも御三家の当主が己の息子に冗談として投げ掛ける言葉としては、あまりにも不謹慎な言葉だ。

 特に禪院には自分という、最悪の天与呪縛の例が存在している。

 だとするのならば、目の前の少年は本当に───

 

「───ヒッ」

 

 上擦ったような悲鳴が、甚爾の思考を中断させた。

 顔を上げると、ここに来る前にすれ違った女の使用人が、やはり顔を歪ませながら立っていた。

 

────チッ、面倒だな。

 

 屋敷にて居ないもの扱いされている男が、次期当主候補の子供にちょっかいを掛けている。

 下手をすれば『炳』が集まってくるような事態になる。ここは、さっさと退散しよう。 そう考えて、何となく女の使用人に目を向けた。

 

「────なるほど、な」

 

 女の目線を見て、甚爾は即座に気がついた。

 女は、悲鳴を上げたその時から、甚爾のことなど視界にすら入れていない。 女の嫌悪の対象、それは───

 

「どうしたんやとうじくん?」

 

 何も理解できていないような顔で笑っている、祝福されて生まれてきた子供なのだ。

 

「───いや、なんでもねェよ。 行くぞ、坊ちゃん」

 

 甚爾は、静かに直哉の手を握ってその場を後にした。

 まったくもって、軸がブレてるな、と甚爾は内心で自嘲した。

 

 

 

「他者、それもとりわけ異性に嫌悪される天与呪縛とは、まぁ中々に悪趣味だろう。 なァ、甚爾よ」

 

 禪院家当主、禪院直毘人はそう笑って、酒を煽った。

 それに立ったまま相対する甚爾は、心底から不愉快そうな表情を隠そうともしていない。

 

「……俺にどういう反応をして欲しくてあのガキを寄越しやがった?」

 

「なに。 親心が半分、実験が半分というところよ。 それで、どうだった?」

 

 直毘人はどこからか取り出した器に自身の酒を注いで、甚爾に渡そうとした。 が、甚爾はそれを手で払って拒否をする。

 

「……影響なんてねぇよ。 俺にはただの馬鹿なガキにしか見えなかった」

 

 確かに殺意は抱いていた。だがあれは、直哉個人に向けたものではない。

 

「フハハハッ! やはりな!」

 

「……結界の類か」

 

「お前に影響がないということは、そうなのだろうな。 まぁ、薄々は勘づいていたが」

 

 完全に呪力がゼロである禪院甚爾に、結界術やそれに類するものは一切機能しない。領域展開の影響下であってもこれは変わらない。

 直哉を囲む嫌悪の結界は、透明人間には機能しなかったのだ。

 

「アレが生まれた日、まず最初に産婆が、次にそれを止めようとしていた付き添いの使用人が、そして、最後に母親が、アレを、直哉を縊り殺そうとした。 随分な祝福だろう?」

 

「……」

 

 天与呪縛による呪いはなにも課される呪縛からのみ生じる訳では無い。 大抵の場合、自身を取り巻く全ての事象から、呪われることになる。

 禪院甚爾は己の人生全てを以てして、それを理解していた。

 

「天与の内容は『結界術に対する異常な素養』。 結界に纏わることなら教えたそばから習得していく。『簡易領域』すら自分のモノにしつつあるほどにな」

 

「簡易領域? シン陰流のか? あれには門外不出の縛りがあるだろが」

 

「流出はしとらん。 そういうものがあると軽く教えた程度。 そのレベルでさえ、アレにとっては習得するのに十分すぎる情報よ」

 

「ケッ…立派な化け物だな…」

 

「あの調子じゃ、十八を迎える頃には領域展開を習得しているだろう。 当主としては嬉しい限りではあるな」

 

 目の前の呪術師は、まさに上機嫌といった様子で酒を呑み干した。 

 それを、甚爾はじっと睨みつける。

 

 なにも、大人としての義憤とか、哀れな子供に対する憐憫などの大層な理由で不機嫌になっているわけではない。

 ただ、まるで自分に対する皮肉かのように感じてしまい、苛立っているのだ。 直毘人の言動が、ではない。 直哉という少年の存在そのものが、自分に宛てられた皮肉であるかのように感じて、どうしようもなく苛立ってしまっているのだ。

 

「それで、満足か?」

 

「ああ、呪術師の親としてはこれ以上無いほどに満足よ。 女など当主の権限で無理やりあてがえば済む話だしの」

 

「……そうか」

 

 甚爾はそれだけ言うと、振り向き部屋を後にしようとする。

 が、それを直毘人は静止した。

 

「最後にひとつ、お前に頼みがある」

 

「……」

 

「直哉の相手をしてやってくれ。お前が禪院を出るまででいい」

 

 甚爾は何も答えず、顔だけを直毘人の方へと向けた。 先程と変わらない、傲慢な笑みこそ浮かべたままであるものの、なぜだか妙な温かみを感じる表情だった。

 

「……俺は、保育士じゃないんでな」

 

「ククク、知っておるわ」

 

 甚爾はそれ以上の会話をかわさず、部屋を後にした。

 透明人間が去った後の当主の居室には、まるで最初から直毘人だけだったような、透明な静謐が広がっていた。

 

 

 

 部屋から出るなり、甚爾の元へ直哉が駆け寄った。

 甚爾はそれを忌々しそうに見下ろす。

 

「とうじくん! パパとの話は終わったんか!? なら早く教えてくれや!!」

 

「……俺は、保育士じゃねぇ」

 

 甚爾は心底から不機嫌な声色で、そう言った。

 

「……? ……まさか、保育士になったらモテるんか!?」

 

「いや、いい。 今のは忘れろ」

 

 思わずため息を吐く甚爾に、構わずキラキラとした目を向ける直哉。

 

────禪院を出るまででいい

 

 甚爾は直毘人の言葉を反芻した。

 しばらく、考えて、甚爾は自身に縋り付く少年を見下ろした。

 

「……言っとくがな。 俺が女を口説く時の常套句がお前に効果的かどうかは保証できねぇぞ」

 

「りょうかいやで!!」

 

「……フラれまくっても俺を呪うんじゃねぇぞ?」

 

「りょうかいやで!!!!!」

 

「もしオンナが出来たら、報酬はちゃんと払えよ?」

 

「えっ………りょ、りょうかいやで!!!!!!」

 

「いいだろう」

 

 甚爾は歯を剥き出してわらった。

 

「モテる男の秘技を教えてやるよ、坊ちゃん」

 

「!!!!!

とうじくん、ほんまに!? ワイもモテ男になれるんか!?」

 

「ああ、結界術なんかよりもよっぽど簡単だろうさ」

 

 甚爾は身を屈めて、直哉の視線に合した。 そして、軽く頭を撫でる。

 目の前の、自分にどこか似た、それでいて決定的に違う恵まれた子供に対して、甚爾はどう接するかをようやく決めた。

 

「いいか、まずはな────」

 

「うん!!!」

 

「一度でも会話した女には、とりあえず愛を告白しまくるんだ」

 

───禪院甚爾は、禪院を出奔するまでの暇つぶしに目の前の少年を玩具にすることに決めた。

 

「わかったでとうじくん!! とりあえず、家中のオンナノコに告白しまくるわ!!」

 

「ああ、頑張れ。 坊ちゃん」

 

 甚爾は愉悦を隠そうともしない笑顔で、地獄に向かう直哉を見送った。

 

 

 

 後にこの出来事がきっかけで禪院の女子に対直哉用の防犯ブザーが配られるようになったことは、また別の話である。




「なんていうことを君のクソ親父は可愛い僕の後輩にしてたんだよ。 酷いと思わない?」

「はぁ……」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。