【悲報】ワイこと禪院直哉さん、青春ラブコメを夢見る模様   作:どんぶら溝太郎

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最寄り駅から15分。送迎無し。

 2006年5月12日。東京都台東区にて呪霊が関与していると思しき事件が発生。

 

 具体的な被害状況としては経営される性風俗店のビル内にて従業員と客、合計6名が激しい裂傷により死傷。それぞれ別の個室での被害あり、加害者並びに凶器そのどちらも確認されていない。

 

 本件の捜査を担当していた警察庁より、高専に術師の派遣要請。高専はこれに承諾。

 本件地域の性質を鑑みて不測の事態を懸念し、二名の一級術師の派遣を行った。

 

 東京高専二年生である夏油傑と、一年生の禪院直哉。

 尚、他案件により人員が不足していることと、禪院直哉が結界術に関して高い練度を有しているため、補助監督の同行は無し。

 

 

「いや…駅から遠すぎやろ、吉原…」

「精々徒歩10分だろう…術師なら君もこれくらい」

「電車降りてからずっと動悸が止まらんねんから仕方ないやろ!」

 

 吉原のソープランド前にて騒ぐ二人の学生服の青年たち。

 片方は顔を赤く上気させており、もう片方は呆れるようにもう一人を眺めている。

 

「いや、ほんま、ワイみたいなピュアボーイにはこんなとこ目に毒やで…」

「……一応言っておくけど、仕事で来たんだからね?」

「し、仕事て……いやらしいこと言わんといてや傑くん…!」

「……ハァ」

 

 風俗店が立ち並ぶ吉原において、二人は酷く目立った。

 店先に立つ黒服たちの視線が彼らに集まる。だが、二人は特にそれに萎縮する風でもなく──直哉は別の何かに萎縮してしまっているが──目的地まで直行する。

 

 目的地…呪霊の発生が確認された店舗に到着した時、明らかな視線を夏油は感じた。

 

「視られてるね」

 

 最上階である4階の窓を見上げる。人影は特にない。しかし、術師としての六感が確かに視線を捉えていた。

 

「うーん。ホンマにここに入るん?」

 

 対して直哉は視線に気付いていないようだが、ビルそのものに警戒を抱いているような様子を見せる。

 

「これ、入った時点であちら側のホームのやつやで」

「……まさか生得領域か?」

「いや、そこまでではないけども」

 

 要領を得ない直哉の言葉に夏油は眉を顰める。

 だが、五条悟が言うに禪院直哉の結界術は現代でも最高峰。つまり、そんな彼が抱く警戒は決して杞憂と切って捨てられるようなものではないことで。

 

「と言っても、ここで止まっていても目立つだけだな。……直哉」

「はぁ。……闇より出でてぇ……ええと……ま、ええわ、帳発動〜」

 

 瞬間、ビルを中心として非術師には不可視の黒い幕が降りる。

 

「……いい加減な詠唱でこのレベルの帳。確かに悟の評価は間違っていないようだね」

 

 それはそれとして、あの程度の短文すらまともに覚えていないのはどうかと思う夏油は、尚も嫌がる直哉を連れて、店内に進入する。

 チープな煌びやかさに包まれた受付には、女性従業員が映し出されたパネルが並べられており、直哉は顔を真っ赤にさせながらそれを凝視していた。

 

 夏油はそれに呆れながら、周囲を警戒する。

 1階に呪霊の気配を……感じはしたが蠅頭が精々。本丸はやはり最上階にいる。

 

「特に部屋が広くなっている様子もない。そこまで警戒しなくても──ッ!?」

 

 刹那、夏油の周りに浮かぶ多数の鋏。

 術式───そう判断した瞬間、答え合わせをするかのような歪な言葉が耳元で囁かれる。

 

────ねぇ、ワタ、ワダ、ワタシ、綺麗ィイ?

 

(動けない…! 術式による拘束……恐らく、条件付きの簡易領域…! なら、条件は……クソ、ダメだ、情報が無さすぎる…! そもそも、呪霊はどこから……ここは質問に答えるべきか…? しかし)

 

 不測の事態に、高速で思考を巡らせる。

 理路整然とした堂々巡りの末、最終的に夏油は質問に応えることを選択した。否、しようとした。

 

「いや、あかんて。 そんな素直にあっちのルールに乗ったら」

 

 鋏をほぼ同時に弾き飛ばした直哉が、夏油の解答を妨害したのだ。

 今度は、直哉が夏油に呆れたような視線を向けていた。

 

「質問に正解出せばセーフ……なんてことはまず無いんやで、あの手の術式に。

多方、不正解なら鋏でチョキチョキ、正解なら呪霊にゾッコンになる……みたいなやつやろうな」

 

 先程までとは打って変わって、直哉の佇まいには一切の隙もない。

 

「……なぜ君は食らってないんだ?」

「簡易領域張ってたのと……まぁ、たぶんアレやろうな」

「アレ…?」

「呪霊の女の子にも嫌われるねん、ワイ」

 

 それは、直哉の天与呪縛。

 

 《他者、とりわけ異性に嫌悪される代わりに、結界術への絶大な素養を有する》

 

 あまりに悪趣味な呪縛は、呪霊にも適用されるというのだ。

 

「……なんやねん。馬鹿にしたら泣くで!?」

「いや、助かった。油断していたのは私の方だったようだ」

「男に礼言われても嬉しくないわ! ……言うても、あれは初見殺しの類や。しゃーないよ」

「……いや、初見殺しにこそ対応できないと」

「ま、それもそうやなぁ。次あの術式食らった時は、死ねブス!みたいに答えるのをオススメするで。その後に飛んでくる攻撃に対処する方針やね。たぶん、そっちの方がまだマシなやつや」

「了解」

 

 学年こそ先輩である夏油だが、術師としての歴では幼少期から禪院の次期当主として実戦に投入されている直哉の方が圧倒的に先輩である。

 それが故に、夏油は直哉の助言を素直に聞いた。

 

「エレベーターは…使えへんのか」

「階段を使うしかないようだね。私としても避けたかったが…」

「せやね。なんか客になったような気分でドキドキしてまうし…」

「………頼むから、ずっとさっきみたいな感じでやってくれないかな?」

「ワイはいつでもワイやで!!」

「ハァ…」

 

 若き術師二人は、静かに老朽化した階段を登り始めた。

 

 

 最上階に行くまで、多数の低級呪霊が二人に襲いかかったが、特に苦戦することもなかった。

 

 直哉が呪霊をフリーズさせ、夏油がそれを取り込む。

 

 その単調なパターンのみで、並の術師では苦戦必死な魔境と化した階段を踏破して見せたのだ。

 さらに言うなら…

 

「相変わらず、目を開けられないんだね」

「だって、怖いんやもん…」

「……それであれだけ的確に動けてることには正直、感心しかない」

「ま、ワイの術式は空間把握能力と先読みが命やしね。パパもやろうと思えば同じこと出来ると思うで?」

 

 無論、禪院直毘人がそのような無意味なことをやるはずもないが。

 そんな無駄話をしながら、呪霊たちを次々に黒い玉に変えていく二人は、明らかにその空間から浮いていた。

 

 最上階に辿り着いた時、直哉が何かを思い出したように口を開く。

 

「そういえば、傑くん」

「なんだい?」

「それ、美味いん?」

 

 直哉が指差したのは飲み込もうと夏油が手に握っていた黒い呪霊玉だった。

 それを取り込むことによって、夏油は呪霊を使役出来るようになる。

 

「……なんでそんなことを?」

「いや、だって術式的にめっちゃ食わなきゃあかんのやろ、それ。味次第で変わるやん、ワークライフバランス」

「……」

 

 夏油は、直哉に対する適切な答えを探る。思えば、級友である五条や家入からもされたことのない質問だった。

 五条悟の六眼は術式の性能を精密に見抜くことが出来る。だから彼が他人の術式について質問をするということはなかったし、家入はそもそも他人の術式にそこまでの興味が無い。

 

 それに、大抵の人間は特に顔色を変えずに呪霊玉を取り込む夏油を見てどんな味かと問う前に、無味だとか苦味だとかそういう風に自分で解釈するだろう。

 

 だから、夏油は答えに窮した。

 自身の苦しみを共有することに慣れていない彼にとって、直哉の質問は思考を乱すのに十分だった。

 

 それが故に、また隙を許してしまう。

 

「しまっ…!」

 

 自身の周りに出現した鋏を前に、同じ轍を踏んだ自分を呪いたくなる。

 直哉は動かない。否、動けない。彼は未だに雑談していた時間の中で停止している。

 

 夏油と、目の前に出現した口裂け女だけがその場の空間の時間の流れを共有していた。

 1階の時の簡易領域とは明確に出力が違う。恐らく、先程の攻撃は小手調べでしか無かったのだろう。

 

────ワタ、ワタ、ワタシィ……キレイィ……?

 

 答えなければどうなるかを考える。恐らく、縛りを考慮するにどうもならない。永遠にこのまま。

 飢え死ぬまで自分はずっと目の前の口裂け女と過ごすことを強制されるだろう。

 

 故に人間が取れる手段としては彼女の質問に答えること。

 しかし、それは直哉が言っていたようにルールに乗ることを意味する。

 であれば、考えることは一番マシなハズレを引くこと。つまりは───

 

「……ハァ。 あまり、こんなことは言いたくないんだけどね。

────うるさいな、ブス。気持ち悪いから離せよ」

 

 刹那、時間は動き始める。

 そして、それ同時に襲いかかる無数の鋏。夏油はどうにか急所付近にあるものだけを弾き飛ばす。

 

「……ッ。 ほんとに、ハズレくじしか入ってないんだな」

 

 これが呪術の本質である、ルールの押し付け合い。自分の都合を押し付ける呪いの戦いに、公平性などない。

 

 だがその点において夏油は、呪霊に対して独裁を敷くことが出来るのだ。

 

「傑くんッ!」

 

 いつの間にか動き始めていた直哉が、仮想怨霊に触れていた。彼も攻撃されていたのか、頬に切り傷。

 投射呪法のルールに対応できず、フリーズする口裂け女を夏油は見逃さなかった。

 

 夏油が手を翳すと、口裂け女はそれに吸い込まれ、収束し、ひとつの黒い玉へと変形する。

 それに伴い、ビルそのものを支配していた穢れが霧散する。尤も、ビルが元から纏っていた、厭な雰囲気はこびりついたままだったが。

 

 

「……案外、あっさり終わったねんな」

「そうだね。でも、派遣されたのが私たちじゃなかったらどうなってたか」

「まぁ、簡易領域でも持ってなかったらかなり苦戦するやろうな」

「私としてはかなり美味しい案件ではあったけどね」

 

 簡易領域持ちの仮想怨霊。使用用途は色々考えられるが、やはり足止めにこそ真価を発揮するだろうと夏油は考える。

 流石に先程見せたような時間すら隔絶させるほどの出力は臨めないだろうが。

 

 呪霊玉を飲み込もうと夏油が口を開けたところで、思い直して直哉の方を向く。

 

「ん、どしたん」

「いや、さっきの質問の答えなんだけどさ」

「おう」

「ゲロ味なんだ、これ」

 

 夏油は笑いながらそう言い放つと、直哉はぎょっと呪霊玉に目を向ける。

 

「はぁ!? ようそうなもん食えるな!? 百味ビーンズか!?

いや、呪霊操術めちゃくちゃクソやんけ! 貸せ! それトイレに流すから!!」

「なんなら、食べる?」

「食うかアホ!! ……ひぇー、これから傑くんが食べてるの見る度に寒気が走ってまうで」

「今度から悟が居ない時の相方には君を指定しようかな?」

「捨て身の後輩イジメやめてもらえます!?」

「ははは、あー、クソマズ」

 

 直哉のドン引きを楽しみながら取り込んだ呪霊玉は、いつもよりは不味くなかったような、そんな気がした。

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