赤クソ(ガイア)と白クソ(メシア)とクソ(他) 作:イリノイ州の陰キャ
※関(東にある東京二十三区)西(部)
※ガイアもメシアもまだ出ない
※拙作は真・女神転生Ⅳの設定を参考にしながらも、全く別の世界、ひいては展開となっております
※ネタバレ 死なない 主人公だから!
「はぁっ……はぁっ……くそっ」
体の痛みにふらつきながら、少年は悪魔の死体をぶつ切りにしては猫車に入れるのを繰り返していた。任務で負った傷がまだ癒えておらず、痛む箇所をその度に意識するせいで、作業は遅れに遅れていた。
「遅ぇぞクソガキ! 休んでんじゃねぇ!!」
(お前らのせいだろ……)
怪我の原因は、彼と共に任務に従事していた別の隊員達にある。彼等は悪魔から逃げるために、少年をわざと押し倒して囮にしたのだ。そのせいで無駄に逃げ回ることになった上に、瓦礫に巻き込まれた。
意識を取り戻し、自らの体重を支えられるようになると、怪我の具合もロクに確認されることなく仕事場に駆り出された。そのことについて彼は特に、不満や問題がある訳ではなかった。身元不明親なしの得体の知れないガキが生かされるには、それなりに役に立つということを示さなければならない。悪魔討伐隊に、というか危険な仕事に従事させられているのは、ある意味では全く当然のことだ。むしろ今回のことは運が良かった。悪魔の群に囲まれて殺されかけたが、崩落してした建物の瓦礫に埋まったことで、奴等は彼を見失ったのだった。
「痛っ……」
少年は痛む脇腹を手で押さえながら、悪魔の死体の撤去作業に集中した。ほとんどは焼却処分だ。炎の魔法に熟達した隊員が野焼きするか、単にまとめて焼却機に突っ込む。上野においては後者が採用されている。というのも、その熟達した炎魔法の使い手というのが、よりにもよって日々を忙しくしている隊長その人のみであるから。
「これで……全部、かっ……!」
少年は散乱した臓物を何とか一箇所に集めると、素手で猫車に投げ入れ始めた。手の傷口から雑菌が入って、ロクな治療を受けられずにそのまま壊死する者もいる。討伐隊の作業としては最底辺のそれだ。
上野駅地下街の悪魔討伐隊は、他のエリアの討伐隊やハンターからは強烈に見下されている。というのも、この一帯は比較的弱い悪魔が多く、また崩落の具合も少ない様子であるため、現在残っている主要な活動拠点としては最も安全に近い(安全ではない)エリアであり、更に食肉に適した悪魔が一定数見られるため、物資にしても余裕がある。敵対関係にあるガイア教団と救世使徒連が、この上野をして不可侵の了解を認め合ったことも大きい。
これにも思惑があって、別の主要拠点までの経由地として都合がいいというのが大元の理由であると巷間では噂されている。わざわざ言い加えるまでもないが、そんな中でも死ぬ時は死ぬし、抗争も起きる。特に入団、入隊したばかりの下っ端は、悪魔との契約が成功して気が大きくなっているのか、下らない諍いを起こして即除隊、なんてことをしでかすことが往々にしてある。彼は隊の中では一番の年下であったが、幸いにもお節介な隊長に散々釘を刺され、実際に小競り合いを起こして上野を追放された知恵遅れを幾人か見てきたので、変な気を起こすようなことはなかった。
「……」
「遅いぞ、エツリ」
討伐隊の一人に呼ばれ、少年は顔だけ上げてそれを返事とした。両膝に手を突き、肩で息をしながら周囲を見渡す。周辺の悪魔は一掃されていた。悪魔の死体処理に一番時間をかけていたのが自分だと解ると、彼はすぐに体勢を持ち直し、残りの残骸を雑に猫車に押し入れた。黒い隊服は血の汚れが目立たない。その顔に収まった白い鬼の面だけが血と土埃に汚れていた。
悪魔に顔を見せるな。
というのは、隊長の言。彼の言いつけに従い、これまで外の悪魔に対しては一度として素顔を見せたことはなかった。何なら面を受け取ってからは、人間相手にも顔を隠すように言われている。その理由までは知らない。ただ、隊長が昔、悪魔に気を許し、そのせいで何か不幸にあったということだけは聞いたことがある。そのためかは知らないが、彼も他に見ない奇妙なフルフェイスを被ったままにして、悪魔どころか、人間相手にも素顔を見せないようにしているようだ。
そのヘルメットの下に何か秘密があると思った隊員達は、仄かな悪心を以て、寝静まった隊長の顔を暴こうとしたが、彼の使役する悪魔に殺害される、という結末に終わった。以来報復を恐れ、隊員達は彼の顔について何も聞かなくなった。元より興味のないエツリは別にして、隊長は部下の中でも〝比較的〟信用できる者にのみ、この教訓を漏らしている。エツリがまだ成人にも満たない子供である(推定十六歳よりは上という、酷く曖昧な自己認識である)こともあってか、隊長は彼にだけはほんの少し、本当に小指の爪の先の更に際くらいの、極めて小さな優しさを見せていた。
「おいクソガキ、さっさと来い。ゲートが閉めらんねぇだろうが」
エツリと呼ばれることすら少ない。小僧とかクソガキとか、あるいはおい、としか言われない時もある。だが、そこらに落ちていた誰のものとも知らない名札に書いてあった名前なんて、それと大差がある気はしなかった。ここでは人間扱いされるだけでも幸運と思わなければならない。有用なものだけ剥ぎ取られて放置された隊員の遺体が、別の隊員に足蹴にされているのを見ながら、エツリはさっさと悪魔の血抜きを済ませることにした。
血と臓物を抜き去った豚みたいな(名前は忘れた)悪魔の死体を担ぐと、彼は急いで粗末なフェンスの扉を抜けた。この豚も人語を解し、また同じように話すのだが、殺すことに誰も躊躇いはなかった。偏に口の悪さが原因である。悪魔とかいうものは人を怯えさせるか、神経を逆撫ですることにおいては一流の口舌を持っているが、その結果が己の身に何を引き起こすかということまで気が回らないらしい。そこかしこで豚の悲鳴やら悪趣味な笑い声が聞こえる中で、エツリは嘲りや哀れみの感情を排して無心でいることを心がけ、死体に触れる嫌悪感は殊更に努めて無視し、血抜きの終わった豚を担ぎ上げた。
「本日の業務は終了。各自配給を受け取り次第休憩してよし。以上!」
悪魔を引き渡してから、エツリは上野地下街の更に下にある、ホームの線路上まで降りてきた。ここには彼以外誰もいない。一人で自由に使える場所と言えば聞こえはいいが、実際には空気が冷え込んで誰も来たがらないだけの場所だ。ボロ布を継ぎ足しした身包み布を何枚も羽織り、階段までの緊急シャッターが閉まっていることを確認すると、彼はようやく息を吐いて、懐に入れておいたスマホを取り出した。遥か昔には、通信局とか何とかいう施設があって、これを使っていつでも遠くの人間と会話ができるらしかったが、今や懐中電灯と時計くらいしか役に立たない。しかしそれも、限られた人間、というかそれなりの数の人間には、必須級の武器となる。
悪魔召喚プログラム。突如東京に現れた悪魔と同時期に、インターネット上でばらまかれた作成者不明のフリーソフト。一体どのようなコーディングがされているのか、解析にかけても全く構造が解らず、何なら少し解析できかけた研究員が発狂して自尽したなんて話もまことしやかに囁かれている。このいかにも怪しげな紫のアイコンが独特の趣味の悪さというか、禍々しさを醸しているのは、そういった得体の知れなさからくるものであるかもしれない。ただ今となっては人々も慣れたもので、何の疑問もなくこれを使いこなしている。かくいうエツリも、アプリを使いこなすようになってから久しい。
『呼んだ?』
同時に現れた妖精のような悪魔が、鈴が転がるような声を伴って飛び上がった。シルフと名乗る彼女は、エツリが唯一契約している悪魔だ。彼はシルフが出てくると、途端に気配を緩めて肩を下ろし、隊長に厳命されている面までもを取り外してしまった。
「傷を治すの、手伝ってくれないか?」
『いいわ。いつものね。というか、戦闘にも呼んでよ。自分ばっかり戦ってないで』
「君が戦うの?」
『癇に触る言い方ね。まぁ私が可愛いのは認めるわ。そのせいで呼びにくいんでしょ。でもね、ニンゲンなんかよりよっぽど丈夫なんだから』
シルフの回復を受けながら、エツリは惜しむでもなく笑顔を浮かべた。ことによっては人間よりもよっぽど信用できる、というのは彼の独自の考えだが、あながち間違ってはいない。契約がある限りは裏切らない悪魔と、何も信用ならない人間とでは、後者の方が性質が悪い。少なくとも、最初から敵対者だと解る野良の悪魔より、潜在的な敵対者である人間の方に警戒を強めるべきだ。後ろから刺されて悪魔から逃走するための囮にされたくなければ。
「太陽の光って見たことある?」
嫌な方に思考が引っ張られていくのを嫌い、エツリは唐突に思い付いた疑問を述べた。言ってから興味が湧いてくる。東京はどういう原理か完全に外界から孤立しており、太陽の光はとある悪魔に奪われた。空はいつ見てもプラネタリウムのようだ。作り物めいた雲やら星やらを見せるのだが、まるでテクスチャを貼り付けているかのように固定され、季節によっても変わらない。いつも頭上にあるのに、どこかよそよそしい。
『あるわ。そんなにいいものでもないけれど』
「そうなの?」
『ええ。でもキミは好きかも』
曰く、日中は影の方が少なくなるという。エツリは絵本の中の話を聞いているような気分になった。地下街よりも明るい場所を知らない彼にとって、光は有限資源であり、豊かな財を主張する一種の富であった。
『それはいいけど、次は本当に――――』
「おいガキ! 今すぐ来い! 襲撃だ」
シャッターが叩かれ、驚いたエツリはプログラムを停止した。アプリのアイコンを通してシルフがすっごい恨み節みたいな思念を放っているが、悪魔と仲良くお喋りしていたなんて知られる訳にはいかない。彼はすぐに錆びた刀を腰に差して、面の紐を結ぶと、ホームの外に飛び出した。討伐隊に安寧の時はない。悪魔は昼夜を問わず人を襲う。こんな風に根城を嗅ぎ付けた悪魔の大群が襲来するなんてのは珍しくもないことだ。実際に、彼が瓦礫に巻き込まれて悪魔の手から逃れた時も、こんな風に悪魔が大挙して上野に襲いかかってきた時だ。
上に出ると、討伐隊がバタバタと出動しており、それ以外の市民は扉の内に引きこもってしまっていた。三つか四つある地上への入り口は緊急用シャッターが降り、その真中に設けられた小さな出入り口に人が殺到している。ある場所は市民が逃げ込み、ある場所は討伐隊の出動口に使われている。エツリは激しい往来の間を縫って、現場主導の隊員を探した。目が合うといつもの怒声で罵倒されながら呼び立てられ、彼は自身の持ち場を告げられた。うかうかしている暇はない。彼が最後の地上部隊の隊員だったようで、出入り口を通過した瞬間、背後で扉が閉まる音がした。
公園口から外に出た彼は、裏路地の壁を蹴り登ってフェンスを無理やり越えると、正体も知らされていない襲撃者を視界に収めた。オニの群だ。その膂力は当然ながら、普通の人間では比較にすらならない。そのため討伐隊は使役している悪魔を駆使し、何とか戦況を五分に押さえている。既に討伐隊は抗戦を始めており、双方の死体が転がっていた。
見るからに力自慢の悪魔に正面から戦いを挑む度胸は彼にはなかった。奇襲をするべく瓦礫に潜みながら辺りを見回すと、突き飛ばされて絶体絶命の隊員の姿と、それを見下ろすオニの後ろ姿が見えた。敵を制したことで油断が生まれたのか、背中が無防備なオニに近付き、粗末な刀を抜く。その棍棒が倒れた討伐隊員に向かって打ち下ろされる前に、背中を斬り下ろした。
『あ゛ぁ?』
刃が全然通らない。かなり力を入れて振り抜いたのに、軽い切り傷を付けただけに終わった。しかし一応の時間稼ぎにはなったようだ。隊員は即座に体勢を持ち直し、白い鳥のような悪魔に回復を命令していた。(そこの隊員の仲魔を合わせて)三対一の構図を作り出しても、オニに何の動揺もないのは、この異常に強靭な身体への絶対的な信頼による。確かに正面切って戦えば敗北は免れないが、こういう手合いは大抵搦手に弱い。エツリは刀を振って血を払うと、柄頭をオニに向けて魔法を放った。
シルフから教わった魔法の一つ、ザンとかいう衝撃波を放つ魔法。オニは貧弱な斬撃よりこっちの方が効果的だ。よろめいたオニに背後から更に追撃が入る。火球が背中に直撃して、その巨体をよろめかせる。すかさずザンによる追撃をヒットさせ、体勢を立て直す前に地面に転がした。練度の違いか、悪魔は衝撃波よりも火球の攻撃が堪えているようだった。熱さにのたうち回るオニは周囲が見えていない。この隙をうまく狙えばこのまま殺し切ることもできる。エツリと隊員は目配せをしてから頷き合い、隊員の男と共に慎重に悪魔に近付いていくと、エツリが正面からザンを当てて注意を引き、背後から隊員がオニの首を狙って飛び付いた。
『虫ケラ共がァッッ!!』
彼等が近付いてくるのを狙っていたかのように、オニが転がった状態のまま腕を振り回した。エツリはその衝撃波で弾き飛ばされて舗装路を転がり、全身に擦り傷を作った。その反対では、オニの右腕が隊員の腹部に直撃していた。まるでおもちゃの人形のように吹き飛ばされた隊員は、半ばから倒壊したビルの壁に叩きつけられ、腹がひしゃげて血を吐きながら、命乞いも悪態も、悲鳴の一つもなく死んだ。死んだとすぐに断定するのは、彼の召喚していた悪魔が消え去ったからだ。契約が終われば帰る。悪魔にとってもそれは周知なのか、オニは死体を一目見ることもせずに立ち上がり、彼を見下ろして歪んだ笑みを浮かべた。先程までの火球の痛みなどは、風かなんかに飛ばされたみたいに忘れてしまっている様子だった。
『おうクソガキ。お前も災難だな。でも仕方ねぇ。オレにケンカを売っちまったんだ』
「く、靴とか、靴とか舐めるから許して」
『そりゃ残念。履いてりゃ舐めさしてやってもよかったけどよ、裸足なんだ』
プライドをかなぐり捨てた命乞いを見下ろしながら、赤い足を見せびらかしてから、オニは噛み殺したような笑い声を漏らした。その顔面にめがけてザンを放つ。これは簡単に避けられた。激昂して襲いくるオニから最大限距離を取って魔法を乱発し、とにかく走って時間を稼いだ。他の討伐隊員がオニを倒して、こちらの残党まで掃討の手が及ぶようになるまで。瓦礫の隙間を押し通り、悪魔の体躯では苦労するような場所を選んで逃げ込む。オニはそれを棍棒の一薙で吹き飛ばし、緩慢な所作で距離を詰めてくる。
『ははァッ! そら逃げろ逃げろォ!』
オニは最初の衝撃波こそまともに喰らったが、その後のザンはまるで効いていない様子だった。それでも動きが鈍っているのは、殺された隊員に当てられたアギ(火の魔法)のダメージに依るところが大きい。弱っていても動き回れる体力があるということは、距離さえ詰めれば拳を振るうくらいはできるということだ。貧弱な人間の体では、一発でも殴られれば致命傷は免れない。なので彼はガードレールや瓦礫を巧みに利用し、とにかく逃げ回った。
オニの足が止まった瞬間を狙ってザンを放つ。クリーンヒットとはいかないが、その肉体に少なくない傷を付けていく。かすり傷とはいえ無数に付けられれば痛いし、出血で動きも鈍る。元からそこまで俊敏でないということもあって、その動きはエツリの足にも余裕が生まれる程度にまで緩慢になっていた。
「これなら……!」
『おらァッッッ!!』
うまくいけば倒せる。そんな風に油断したのが良くなかった。鬼は棍棒を地面を抉るようにして肩まで振り抜き、エツリに目掛けて礫を飛ばしてきた。予想外の攻撃に怯み、更に左腕に礫が深々と突き刺さる。流血に遅れて酷い痛みが腕を襲い、思わず膝を突いたところを突き飛ばされ、組み伏せられた。オニが馬乗りになった時、刀がばきりと中程で折れる音が聞こえた。右手の上の感触が随分と軽くなって、見えずともそれが己の刀に起きたことであると彼は理解した。
「ぐっ、う……」
『まぁ安心しろな、ガキんちょ。ただぶっ殺されるってんじゃお前も嫌だろ。ちゃんとキモチよくしてから喰ってやるからよ』
首を押さえ付ける腕に手をかけ、押したり引っ張ったりしてどかそうとするが、まるで地下のコンクリ壁を押しているかのように手応えがなかった。悪魔は彼をすぐに殺そうとはせず、彼の顎を大きな指で摘むようにして掴み固めた。
この手の悪魔の癖というか、女子供に対しては己の慰めに使ったり、相手に変な快楽やら希望やらを与えてから、その間に喰い殺すというようなやり方を好む。悪魔における第一義的な概念が契約であるなら、その次にくるのは欲とか願望とか呼ばれるものであろうか。これ等に対しては誠実とすら言えるほどの執着を見せる悪魔達によって、敗北した人間等はいずれも悍ましい死に方をする。骨まで食われていなければ、遺体はそういうことに慣れている討伐隊員すら目を背けるような傷ましい様相で打ち捨てられている。すなわち性的にも身体的にも酷い乱暴を加えられ、散々慰みものにされてから殺される。人によってはこの時点で、慰みものにされるくらいなら舌でも噛んで自ら死んでやる、なんて者もいるが、エツリはそうしなかった。この人を舐め腐った行動によって、オニに決定的な油断が生まれていることに気付いたから。
彼は息を大いに吸い込むと、左腕に刺さった瓦礫を勢いよく引き抜いて、隙だらけのオニの目を突き刺した。硬いような柔らかいような、非常に不愉快な感触を無視して、拘束から逃れたい一心で中を抉った。ポタポタと血が滴り落ちてくる。面の上に固形の血ではない何かが落ちてきたが、そんなことを気にする余裕はなかった。
『ぐぁっ……! クソがッ……死ね!!』
逆上したオニの手の力が強まる。地面に押し付けられたまま、頭に通う血の量が段々と減っていくのを感じた。頸動脈をじわじわと締められ、彼の自己認識が段々と薄暗がりに呑まれていく。場違いにも、彼は今からずっと前のことを思い出していた。とっくの昔に悪魔に食い殺された同い年くらいの少年。その子が討伐隊の見張りを出し抜いて、遺物の中から拾ってきた〝携帯ゲーム〟は、珍しくもまだ動作が可能なものであった。彼等は二人してそれに夢中になり、攻略の中で幾度となくその癇に触るメッセージを見せられた。
ざんねん! 君のぼうけんはおわった!
「ふざけんな……!」
目を刺した瞬間に怯んで力が若干弱まった時に、彼は大きく息を吸い込んでいた。生き残るための本能を呼び覚ますだけの酸素はそれで足りる。彼は瓦礫をオニの左目にそのまま残して、視界から刀を隠すようにして体をひねると、一息に折れた刀を拾ってその頸を下から串刺しにした。顎を縫い止められ、開くことができなくなった口から、まともな言葉にもならない怨嗟の声が滲む。裏腹に手に込められた力は弱くなり、出血量の差から酸素の残量を競う我慢比べに負け、オニは彼の上に倒れ込むようにして息絶えた。
「はぁ、ぶ、はぁっ、げほ……」
急速に浸透する酸素と血液の流入によって、寝ながらにして酷い目眩を覚えた。エツリは無理に動こうとせず、自らに覆い被さるオニの死体を利用して体を隠し、周りを確認した。エツリを含め二十六人はいた隊員は、立っている者だけを抽出して数えて約半数。そのどれもが半死半生の様相だった。すなわち最初から、周囲の助けなんてのは期待するだけ無駄だった訳だ。元より自力で倒す以外に道はなかったことを悟ると、彼は自分の口から変な笑いが漏れるのを止めもしなくなった。
死屍累々の中で、まだ己の足で立っている隊員は、殆ど恐慌状態に陥っている。健気にも彼等の仲魔が奮戦しているようだが、当の契約者達があの様子では、すぐにそこらに沢山転がっている死体の仲間入りを果たすことになるであろう。これが中々にグロテスクで、ヘルメットの上から顎を砕かれ変形した顔面が、見開かれるでもない普通の目を覗かせるのが恐ろしかった。
対して敵の残りは二十体。しかも残党隊員をなめ腐って元気に練り歩いている。どいつも怪我らしい怪我もしていない。単純に考えれば今さっきの攻防をあと二十回繰り返せばこの辺りも平和になるという寸法だ。刀と左腕が最低でも二十本はおじゃんになる計算だが、大丈夫。足りる足りる。
「はぁー……楽勝だね……!」
エツリはオニの死体を転がし、面に付いた血やら肉片やらを無造作に払い捨てると、プラスチックのおもちゃよりはまだ心強い、折れたナマクラを順手に握り直した。
・救世使徒連
下位の天使と人間によるメシア教の下部組織。といっても構成人数としては最多。地上における実働部隊としての側面が強く、異教徒、敵対者の改宗あるいは殲滅を目的に行動している。メシア教内部では最大規模の実働部隊であり、メシア教の実質的、武力的権力。大天使オファニエルの統括による。
・悪魔討伐隊
荒廃した東京において悪魔と天使双方に対抗する組織。各地下居住区毎に支部があり、それぞれの地下空間と周辺を守護する役割を持つ。本部は東京駅にあり、複数の強力な悪魔によって守護されている。支部同士は基本的に協力関係にあるが、仲がいいかどうかは別。隊服が決まっており、黒っぽい迷彩服(前身組織の軍用品)を纏っている。隊員が何らかの理由によって死亡し、その隊服が剥ぎ取られた場合にも、秘密の判別方法が存在するらしい。荒廃した東京では、救世使徒連の次に秩序的であると言える。
隊長の被ってる奇妙なヘルメットはブラックデモニカです。各地域の隊長に専用装備として配られてます。まぁ悪魔討伐隊だからね。