赤クソ(ガイア)と白クソ(メシア)とクソ(他)   作:イリノイ州の陰キャ

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前回のあらすじがなーんも思いつかん。まぁずっとスベリ倒してたしいいか……。




〝あえて〟のネーミング(あえて!!!)←これ重要

 

 浅草で負傷者を保護して翌日。エツリは引き続きの調査任務に務めている最中だった。人員をローテーションさせる形式で上野の死角をしらみ潰しにしており、下手人が捕まるのも時間の問題だ、などという話が、上野駅の地下ではそこらから聞ける。作戦に参加している本人からすると、ネガティブなことは言えない。隊の情報を漏らしてならないとかそういう基本的なルールのために。

 むしろこれだけの人数を割いてまだ見つからない殺人鬼の隠遁の上手さを褒め称えたい気分だった。実際に遭遇すれば最大限の罵声を浴びせるか、一目散に逃げて報告するくらいしかできないだろうが。

 

「ふわぁ…………」

 

 昨日と変わらず浅草周辺の調査だ。ただ前回とはその様相がはっきりと違う。というのも、殺人鬼の仕業と思わしき負傷者をエツリが保護したからであった。こちらにも充分な捜索の手を回すべきだという結論に落ち着き、エツリ一人であった警邏は、現在五人に増えている。

 隊員達は殺人鬼を誘き寄せる囮としての意味合いもあるので、団体ではなく個人で浅草の周辺を歩き回るようにしていた。直接囮になれ、と誰かに言われた訳ではないが、実質的にそういうことだ。

 

『なんか嫌な雰囲気だなぁ……』

 

 東に五重塔を見上げながら、大通りの真ん中を練り歩く。シルフが嫌ったのは、半壊した店並みがどれも飲み屋であることだった。めぼしい酒類は粗方持ち出されたであろうが、オープンテラスなどと言えば聞こえのいい開けっぱなしの店には、放置された危なげな色の酒瓶や潰れた缶が転がっていた。そのせいで若干酒気が漂っているような気がする。

 

「酒、嫌い?」

『別に……飲んでる人は嫌い』

 

 彼女の心情として、酒で正気を失った姿を人前に晒そうという者の気がしれない、というものがあるらしい。中には気が大きくなったり、乱暴になる者がいるのが気に入らないのであろう。

 酒類には一切興味を示してこなかったエツリではあるが、ここまでこれ見よがしに飲み屋が並んでいると、少しは関心が湧いてくる。そうしてあくびを忘れるほど辺りを見回す彼の様子を見て、シルフの目が怪訝そうに細まった。

 

『飲もうとしてる?』

「してないしてない。あんな放置されたの……」

『そうじゃなきゃ飲みたいってこと?』

「深読みだって……」

 

 エツリよりも年若い、というかもはや幼い少女が、普通に酒を飲んでいる姿を稀に見かける。通常の酒は高価なので、素人が造成した出所の怪しいものだが、娯楽の少ない地下の住人達は喜んでこれを飲む。

 悪魔への恐怖心が拭えない隊員やハンターも、酒を景気付けにすることがよくある。そういう奴に限って悪魔に狙われ、無惨に殺される。というのも、酒で正常な判断ができなくなったり、感情が増幅されることで生体マグネタイトが多量に揮発するようだ。

 自分から悪魔に狙われる理由を作りたいなどとは微塵も思っていないエツリは、同様に酒を飲みたいという欲求もまた皆無であった。良からぬことを考えていそうな先輩隊員に飲まされそうになったことはあるが、隊長が上野に帰還していたこともあって難を逃れた。それ以来酒も、それを勧めてくる者も避けるようになった。前後不覚のうちに金品を盗まれたり、一部の好事家のコレクションにされるのはごめんだから。

 

「大体、酒なんか買う金は……聞いてる?」

『しっ……!』

 

 途端にシルフが姿を消すので、何事かと思い周囲を警戒してみると、確かに自分達以外の気配があることに気が付いた。酒気に紛れる人の脂のような匂い。

 鞘を掴みながら、歩幅を狭めて足音を消す。エツリの肩は不自然なほどに上下して、シルフの意図しない風に当たることを嫌がっていた。面越しでも足下の瓦礫は感覚で避けられる。東京で生き残る者ほど音を躊躇い、音を消す術を覚えていく。エツリも隊員として最低限は、野生動物の真似事のようなことができるようになっていた。

 大事をとって姿を消したシルフが少し前を先行し、風を自在に操ってエツリに方角を示す。彼は曲がり角の手前にある出店の影に屈んで身を潜め、先の様子を窺った。

 

『きもっ…………』

「えッ……!?」

『あっ、違う。君じゃなくて、アレ』

「あ、あぁ……」

 

 一瞬シルフに罵倒されたのかと思って、面越しでも解るくらいショックを受けたエツリであったが、誤解だということを知り胸を撫で下ろす。彼女が指差しているのは、崩落した居酒屋の中を家探しする一人の男であった。

 

『格好も汚いし……』

「ほんとだ」

 

 エツリにも、なぜ彼女が突然辛辣な言葉を漏らしたのか、理由がすぐに解った。何の汚れかも解らないような汚さの瓶を躊躇うことなく素手で掴み、底の方が固形化している酒瓶に直接口をつけて中身を飲んでいた。たまに下の方の澱が舞い、どどめ色の液体と一緒に口に入ってくるのにも、何らの抵抗もないようであった。

 彼女が指摘した通り、着ている服も中々酷い。もはや何も着ない方がマシなんじゃないかというボロボロのジャンパーに、討伐隊員のものとは違う砂漠色の迷彩パンツ。背負っているリュックは穴あきで、中の荷物が少し覗いてしまっていた。

 衣食住とか考えてる余裕のない東京民であるが、それでも最低限は格好を取り繕う。せめて荷物を落とさないように鞄の穴を繕って塞ぐだとか、目に見える泥を払うくらいのことはしてもいいはずだ。

 

「くっ、くっひひひひっひひひっ……」

 

 不気味な笑い声を響かせながら、千鳥足で往来を闊歩している。その腰には不釣り合いなほど強烈な迫力を放つ直剣が、革紐の間から刀身を煌めかせた。悪趣味なまでに美しい鋼の伸びは、残酷さをも包括する一種の芸術であった。あの飲んだくれには宝の持ち腐れではなかろうか、と、エツリは訝しむ。

 

「う、くっ……うぃぃ…………」

 

 まるで催眠にでもかかっているかのような表情で、笑顔と苦悶を繰り返す男は、時折口許を押さえて吐き気を我慢したかと思うと、酒で胃の中身を押し戻そうとでも言わんばかりに瓶を煽り、またあの怪しげな笑みを浮かべる。

 

『正気じゃないよあの人』

「酒のせいじゃなくて?」

『酔ってるからって、あんな風になる?』

「どうかな……」

 

 酒に酔う感覚を知らないエツリは、微妙な返答をするしかなかった。確かに男の様子は尋常ではない。ただ今のところは、人を襲うだとか、許可していない場所で遺物を漁るだとかはしていない。今発見したばかりなので何とも言えないが、何もしていない人物を拘束する訳にもいかない。

 

「そこでぇ〜……己れは言ってやったのさ……それは闘牛と〝塔、ギュウギュウ〟をかけた高度なジョークだッ…………てねッ!!!」

 

 薄ら聞こえてきた一人言は、まるで誰かに話しかけているかのようだった。内容も全く意図が伝わらない謎かけもどきのようなものだし、そのせいでシルフの表情がますます引きつる。

 

『もういいでしょ。拘束して隊に引き渡しちゃおうよ』

「ま、まぁ、うーん……」

 

 エツリも若干揺れてきた。もういいんじゃないかな……なんて刀に伸びそうになる手を理性で制する。

 

「注意だけして――――ッ!?」

 

 真上からの突風がエツリを無理やり押し倒し、彼は抵抗もできないまま、べちゃりと地面に顔から崩れた。彼の頭上を魔法弾が飛び、背後で派手な爆発音がした。振り返ってみると、半壊ながら原型は保っていたはずの飲み屋が、汚れた木片の山と化していた。

 

「何ッ……!?」

 

 立ちあがろうとしながら視線を戻すと、先程まで酒に夢中だった男が、光の発散した胡乱な目で見下ろしていた。

 

「己れに……隠し事は通用しない。貴様が精霊の主だな」

 

 シルフは風を振るってエツリを助けた瞬間に、同時に姿を消していた。それなのにこの男は、エツリが何かを言う前に彼女の存在に気が付いた。

 

「お前……!」

 

 正体を看破された以上、今更隠れる必要もないと思ったのか、シルフは姿を隠すのをやめ、警戒を露わにする。あれだけ酒を食らっていた男の表情からは、酒気が全く失せていた。

 男の指が剣の柄にかかるように見えた時、エツリの全身から怒りを由来とする多量の生体マグネタイトが放出される。魔力の突出は身体を経由して刀や足に集まり、心許ない光を蜃気楼のように弄び始めた。

 

「くくっ…………案ずるな、戯れだ。己れはこの後に大役を控えている。余計なことをして予定に支障をきたす訳にはいかないからね」

「誰だ…………!!」

 

 鞘を滑る刃に熱が乗る。単なる暴漢にしては、今の魔法弾の威力は桁違いだった。ここでこの男が暴れ始めたら、崩落の工合がそこまで酷くない浅草の寺院にまで影響が及ぶかもしれない。調査が及んでいない霊的な物品まで破壊されてしまう恐れがある。引く訳にはいかなかった。

 

「ん? この己れを知らない? 冗談はやめないか……挑発のつもりか?」

「は……?」

「う、んん。嘘ではないか。いやしかし……」

 

 怪訝な表情をするエツリを窺うと、男は非常に屈辱を感じているかのような、かと思えば何か深い思案に囚われているかのような表情を見せ、腕を組んで唸り始めた。

 

「い、いやそうか。では仕方ないな……」

 

 一人で渋々納得したような様子を見せると、男は何度も頷いてはその度に調子を取り戻し、ついには酒を飲んでいた時のようなだらしない笑顔で得意げに腕を組んだ。

 

「ん゛、んん゛!! 一度しか言わないからしかと聞けよ。この私は何を隠そう、あの人外ハンタートーナメント本戦常連! 殺しても死なないと評判のナイスガイッ!!」

 

 言葉の節々で都度、エツリがしっかりと自身を見ているかを確認しながら、次々とポージングを変えてアピールする。激しい動きの度に腰紐にかけたライトと刀がかちゃかちゃ音を立てている。その上後ろにデカいリュックを背負っている癖に、男の動きは機敏だった。

 

「そう、人呼んで、イモータル・ユルゲン……」

 

 

 …………。

 

 

「い、イモ……」

『壊滅的なセンスね……』

 

 不定期だが、何かと理由を付けて開催される人外ハンタートーナメント。噂では出場者の六割が死亡するとかいう物騒な大会だ。その常連であるという話が本当であるなら、今のふざけた自己紹介は、人を油断させて欺くために道化を演じているのかもしれない。しかしそうであれば、わざわざ警戒させるような情報を自ら開示する理由も解らなかった。

 イモー……何某は、当人が命名したのではなく、トーナメントの実況席が大会を盛り上げるために付けた通り名だろうか。ただそれを通り名として自ら使っている辺り、本人のセンスにも疑問が残る。

 いや、本人が満足しているなら言うことはないのだが……。

 

「何のつもりだ……?」

「いやなに、他意はない。精霊を使役している者の顔を、拝んでみたくなったまでよ」

 

(ふざけやがって……)

 

 最初に警告もなく攻撃を仕掛けてきた時点で、この男……ユルゲンの言うことは全て信用に値しない。最近は少し弛んでいて、東京がどういう場所なのかを忘れそうになっていた。身により近い者を危ぶみ恐れよ。仲間内でよく言われる言葉だ。それが結局、互いを裏切った時の罪悪感を誤魔化すための予防線に他ならないとしても。

 

「――――無粋な」

 

 ユルゲンの手から電撃が放たれる。エツリは反射で刀を抜いて三点防御の構えを取ったが、電撃は金属である刀に興味も示さず、先ほどユルゲン自ら破壊した飲み屋の瓦礫に突き刺さった。

 

『アアゥ、オオ……』

 

 カビが生えているかのような青緑の肌を持つ人面の獣が、瓦礫の下で苦しんでいた。その胴はたった今の電撃と、その前のエツリに向けられて放たれたものと思っていた魔法弾のダメージ、そして瓦礫の下敷きとなったことによって、ボロボロに傷ついていた。

 

「マンティコア……!?」

 

 悪魔は憎々しげにユルゲンを睨みつけながら、苦しみに我を忘れて絶叫すると、だらしなく舌を垂らして生き絶えた。

 ユルゲンは訝しげな目で遺骸を見つめていた。その目は生命が失われることへの悲しみや、敵への怒りを語ってはいなかった。

 

「不可解だとは思わんか?」

 

 わざとらしい笑顔を止めたユルゲンの問いかけに、エツリも思案げに頭を揺らした。マンティコアは普段なら中央区の方、銀座エリアで見られる悪魔だ。先日のヨーウィーといい、最近は上野外で見られる(上野エリアの悪魔と比較したら)強力な悪魔が流入している節がある。各方の中継地としての役割をも持ち合わせるエリアだ。人の行き交いに紛れて……ということもあり得なくはないが、流石に違和感がある。

 ただ、それをユルゲンの方から指摘してくるのが不可解だった。まるで何か一定の答えを期待して待っているかのような、あるいは彼にとっての利益を誘導するような物言いに、エツリは面の内で目を細めた。

 

「…………事情通だね」

「勘繰るな。己れはビジネスだ」

 

 そう言うと、彼は懐から円錐状の透明なケースを取り出して、中にあるカラフルな錠剤の一つを飲んだ。

 

(…………!!)

 

 鬼面の下でエツリの目が大きく見開かれた。錠剤が食道を通過し、胃袋に落ちたと思わしき瞬間、ユルゲンを取り巻く生体マグネタイトの動きが一変したのだ。

 余剰分は大気に発散されるべきな生体マグネタイトが、ユルゲンの身体に不自然に滞留していた。通常のマグネタイトの動きでは、魔法や、あるいはメシアが使う白龍撃のような特殊な技を用いる場合にのみ強く反応を示し、それ以外では体表に薄く膜を引く程度のものである。しかし彼は酒のせいとは思えないほど大量にマグネタイトを発出しており、しかもそれが揮発しない。

 

「あぁ、こいつは〝ラムネ〟だ。流行っているようでね。身を以て確認しようという試みさ」

 

(ラムネ…………?)

 

 巷間によく知られる酸味料が加えられた錠菓……ではないだろう。そもそも乾式の固形ラムネすら大半は容器がカビたりしていてまともな食用に耐えない。またこういった嗜好品が新たに製造されている、というのも考え難い。ただでさえ食料供給が追いついていないのに、菓子の類を製造できるような開発の余力はどこにもないはずだ。

 

「その〝ラムネ〟が何?」

「んん……いや、己れとしても本意とは言えん話だ……」

 

 エツリの威嚇などは歯牙にもかけていなかったが、それはそれとして弁解する気持ちはあった様子だった。

 どうみても討伐隊が取り扱いを許可している薬物ではない。押収するべきだが、この男に実力では敵わないということが既に判明している、というのが拙かった。二の足を踏む彼の歯噛みの音が聞こえたのか、ユルゲンは憮然とした表情で手を広げ、肩を持ち上げた。

 

「こちらも仕事なのでね、それなりに秘密はある。何でも聞けば教えてもらえるとは思わないことだ」

「そいつがあんたの言い訳ね」

「己れは卑怯者ではない。誓ってこれは単なる調査だ。酒は……許せ。数少ない楽しみなんだ」

 

 しばしの沈黙。エツリもユルゲンも、刀からは手が離れていた。ただ相互に凝視するだけの時間が続き、ユルゲンが錠剤を懐にしまう様子を見守ると、エツリが深いため息を吐いた。

 

「……預けておく。借りにしたくない」

「殊勝な……いや、ならば厚意に甘えておこう」

 

 小さな悪魔ならまだしも、マンティコアの遺骸はかなり幅をとる。腐肉に別の悪魔が寄ってこないうちに、さっさと何とかしておかねばならない。しかし処理などしているうちに、ユルゲンには逃げられてしまうだろう……エツリはそういうことにしておいた。

 

 

 

 理由を考えれば全く喜べないが、相変わらず上野は活気付いている。普段は椅子の上でふんぞり返っている武器商人が、散々温めたその寝ぐらを出て、機嫌良く協会へと歩いていくところをすれ違った。誰も彼も金回りがいいようだ。良過ぎる気もする。

 討伐隊は今日も警備。地下街内部の巡回をして、小競り合いを諌め(というか武力で黙らせ)たり、いかがわしい商売を咎め(というかそれを脅してショバ代を巻き上げ)たりするだけの仕事だ。真面目にやる者はいない。エツリと同じく警備についていたもう一人の隊員は、特に最近は路銀に厳しいようで、相当やる気だった。そういう訳でエツリはプラットフォームに降り、やる気な人に任せてサボることにしていた。

 

『あー!! 思い出してもムカつく! 何あの態度! 助けてもらった癖にさぁ!』

 

 シルフは荒れていた。というのも、先日の駅に帰還した時の出来事まで遡る。

 エツリが先日救命措置をして、何とか息を吹き返したあの男。よりによってあの男がエツリに対してスリをしかけようとしてきたのだ。しかも既に上野内で仲間を作っており、助けたその男が「礼がしたい」と言ってエツリの気を引いて、もう一人が荷物を盗む、という算段である様子だった。驚くべきはその手際で、どうやら慣れている。

 瞬時にシルフが風の守りで背後に迫るスリを追い払ったおかげで、何とか未遂で済ますことができたが、エツリが助けた男は悪態を浴びせてくると、道に痰を吐いて消えて行った。それが相当彼女の琴線を揺らしたようだ。

 

『何なのアイツ!? あれが命の恩人にする仕打ち!? バカみたい! 人間なんて信用ならないわ……あんな奴死んじゃ――――』

 

 シルフはそこまで言って、冷静さを取り戻した。決して男を許したとか、慈悲の心がどうこうというのではなく、エツリに当たり散らしてもどうにもならないと結論付けたためであった。

 

『――別に、君を責めてる訳じゃないわ』

「解ってる。優しいね」

『……言ってろ』

 

 照れ隠しでそっぽを向いたシルフに向かって、エツリは微笑んだ。自分のために怒ってくれる誰かがいると、心が軽くなる。

 ただ、心配事は他にもあった。心配というよりは懸念が正しいか。

 

「あの人が持ってたアレ。ユルゲンの言ってた……」

『〝ラムネ〟でしょ? そうに違いないわ』

「どうかな……違う方が嬉しいけど」

 

 スリの男達の手には、ジッパー付きの小さなビニール袋が握られていた。中には淡色のカラフルな錠剤が入っており、昨日ユルゲンが飲んでいたものに酷似していた。

 ユルゲンがどう関わっているのか、すなわち薬を捌きたい方なのか、撲滅したい方なのか、あるいは単なる中立かは知らないが、既に上野で出回りつつあるというのは問題だ。何が問題かと言えば、その効果にある。

 あれほど強い生体マグネタイトの反応を出し続ければ、悪魔にとってはいい餌だ。何ならそれを狙っている可能性すらある。上野で生体マグネタイトを大量放出させ、人々を悪魔に襲わせようというような……。

 

『どちらにせよ、変な薬が出回ってることは、帰ってすぐに隊長さんに報告した訳だしね……』

「そうするしかない。門外漢だし」

 

 そうは言いつつも、エツリの手には例の〝ラムネ〟が握られていた。咄嗟にスリ返してやった、二人組の持ち物だ。

 

「…………」

『試すとか言わないでよ』

「まさか」

 

 単なる麻薬ではない。生体マグネタイトに干渉している時点で、製造段階で確実に何か魔術的な工程が含まれている。エツリやシルフの目を以てしても、錠剤を直接目視した程度では詳細は解らないが、何らかの魔術の痕跡は、薄らと、非常に薄らとだが見受けられた。

 

『フリとかじゃないよ』

 

 まるで何でも口に入れたがる子供を相手にするような態度で、シルフは何度も言い含めてきた。これ以上何が言われるのも嫌だったので、エツリは素直に錠剤を懐に収め、後で押収物として隊に渡すことにした。

 

『気を付けてよね、最近色々おかしいし』

 

 大量殺人に、上野には珍しい悪魔の連続、そして討伐隊が認可していない麻薬……いっぺんに色々な問題が降りかかってきた。これが全て単なる偶然の引き合わせとは到底思えない。

 というのはエツリが言うまでもなく、討伐隊員なら誰もが気付いていることであろう。特に隊長はこのところ余計に忙しそうにしている。上野の防備が手厚くなったのはいいものの、他のエリアが手薄になっては本末転倒だ。さっさと殺人の首謀者を引っ張り出さないといけないが、そのために人員をどう捌くか、というのが当面の悩みらしい。

 

『エツリ……!』

 

 暫くはこんな日々が続きそうだ、などと考えていると、カツカツとプラットフォームの階段を降りてくる音が聞こえてきた。シルフの警告で気が付いたが、たった今この瞬間まで気配すら感じなかった。隠遁の術に理解のある者で、そして恐らく上野に慣れている者ではない。

 

「誰だ…………!?」

 

 上野に慣れている者ではないと断定するのは、上野に長く住む者なら、上の方がずっと居心地がいいことを知っているからだ。ここを寝床にするのはエツリだけ。そしてこんな場所に降りてくるのは、一部の討伐隊員と隊長だけだが、このクソ忙しい時期に後者はあり得ない。前者だとしても、完全には降りてこず、途中まで降りてきて大声で用件だけ言うと帰っていく。つまり、普段はここまで降りてこないような者がすぐそこまで来ているということだ。

 

『気を付けて、よ、ねッ……!!』

 

 めちゃくちゃ念押ししてくるシルフを何度も手で制して、エツリは床に置いていた面を付け直した。雑嚢まで拾っている暇はなく、何とか刀だけを取り戻すと、こめかみに流れる汗を袖で拭った。相当な実力者だ。ここまね気配が解らなかったこともそうだが、気付いた瞬間に彼我の戦力差がはっきりするほどの存在感があった。

 

「姿を見せろ!!」

 

 階段の半ばで止まっている気配に、エツリは大声で威嚇した。すると、先ほどと変わらないリズムで足音がまた響き始め、足の方から姿が見えてきた。エツリの威嚇はやはりと言うべきか、効いていないようだ。そもそも彼の威圧が通じた相手の方が少ないが、とにかく全く気にしていない様子であった。

 

「やっ。驚いた?」

 

 降りてきた人物は女性だった。特徴的な赤毛に、軍服と軍刀、そしてあの薄い微笑み。

 

「M、さん……!?」

 

 彼女はイタズラが成功した子供のように笑い、気やすい雰囲気で片手をひらひらと振って挨拶してきた。

 見知った顔であると解ると、エツリはどっかりと腰から崩れ、思いきりため息を吐いた。最近は気の緩めない瞬間が続いていたので、急に疲れが襲ってきたのだった。

 

 





・ユルゲン
 6話くらいに登場したエツリを追っていた男。異名の候補にはイモータル・ユルゲンの他に、イリーガル、インモラル、インファーナルなどがあった。本人は全部かっこいいと思ってる。

・銃撃属性
 一部の例外を除いて、悪魔に銃器の類は通用しない。銃撃で有効な攻撃がしたい場合は、基本的には悪魔からスキルを教わるか、銃の方に魔力を包含させる特殊な機構を搭載させる必要がある。


 ちょっと悪魔から助けられたくらいで絆されちゃうエツリ君。かわいいね。っていうかこいつ精霊が仲魔にいるのバレすぎだろ。
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