赤クソ(ガイア)と白クソ(メシア)とクソ(他)   作:イリノイ州の陰キャ

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※念押しするようですが、本作品には違法薬物及びそれに準じる医薬品、あるいは市販されている医薬品の濫用を推奨する意図はございません。




Hey SJW, why don't u think so too?

 

「おらッ!! ……硬ッ!?」

『反撃来るよ!!』

 

 攻撃の隙を狙って懐に潜り、足首を斬りつけてみるが、巨人にとっては引っ掻き傷にもならないようだ。シルフの警告に従い、グレンデルの拳を避けたまでは良かったものの、地面を擦るように撃ち出された打撃が礫を飛ばし、その一つがエツリの頭を掠めた。

 

「でっ……!」

 

 グレンデルとの戦闘は熾烈を極めていた。巨人はその文明を嘲笑うかのような風采に反して、一定の思考を備えている様子である。地団駄を踏んで周囲の人間を転ばせると、エツリなど無視して捕食にかかる。なんとかその兇手が伸びる前にザンで横入りして、敵視を戻すというのを繰り返していた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 直撃は最初の張り手のみとはいえ、度重なる攻撃によってエツリは多大に消耗していた。慣れないエツリの手腕では魔力の消耗が激しいので、風龍撃はもう使えない。頼みの綱はシルフだけだ。彼女の魔法攻撃はエツリのそれより数倍強力で、当たればどの部位であろうとグレンデルに傷を与え、怯ませられる。ただ彼と契約するシルフは他の個体と比べて生体マグネタイトの絶対量が少ない。それは契約が一方的で不完全なものだから、というのが理由だが、そんなことをとやかく考えている暇は、今はない。

 エツリが覚えておくべきは、彼女の魔法にも限りがある、ということだった。ここぞという瞬間に使わせなければ、相手を倒し切る前にリソースが尽きる。というか彼の方は尽きていると同然だった。

 

『血出てるよ。じっとして、治すわ』

「平気だ……温存してくれ」

 

 エツリは拙いディアの魔法で頭の怪我を治しながら立ち上がると、右手に生体マグネタイトを収束され、再度跳躍する準備を始めた。グレンデルの興味がまた市民に移る前に、攻撃を仕かけなければならない。

 衝撃魔法を推進力にするというアイデアは、昔読んだ漫画の見様見真似だった。風を武器に戦う〝コウコウセイ〟のお話。その漫画を見つけてきたのは同い年の子で、特に身だしなみにこだわる性格だったような覚えがあった。その子はいきなりやってきた奇妙な身なりの男達に金で買われて、今やどこぞで誰かの慰みものにされているか、あるいは死んでいるかだ。悪魔なんて存在が現実にいる世界で、むしろ人間の方が悪意の根深い存在なのではないかなどと思うと、この後に及んであの暴れ狂う巨人が滑稽に見えて、エツリは喉を打つように笑った。

 

『余計な考え事してる場合?』

「そうだね……行こう」

 

 様子のおかしいエツリを心配するシルフを尻目に、彼は左右に揺れながらグレンデルの重心位置を見定めると、巨人の予想外のタイミングを狙い、右手からザンを後方に撃ち出して一気に直進した。

 

『オォォーーー!!』

 

 即座に反応したグレンデルが拳を叩き下そうという瞬間に、ザンを地面に撃ち出して跳躍する。これまでに何度かおこない、またグレンデルのほうも対応を覚えつつある動きだが、彼はあえてそれを選んだ。

 

「食らえッ……」

 

 エツリは刀に手をかけながら体を大袈裟に捻って、空中で斬撃のための予備動作を見せつけた。丁度グレンデルの顔面の前で。

 顔は殆どの動物にとっての急所だ。いくら頑丈な巨人とはいえ、この至近距離で斬りつけられれば怪我はするし、目や鼻の穴に刀を突き刺され、その勢いで脳髄を狙われるかもしれない。それを巨人は理解していた。

 彼をはたき落とすため、グレンデルは思いきり手を上げた。顔に向かって近付くような跳び方をしている以上、このままの軌道で向かえば顔に張り付く前に落とされる。

 ただ、それもエツリの計算……というにはあまりになおざりだが、つまり狙いはそこにあった。

 

「ザンッ……!」

 

 エツリは空中で体を仰向けにし、前への慣性をできるだけ殺しながら、グレンデルの振り上げた手を目掛けてザンを撃ち放った。ザンは振り下ろされそうになる手のひらを弾き、一瞬だけタイミングを遅らせる。

 そしてこの瞬間、グレンデルの意識はエツリに釘付けであり、しかも片手は攻撃をすることで夢中になっているという絶好のチャンスだ。ザンの反動で地面に強く背を打ったエツリが、そのままグレンデルの手で叩き潰される前に、シルフは彼の意思を汲み取った。

 

『ザンマッ!!』

 

 ようやく、それらしいヒットを稼ぐことができた。初めてシルフのザンマがグレンデルの顔面を直撃し、巨人は頭を正面から殴られたかのように、エツリと同じような体勢で背を地面に打った。

 

『グォ……! グォ、フォッ、ハッ……!』

『エツリ! 無事!?』

「はっ、はぁっ、あぁ……はっ、はっ……」

 

 巨人でも構造は人間とあまり変わらないのか、ザンマによって強かに突き飛ばされたグレンデルは、背を打ったせいで横隔膜が一時的に麻痺して、息が吸えなくなっているようだった。出血した顔を押さえながらもがくグレンデルの足下で、エツリの方も背を打った衝撃で呼吸ができないことに喘ぎながら、なんとかシルフに手を向け、追撃しろ、と巨人を指差した。

 直前まで心配そうにしていた彼女は、はっと意識を巨人に戻し、再度攻撃を試みる。それは手で覆い切れていない顎の部分への追撃だった。

 

『もう一回、ザンマ…………!!』

 

 呼吸ができないことに加え、顔の中心部から遠い顎を撃たれ、グレンデルは酷いめまいを起こした様子であった。10秒ほどして呼吸が安心してくると、その巨体をなんとかうつ伏せの体勢にしてから四つん這いになり、その場で胃の内容物をぶちまけ出した。

 

『うわぁっ』

 

 内容物とは勿論、奴に食い殺されたニンゲン達だ。胃液を伴いながら、色々と〝連想〟できてしまう塊がボトボトと口から吐き出されるのを見て、シルフが表情を青くした。

 

「もっかい、同じことすりゃ……いける……!」

『気は進まないけどね……』

 

 何とか呼吸不全から回復したエツリは、グレンデルの攻撃や今の一連で蓄積した酷い打撲の痛みに苦しみながら、気丈に次の攻撃の算段を考え始めた。

 恐らくは、しばらく奴の気を引いていられる。グレンデルは内心腑が煮えたぎっているに違いない。エツリ達を始末するまでは他のものが何も目に入らなくなるくらいには。

 怒れば攻撃性は増すが、動きは単調になる。そうしている間に周りの奴等が全員逃げてくれれば、エツリとしても何とか逃げて応援を求める算段を考えてもいいのだが……。

 

(くそッ…………)

 

 怒り狂って掌底を叩き落としてくるグレンデルの攻撃を避けながら、エツリはのろまな中毒者共や、それを放っぽって自分だけ逃げる連中に苛立っていた。せめて奴等が全員いなくなってくれれば、周辺への流れ弾に気を使いながら動かなくても良くなるし、グレンデルの注目が逸れたりしなくなる。ただ、悪魔召喚プログラムも使えない市民にそこまでの判断力を期待するのも、土台無理な話であった。

 

(チャンス……!)

 

 掌底に体重をかけてしまったようで、グレンデルが手を引き戻すまでに時間があった。その瞬間を狙い、彼は刀の柄頭を胸に当てつつ、グレンデルの腕に突進して突きを試みた。奴の硬い皮膚でも、こうして固定しながら全体重をかければ、もしかすれば貫けるこもしれない。風龍撃ですら表面の皮を斬りつけるのが精一杯だったので、望みは薄いが。

 

「ぐっ……!」

 

 案の定、と言うべきか。ガツッ、という凡そ生物の肌から発せられるものとは思えない音が刀を弾き、グレンデルは手のひらを振る風圧でエツリを振り払う。

 

「やっ……!?」

『ダメ! 逃げてッ!!』

 

 シルフの警告は間に合わなかった。激怒しているグレンデルは先程よりもずっと俊敏で、エツリがまだ着地する前の、僅かに地面から浮いている一瞬を狙っていた。地面と平行な軌道で突き出された拳はエツリの全身を捉え、風船が破裂するような規格外の音を弾き出しながら、中途半端な防御を取る彼を殴り飛ばした。

 

「がッ…………」

 

 殴り飛ばされた瞬間に、何とか体を逸らそうとして、彼は鉄筋が露出した瓦礫に肩からぶつかり、鉄の棒が脇腹を刺し貫いた。

 

(マジか……)

 

 グレンデルは確かに顔から血を流し、目を片方瞑っている。それに奴は悪魔とはいえ、エツリより生体マグネタイトの感知力が低いはずだ。そこまで不利な条件を加味しても、今の正確さがラッキーパンチとは彼には思えなかった。

 倒れ込もうとする体が瓦礫に縫い付けられ、ずるずるとへたりながら何とかそれを引き抜くと、ズタズタの傷口から派手に出血し始める。

 

「かっ、は、ぁ…………」

『エツリ!!』

 

 ドロっとした血液の中に自ら倒れ込むような形で膝を突くと、彼はそのまま肩から寝転がった。酷い衝撃のせいで朦朧とする意識の中で、まるで他人事のように自らの体温が乱高下していく感覚を確かめていた。

 

『動かないで! 大丈夫、私が回復を……』

「や……め、ろ……」

『でも!』

「いい、から……!」

 

 彼はすぐさま回復しようとするシルフを、切れ切れになりながらも声で制止した。彼女の魔力を無駄に消費させる訳にはいかない。刀が弾かれる以上、グレンデルとかいう悪魔に今のところ有効なのは、魔法攻撃しかないのだ。風龍撃で薄皮が切れたのも、恐らくは斬撃が強化されたためではなく、その表層の風の魔力がダメージを与えていたからだろう。もっと早く気付くべきだった。

 エツリは込み上がって吐き出した血を面の隙間からだらだらと垂らしながら、横向きになって腹にディアをかけ始めた。また戦えるようになるまで回復させれば、魔力はもう本当にすっからかんだ。ザンを推進力にする方法も使えない。しかも彼の回復魔法の覚えでは、全ての怪我を治すどころか、かろうじて出血を止めるのが関の山だ。

 右腕が腫れ上がり、呼吸をする度に刺すような痛みが胸にある。アドレナリンのせいで感覚が鈍いが、どちらも折れているだろう。このままでは腕はともかく、あばらの痛みのせいで立ち上がってもまともに動けない。エツリは激痛に対する恐怖と対峙しながら、何とかこの窮地を脱するために動き始めた。

 

(あれを……)

 

 蠕動するエツリの様子に目を付けたグレンデルが、重い頭を揺らしながら彼を睨み付けた。とどめを刺しに来ると思って彼が身構えると、その横を旋風が過ぎ、グレンデルの視線が引っ張られていった。

 

『させないッ!!』

 

 追撃しようとするグレンデルの注意を引き付けてシルフが逃げ回る中、エツリは何とか左腕で這って進むと、そこらに放り出しておいた自分の雑嚢に手をかけ、その袋を解いた。覚束ない動きのために中身がこぼれ、必要のないものまでまろび出てくる。ただ今はそんなことに気を揉んでいる余裕はない。彼はその中から何とか必要なものを探し取り、小さな箱に入っていたアルミのチューブを一本取り出した。

 小指ほどの大きさのチューブには、側面に針が付いていた。彼はそれを分離させると、チューブの蓋を外して、代わりにその針を回し付けた。そして苦心して服の袖を捲ると、血管の位置にそれを刺して注入した。

 

「うぅ……あ゛っ……」

 

 使い終わったチューブを投げ捨てると、彼は痛み悶えながら寝返りを打ち、折れた右腕と脇腹の傷が上に来るようにして、閉じていない傷口に布を当てて押さえた。その痛みに喘ぎ、足をバタつかせながら、早く戦闘に復帰するべく回復魔法の行使を再開する。

 

「く、そ…………」

 

 薬が効くまでは時間がある。戦時中の支給品であるこれは、医療用のものに比べてより迅速に効果が発揮されるようにはなっているものの、打ってすぐ効くとかいうようなシロモノではない。グレンデルの目が片方効かない状態でよかった。そうでなければ、シルフの時間稼ぎにも限界があったであろう。

 これより更に効果の早いロリポップ形式のものもあるが、シレット式に比べてやや高価で、弱小討伐隊員が携帯するにはコストがかかり過ぎてしまうのだった。

 

(バカ、共が……!)

 

 エツリは痛みに悶えながら周囲を見渡し、内心で汚い言葉が出るのを抑えられなかった。クスリ漬けの廃人以外、いい加減周囲の人間はほぼ逃げ去っていったようだ。そのジャンキー共も、ここで無理に助けてもどうせ長くない連中だ。自身の意思で飯も食えないようになっては、生きているとは言えないだろう。当然そのような者を匿う余裕はどの地下街にもない。ただ、エツリだけはまだ諦めていなかった。彼は(実際に使ったことはないが)陽動用の爆竹を中毒者共の目の前に投げ、無理やり驚かせて退散させようとした。

 麻薬依存症に罹る者は多くの場合、強い光や大きな音をより強烈に感じ、嫌うようになる。だからこれなら効き目があるのではないかというのがエツリの思惑だった。確かに中毒者の中でも症状の軽い二人くらいはその音と光を恐れ、鈍重な千鳥足で逃げ去っていったが、まだ何人かは何かが起こったことすら認知していない様子である。このままではグレンデルの攻撃に巻き込まれる。早くカタを付けなければならないのに、体は言うことを聞かない。

 

『はぁっ……う、くっ……!』

 

 グレンデルの方もただ暴れるだけではなくくなってきた。シルフの羽を拳が掠め、彼女の飛行が一瞬覚束なくなる。エツリを守ろうとして、彼女までやられては本末転倒だ。彼は未だにフラフラほっつき歩いている浮浪者や、地面に寝そべって蟻を数えてる商売女を睨み付けながら、苛立ちの隠せない様子で体を仰向けに転がした。

 

「……ぁ、はぁ…………」

 

 仰向けの体に、頭からつま先までの血の量が均一になっていく過程で、彼はまるで臭いものに蓋がされる瞬間を見ているような気分になり始めていた。受容体にモヤがかかるかのように、エツリの中で感覚が縁遠いものになっていく。ようやく薬が効き始め、体をひねっても(実際のダメージなどは知らないが)あばらが痛まなくなってきた。彼はあばら骨が折れた者がしていいような動きではない方法で、つまり腰と背を捻ってうつ伏せになると、膝を立ててゆっくりと体勢を上げ始めた。

 

 

「ッ――――――!!」

 

 

 全身に知らない血液が流れ始めたような感覚が、痛みとせめぎ合う。まるで何かエツリの生命の進退に関して、相反する二者の意思が反発し合うかのように、彼の体の中には混乱そのものがつむじを描いていた。

 流れた血液を吸い上げるようにして、全てが傷口へと戻っていく。血は不純物のみを完璧に分別し、ヘモグロビンの赤だけを体に吸い取っていく。

 

「はぁっ……はぁ……!」

 

 四つん這いの状態から、面の中に血が吸われていく。これは口から吐き出した分だ。地面に付いていた血液が自分の体に戻っていく様子は、見ていて非常に気分が悪かった。呼吸を邪魔してくるのも煩わしくて、彼は何度も咳き込みながらかろうじて片足を立てる。

 鎮痛剤の効果も完全に行き渡り、いよいよエツリは立ち上がることができた。自身の体に何が起きているかなどは知らない。ただシルフにその手が届くまでに、戦いに戻ることができれば十分だった。

 

『まずっ……!』

 

 段々とシルフの動きに目が慣れて、グレンデルの攻撃が再度彼女を捉えようという瞬間に、エツリは彼女をプログラムに帰還させることで回避させてみせた。そしてすぐにその場で喚び出して、グレンデルの注目をこちらに向ける。

 

『え……君、怪我は?』

「わかんない」

『何それ……って、来るよ!』

 

 生存本能の為せる技か、グレンデルの動きがはっきりと、残像にも残らないほどにはっきりと見えた。シルフが大袈裟に避ける隣で、エツリはその場でしゃがみながら前進する。背後で壁が殴り壊される音を聞きながら、彼は頭上の腕に向かって刀を振り抜いた。

 

「やっ……ぱダメ?」

 

 刀が弾かれるなり、地面を滑って腕の下から出ると、そこを狙ってグレンデルの拳が振り落とされる。エツリは空中で横にした体を回転させながら、余裕を演出するかのように躱してみせると、着地しながら踵で地面を削り、刀を払いながら巨人を振り返った。

 

「これじゃ陽動にもならないな……」

『何のために私に温存させたの?』

「全くだね」

 

 彼等は目線が同じ高さになる位置で立ち止まり、血が入って開けられない目を押さえながら暴れるグレンデルを見上げた。高層の建物にその指が埋まり、ガリガリと削り取る様子は、映画のワンシーンのようであった。

 鏡のような小さな円盤から、かくも面白いものが見ることができるのかと、地下街の子供達は食い入るように見ていたものだ。エツリはその様子を後ろから冷ややかに眺めていた。映画がつまらなかったのもそうだが、戦いに加わらない子供達の輪に入るのは、プライドが邪魔して難しかったから。

 

『ちょっと、黒歴史思い出すのは後でね』

「なっ、いや……ホントになんで解るの? なんか、なんかこう……出てる? 脳波とか」

『そんなのも後』

 

 怖いくらい内心を言い当ててくるシルフに混乱するエツリの頭を、彼女は肩で小突いて冷静さを思い出させた。頭を振って戦闘に意識を戻すが、それはそれで気が遠くなる。見上げるほどの巨体を相手にするとなれば、恐怖が先立つのも当然だった。

 彼は弱気になる闘争心の首根っこを掴んで、何とか奮い立ってみせた。シルフの攻撃を確実に当てるためにも、機敏な動きで陽動を全うしなければならない。

 

「いけそうか?」

『大丈夫。多分ね』

「怖い怖い……!」

『君の真似。似てるでしょ』

「俺はそんなことっ……! 言うかも…………」

『冗談よ。当たりさえすれば、威力は保証する』

 

 怒り狂って腕を振り回す姿はそれなりにスペクタクルだが、巨人の動きそれ自体には精彩がない。エツリほど派手に出血している訳ではないが、頭部には少なくともダメージが残っているはずだ。気分を悪くして吐き戻すほどなのだから、先のシルフの魔法は大当たりであったようだ。

 

「作戦は……さっきとほぼ一緒!」

『また顔?』

「頭のてっぺん。あいつばっかり上から目線でいい加減うざいんだよね」

『ふーん……いいわ。君の代わりに拳骨お見舞いしておいてあげる』

 

 もう吐いて捨てるような胃の中身もないだろうが、彼等はもう一度巨人に同じ思いをしてもらうことにした。エツリが懐を開くように外に周り始めるのを見て、シルフは極めて自然な振るまいで空気と同化していく。グレンデルは瓦礫を掴んで、丁度彼等目掛けて投げようとしていたところであった。

 

『グブオォォーーーーー!!!』

 

 酷いフォームから投げられるコンクリの塊を、前方に飛び込むようにして避ける。投げ方こそ素人の様相だが、速度だけならプロ投手のそれだった。エツリの知識に野球なるもののルールについての知識は皆無に等しかったが、あの速度の球を投げられる者なら恐らく重宝されるだろう。

 

「ちゃんと狙え三流ピッチャー!!」

 

 うまいこと自身に視線が向いているのを感じると、彼は巨人から遠ざかるシルフとは反対の方向……つまり巨人の方へと、少し軌道をズラしながら走り出す。といっても巨人からすれば六歩か七歩程度の距離だが、巨人の視界の中にシルフがいないというのが重要だった。

 走るエツリに対して、更に瓦礫が投げ付けられる。先より縮まった距離から放たれる投球(投礫?)は更に切れ味を増し、逃げる人の形へと吸い込まれていく。

 

「よっ……!」

 

 地面を足から滑り、瓦礫を持ち前の身軽さで躱してみせると、突然その場に立ち止まり、今度は真横に開くようにして進行方向を変更した。

 

『ガァオォァーーーー!!』

 

 いよいよ拳が届く距離になって、グレンデルはその場に座り込みながら四肢を投げ出して暴れ出した。

 

(かわいい駄々っ子だな……!)

 

 内心で舌打ちを連発しながら、暴れまくる巨人の手足を避け続ける。グレンデルは幼稚な動きながら、その全てが何となくエツリの方へと向けられていた。すると当然体の向きも彼の方へと誘導されていく。

 

「そうだ! こっち向けウスノロ!」

 

 自らを奮い立たせる目的か、エツリはあえて汚い言葉を投げ付けてグレンデルを挑発した。この悪魔が人語を理解できないのか、あるいは人間を見下す目的であえて人類に理解する言葉を使わないのかは解らないが、とにかく大声を出していればそれだけでも注意を引けるはずだ。

 

『ゴアアァァーーーーー!!!』

 

 どうやら後者だったようだ。明らかに激昂の工合が激しくなった。彼はまた要らんことしちゃったか、と内心で焦りながら、シルフに余計な心配をさせないためにも死ぬ気で攻撃を避け続けた。

 

(そろそろだ……)

 

 いくら人智の外側にある悪魔と言えど、体力が真の意味で無尽蔵であるという訳ではない。アスファルトがめくれ上がるほどの大暴れをしたのだ。やがて疲弊して動きが鈍ってくる。

 

『フグォッ……ガァウゥーー…………』

 

 ましてやこいつは嘔吐や一時的な呼吸困難で大きく体力を消費している。こうしてスタミナ切れで隙ができるのは、半分はエツリの願望であったが、当然であるとも言える。

 息が切れて腕を下ろした巨人の動きに合わせ、跳ねて後退しながら様子を窺う、グレンデルは彼を追う意志らしきものこそ見せているものの、動作が追い付いていない。

 

(今ッ……! 今だッ………!!)

 

 エツリはそこで自分も立ち止まり、上空に向かってジェスチャーを繰り出した。そこには何もない。単なる暗い空が広がるのみであったが、エツリにだけはシルフの姿がはっきりと見えていた。

 彼女はグレンデルの頭上、真上に陣取っていた。魔法を当てる余裕さえあれば、彼女の風の扱いの正確さならば確実に有効な位置へと攻撃を加えることができる。

 有効な位置とはすなわち、グレンデルの意識を混濁させるに足る脳への衝撃が発生する位置だ。あそこから狙うには、脳天しかあり得ない。

 

(いけッ…………!!)

 

 

 

 

『――――マハザンマッ!!』

 

 

 

 

 辻風の束が吹き荒れ、グレンデルを上から叩き潰す。文字通り、叩き潰した。エツリの頭から首元ほどの全長しかないシルフから繰り出された衝撃魔法が、3mはある巨体を頭から薙ぎ倒し、地面にめり込ませた。

 その風の勢いは圧巻であった。グレンデルが投げつけてきた瓦礫や、はがれかけだったアスファルトまで巻き込んで吹き上げ、その陣旋風の中に地獄の様相を作り上げる。見事な操作によってエツリには小石一つ飛ばしてはこないが、もし人がその中に巻き込まれれば、ミンチがいいところだ。風の勢いで体が千切られ、あの大量の瓦礫の往来によって細切れにされてしまうだろう。そして今丁度、グレンデルにそれが直撃していた。

 

「おぉー……壮観……」

 

 エツリは未だに逃げようとしないジャンキー共を引っ張り、無理やり背を押し出して走らせながら、シルフの放った大技がまだ尚その効果をグレンデルにぶつけている様子を眺めていた。

 巨人は頭から流れる自らの血液の血溜まりに溺れている様子であった。暴風によって地面に強く押し込まれ、背は瓦礫や風の衝突のために複数の痛々しい殴打痕で青ずんでいた。それでもまだのたうちまわる気力が残っているようで、激しい地鳴りが鳴り響く。風は巨人の抵抗を許さず、というか抵抗する気も起きなくなるまで吹き続けた。体力が尽きて血溜まりから気泡が膨れ上がらなくなると、彼女はようやく攻めの手を休めた。

 暴風が収まり、頭上からシルフがひらひらと舞い降りてくる。久々の全力が堪えたのか、彼女はそのままエツリの肩に乗り、一仕事終えたという表情で羽を休ませ始めた。

 

『ふぃー……少しは運動になったわね』

「ありがとう。思ってた以上の結果だ」

『あら、今後はもっと評価するべきね』

 

 動かなくなった巨人の様子を探りながら、彼等は明らかに先程よりトーンを落ち着けていた。もう戦える力は残っていない。もし今の一撃で巨人をノックアウトしきれていなかったから、後は順番に、拳に殴り潰されるのを待つだけであっただろう。

 露骨にほっとした表情を見せるシルフを労い、エツリは慎重にグレンデルの様子を確認しながら、残りの中毒者共のケツを引っ叩いていく。どうせこの巨人の焼却処理だとか、こいつを召喚した奴を探すための調査で討伐隊が集まる。民間人の、それも前後不覚の輩に邪魔をされるのはごめんだった。

 

「さて……部隊に連絡――――」

 

 

 

 

『グォオオオーーーーー!!!!』

 

 

 

 

 あまりの声量に、エツリは両膝を突いて身を守った。耳を塞ぐのが間に合わなかった中毒者達は鼓膜が破れ、元々弱っていた三半規管に追撃されるようにしてその場にバタバタと倒れていく。

 

『ウソ……!?』

「まだ立つかよ……!」

 

 ここまで意識をはっきりさせ、襲ってくるものとは思えなかった。巨人は胸を広げて空に向かって絶叫し、はめ殺しの窓やアスファルトの下の荒れた土道をびりびりと震わせた。これほどの声量ならば、上野駅の方にも届いているかもしれない。というかそれを期待する程度には、彼等に術はなかった。

 

「マジか……もう打つ手ないぞ」

 

 シルフの方も今ので完全にガス欠だ。魔力を使い果たした彼等に攻撃手段はなく、また身を守り、癒す術もない。

 

「…………進退極まったか」

『え、何? エツ――――』

 

 彼はシルフを帰還させ、まるで未だ戦意が潰えていないかのように汗を拭った。勝ち目はない。自分より足の速い相手に逃げる方法などは思い付かないし、そもそもまだ逃げられていない奴が数人転がっている。

 覚悟を決めて、刀を引き抜いた。何度となく遭遇してきたような、ありふれた出来事だ。食料確保の討伐任務と何も変わらない。エツリは自分にそう言い聞かせると、薬のおかげで痛みを忘れた体に、代わりとして蛮勇を教えようとしていた。

 

「来いッ…………!!」

 

 彼はシルフを戻したこと、逃げずに留まったこと、刀を引き抜いたこと、全て後悔した。頭の中では情けない泣き声が他人事みたいに聞こえてくる。ただ、迫る拳が随分はっきりと見えるのが残酷だった。せめて一瞬であれば、余計な苦しみを自覚せずに済んだかもしれないのに。

 彼は面の下で目を瞑り、その時を待った。

 

 

「及第点ダナ。上野ノ隊員ノレベルデ言エバダガ」

 

 

 グレンデルの巨体が、いとも簡単に薙ぎ倒される。いくら弱っているとはいえ、物理的な攻撃をものともしないあの巨人に、一撃で背を付けさせるような芸当、上野の討伐隊員には不可能だ。隊長を除いて。

 突然飛び出してきた猛獣の悪魔がグレンデルに飛びかかるのを見た瞬間、エツリの膝から突然力が失われた。

 

「応援、か…………」

 

 彼は遂に体の支えを失い、吊り糸が切れた人形のように倒れ伏した。

 

 





・グレンデル
 邪鬼グレンデル。ベーオウルフ叙事詩一部に登場する人喰いの巨人。要塞か湿地に棲家があるとされ、夜毎に現れ、フローズガール王の臣を次々と殺害する。叙事詩中には「呪いによって戦の剣、鉄の剣より守られていた」(意訳)とある。エツリが散々苦戦した理由がこれ。

・鎮痛剤
 (日本の現行法では)発芽させちゃいけない植物の乳液を精製して作った使用しちゃいけないお薬。討伐隊が地下で可視光線を照射し、人工栽培したものを販売している。隊員には格安で販売あるいは配布されるが、大体の場合には裏がある。つまりモルヒ……モルヒ……モルモット! 隊員君達はモルモットなのだ。


 なんでエツリが一発で巨人の正体がグレンデルだと解ったかはそのうち明かします。
 マジで約束する。そろそろ何かしらで主人公強化するから。絶対。指切りする。〝ラムネ〟とMの周辺の話あと何話かだけだからホントに許して。
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