赤クソ(ガイア)と白クソ(メシア)とクソ(他)   作:イリノイ州の陰キャ

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 小説書いてる場合じゃねぇ! 読んでくれてる人ごめんホントにごめん先にメタファーやらせて。ちゃんと書くから。
 主人公の名前は「レム」にしました。ピンと来る人はすぐにピンと来たと思いますが、由来はスタニスワフ・レムです。幻想小説がモチーフのゲームの主人公が「レム」って皮肉が効いてる感じしませんかね? 俺は中二病を克服してないからよ。だからこんな小説書いちまうんだ。




双円錐の両端は時に暗い

 

 悪魔の痕跡を辿って南下するシルフを追いかけながら、エツリは内心冷や冷やだった。

 

(もうここ本部の縄張りだろ……)

 

 昏倒した二名の隊員をビルの中に寝かせる間、シルフはイラつきを隠せない様子でそれを見守っていた。エツリが二者を安全な場所まで運んだと見るや、もう我慢ならんという風に彼の背を風で押し、現在、悪魔の追跡を続行している。

 下手したら本部の隊と鉢合わせることになる。彼女ならその前に気配を察して姿をくらませられるだろうが、説明が面倒だ。悪魔を追ってこちらまで来たと言っても、聞く耳は持たないだろう。自分で見たもの以外を信用したりはしない。彼等との接触は応援の獲得ではなく、追跡の失敗を意味する。

 

『こっちよ』

 

 シルフは有無を言わさず彼を先導した。どちらにせよあの悪魔の足取りを掴まなければならない。でなければ連れ去られた隊員達は、あるいは永久に行方不明のままとなる。

 

「こっちよ……って、これ」

『え?』

 

 我を忘れていたシルフは、目の前が壁であることに気が付いていなかった。プライドを傷付けられた彼女はかなり勇んでいる。魔術的な異変にエツリが先に気付くのは珍しい。

 

『あ、あれ? 何これ……?』

「結界だ。しかも綺麗だな……」

 

 ここで言う壁というのは有体の、すなわち木とかコンクリでできた普通の壁を意味しない。異常に滞留した魔力によって空間に異常が発生しているのだ。

 厳密には、これは結界ではない。多くの場合には便宜上そう呼ぶが、魔力によって生み出された障壁というのがより適当だ。しかし、結界の一言で通じる意味を、一々魔力によって云々と垂れる者はいない。

 

『あ、ホントだ……』

 

 強大な悪魔の出現などで、建物が丸ごと異界と化す現象がままある。ここにも同様の魔力の動きが見られ、局地的な異界化が発生しているのだと推測できる。

 路地の入り口は結界によって塞がれていた。おそらくここがこの局地的異界の側面であり、この周辺には一つか二つ、異界に入るための入り口が通じているはずだ。

 

「入り口見つけられそう?」

『待って。探ってるわ……』

 

 自然発生する結界の形状は歪で、凹凸の激しいものになるが、この結界は非常に直線的であった。つまりこれは自然発生ではなく、意図して造られた異界であると考えられる。

 こうなると厄介だ。なぜなら目的があって造られた異界は、人の目を避けるための隠れ家として使われる場合が多く、必然的に出入り口は使用者にしか解らないように巧妙な隠蔽術を施される。これを見破るには生体マグネタイトが目視できるだけでは不十分だ。

 

「これ……見つからない訳だ」

『どいつもこいつも悪知恵ばっかり……!』

 

 もしグソインがこの異界を利用しているとすれば、隊員達はこの中に閉じ込められているはずだ。

 こんな場末にある小さな異界を発見するなどは至難の業だ。異界を見つけること自体が難しいことだったりする。大抵は誤って中に入ってしまってから気付くことの方が多い。エツリ達が見つけていなければ、グソインによる隊員の誘拐はもっと悲惨な話になっていたかもしれない。

 

『うう……ん。どこだろ……』

 

 とはいえ、まだ出入り口を見つけられていない状態だ。エツリは集中するシルフに代わって周囲の警戒を引き継ぐと、手足を振ったり軽く跳ねたりしながら適度に脱力し、警備と悪魔討伐の任務で疲れた体の緊張を解していた。休憩時間の半分はユルゲンとの楽しいお散歩に割かれてしまったので、オニとのたたかいを勘定して、これからグソインを発見できれば何だかんだで連戦となる。

 大半はシルフの魔力回復に充てているが、最悪魔石を使うことも考慮に入れていた。オニからかっぱらった分を含めても心許ないが、出し惜しみをして死ぬよりはいい。

 

 

 

「――――誰だ!!」

 

 

 

 突然路地に響いた声にビビって、エツリは間違えて懐で握っていた魔石を砕いてしまった。生体マグネタイトの粒子となって彼に吸収され、一つが無駄になる。

 路地の先の方から聞こえてきた声の主は、エツリと同じ討伐隊員のものだった。ただ装備があちらの方が充実していると一目でわかる。恐れていたことが起きてしまった。おそらく本部の隊員だろう。

 

「そこのお前!! 本部所属じゃないだろう!」

「やべっ……」

「武器と面を捨てろ!! 手を後ろに組んでそこに跪け!!」

『ごめっ、時間稼ぎしてッ……!』

 

 エツリはあからさまにうろたえながら後退が、背に隠れたシルフが小声で無茶を言うので、それ以上下がる訳にもいかなくなった。

 本部の隊員はもう武器に手をかけていた。討伐隊に支給される武器の中でも、唯一なんとか量産されている刀。年季が入っているとまでは言わないが、少なからず抜かれている様子であった。

 練度のほどは基礎的なことは抜きにして、所属するエリアで結構バラつきがある。ガイアとかメシアの拠点に近いエリアの隊員は戦闘能力が高い傾向にあって、それで言うと本部は上野よりだ。ただ本丸を守ってる隊ということでもあり、弱いという話は聞かない。暴力で抵抗などすれば、シルフを巻き込んで二人とも殺されるか、良くて無力化され捕縛される。無力化する方法に規定などないので、腕や足が一本どうなろうと、彼等は知ったこっちゃないだろう。

 

「あ、あー……怪しいもんじゃないです」

「黙れ!! 許可なく口を開くな!!」

 

 押し黙ったエツリは、飛び上がりそうな勢いで両手を上げ、交戦の意思がないことを必死にアピールした。所属が違うとはいえ、同じ組織の同僚と殺し合いなどしたくはないし、しかしあの悪魔を見逃す訳にはもっといかない。

 

『行けるよっ…………!』

 

 すんでのところで入り口を見つけたシルフが薄く実体を残した状態で、エツリにしか見えないように手招きをしている。警戒しながら近付いてくる本部隊員達をまぁまぁと宥めながら、エツリはじりじりと後退し、隊員達の両足が揃った瞬間を見極め、突然背を向けて走り出した。

 

「ゆ、許してちょ」

「は……? あッ……! 待てッ!!」

 

 路地を曲がり、衝撃魔法でゴミ山を倒し砂を巻き上げる。一瞬でも足を止められた本部隊員はエツリを見失ってしまった。まだ彼等の実質的な距離は10メートルも離れていないのに。

 というのも、彼等が既に結界の中にいるからだ。中に滑り込んだ時点でエツリ達の姿は物質界からは消え、またその入り口も普通にしていたのでは見つからない。

 

「はぁーっ……びっくりしたー……」

『危機一髪だね……』

「ありがと……」

 

 ただ、解ったことが二つある。どうやら彼等が既に本部の管轄内まで来てしまったということ。そして本部隊員である彼等の目を以てしても、この結界を見破れていないということだ。外から見ても精緻な形状、そして巧妙に隠されているという事実から、結界が作為的なものであることは間違いない。

 

「それにしても――――」

 

 膝に手をつき、肩で息をしていたエツリが顔を上げると、そこには絢爛な屋敷の内観が広がっていた。

 薄暗い屋敷は燭台の光に頼っており、壁は木製、床には赤いカーペットが敷かれ、どこを見ても暖色ばかりが映る。というか赤だ。赤を基調としているようで、部屋の照明が電気であったら目に眩しかったであろう。ふんだんに使われた攻撃色は、その薄暗さや絶妙な配置によって嫌味なく共存し、エツリ達に場違いな安心感をも感じさせるほどであった。

 

『真っ赤ね……』

「あの壺とかいくらすんだろ……てかやべっ、泥ついてる靴でカーペット踏んじゃったっ……」

『小市民……というかいいでしょ別に。あいつの逃げ先ってことは、ここ敵の拠地よ』

 

 敵の、という言葉で自らがどこにいるかを思い出したエツリは、息を整えながら気を引き締める。生体マグネタイトの色からしても強い悪魔の気配は感じないが、ここはアウェー。何が待ち受けているか解らない。

 彼等がいるのはどうやら階段ホールだ。後ろの結界の入り口は、見た目には大きな両扉に見える。入ってすぐ正面の左右から伸びる階段を上がると、屋敷入り口の直線上にあたる場所に、これまた大きな両扉がある。一階には普通の扉が四つ、シンメトリーに配置されており、今見えている選択肢は五つだ。

 とりあえず彼等は階段を上がり、一番それっぽい両扉から調べてみた。ここには鍵がかかっているようで、中に入れない。そんな風に扉をしらみ潰しに確認していって、開けることができたのは一つだけだった。

 

「お、お邪魔しまーす……?」

『だからいいんだってば』

 

 一々所在なさそうにするエツリの背を引っ叩くと、シルフは彼に先行して中に入っていってしまう。慌ててその後ろを追いかけ、階段ボールよりもさらに暗い部屋の中をぐるりと眺めてみた。

 暗いが、目が慣れてくるとその内装も少しずつ見えてくる。二十脚以上を伴う広い長椅子が二つ並んでおり、奥には何か調理用具が並んだスペースが見える。

 

「食堂……?」

『そうみたいね。こんなお屋敷に?』

 

 調理場が一体となっている上に、客人をもてなすにしては大雑把すぎる椅子の配置。後ろのホールと同じ屋敷とは到底思えない部屋の様子に、彼等は同時に首を傾げた。

 食堂にはさらにもう一つ扉があり、構造的に先程開けなかった別の部屋に通じているようだ。ここからは突然扉の質感も粗末なものにかわり、蝶番にいたっては錆びている。

 

「つーか、急に、何だこれ……」

 

 隣の部屋の扉に近付いた瞬間に、煎じた茶葉のような匂いが漂ってきた。しかも若干ミルキーと言うべきか、甘みを感じさせるような匂いも混じっている。嫌な甘さだ。食べ物なら食べた後に舌が白くなってしまうような砂糖過多の匂い。

 

『そういえば変な匂い……嫌いだな、私』

「あっ……あー、これアレだ」

『どれ?』

「大麻」

『どわぁー!!』

 

 シルフは大慌てで気流を操作すると、二人の周りからその匂いを祓い飛ばしてしまう。そういえば彼女がこの手の嗜好品を嫌っていることを忘れていた。タバコの吸い殻を目撃するだけでも顔をしかめるというのに。考えてみれば風に関係深い彼女が、このような不自然かつ不健全な空気を好む訳がなかった。

 息を荒くしながらその場の空気を完全に新しくすると、彼女はエツリの鼻先まで寄ってきて、彼の小鼻をペシっと叩いた。

 

『言うの遅いんだけどッ!!』

「わ、わり……別に俺もよく吸ってたとかじゃいから思い出せなくて……」

『もぉー! こういうのホント嫌い……! ちょっと吸っちゃった……』

 

 人外ハンター達の溜まり場などでたまに感じる匂いだ。あるいは地下街にある(エツリは利用していないが)討伐隊用の寝室区画などでも同様の匂いを感じる時がある。何ならたまに隊員に支給という形で色々と危なげな試作品が配られては、薬物中毒で昏倒する者が年に数人は出る。

 エツリも昔は先輩隊員に無理やり吸わされたこともあったが、今は貰った端から売って金に換えるようにしている。吸った直後はまだいいが、その後に最悪の気分が訪れる。隊員に出回るような葉っぱは全てものが悪いし、存在や吸っている人達自体には抵抗はなくとも、自分が吸うとなると、正直いい思い出はなかった。

 

「ご、ごめん」

『いいよ別に……はぁ。何でこんなお屋敷の中で大麻なんか……』

「何なんだろーね。グソインの趣味?」

『知らないわよ! というかそうだとすれば尚のことそのままにはしておけないわ。二度と新鮮な空気を吸えない体にしてやる……!』

 

 羽虫呼ばわりした上に、嫌いな空気を漂わせるグソインへの憎悪は、彼女に普段は言わないような言葉を吐かせた。もうグソインという文言を聞くだけで頭にクるようだ。

 

「つーかこの部屋でこんなに匂うんだから、隣の部屋はたった今正に……」

『…………そうね。君は扉を開いて。その瞬間中のもの全部吹っ飛ばしちゃうから』

 

 エツリは流石にそれは、と言いかけてやめた。よく考えなくても、別に敵の基地が荒れようが不利益はないし、むしろ彼等は荒らしにきているのだ。それにここまで明確に怒りを露わにしている彼女に口答えしたくなかった。ヒートアップさせるだけだ。

 

「じゃあ行くよ」

『えぇ。見てなさい……!』

 

 扉のノブに手をかけ、捻りながら前に押し出すと同時にノブを離し、扉から退く。シルフはエツリの後退を待たずして突風を生み出した。

 

 

『ザンマ』

 

 

 扉一枚分の口から木々をも踏み倒す強大な暴風が部屋を満たし、元の空気と共に中のものが逆流して食堂の方にまろび出てくる。案の定大量の乾燥大麻が舞い出てきて、エツリは髪の毛や服に付いたそれを取り除くのに苦労した。対してシルフは真正面から風を送っているのに、その葉の一片にも当たる様子はない。伊達に風の精霊ではないという訳か。

 中から飛び出てきたのは大麻だけではなかった。おおよそは大抵の民家にあるような雑貨だが、中には驚くべきものもあった。ものという表現は正しくなかったかもしれない。

 

「あっ、ぶねッ……人!? ちょ、シルフ! ストップ! 止めて!!」

『え!? 何!?』

「ストップ!! 風止めて!!」

 

 エツリが意識のないニンゲンを指差しながら大声で指示すると、彼女はようやく正気を取り戻し、エツリと同様に驚いた様子で近付いてきた。

 

『え、何、人? なんで?』

「頭打って気絶してる…………シルフ」

『わっ、私のせい!?』

「そうは言わないけど」

『解ったわよ! もう、言われなくても回復させるってば』

 

 バツが悪そうにしながら、シルフが触診で外傷や体力の消耗を確認し始める。その間にエツリはその人の持ち物や服装を確認することにした。といっても誰に用意されたか目に眩しい真っ赤な服で、しかも上下寝巻きのように同じ素材で揃っている。赤を見るだけでガイアの関係者を疑ってしまうが、彷彿とさせるのはむしろメシア、自由とはかけ離れた管理的な雰囲気であった。

 グソインの魔力がかかっているとはいえ、この人自体から邪気は感じられない。おそらく咄嗟のことで反応できず、風に突き飛ばされて頭を打った挙句、空気の流れに振り回されて部屋の外に振り飛ばされてしまったようだ。

 

『傷は大丈夫。脳内出血とかもしてないよ。ただこの人も、アイツに〝唆され〟てる』

「やっぱりね……」

 

 どうやらこの人物も、エツリや隊員達が受けたような〝囁き〟を聞いたようだ。すなわちグソインに操られていたのを、意識を失ったことで一時的にその支配下から逃れている状態と言うべきか。

 エツリは彼の寝姿をなるべく楽な体勢に整えてやると、念の為に後手に縛って、目を覚ましても暴れられないようにしておいた。グソインの支配下にあるとはいえ、それが単に意のままにするだけの術ならば、本人の力で縄を解いたり千切ったりは無理だ。そして予想に過ぎないが、グソインの支配は行動を操るのみで、その人の力を増幅させるようなことはできない。

 

『何で大麻なんか……やっぱりアイツが趣味で作ってるのかな……』

「あるいは、売り捌くため、とか」

 

 おそらく操ったニンゲンに色々と仕事を任せているのだろう。そしてこの人の仕事は製造した大麻の管理、といったところか。この量の大麻はどう考えても個人用ではない。魔術などを介して更に加工するのか、売り出して金を稼ぐか、というのがアタリだろう。

 

(ん? これ……)

 

 ここでエツリに一つの懸念が浮かんだ。クスリの話なら最近飛び切りの奴がある。あの〝ラムネ〟とかいう麻薬は、製造場所や捌きの親元どころか、仲介者に至るまでその存在を突き止められていない。捕縛できたのは精々末端か、購入した者までだ。

 懸念を漏らす前に前提を置くならば、〝ラムネ〟に大麻の成分は使われていないということには留意しておくべきだろう。それは使用者の反応を見ても明らかだった。おそらく覚せい剤に近い成分の錠剤に、後から魔図式を割り入れて製造している。だからこれは憶測でしかない。しかし一度考え始めると止まらなかった。

 それを念頭に踏まえた上でだ。例えばこんな邪推はどうだろう? 「ここは〝ラムネ〟を造るにも、造ったものを隠しておくのにも最適だな」という考えは、あながち頓珍漢という訳でもあるまい。

 

『とにかくアイツを見つけないと』

「あぁ……」

 

 グソインに〝唆されている〟者達は、おそらく意識を取り戻しても受け答えはできないだろう。口止めされているか、こちらを敵としか認識できないようにされているはずだ。どちらにせよ真実を知るには、あの悪魔を叩くしかない。

 エツリは縛った男を壁にもたれさせると、シルフが中身をすっかり吹き飛ばしてしまった部屋の方へと入った。

 

『うわっ』

「予想通りというべきか……」

 

 こちらは乾燥させた大麻を保管しておく場所のようだ。シルフの風によって、元々は整然と並んでいたであろう棚が乱雑に倒されている。

 そしてまた扉。この部屋に扉があるのはおかしいと、エツリにもすぐに解った。どうやら結界内は扉同士が素直な繋がり方をしていないらしい。扉をくぐる瞬間に変な気分になるのも、扉の出入り口が物理的には全くおかしい場所と繋がれているからだろう。

 それから、また幾つかの扉を抜け、道を戻りを繰り返し、大麻の栽培場のような場所まで辿り着いた。大麻には日光の代わりにLEDライトが当てられており、光源の多さのためか部屋自体が非常に明るい。

 

「ぅ、ぅ、ぅ……」

「ぁあ、あはぁ……は、はぁああ?」

 

 総勢六人くらいの男女が大麻を管理していた。中には討伐隊の隊服を着ている者も混じっている。この様子だと大麻の栽培場はここだけではなく、複数箇所あると見ていいだろう。でなければ拐われた人数と整合しない。

 

『ここにもいないね』

「操られてる人達が攻撃してこないのが幸いだったな……」

『でも、ずっとこんな風にしてたら、アイツの支配を解いても廃人になっちゃう』

 

 与えられた仕事に忠実過ぎると言うべきか、彼等はエツリ達を視認しても何の反応も示さなかった。この分だと記憶も怪しいかもしれない。特にここに長くいたであろう者は、その惚け具合も深刻であった。使っていない筋肉が衰えるように、思考を排した脳は機能を縮小させていく。彼等の今後の生活を考えるならば、早いことグソインを押さえないと拙いことになる。

 

「じゃあ次の部屋は――――」

 

 エツリがドアノブに手をかけた瞬間、そのノブごと彼の手をめがけて剣が振り下ろされた。

 

『危ないッ!!』

 

 シルフの風の防御が咄嗟に間に合って、エツリの指が切り落とされることはなかったが、二人は突然現れた敵から必要以上に距離を離し、冷えた肝を落ち着かせようとした。

 

「悪い……全然気付かなかった」

『私もよ……ダメ。グソインの気配が強過ぎてマグネタイトの流れが感知できない。見えてる距離までしか解らない……』

 

 相手が意図的に気配や生体マグネタイトを隠していない状況で、この距離まで接近に気が付けないというのは稀だ。襲ってきた男はどう見ても手練れとは言えない。曲がりなりにも隊員であるエツリよりも地力は低い。

 エツリの数少ない強みと言える〝生体マグネタイトが目視できる〟という能力は、ここでは無用の長物に等しい。結界内は完全にグソインの支配下に置かれているようで、エツリの視界には真っ赤な霧のようなものが立ちこめるだけで、それが全ての微細な生体マグネタイトの活動を隠している。

 シルフの方はエツリより生態が魔力に近い分、かろうじて視界以内のものは見分けられるようだが、いつも通りの鋭敏な反応は期待できないだろう。

 

『ごめんなさい……私がしっかり――――』

 

 不必要に責任を感じているらしい彼女の気落ちを制して、エツリは魔法を構えた。刀は抜かずに、腕だけに魔力を集中させる。

 

「むしろチャンスだ。アレを試してみよう」

『――――解った。援護するわ!』

 

 試す、という文言でシルフは持ち直し、敵の攻撃の届かない空中を経由しつつ、エツリの背後に回る。何かがあっても風の守りで彼の身体を守る陣形だ。

 それというのも、日暮里隊員に憑いたディブクを祓えず、その結果Mに殺害を許してしまったことを後悔していたエツリは、その辺をほっつき歩いていた、かわいい帽子を被った変な色のジャックフロストを捕まえ、こんな時のために新たなスキルを教えてもらっていた。

 

「退散しろッ!」

 

 エツリの身には心地よさすらある神聖な光が赤いマグネタイトが飽和する空間を突っ切り、光の矢となって男に命中する。

 習熟しきったザンの扱いほどは慣れておらず、発動するのに若干の溜めが必要なものの、これはれっきとした破魔属性の基本魔法であるハマだ。

 ハマは男に正面からぶつかるも、より悪性の強い堕天使の囁きへと矛先を向け、男には大した傷を付けることもなく、憑依した言霊だけを消していく。

 

「ぁ、うっ…………」

 

 正気に戻るや否や、休まずの体に一気に疲労感が襲ってきたのか、男はその場に崩れて眠り始めた。

 

『効いてるよ! よかった……高い授業料払ったもんね』

「言わないでくれ……」

 

 ハマを教えてもらうための対価は安くなかった。最近ようやく貯められるようになってきたエツリの財産ほとんどがその子に献上され(曰く、マスコットも慈善事業じゃないんだホ。身を以て世の中の厳しさを知るがいいホ。だそうだ)、しかも丸一日マスコットとしての宣伝活動とやらに、看板持ち兼荷物持ちとして付き合わされた。人気のほどは何とも言えないが、本人は満足そうであった。その上グッズまで買わされたエツリの懐は寂しいものだが、命には換えられない。

 

『私まで変なチラシ配りさせられたもん……妖精のみんな、全然興味なさそうだったけど』

 

 本当ならブフも教えてもらいたかったが、そちらはエツリ自身の氷結魔法のセンスが皆無だったので断念した。そもそもブフを教えてもらうには手持ちが足りなかった。

 

「巡回役を用意してるとはね……猿っぽい見た目なだけあって、気が回るな……」

『関係ある?』

 

 男は万一結界に招かれざる者が訪れた場合に始末する警備役だろう。おそらくだが、この人のような操られている警備役が、まだ複数にいると思っていい。

 

『ハマ、あと何回使えそう?』

「どうかな」

『ここの人達、みんな正気にできる……?』

 

 警備役以外の誘拐された人々全員にかけて回って、というのは無理だ。ザンやディアを一切使わず、ここから魔法はハマだけに専念してとしても、正気に戻せるのは半数がやっとだろう。

 そして当然、道中で遭遇する警備役は今の一人では効かないはずだ。彼等と戦いつつとなれば、半数も助けられない。その上グソインとの戦闘にも備えておく必要がある。そう考えると、道中で使っていい回数は精々4から5回。

 

「元凶をシメたほうが早いな……」

 

 グソインを倒せば支配も失われる。この人数を意のままに操れるのは、十中八九結界による生体マグネタイトの滞留のおかげだ。奴を倒して結界を解けば、自ずと支配の継続に必要な生体マグネタイトが枯渇し、彼等も目を覚ますはずだ。

 エツリは心配げなシルフを気遣いながら、次の扉を開けた。

 

 

 

『ガルルルルルルッ!!』

 

 最奥、扉に縦文字で「ここにはいません」と書かれていた部屋だ。まさかこんな方法で隠れようとはしていないだろう、と思いつつ一応扉を開けてみたら、そこにはグソインがいた。あの喋り方で頭が追いついていないなんてことがあろうか?

 呆れ気味のエツリとは違い、シルフはグソインを見るなり牙を剥いて威嚇する。喉を鳴らす怨嗟の声は獰猛な肉食動物のそれだ。冷や汗を禁じ得ないエツリの様子も併せて、グソインは口角を上げずに鼻で笑った。

 

『なんと野蛮な鳴き声なれや……精霊とはもっと稟性のある種族だと思っていたのですがね……やはり人品というものは外見に比例するのでしょうか。あなたは見るからに、ぶふッ……バカそうですもんねぇ』

『うっさいカス! バカみたいな張り紙する能無しの山ザルが……賢ぶってんじゃねーぞッ!!』

 

 エツリは内心大驚愕である。別に女の子だから綺麗な言葉遣いを心がけてほしいとかいう幻想を抱いてはいない。ただシルフの普段の言動は丁寧で、稀に感情が昂って強い言葉を言いそうになってもすぐに改める。エツリが彼女から言われたことのある罵倒は「バカ」か「あんぽんたん」だけだ。なのに今日に限っては、彼女から一度も聞いたことのないような単語がもう出てくるわ出てくるわ。

 

『まぁいいでしょう……出番ですよ!! 我がしもべ達よ!!』

 

 三人ほどの討伐隊員が影から現れた。その後ろに隠れ、グソインは自信満々である。

 

『やっておしまいッ!』

「……ハマ」

 

 ビシッと指を突きつけるシルフのタイミングに従って、エツリは隊員達が出てくるなりハマの魔法をかける。ギャグシーンのように順番に倒れていく男達は、これまでこき使われた分の疲労が一気に解放され、気絶するように眠り始めた。

 

『何ッ!? 私の支配が……!?』

『残念だったわね! あんたのチンケな浅知恵が私達に通じる訳ないでしょ!』

 

 簡単に策が崩され、グソインは慌てふためいた。ホントにこれだけだったらしい。普段は有利な結界に隠れ、万が一誰かが侵入した時は支配したニンゲンに相手を任せる。シンプルだが、余計に考えることがないので、煩わしくなくていい。

 ハマを使える者を想定していないのは、そもそもこの結界が見つからないという絶対の自信があったからなのだろう。見せようとしていないものは、普通は見つからない。それこそ彼等がイレギュラーだった。たまたま生体マグネタイトが視認できて、また悪魔憑きによって苦い経験をしており、対策ができているものが来るとは、思いもしなかったようだ。

 

「スピード解決だったな」

『他人事みたいな言い方』

「早すぎて実感がね……」

 

 拍子抜けと言うべきか。ここまでの労力と元凶の強さが見合わない。50キロの荷物を持ち上げようとしたら、実は10キロで勢い余ってしまったかのような。

 

『それはそれとして、結界を解かないとね』

「あぁ」

『わ、私を殺すつもりですか!?』

 

 エツリにも同情する気持ちはあったが、いや同情などするべきではない相手だ。こいつは絶対人を殺しているし、許せばまた悪事を謀って生活圏に被害を加えるだろう。それに命乞いを聞き入れたとして、素直に術を解くかも解らない。「術が解けたように振るまえ」という命令を共通させて逃げようとする可能性は十分ある。ただそれに関しては、マグネタイトを目視できる彼等には通じないので、心配する必要はない。

 

『殺すの?』

「……拘束する」

 

 結界を維持できない程度に痛めつければ、殺さずとも無力化させられる。それに、今ここで殺してしまったら、後ろが見えなくなってしまう。この堕天使の後ろが。

 

「誰の入れ知恵か教えてもらうぞ。上のクスリに関しても」

『…………〝ラムネ〟についてなど私は知らない!』

『私コイツにバカにされてたの?』

 

 全ての部屋を巡回できた訳ではないが、この言い方から察するに、結界内のどこかに生産用の区画を用意しているようだ。どちらにせよ結界を消せば証拠が出てくる。これに関しては慌てる必要はない。

 しかし、結界を形成、維持しているのがグソインだとしても、これを作り出して利用する方法が、この悪魔の着想とは思えない。

 

「……いくらでも教えてくれそう」

『殺されたくなきゃキリキリ吐きなさい』

『ま、待ちなさい!! 私は何も――――』

「誰の命令だ?」

『めっ、命令!? 命令など……! 結界も〝ラムネ〟の製造も、全て私が考えたことです!』

『嘘ね。私達一言も〝ラムネ〟なんて言って ないけど』

 

 何か一押しあれば簡単に教えてもらえそうだが、悪魔のテリトリーに長居していては、どんな悪影響があるか解らない。あるいはこの悪魔に何か姦計あって、それらしい態度を見せて時間を稼ごうとしている可能性もある。

 

「連れてくか」

『手伝うわ』

『待っ、待つのです! 貴方達は勘違いしている!!』

「はいはい」

『は、はいはいッ……!? 付け上がるなよ小僧!! お前の、お前のような青二歳など、ラージクロックの前には――――!』

 

 バシュッ!

 

 

「あ……?」

 

 苦痛と皮肉めいた笑みが混ざり、醜く歪んだグソインの顔が、その形のまま地面に激突した。堕天使の背には見事な細工がなされた短剣が刺さっており、それが胴を貫通して胸から先端が飛び出ている。短剣は銀製で、傷口は火に焼けるかのような音を立て、そして実際に酷い火傷を起こしていた。

 短剣には鎖が付けられており、その短剣が引き戻されるのに伴って、グソインも後方の闇へと引きずられていく。

 

『連れてかれちゃう!』

「待てッ!!」

 

 グソインを回収しようと追いかけるが、その姿は立ちどころに消えてしまった。結界の抜け穴から逃げられたのだろう。

 隅の方から結界が綻び始め、エツリの足下の感覚が心許なくなっていく。あるべき場所へ引っ張られていく体感は、重力に慣れた耳の奥を惑わせる。彼は夢でも見ているかのように呟いた。

 

「ラージクロック……」

 

(……ってなんだ)

 

 その名前を聞くのは、地下街で世間話に聞き耳を立てていた時にまで遡る。それが生き物なのかそうでないのかも解らないが、グソインの怯えようは普通ではなかった。

 彼はもはや見慣れた東京の景色に戻った裏路地の端にいて、そこから並んで倒れている拉致された者等を眺めながら、この後の重労働を予想してげんなりと肩を落とした。

 

 

 

 数人の意識を取り戻した隊員達(悪魔召喚プログラムによる庇護の分、一般人よりは回復が早い)の手を借りつつ、苦心して全員を討伐隊の仮拠点に移動させると、エツリは肩で息をしながらその場に倒れ込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

『災難だったね』

「予想だにしないことばっかりだ……!」

 

 予定通りに行くことの方が珍しいが、立て続けに厄介事に巻き込まれると、何か思惑のようなものすら感じてしまう。

 

『でも結局、クスリを流通させるのはどうしてたんだろ。造るのはバレなくても、上野駅には検問が……』

「あぁそれ……結界見て思いついたんだ。多分業者はみんなプログラム使えるだよ。一時的に悪魔に持たせてアプリで帰還させてたんだろ」

 

 例の〝ラムネ〟を運ぶルートに関しては、てっきり何人か仲介を立たせて下水道から運んでいるものだと、現在まで討伐隊は読んでいる。その読みは外れていた訳だが、上野隊員の仕事自体に落ち度はない。あるとすればマニュアルのほうだ。

 おそらく密輸に実際に使われる方法はこう。継続的に媒体を消費する魔法的な構築物を利用して〝ラムネ〟の製造所とし、そこに悪魔を呼び込んで仲介させるというものだ。

 

「グソインも使われたんだろうな」

『バカだったしね……バカだったしね!!』

「わかったよ……」

 

 考えたものだ。悪魔達の本来の居場所は物質界(アッシャー)ではなく、ニンゲンには想像も付かないどこかにある。グソインの奴がこれを思い付いて実行指揮を振れるかということには大いに疑問が残る。というか無理だ。悪魔の知恵は悪魔の世界の知恵であり、ニンゲンの悪知恵とは違う。

 当然ながら、上野に入る前に人外ハンター達や討伐隊員も検査しているが、あの人数の悪魔まで一々探っていたら、検問で暴動やら窒息死が頻発すること間違いないので、そこまでは検査していなかった。悪い奴等からすれば密入し放題だった訳だ。

 問題はこの〝魔法的構築物〟の方で、これの魔法式及び護方陣の型式は、何というべきか、非常に蓋然的だ。何か定型のある、つまり巷間によく知られる既存の魔法円や結界、ヴィナヤには属さない、独自の手法を以て完成させているらしい。それに消費される触媒は、グソインの奴が騙くらかして連れてきたニンゲンの生命だったのだろう。そしてこれも推測の域を出ないが、ニンゲンの側にその生贄を承知して、その上協力までしている奴がいる。

 

「ニンゲンも変わんねぇー……」

 

 エツリは少し昔に、もっと悪辣な話を聞いたことがあった。無理やり従わせた悪魔の子供の腹を裂き、その中に袋詰めの麻薬を隠して、治安部隊をすり抜けて密売するとかいう話を。

 腹を捌かれ、それでも存える哀れはその悪魔達は、意識のあるものは静かに涙を流し、あるいは現実を置き去りにした眼差しで何もない場所を眺めていたそうだ。

 

『報告に行きましょう。悪魔にも検問を通させろって』

「なーんも証拠がない」

『それは……! そうね……』

 

 流石に製造元なここ一つだけということはないだろう。それに〝ラムネ〟の流通のさせ方は、エツリの推理とも言えない思いつきだ。隊を指揮する者が、そのような風言に耳を貸すようでは、下達が満足に及ばない。

 半ば諦めた風に四肢を投げ出したエツリの腹にシルフが座り、彼等は本格的に休む体勢になった。既に本隊へ報告が走っている。それまで彼等はこの仮拠点で待機だ。戦えない者が複数人いるため、すぐに地下街へ移動するのも難しかった。

 

「健在のようだな」

 

 突然上からかけられた声に驚いて、エツリはバネで跳ねるように飛び起きた。腹に乗っていたシルフが地面に落ちて、抗議の表情で彼を睨むが、残念ながら彼の意識はシルフには向かなかった。

 

「……ユルゲン?」

 

 知りたい事柄ほど複雑な過程を求めてくる。全て水に溶ける灰の色に等しいが、灰の色は一つの色相と光の気分によって生まれるのではなく、神がそう仰られるより後にそこにある。

 彼の相貌は酷薄にも思える精緻な造形によって成り立っており、そのために1ミリでも顔の筋肉が動けばその瞬間に察知できる。そして彼は完全な無表情であった。

 

「ついて来い。貴様の疑問を全て払拭してやろう。文字通り全てだ」

 

 有無を言わさぬ彼の迫力に、エツリはただ頷くしかなかった。

 

 





・実はシルフには言ってないこと
 エツリ君は衝撃属性よりも破魔属性の方が適性高い。これを言うと彼女は拗ねてしまうであろうことは想像に難くない。

・かわいい帽子を被った変な色のジャックフロスト
 一体何チゴフロストなんだ……。


 メタファー面白すぎるでしょアレ。小説の内容めちゃくちゃ影響受けそう。もう設定は固めてるのに。気を付けないと。
 世界樹ペルソナの要素だけ散りばめるのかなと思ってたら無印女神転生のプレイヤーに対する目配せもありました。世界樹は実質カドゥケウスってことで一つ。何とかしてアクション要素も魔剣のオマージュってことにできないかなぁ……。
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