赤クソ(ガイア)と白クソ(メシア)とクソ(他)   作:イリノイ州の陰キャ

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 ちょっと今ファンタジー小説に挑戦しておりまして、近いうちに投稿するやもしれません。ランキングに掲載されているファンタジーをいくつか拝見して「こんなの俺なら余裕で書けるわ!」とか思ってたんすけど、意外とムズいっすね……。




Are you that glad just because one worm died?

 

 ラージクロック……破敵剣の力は絶大だった。一度振るわれれば地は嘆き、空気は怯え、立ち塞がるものは一、二と数える間もなく斬り伏せられていく。単なる斬り払いですら、切先も触れていない瓦礫が次々に二分されていくほどだ。

 

「粘るじゃないか……!」

 

 それを以てして、Mはまだ傷一つ付けられてはいなかった。彼女はガバメントを抜いていない。それが銃を取るまでもないという余裕の現れであると読み取ったユルゲンは、こめかみに血管を浮かばせ、余裕のない表情で次の手に出た。

 

「出でよッ!! 〝エンプーサ〟!!」

『お任せを……』

 

 ユルゲンの懐から縦に魔法円が展開され、そこから女の顔をした四足の獣が飛び出して、Mに襲いかかる。彼女は半身をずらすだけの至極簡単な動作で攻撃を避けると、彼と同様にポケットの中で携帯を操作した。

 

「ガートドッグ」

 

 着地と同時に翻ってMに追撃をしようとするエンプーサに、モップの先のようなデカい毛玉が掴みかかり、空中で揉み合いになる。悪魔と挟撃しようというユルゲンの試みは失敗し、彼は一瞬でも外に逸らした意識の隙を狙ってMに攻撃した。

 まるで手緩いとでも言いたげに、彼女は軍刀を軽く巻き上げる動作でユルゲンの刺突を弾いた。弾かれた刀はそのまま建物に突き刺さり、壊れかけだった住宅用ビルにとどめを刺した。傍らで大惨事が起きているにもかかわらず、彼女は依然涼しい顔をしており、疲労の気味は全くなかった。

 

「〝マハラギ〟!!」

 

 接近戦では埒が開かないと見るや、ユルゲンは距離を取った。彼の放った炎の縄が地面を伝い、囲いこむようにしてMを襲う。彼女はそれすらも剣の払いで鎮火してみせた。単なる斬り払いで、人智の外の魔法を消し去ってしまったのだ。

 大いにプライドを傷付けられたユルゲンは、顔中に血管を浮かばせながらマハラギを乱発した。あまりの炎の連打に彼女の余裕ぶった鎮火も間に合わず、段々その身の回りを炎に囲まれていく。

 

「燃えるがいいッ!! 焦熱の中で絶望しろッ!!」

 

 火は風を受ける度に勢いを増していく。一つの小さな炎の海と化したMの周辺は、増して火力を強めるために彼女めがけて収斂し、またその姿を業炎の内に隠してしまう。

 ユルゲンは流石に手応えを確信した。使い手の強さがどうこうという問題ではない。哺乳類が耐えられる空間ではないのだ。術者であるユルゲンすら、風上から吹き下ろす熱風に肌の痛みを感じるほどの火勢を前にして、彼はほくそ笑んだ。

 その笑みが失われるのもまた早かった。火の渦が中頃から横薙ぎに二分されると、その奥に一瞬だけ黒く光るものが見え隠れして、次の瞬間破裂音と共にユルゲンの頬を弾丸が掠めた。

 

「なにッ……!?」

 

 更なる縦の一刀で火は完璧に打ち消され、その中心から無傷のMが現れる。彼女の肉体のみではない。着用している古めかしい意匠の軍服にすら、焦げたような跡はどこにもなかった。

 

「無傷……!?」

「勉強になったか? これがお前が想像だにしなかったものだ」

「小癪なッ……!!」

 

 彼はスマホを操作して新たに別の悪魔を喚び出すと、破敵剣に火を纏わせ、居合の構えを大袈裟にしたように低く体勢を下げた。

 

「ダイモーンッ!!」

 

 ケケケッ、と野卑な笑い声と共に現れた悪魔らしい姿の悪魔は、ユルゲンに何らかの魔法をかけた後、三叉槍を突き出して構えながらMに突撃した。その槍もユルゲンの剣の勢いほどではないとはいえ火を纏っており、触れただけで傷を負う攻撃であることは一目瞭然だ。

 Mはそれに対して、何もしなかった。文字通り何も。ダイモーンの槍は勝手に火の勢いを失っていき、その突撃の勢いすらも失っていく。悪魔は恐怖したのだ。Mと自身の間にある絶壁のような実力差を自覚し、戦闘中であるというにもかかわらず精神が屈服した。

 

「見るがいいッ!!」

 

 当然ユルゲンの本命はダイモーンの攻勢ではなく、彼自身の斬撃にある。ダイモーンの突撃は陽動であった。効果があったとは言い難いが、確かに彼は構えを万端にしている。

 熱線がガラスを溶かし、アスファルトを溶かし、瓦礫の山に火を付ける。先程Mを取り囲んでいた炎の渦よりも強く、そして鋭い紅蓮色の剣閃は、溶かされ反り上がった舗装路をも斬り伏せ、呼吸すら躊躇するほどの惨い灼熱を生み出した。居合の次の瞬間に刃滑りの音が、遅れて圧縮された熱エネルギーが爆音と共に暴発し、無防備に突っ立っているMに向けて繰り出された。

 一際巨大な破壊音と共に瓦礫や砂埃が巻き上げられ、両者の姿がお互いから見えなくなる。あまりの火の勢いに辺りは丁度日暮里の惨状のように焦げ付き、嫌な匂いを発し始めた。

 

「はぁッ、はぁッ……思い上がりだったなッ、神の御業(God’s ship)。貴様の義憤は、貴様の使役する悪魔と同じ……単なる犬死にだッ!!」

 

 ユルゲンは呼吸を乱しながら、うまく笑顔を作れていない歪んだ表情で勝ち誇った。剣の柄を握る手には殊更に力が入り、硝煙の中へ向かって叫ぶ度、余裕のない口の端から泡が飛ぶ。認めないであろうが、彼はMを恐れていた。エツリがラージクロックの威光に怯んだように、彼もまたMの底知れない獣の気配に恐怖していたのだ。

 だからこそ彼は取り繕うのを止めて、およそみっともないくらいに声を荒げてMを侮辱し始めた。そうしなければ、自意識さえ埒外に飛んでいってしまいそうだった。

 

神の御業(God’s ship)とまで呼ばれた者が、復讐など、浅ましいッ!!! たかが討伐隊員一匹に……! 己れはッ、足下を這い回る目障りな虫を踏み殺したまでッ!!」

 

 たった今ユルゲンが放ったのは、炎魔法を得意とする者等の中でも、特に熟達した剣士が使うとされる技、〝紅蓮剣〟と呼ばれる美技だ。これを使えるのは一握りの有力人外ハンター達と、ガイア教の幹部が一人か二人くらいなものだ。ユルゲン自身、この技を誰かに見せたことも、実戦でこうして使うこともほとんどなかった。他の相手には手加減しているというだけではなく、この技の熱量に耐え得る得物がこの世には少ない。それほどの技だ。

 そしてそれを受けたのがMではなく別の誰かであったなら、ユルゲンの勝利は彼の確信するところと同じであったであろう。

 

 

 

「…………虫を一匹殺したことが、そんなに嬉しいか?」

 

 

 

 ユルゲンの笑顔が固まる。彼の両隣が文字通り消し飛んだ。両隣に控えていたダイモーンとエンプーサが、だけではない。全て……彼等の間に舞う埃や空気の全てが消え去り、真空となった一瞬に膨大な空気の乱流が生まれ、ユルゲンが吹き飛ばされた。

 

「くッ……ぅ、何が……! ぁ………!?」

 

 吹き飛ばされた先でぶつかったのは、自身が使役している自慢の悪魔、の残骸とでも言うべき肉片だった。かろうじて原型を保っていた臓器がクッションとなり、彼の体にかかる衝撃を抑えたのだった。

 彼は立ちあがろうと地面についた指の感触に、付け根から切り離されたダイモーンの羽のものを覚え、僅かに怯んだ。グレンデルなどに比べれば、彼の使役する悪魔の中でもそこまで強力とは言えない部類ではあるが、一撃で殺されるような雑兵でもない。

 

「どうした。虫を踏み殺してみろ。それともご自慢の靴が汚れるのはお嫌いか?」

 

 立て続けに意趣返しのような皮肉を返されたユルゲンは、屈辱感に自らのはらわたすら燃え焦げるようであった。

 

 

 

 

『――――てッ――起きてッ!!』

 

 シルフの声が聞こえて飛び起きるも、エツリはその勢いのまま前に倒れ込んだ。貧血を通り越して虚血と言えるほどに血が足りなかった。

 

「ここ、どこ……」

『起きたぁ!! 心配させるなバカ!』

 

 情けない体勢のまま、エツリは何とか首を回して辺りを見回した。デカいアスファルトの切れ目にまで落ちた彼は、地上とは違う身に取り憑くような寒さ(ほぼ貧血のせい)に震えながら、乱暴に煩わしい鬼面を外すと、地割れの壁に身を預けた。

 

『まだ動かないで! 傷口が……あれ』

「なに……?」

『傷口が小さい……こんなに出血してるのに』

 

 何ならエツリの表情には徐々に血色が戻りつつある。シルフは串刺しにされた彼の胸に回復魔法をかけながら、首を傾げていた。まだかなり傷は深いが、シルフがつきっきりで回復魔法をかけられる環境である今は、無理に縫合する必要はない。少なくとも貫通して背中に開けられていた穴は(もちろん傷痕までは消えないが)完全に塞がっていた。

 

「痛っ……いてててて」

『だから動くなって……! もう! 人の言うこと無視して無茶ばっかりするから! たまには私の言うこと聞きなさい!!』

「あい……」

 

 体勢を変えようとするだけで胸が痛む。ユルゲンの刺突は心臓をギリギリで避けてはいたものの、肺を完全に刺し貫いていた。酷い吐血のせいで窒息してもおかしくなかったが、なぜか口に溜まった血液は飲み下す前に元の位置へと戻っていき、肺も回復しつつある。傷付けられた臓器が自然回復するなど異常事態だが、エツリは特に驚いた様子もなく、痛む胸を庇って深く体を沈めた。

 

「これどうやって、痛っ……どうやって登ろう……」

『ザンで飛べるでしょ?』

「ここでそんなことしたら、ほら」

 

 エツリが指差したのは頭上、エツリの身長より二倍ほど高い場所にある地割れの際の部分。裂け目は歪な分かれ方をしており、下手に衝撃が加われば瓦礫となって降り積り、生き埋めにされそうだ。

 

「地道に登るしかなさそうだな……」

『余計にしっかり回復させないと。少なくとも半日は動けないくらいに思ってよ』

「えぇー……」

『えぇーじゃない! 寝てろ!』

 

 シルフにスパカーンと頭を叩かれ、エツリは親に怒られた子供のようにギュッと目を閉じた。口が聞けるとはいえ、胸に風穴をかけられた彼の体は重傷だ。大人しくシルフの言うことを聞き、ディアのほのかな光にまどろみはじめた。

 幸いこの地割れ穴の中にまで悪魔が興味を示すことはない。彼は薄暗闇の中に束の間の安堵を感じながら、任務、グソイン、ユルゲンと続いた緊張から解き放たれた疲労感の負債を返すことにした。

 

 

 

 ユルゲンの全身は余すところなく汗に濡れていた。次から次へと雫が垂れ落ちていき、またそこに汗が生まれる。

 ラージクロック、大刀契はその切れ味も然ることながら、〝勝負運〟とでもいうべき運命力をも秘めている。アーティファクトとしての神性が周辺の事象に勝利を契るのだ。謀略によってこれを手に入れた時から、ユルゲンは確かに不死身(イモータル)となった。剣は持ち主の技量に合わせ、その身に勝利と安全をもたらす。破敵、すなわち立ちはだかる者を皆、斬って破壊することによって。

 しかしMというニンゲンは規格外であった。ハンタートーナメント常連程度の実力は、たとえアーティファクトを携えていようとも、彼女にはそこらの虫や雑魚悪魔と何ら変わりないものであった。

 

「怪物めッ……!」

 

 ユルゲンは悪魔相手にも言ったことのないような、直接的な罵倒が自らの口から出るのを禁じ得なかった。

 所詮、ユルゲンは井の中の蛙であった。トーナメントが開催される地区でのみ顔が売れている彼と、どこに行ってもその名を聞けば誰もが押し黙るMとでは、立っている土台の底の厚さが違う。

 

「やはり、お前がドネコに通じていた人外ハンターだったんだな」

「……己れは貴様に何か言ったか?」

「解るさ。わざわざ討伐隊員を自ら殺したのは、情報の出所を探るため……」

「そうだ。察しがいいじゃないか。それがどうした? 貴様の仇があの人だったと? 残念だが、己れはあの人の居所を知らないぞ」

 

 Mはそこで問答を切って、刀を構えた。自分の聞きたいことだけ聞けてしまえば、後はもう彼女にとってユルゲンは殺しおくべき邪悪な男であり、有益な情報を持っていそうもない単なる障害だった。

 

「おい、何とか――――」

 

 破敵剣の威光に溺れたユルゲンには油断があった。Mは容赦なく接近して刀を振り抜き、彼の無防備な胴を斬り付ける。すんでのところで防御が間に合い、赤熱した破敵剣の腹から機械で鉄を研磨した時のような激しい火花が散った。

 

「もはや是非もなしかッ……!」

 

 問答で隙を見出すのは諦め、ユルゲンは攻勢に出た。何度でも述べるが、破敵剣の力は絶大だ。常人にとっては無造作な切り払いでさえ致命の一撃となり得る。本来ならばそれを手に持って使っているという時点で、何にも勝る脅威でいれるはずなのだ。

 それをMは、まるで顔にたかる羽虫でも払うかのように、極めて雑な動作でいなしてしまう。ユルゲンは霧の中の幻を相手にしているような気分だった。

 

「くッ……図に乗るなッ!!」

「逸ったな」

 

 Mは勝負を焦ったユルゲンの斬撃を、裏を向けた軍刀の鎬で受け止めた。そのまま刃の向きを上に返し、枝葉に絡みつく蛇のようにその直剣を下から巻くと、振り上げる動作で簡単に弾いてしまった。

 

「馬鹿なッ…………」

 

 Mは無手となったユルゲンの鳩尾を蹴って体を飛ばし、壁に叩きつけられた彼の内腿を器用に切り付けると、多量の出血で途端に全身の力を失った彼の髪の毛を掴み、壁に叩きつけた。

 

「がッ……!」

 

 髪の毛を雑に掴まれ、無理やり立たされているユルゲンは、この後に来る自らの運命を悟っていた。それは彼自身がエツリに言ったことだ。楽園は遡及不可能であり、人の生死は順番を間違えない。

 

「うッ、嘘だッ…………!!」

「―――― 神の御業(God’s ship)などという名を、私は知らない」

 

 切先が首に埋まり、その軌道にかかる皮膚や肉、骨の一切を押しのけ、最後の薄皮を通り抜ける寸前で、ピンッ、と、刃先が跳ねる。コンクリ壁に刀筋の形で血が叩きつけられ、そこからいくつもの赤い筋が重力に負けて壁を伝い降りていった。

 壁を滴り落ちる血液は、都度慇懃に伺い立てるかのように凹凸で止まり、瞬くうちに褪色していく。東京が明けぬ夜に塞がれてから、常世に変わらぬ色はなかった。人の血の色すらも変えてしまったのだ。これほど残忍で、無感動なものに。

 Mの軍刀の先には血の一滴も、肉を斬った脂すら付着していなかった。完璧などというものがあるなら、彼女がその閃きを以て体現していよう。切先は何も知らない。刃は何も見えない。これから自らの進退にかかる全ての障害は、もはや既に両断されているも同然であった。

 

 

 

「私は御伽話(Gossip)。 お前にとっての不条理(Gossip)だ」

 

 

 

 ユルゲンの目蓋は平坦だった。もはや光を集める意味もないが、瞳孔は黒茶の部分を押して窄まり、半開きの口から垂れる血と同じ色をしていた。力なく跪き、右肩を壁に横たえる姿は、彼が今まで殺してきた人々と同様の痛ましさ、あるいは惨めな様相と言えばいいだろうが、それもMにものを思わせるなどはしなかった。

 

「大方、フェリックス・ドネコから施されたというところか。この剣は私が没収する。お前には過ぎたおもちゃだったな」

 

 彼女は死人が返事をする訳がないということを知っていながら、あえてそこの死体に話しかけた。まるでそれが疑うべくもない常識であるかのように振るまい、ユルゲンから返事が来ないことに理不尽にも苛立ちながら、乱暴に破敵剣を拾い上げた。

 Mが破敵剣に触れた時、ユルゲンが持っていた時とは比較にならない極光が好き勝手な方向へと散乱し、あまりの眩さに死んでいるはずのユルゲンの目が焼けついた。剣はより相応しい担い手の到来に歓喜し、また全ての武器に共通する役割である〝殺し〟を殊更に強く求めるようであった。

 

 

 

 ユルゲンを苦もなく殺してしまった後、Mは瞳孔が散乱した不調和な表情で、抜き身の刀をゆらゆらと揺らしながら歩いていた。

 彼女が歩く麻布台の周辺は表向きガイア教の縄張り……というか、暴力と欲望に支配されたならず者達の溜まり場になっている。売春、銃器製造、麻薬売買なんかはどこでも珍しくないが、人身、臓器、悪魔の売買までやっているような場所は限定される。

 

「見ろ……女だ……」

「また前みたいに……」

「ふざけろ。アレヤッた女、一発で使いもんになんなくなったじゃねーかよ……」

 

 ただでさえどこにいても治安最悪の東京だ。その上で常人は寄り付かないような場所を、婦女が悪魔も出さずに一人歩いていれば当然目立つ。Mがただ直進するだけで周囲が開け、あるいは集まっていた。言い換えれば、人の壁で誘導されつつあった。彼女はあえてその道の流れに乗り、単なる落伍者達の集まりから事情通を探し当てようとしていた。

 

「やっぱりあの時は……」

「俺達にもマワせよ……? いいモン入ってんだよ」

「今度はブースト系かよ。先に俺が使うからな……」

 

 ニヤニヤと、まるでポルノを物色するかのような気色の悪い視線に痺れを切らしてか、ここで彼女は急に歩みを止め、1mの距離を保っていた人壁の中から一人を指差した。

 

「フェリックス・ドネコはどこだ」

「あ? んだクソアマ。誰がて――――」

 

 男の顔が上顎と下顎の位置で分けられ、上顎から上の頭が滑り落ちていく。彼女は破敵剣を抜いてすらいなかった。単なる軍刀で、頭蓋骨をいとも容易く二分してみせたのだ。

 

「答えられない者に用はない」

 

 女を囲って手篭めにしよう、そう考えていた男達は全員、油断していた。武装しているとはいえ、女一人に誰が殺せるのかと。

 即座にその場の誰もが武器を取り、悪魔を召喚する。Mは諦めにも似た一種の心地よさを感じていた。己のことを戦いと殺し以外に取り柄のない人間であると考えているMにとって、殺しても良心が痛まない者というのは、正に格好の餌食であった。

 

「出番だ。〝デュラハン〟」

 

 Mはポケットに入れたまま携帯を操作した。突如として彼女の隣に巨大な生体マグネタイトの塊が渦を成し、人の形に近い形に伸びながら激しくスパークした。

 

『うふふふふっ!! ようやくなのねェ!? 今更戻れと言われても聞けないわよぉ!』

「好きにしろ」

『あはあぁんッ!! もう最ッ高!! 覚悟はいいかしらァ!?』

 

 まるで合成樹脂のような質感の顔をした甲冑の悪魔が、下卑た笑い声を響かせながら剣を掲げた。その瞬間、屍鬼に特有の瘴気のような魔力が辺りに立ち込め、チンピラ達が嗚咽する。

 デュラハンは腰の剣を抜くと共に自らの首をも取り外した。マネキンのような球体関節が首のところで露わになり、無造作に片手で掴んだ自分の頭を振りかざして周囲を確認する姿は、単にグロテスクな見た目をしているだけの怪物達よりも、余程恐ろしかった。

 

「知っていることを言うか、でなければ死ぬだけだ」

「ふざっ、ふざけんなクサレ女!! 誰がテメーみてぇな奴に……!」

「そうか…………」

 

 Mはそれ以上自ら手を出さなかった。デュラハンがならず者の集団に突っ込み、次々に自分と〝お揃い〟にしていくのを、ただ突っ立って見ていた。使役できる悪魔の強さはそのままサマナーの実力を示す。当然そこで大暴れしているデュラハンよりも、Mの方が強い。そしてそれは突然始まった虐殺の当事者であるこの連中も、よく承知しているはずだ。

 

『あらぁ……かわいそう。怯えてるじゃないの。だ、け、ど、もう大丈夫よぉ! あなたも私みたいに〝ステキ〟にしてあげるからッ♩  いいでしょおおお!!?』

「だ、そうだが。どうする?」

「待て! 待ってくれッ! 分かった! 言うっ、言うからッ!!」

『ダ・メ! もう手遅れ――――』

 

 ガッ、という音がして、デュラハンの剣が男の首の肉に到達する前に、Mが素手でそれを止めた。剣を、それも刃の方を手で止めたというのに、彼女の手から一滴の血も流れる様子はなかった。不服そうなデュラハンを他のチンピラ共の方へと蹴り出すと、彼女はへたり込んだ男の肩に手を置きながら、正面から目を覗きこんだ。

 

「奴はどこだ」

「上っ……上野、上野だ!! あの人は上野に行くって――――」

「殺せ」

 

 そこまで聞くと、Mは食べ終わった菓子袋をゴミ箱に捨てるように、使い終わったちり紙を片付けるようにして、全く無造作にデュハランに命令した。

 

「口が軽いな。奴の部下も所詮は烏合の衆か……」

「な、なんで!! 知ってることはも――――」

 

 真っ先に口を割った男は恐怖と混乱のあまり、敵であるMにそんな情けない弱音を吐くも、最後まで喋ることは叶わなかった。口の中に突き刺されたデュラハンの剣が後頭部を突き破り、見開かれた苦悶の目が引きつった目蓋の下で瞳孔を弛緩させていた。

 

「生かしてやるなどと言ったか?」

 

 というか、最初から全員殺すつもりだった。ここの連中がどういうニンゲンの集まりかは周知の事実だ。どのような悲しい背景やらのっぴきならない事情があれど、今現在のこのならず者達は、罪なき人を殺し、脅しつけ、金品も尊厳も奪い、満足したらやはり殺す。そんな奴等だ。彼等が自身の倫理観を捨て置いて、我が身可愛さに命乞いをする様子が、余計に彼女の琴線に触れた。

 

「デュラハン!」

『もうなの? 全くせっかちねぇ。もっと楽しんだら――――』

「二度も同じことを言わせるつもりか」

『…………怒らないで。ちょっとした冗談じゃない』

 

 あるいは破敵剣を持ったユルゲンと斬り結ぶことも可能なデュラハンが、Mを前にしては怯えた小動物も同然だった。首なしの悪魔は命令に従い、剣に魔力を集中させると、生き残りも死体も区別なく、瞬く間に切り刻んでみせた。

 

 

 

 ほとんど24時間を費やして傷を回復させ、慎重に瓦礫を分けて地上へと戻ったエツリは、同じ体勢が続いた体のなまりを自覚しながら、来た道をなぞっていた。

 ビルを見上げると、自分が落ちた距離を実感できる。頭から落ちなくてよかった、と、今更になって震え上がる思いだった。

 

「…………なんで生きてる?」

『それ、私が聞きたいんだけど』

 

 ユルゲンに開けられ、体に余計な穴ぽこが増えた時は、それまで遠い場所にあったはずの死を手の上に乗せて見ているような気分だった。こうなっても恐怖こそ覚えているが、まるで死に瀕した実感はない。

 

「どうすっか……」

『これ以上あの男に関わる気? 君の仕事は、隊長に報告して、終わり。身の丈に合わないことをする必要はないわ』

「Mさん、来てたんでしょ?」

『殊更君には関係ない。自分が死にかけたこと、もう忘れた?』

 

 そう言われると返す言葉はない。いらない心労をかけ、こうして死にかけのところを何度も助けてもらっている以上、エツリはシルフに文句を言えない。発言の強さは完全に彼女の方が上だった。

 それはそれとしても、エツリとしてはMのことが気がかりだった。単なる快楽殺人ではなく、悪人を成敗しようという思惑があってのこととはいえ、彼女は人を殺し、しかもその手際は明らかに殺し慣れている。

 

『とにかく、今は駅に帰るの』

「まぁ、そうするべきか……」

 

 実際何もできない。止めようにも、ユルゲンともMとも実力が開き過ぎている。拾った命をまた投げるような真似をするつもりはない。それに、あの男が〝ラムネ〟やら無差別殺人の張本人だったことは言っておかなければならない。それこそ命懸けで暴いた(というかあっちが勝手に疑いを確信に変えた)進展なのだから。

 

『エツリ、前……なんか変だよ』

 

 来た道を戻る途中、シルフはMとユルゲンに遭遇したあの場所まで戻ってきていることに気付き、そして複数人の気配を感じた。邪悪な様子や剣呑な雰囲気こそしないが、血の匂いが漂っている。

 

「あれ、討伐隊員じゃん」

『なんだ、人か……』

 

 いつものようにシルフが姿を消してから近付いてみると、四、五人ほどの討伐隊員が足下で何かを囲んでいるのが見えた。馴染みの黒い迷彩であることが解ると、おそらくはグソインに幽閉されていた隊員達かと断定し、エツリは少し警戒度を下げてその群に近寄ってみる。

 

「あぁ、アンタ……結界の」

 

 上野でエツリが嫌われていることを知らず、しかも助けられた形であるその討伐隊員達は、彼を邪険にしなかった。友好的に胸を広げてくるというほどでもないが、全員彼の接近に対しては無警戒だった。おかげで久しく普通に会話できそうかな、なんて思いながら、エツリは少し品を作って話しかけた。

 

「どうしたんすか? もうみんな避難させて帰ったもんかと」

「そうしたかったんだが……伝令役がそこらを走り回っててな、動ける隊員はMとかいう女を探せってよ」

「…………M?」

「その途中で見つけたんだ。面倒だが、放置する訳にもいかない」

 

 彼等は困った風な表情で足下を指差した。彼等の靴は事切れた一人の男の乾いた血を踏み、それが誰であるかなど知りもしない様子だった。

 

「ゆっ、ぁ……ユルゲン……!?」

「知り合いか? そいつは残念だったな……」

 

 隊員達に囲まれていたその死体は、首を中途半端に切られて殺されていた。この男を殺せる者が他にいようか? 気遣ってくる隊員達の心遣いが非常に決まり悪くエツリの頭の中で響いた。無惨に殺されたユルゲンへの僅かな同情は、氾濫する不安に押し流されていく。

 シルフの息を呑む声がエツリにだけ聞こえた。彼はその瞬間には走り出していた。後ろで呼び止める隊員達の声には、気付きもしなかった。

 

 





・ユルゲンの名前の元ネタ
 ミストラスのプレトン。つまり〝ユルゲン〟という文字の原型はゲオルギウス。テオーリアとは無縁の性格にしたのは流石に悪趣味だったかも。
 ユルゲンについては裏で設定作ってるけど全部忘れていいです。こんな途中退場するキャラにまで詳細な設定作ってるから投稿間隔空くんだよね。すまん。

・エンプーサ
 夜魔エンプーサ。青銅とロバの足を持つ女の姿を想像される(たまーに男とも)。変身能力があるという説もあり、美女に化けて男と交わり、その隙に食い殺す。血肉を喰らう者としてへカーテやラミアと同一視される場合もある(吸血妖魅考)。

・紅蓮剣
 アバチュのアレ。確か属性とか状態異常とかない物理スキルだったはずだけど、ここでは火龍撃よりさらに強い火属性物理技だと思ってください。


 これ言うのもなんか久しぶりな気もしますけど、書くことないので言っておきます。拙作を気に入ったと思っていただければ感想、評価、お気に入りなどお願いします。それから既にしてくれてる人達もありがとな。
 運営が規定してるものとかじゃなければ言ってNGなこととか特にないので、思ったことなんでも気軽に教えてね。
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