赤クソ(ガイア)と白クソ(メシア)とクソ(他) 作:イリノイ州の陰キャ
新作予定の小説、ファンタジーを書いてたつもりなんですけどね。できあがったプロットを見たらSFになってやんの。久々に未来からのホットライン読んだせいかな……いや違うわカッコ付けんな絶対ハルヒの一挙放送見たからだわコレ。
Mは地下街を歩くだけで耳目を集めていた。上野では活動がなかったのであまり知られていなかったが、他エリアでの彼女の知名度は絶大だ。良い意味でも悪い意味でも。そしてその隣を歩くガスマスク。彼等は協会の運営するバー兼依頼斡旋所に到着すると、突き刺さるハンター達の視線を悠々と切って真ん中を歩き、カウンターに腰かけた。ガスマスクはその後ろに立って、ポケットに手を突っ込んだまま黙っていた。
口を聞かないガスマスクに代わり、Mがそこの店主に話しかけた。気さくな様子で、何なら勝手にコップを取ってピッチャーの水を汲み始める奔放さは、まるで自分の家の中での振るまいのようだった。
「忙しいところすまない」
「お前さん……久しいな。まぁどこをほっつき歩いていたかなんざ聞かねぇ。仕事がしたいなら、丁度いいのがあるぜ」
「いや、今日は別の用事でね。公認ハンターに推薦したい知り合いがいるんだ」
協会の中が俄かにざわめいた。あの
相当な実力者なのだろうか、と探りを入れる視線がそこかしこからガスマスクを突き刺し、そして測ることのできないミステリアスを不気味がった。Mは終始楽しそうで、彼女の上機嫌な姿というのもまた、ここの地下街の住民達にとっては相当珍しいものだ。それがいっそう彼等の恐怖をかき立てた。これから何が起こると言うのか。そんな悪い予感ばかりが協会内に立ち込める。
「推薦だと……? お前さんよ、いいか? 人外ハンターの認定は新宿にある本部じゃなけりゃ――――」
「承知している。私が言っているのは、〝私の推薦〟だということだ」
店主の顔が険しくなる。Mの名前は人外ハンターの方面に相当〝効く〟らしい。どうやら無理を言っているのは彼女の方らしいが、店主はそれを断るとまずいことになる、という板挟みに苦悩している様子であった。
「………………本部につなぐ。しばらく待ってろ」
「何日かかる?」
「今から伝令を送ったとして、六日後ってとこだな。ちょっと陸路がゴタついててよ」
「遅すぎるな。二日より長くは待たない」
「なら四日だ。譲歩して四日。それ以上ダダこねるっつーなら、直接本部にでも行け」
「……仕方ない。四日後にまた来るよ」
Mは水を飲み干すと、立ち上がって黙って話を聞いていたガスマスクの肩を叩いた。彼等はそれを合図に踵を返し、またもや悠然と道の真ん中を歩いて協会を出た。テリトリーの中でたった一人の女にデカい顔をされているというのに、人外ハンター達も、休憩にきていた討伐隊員等も、誰一人として文句を付けることはできなかった。
話は、目的地も知らされないままMに連れられ、地上を歩いていた時まで遡る。いきなり人外ハンターになれと言われても、そのためには色々と必要な前提や、晴らしておきたい疑問がある。
「それはその、野良のハンター……ってことですか?」
人外ハンターにも二種類あって、協会に認可された者とそうでない者がいる。Mは前者だ。公認を受けたハンターは野良のハンターが受けられない様々な依頼を受けることが可能だ。それは難易度という意味でもそうだが、依頼の内容的にある程度個人の信用が必要なものも、この公認の人がハンター達に任されることになる。口の固い者等にとっては割りのいい仕事だ。
「いや、協会に認可を取りに行く」
Mはこともなげにそう言うが、エツリの顔は渋い。というのは、討伐隊員が人外ハンターを兼任できた前例がないのだ。
「あの、俺、討伐隊員……」
「知っている。今更なんだ?」
「ダメなんですって。討伐隊員は全員本部に帰属するから、ハンター協会にスパイ行為を疑われて誰も申請が通らない」
当然だ。派閥の違う人材を信用する組織がどこにある? 討伐隊だって似たようなものだ。危険思想(あえて名前は言うまいが、服の色が赤とか白とかの連中と言えば伝わるだろう)の持ち主や、それこそ人外ハンターを隊員として採用することはない。その辺り、かなり入念に過去を調査しているようだ。
調査の方法や調査機関についての内情は極秘で、隊長クラスでも実体を知らない。それこそ主導しているのは本部の幹部級のみであろう。人外ハンター協会にしても同じことが言える。
「あぁ、そんなことを心配しているのか」
「そんなことって、公認チェックって相当厳しいですよね……?」
「というか、敬語になってるぞ」
「あっ…………」
指摘されて反論が止まった隙を突いて、彼女はどこからか、自分の着るものと似たような古めかしい軍服と、物々しい見た目のガスマスクを取り出すと、それ等をエツリに押し付けた。
「心配するな。私に任せておいてくれ」
というMの言葉を信じて付いてきたエツリがこれ。
「見ろ……
「マジかよ! もう一年は戻ってなかったのに……」
「おいそのリスト隠せ……! 奴に見られたら一巻の終わりだぞ……!」
ガスマスクの下でヒヤヒヤしながら、Mの自信たっぷりな表情を横目に確認していた。ガスマスクのインパクトに騙されず、服装の方を見るとペアルックみたいに見えるのがまた良くない。雑踏は彼等の姿を見るために一々止まり、二言三言と残していかないと気が済まないようだ。エツリは何かの本で動物園とかいうものの存在を知ったが、あるいはそこに展示されていた動物達はこんな気分だったかもしれない、と密かに同情した。
「なんすかそのゴシ、ゴシなんたらって」
「おい、声をひそめろッ……! 目を付けられるようなことは言うな……! 奴に敵視されたら終わりだぞ……」
「綺麗な見た目に騙されんなよ……中身は悪魔とそう変わらんバケモンだ」
機嫌良さげに池袋の地下街を歩くMとは対象的に、地下街の往来はどよめいていた。まるで不吉の前触れかのような見られ方をしているが、当の本人はまるで気にしていない。
出会った当初、彼女は「隅田川の方から来た」と言っていた。そのことから類推するに、彼女の本当の拠点は墨田エリアの方にあるようだが、どうやら各地を転々としているようで、この池袋エリアにも足を踏み入れたことがあるらしい。そういえば最近、隠れ家がいくつかある、とも聞いたな、とエツリは直近の会話を思い出していた。
「誰だ……?
「誰かと組んだのか……!? あの女がそんなはずは……!?」
「そんな訳あるか。どうせならず者とっ捕まえたんだろ」
「いや、見ろ。捕縛されてないぞ……」
視線が痛かった。歩いているだけで針の筵だ。今日だけでこのガスマスクが地下街内の隅にまで周知されたことであろう。エツリの方も彼女の知名度を甘く見ていた節があったが、それにしても目立ち過ぎる。顔を隠すためのアイテムのチョイスが悪すぎやしないだろうか。
(どうすんのこれ……)
Mは自信ありげだが、ここまで注目されているとなると、チェックのパスが非常に面倒そうだ。どうしたもんかと思案しながら歩いていると、Mがエツリの内心の不安を見抜き、その肩に手を乗せた。顔は見えていないはずなのに、ある程度面識のある相手には感情が筒抜けらしい。
「四日か。思っていたより急いでくれるみたいだ。助かるよ」
「…………」
「不安そうだね」
外では口が聞けない。個人を特定できるかもしれない情報はなるべく排除しろ、とMに言われている。そのはずなのに、彼女の方から話しかけてくるので、エツリはガスマスクの下で変な顔をしていた。何も返さないのも無視しているのではないかと思われそうで、頷いているんだから首を振っているんだか、よくわからない角度で頭を動かした。
「聞きたいことは拠点で聞くよ。今後の予定を詰めておきたい」
地下街の上り階段を上ろうとする彼等の背中に、警備の隊員は鋭い視線を向け続けていた。どこにいても歓迎されていないような気がする。いやむしろ、歓待される方が怪しいので、それはいいのだが、あまりにも露骨な敵意を向けられ続けていた。
池袋エリアは戦えない民間人を除けば、人外ハンターの割合が大きい。次いでガイア教の信徒やその協力者、討伐隊と続く。メシア教の関係者は入って来れない。
というのも、池袋エリアにアクセスできる位置には大抵、ガイア教の諸派か人外ハンター達のコミュニティが拠点を設けており、それが関門のような役割を担っているからだ。人外ハンター等も、自由に仕事がしたいという理由から、あまりメシア教の介入を良く思っていない。
厳密にはガイア教の大元は銀座に構えており、ここにいるのもあくまで〝分派〟だ。権力闘争に負けたガイア教徒等が遁走した先にある場所に過ぎず、また彼等が再起を狙って牙を研ぐ場所でもある。
「さて、ひとまずは小休憩だ。ここなら君も少しは気を休められるんじゃないか?」
路地裏から宝石店であったらしいテナントに入り、そのカーペットの下に隠されていた床下収納の扉を開くと、そこには階段が伸びていた。また面白い隠し場所だな、と感心していると、Mに背を押される。彼女はエツリより後から入ると、綺麗にカーペットがかかるように器用に扉を閉めた。
「長く使っていた場所でね。私としてはこちらの方が気に入っている」
以前いたようなバーの居抜きではなく、おそらくはMの趣味で揃えられたのであろう調度品が並ぶ、端然とした部屋が広がっていた。心許ない明かりの下にはクラシカルなソファセットが設置され、花瓶や置き時計など、生活するだけなら必要ない品目もいくつか置かれていた。あっちに置かれていたような武器類がない訳ではなく、布や隠し収納を使ってうまいこと見えなくしているようだ。
結構こだわり深いんだな、と、自慢しがいのない簡単な感想だけを浮かべながら、エツリは言われるがままに椅子に座らされた。その椅子もアンチティーク調で(椅子の足がくねくねしている!)高級感があり、何となく座るのに抵抗がある。
「こういうの何ヶ所あるの?」
「全部で五ヶ所だな。言っておくが、入っていいのは君だけだ。君の友人であっても、上野の隊長であっても、くれぐれも他言しないように」
「多分俺、変な魔法かけられたら簡単に口割りますよ」
「それを防ぐための訓練だ。それと敬語」
「あ、すいませ……悪い」
「次からは腕立てでもしてもらおうか」
鍛錬にもなるしな、と、彼女は腕を組みながら息を吐いた。回数を言わない辺りが非常に恐ろしい。
クッションが効いていて座り心地はいいが、居心地がいいかというと疑問符が浮かぶ。というのも、エツリからするとかなり場違いの感が強かった。砂埃と悪魔の血で汚れたガキが、価値も解っていない家具にべたべた触れるのを、彼女は嫌がらないのだろうか。
「それにしても、討伐隊少なかったな」
「あぁ、それ以外の派閥が自治を回しているからね。入り込む隙がないんだろう」
討伐隊もあるにはあるが、地下街の防衛はハンター等で事足りており、実質彼等の支援要員と化している。一歩が1秒先の命の岐路を決める地上では、所属する組織が違くともある程度は協力しなければ生きていけないということだ。実際思想的には中道の討伐隊は、基本的にはガイアや人外ハンターと敵対することはない。悪魔を前にして背後のニンゲンまで疑う余裕などないので、それも自然なことと言える。
「それで、具体的には何を?」
「畢竟、何事も上達には実践が最も易い近道だ。君には依頼で路銀の稼ぎを兼ねつつ、悪魔を相手にしてもらう」
協会の仕事は、防衛が基本的な業務である悪魔討伐隊と違って、こっちから当該悪魔を探し出して討伐する。どっちが悪魔討伐隊なんだかという感じだ。守るべきコミュニティが存在する以上、規律的な組織が保守的になるのも不自然ではないが、行動は縛られる。
対して人外ハンターの身柄は自由だ。仕事にノルマはないし、仕事の種類だってバラエティに富む。実力さえあれば成功できる仕事なだけあって魅力的だが、その分功を焦った素人が何人も誰にも知られぬ絶望を繰り返している。
「心配は無用だ。私がいるからな。基本的には手は出さないが、本当に危険な場合には私が解決する」
「説得力あるね……」
「これだけが取り柄だよ。まぁうまく利用してやってくれ」
自身の争い事の才能に関しては、彼女は便利な反面疎ましいとも思っているらしい。喋り方からも類推できるが、理性的な振るまいが彼女の目指しているところなのだろう。内心に激情を秘めているからこそだろうか。
「まぁ……この三日はそれも叶わない。無論、無為に過ごさせてやるつもりはないよ。この間に準備をしよう」
「準備?」
「まずは土地勘を得てもらう。依頼をこなすにも地図に明るい方が有利だ。有り体に言えばそうだな……散歩しよう」
「さ、さんぽ?」
「そう。散歩だ」
散歩をするらしい。本当に散歩。彼女の案内で池袋駅の周辺を歩き、目で見て覚えてもらうとのことだ。ついでにガートドッグの散歩も兼ねるとかいうので、いよいよ始まる訓練のために張り詰めていたエツリの緊張感は、ぱちっと切られてしまった。
「それにしても、ガスマスクは取ったらどうだ? ここには私しかいないよ」
「…………」
「強情だな。照れているのか?」
「そんなんじゃ……! んん……」
見ても面白くないだろうに、なぜか素顔を暴きたがる。高架橋上の一件があってから、Mとの距離感が非常に難儀なものとなっていた。いや、言語にしてみれば単純だが、純な少年の初心には、彼女は魅力的すぎる。どうやってもペースを掴めそうにない。ただ一つ良かったことがあるとすれば、彼女がよく笑うようになったことか。
あれから三日間、Mの言った通り、朝昼夕と散歩をしただけだった。とりとめのない会話をしながら、たまーにMが「あそこは覚えておけ」と指を指す。それに「わかった」と答え、後はやはりひたすら歩く。ガートドッグが足にまとわりついて歩きにくいったらないが、とにかく歩く。昼になったら池袋駅に戻り、協会で食事をしてまた歩く。一日かけてエリア内を一周した後、非常に丁度いい塩梅の疲労感に包まれながら眠る。それだけ。
「いや、ホントに! ホントに俺は床で……!」
「ダメだ。来い」
眠る時は、エツリは床に段ボールでも敷いて眠るつもりだったが、無理やり彼女に腕を引かれ、足を伸ばしても膝まで置ける大きなソファに並んで眠ることになった。
(………………ねっ、眠れるかぁッ!!)
一日目は彼女の方から感じる、ヒヤシンスのような心地よい香りが気になって眠れず、二日目にしてようやく疲労で眠れたが、眠っている時でさえ赤面を隠すためにガスマスクを外せなかった。
そんなこんなで、目眩すら感じるような美人とめくるめく三日間を送ったエツリの感想はこう。
(距離感バグってる……)
ドギマギしているエツリの様子に気付いているんだかいないんだか、何をするにも距離が近い。眠る時は上記の通りだし、何か教えようという時には頬が擦れ合うのではないかというほど近寄ってくるし、すぐに腕とか肩とか掴んでくる。多分誰もが想像している通りだが、エツリは慌てふためいてアワアワ言うしかなかった。
気が休まるような休まらないような。少なくとも最近までの臨死体験ラッシュで蓄積された肉体的な疲労は完全に解消されたであろうが、精神的には余計な疲労を抱えてしまった。
「さぁ、約束していた日だが、どうなっている?」
「全く気楽なもんだな。こっちは協会本部にドヤされまくって大変だっつーのによ……」
協会に着くなり、Mは挨拶もなしに本題から切り出した。掲示板は相変わらずビカビカ光っており……今週の依頼達成数上位者の名前が並んでいた。ヘルナースなんてヤバそうな名前も上の方にある。ランキングに載る名前は大体固定化されていて、時折下の方に中堅の名前が載ったり載らなかったりする。
「そっちのガスマスク。携帯出せ」
言われた通りに携帯を出した。事前にプラグインで細工をしており、他人が勝手に操作したりできなくなっているが、念のため店主の利き手と思わしき位置から離して、手に持って携帯を見せた。
「登録するぞ。ハンター名は?」
「〝コーエン〟だ」
口を開けないエツリに代わって、Mがハンターとしての名前を答える。ちなみに名前はたった今彼女が即興で付けたものだ。
不思議な響きに、店主は端末を操作しながら怪訝な表情を浮かべた。エツリの携帯に登録表の画面が表示される。しっかりと〝コーエン〟の名前が登録されていた。
「コーエン……? 妙な名前だ。さぞ高尚な絵描きなんだろうな」
「太平洋に浮かんでいる方だよ。以前は〝ツギハギ〟なんてハンターもいたらしいじゃないか。まだ普通の名前だと思わないか?」
「…………まぁいい。早速仕事がしてぇっつーんなら、右の掲示板を見ろ。ルーキーに任せられるのはあんなもんだ」
ツギハギ、という名前が出た瞬間に、店主はこれ以上話が進行するのを嫌がった。Mは呆れっぽい笑顔を見せながら、手で追い払う仕草をする店主に従って横にはけた。
四台を四方に吊り下げる電光掲示板とは別に、カウンターの隅にも、上のものの半分程度の大きさの掲示板が立てられている。端末をかざすと情報が相互に共有され、エツリの端末にも依頼が順に表示され始めた。
「心配いらなかっただろ? 〝コーエン〟」
名前を出しただけで協会に融通が効くというのはどういう了見だろうか。Mへの畏怖の念を増大させつつ、エツリは依頼を確認することにした……やはり横から覗いてくるMの顔が近い。ガスマスク越しでも、彼は身じろぎしそうになる。
「依頼者、死ン宿の死ンデレラ……? なんだこれ」
「依頼者の信用については気にしなくていい。協会が仲介しているからね」
スライドして一つ一つ確認していく。グリフォンの爪の納品、これにはMが簡単過ぎると首を振った。妙経寺に巣食う悪魔を討伐せよ、これにも難色を示した。こっちはMでも少し準備がいる程度にはヤバめの依頼らしい。他には、ミロク派復権を目的とするガイア諸派連合の…………なぜかガイア教団の勧誘が混じっている。
後はやはり可食悪魔の討伐兼納品が多かった。ここではオンモラキを標的にしているようだ。体当たりと汚い言葉遣いだけが武器のカタキラウワとは違い、火炎魔法を使ってくるのが面倒だという。
「そうだな……一回目くらいは私から提案しよう。それを見てくれ」
Mが指差した依頼をタップして、詳細画面を開く。他の雑な依頼と違って文章が易くも丁寧だった。依頼者は商隊らしい。
「えー……護送作戦。重要財産を輸送する部隊の護衛、及び護送中の敵性勢力の排除」
輸送する品目は不明。というか中身について探ってくる奴は〝首〟にすると書いてある。クビではなく首と表記している辺り、雇用解除とか穏便な意味ではなさそうだ。
「私の知り合いの依頼でね、池袋駅、つまりここから、高田馬場まで行く」
「高田馬場……? 新宿じゃないんだ」
「あぁ。彼等がよく使う方法だ。経由地をいくつか作り、その度に護送隊を解散し、事前に依頼しておいた別の護衛隊と交代させる」
「ふーん……」
護送任務。物品輸送という性質上小回りが利かず、大人数での行動になるのでかなりの回数会敵する。強奪目的のチンピラや悪魔達が、大通りを闊歩する目立っている集団をそっとしておいてくれる訳がない。
ただ、万が一の時はMがいる、というのがエツリの緊迫感を大分緩和させていた。彼女もただ付いてくるのではなく、受注して同行するという。おそらくはエツリが戦っている最中の相手には手出しをしないが、他の露払いはする、くらいの立ち位置にいるつもりなのだろう。
「早速依頼者に会いに行こうか。作戦の決行日を聞きに行かないと」
「知り合いなんだっけ」
「あぁ。二度、仕事を請け負った。とはいえその程度の仲だ。向こうがどう思っているかは知らないが、私としては……まぁ悪感情はなくとも、好ましい部類ではないかな」
ストレートな物言いが多いMが含みっぽい言い方するので、エツリは首をひねった。
「いやぁどうもどうも!! またあなたに護送を受けていただけるとは! 全く感激の至りでございますッ!!」
「あぁ」
「ややっ!? そちらの方は
口では答えられないので、エツリは若干押され気味になりながら握手で応対した。Mは確かに、こういう喧し……騒が……賑やかな人は苦手そうだ。
この喧しい男は名前を明かさなかった。仕事柄ということなのだろうか、それとも別に含みがあるかもしれない。そういうのもMをして〝好ましい部類ではない〟手合いと言わしめる要因だろうか。
「
「あぁ」
「お話が早ぁいッ!! 心の底から助かりますよ!! もう! 商売上手ですね!!?」
「あぁ」
地下街の一室を貸切にして話を開始してから、Mは「あぁ」か「いや」しか喋らなくなった。表情は素顔のはずなのにまるで鉄仮面を被っているかのようだ。
「ルートとしましてはこんな感じで……まぁ細かいことはいいでしょう!!
「あぁ」
「本日は一旦お開きといたしましょう! では翌る日、お二人とも、くれぐれもよろしくお願いしますねッ!!?」
〝商人〟はMとエツリの手を同時に取ると、二本まとめてぶんぶん振り回した後、常に後ろに控えさせていた武装した男を伴って部屋を出ていった。まだ耳がキーンとする。Mの方は人の気配がなくなると、途端に眉間を指で押さえ、大いに息を吐き出した。
「なんか、すげー人だね……」
「あの喧しさが何とかなればな……」
報酬については申し分ない。まぁまぁな額のマッカ(雑魚討伐隊員的見地からすると、めっちゃ大金)と、いくつかの消耗品を融通してくれるそうだ。護送中についても、少数だが包帯や安価な薬品を用意してくれている。どうやらそれなりの年月をこの商売で食ってきた様子。どうすれば人を集められるのかも心得ているようだった。
池袋駅から直接南下するのではなく、西側から迂回して目指すらしい。また瓦礫の崩落工合が激しく、道のりは思ったより楽ではなさそうだ。予想される戦闘の回数、相当量の貨物を背負う輸送隊の疲労を加味して、途中で一度休憩を挟む。一時間や二時間の小休止ではなく、万全を期して一泊する予定だ。
「本日はよろしくお願いします!
「あぁ」
西から大回りする理由について、商隊専属だというハンターに聞いてみたが、「部外者が余計なことを詮索するな」だそうだ。
これはMの見解だが、鬼子母神を避けるためだという。あの辺りはガイア教の中でもミロク派と呼ばれる派閥が存在しているようで、しかも奴等はかなり好戦的だ。数年前、ガイアの頭の座を他の派閥に取られたのが相当琴線を揺らしたのか、いつも殺気立っている。
商隊専属ハンターの二人は、Mを激しく意識しており、ちらちらと視線を向けては何かぶつぶつと話し合っていた。彼女はどこ吹く風だが、彼等にしてみれば、雇用主が自分達以上に頼りにしているハンターが突然現れ、仕事に同行するとなれば、己の立場を危ぶまずにはいられないのだろうか。
「〝コーエン〟、油断するな。私の予想ではもう――――」
「ヒョォォォーーンンン…………!!」
(早速すか……!)
商隊が駅を出発してから十数分。Mがたった今述べかけたように、敵襲だ。ヌエの独特な鳴き声が通りに響き、エツリとMを含めた計五人の護衛役が一斉に臨戦態勢となる。ヌエの方も群れを成しており、頭数で言えば不利だ。いや、Mがいる限り不利ということはないのだが……。
「ヒョオーーー……!!」
「ぐっ……痛ぇな……!」
ビルの間から飛び出してきたヌエの一体が、護衛隊に囲まれるようにして庇われている輸送品を狙う。咄嗟にエツリが間に入って刀で爪を受け止めるが、正面からの力比べでは悪魔に敵わず、伸びた爪がエツリの前腕に食い込んで太い引っ掻き傷を付けた。
しかもその一体の突撃を皮切りに、何匹も後続が同じように輸送品めがけて突進してくる。一体に苦戦している場合ではない。
「せァッ!! ははァ!! 温いぞ!!」
「こちらは任せろ! お前はもう一体を!」
五人のうち、専属ハンターであるらしい二人の男は連携してヌエを倒していた。対してM、エツリ、そしてもう一人のエツリとそう年の離れていなそうな少女は、各自でヌエに対処している。
「ザンッ……!」
ヌエの足下に衝撃をぶつけ、強制的に体幹を揺らして体勢を崩させると、その前足の内側に入って体表を斬り付ける。剛毛と硬い皮膜が刀を跳ね返し、その体から切り離せたのはハラハラと数本の体毛だけだった。
反撃で振り下ろされるヌエの腕を回し蹴り(Mの見よう見まね)で弾くと、彼は斬撃では有効な攻撃にならないと思い、刀を寝かせて切先を向けた。
「やッ……!」
風龍撃と名付けられるべきか、すっかり得意技となった衝撃魔法をまとわせた刀が、ヌエの胸ぐらを易々と貫き、その後ろで君の悪い動きをしていた蛇の尾までもを刺し貫いた。こいつらは衝撃魔法が弱点のようだ。
「ヒゥゥーーー!!! ヒンンンーッ!!」
「うっせーのは…………!」
一人で十分だとか言いそうになって、エツリは慌てて言葉を切った。本人を背後にしてそれはあまりにも失礼だ。引き抜く時に刃を捻ることで確実に傷口を抉って殺すと、彼は前に倒れ込んでくるヌエの遺体を蹴飛ばして寝転がした。
その横で、Mはなんと最初に一撃で斬り殺したヌエを除き、他の個体三匹には傷を付けず、しかも輸送隊に全く攻撃を通していない。わざわざ傷付けずにいるのは、言外にエツリにこう言っているのだろう。お前が戦って始末しろ、と。
急いでそのうちの一匹を横から斬りつけて注意を引き、Mから引き剥がす。二体目のヌエは横薙ぎに爪を振るったかと思えば、その勢いのまま尻尾を振り回し、エツリの近付かない距離から攻撃してきた。
(だから痛ぇっての……!)
尻尾の蛇に腕を噛まれ、骨まで牙が刺さっているのではないかという強烈な痛みがエツリを襲う。だが彼はそれで怯まず、噛まれている腕ごと尾を引っ張り、張り詰めて伸びた尾の中頃を乱暴に叩き斬った。
輪切りにした切り口から勢いよく血が吹き出し、エツリのガスマスクにかかる。凶暴性を増したヌエの腕がやたらめったら振り回され、そのうち一回だけが彼の体を掠めた。肩を爪で切られ、少しだけ流血する。今のが直撃でなかったことは幸いだった。
「いい加減、大人しくしろッ!」
両手を地面に付いた極めて低い体勢から、彼は斜め横に大回りするような蹴り出しを繰り出した。振るわれるヌエの腕の下から懐を通り、その腹部を強く蹴り付ける。迂闊にものけ反って一瞬動作を止めたヌエの胸には、柄頭を胴体に当てて全体重をかけたエツリの刺突が直撃していた。
「キュンンン……ヒュオォォ……」
肩で息をしながら、エツリは仄かな達成感を感じていた。殺し自体は不愉快だが、上達の感は悪くない。
というのも、神様でも勝ち筋が薄そうな激ヤバの怪物(M)を相手にした経験が、彼に余裕を持たせていた。この余裕というのはあるとないとではかなり差が大きい。体がより自然に動作し、その分読まれにくくなるし、疲労も減る。以前の、ここまでいくつもの死線を掻い潜ってくるより前のエツリであれば、オニを相手にした時同様、ヌエ一体にもギリギリの勝負を舞うことになっただろう。そういう意味で言えば、成長したのは地力ではなく、場数の蓄積による無意識の戦闘知識であった。
(いや、やっぱきっつい……)
激しく動き回ったことで心臓が弾むが、まだヌエは数匹残っている。Mが九体をあっけなく斬り殺し、その奥では専属の二人が協力して五体を黄泉送りにしていた。それにエツリが倒した二体を含めると、まだ暴れているのは残り二匹。
そして、彼等の中で、まだ一体もヌエを撃破できていない者が一人いた。
「くっ……!」
少女は白い鳥の姿をした悪魔と共に激闘を繰り広げていた。ハンサと呼ばれるその悪魔は電撃を操るが、ヌエの厚い体躯とゴム質の皮膚は、電気を簡単に地面に流してしまい、ジオが全く効果がない様子である。
「あッ!?」
少女を庇ったハンサが殴り飛ばされる。彼女は短槍を顔の前に構えるだけでそれ以上動くことはできず、大きく振りかぶったヌエの影に覆われて怯え、思わず目を瞑った。
「ヒョオォオオオーー!!!」
「嫌っ……!?」
甲高いヌエの鳴き声に震えながら体を縮こませる。ハンサは動けない。近くにいる専属ハンターは全く関心がないとくれば、彼女は絶対絶命だった。
「ザン!!」
それを見逃せるエツリではなかった。ザンはヌエの顎下に直撃し、体と脳を激しく揺さぶって薙ぎ倒す。
「えっ…………」
驚きのあまり声を漏らす少女と目が合った。咄嗟に動いてしまっただけのエツリは何も言えない。大丈夫か、とか、安心しろ、とか言えれば格好が付いたかもしれないが、ただ目を逸らすこともできずに気まずい沈黙を演じた。
「………………余計なことするなッ」
少女は悪態を吐くと、ザンの衝撃で立てなくなったヌエにトドメを刺した。上から馬乗りになって、体重で無理やり首に槍を刺し通すという方法で。
彼女は肩で息をしながら携帯を操作し、負傷した仲魔を帰還させると、キッとエツリを睨み付けた後に背を向けた。別段悪いことをした訳でもないのに、彼は所在なさげに空中で手をウロウロさせるばかりだった。
・ツギハギ
陸軍に在職していた男。フジワラと共に人外ハンター商会を設立。後に紆余曲折あって〝協会〟に名称が変更する。現在は人外ハンター協会から離れ、消息不明。
・ガイア教団の勢力図
前任者ユリコの信奉者をそのまま継承したアシズ派が現状のトップ。第二勢力にミロク派があるが、規模に二倍以上の差が付けられている。次いでミトバラ組が三番目に来るが、影響力はアシズ派とミロク派の足下にも及ばない。
なんかようやくそれっぽい真4要素に触れていけそうやね。まぁしばらくは後書き欄にちょろちょろ補足が入るだけなんすけど。
つーか誰か詳しい人教えてほしいんすけど、ケニングと迂言法って何が違うんや?