赤クソ(ガイア)と白クソ(メシア)とクソ(他)   作:イリノイ州の陰キャ

23 / 28

前回のあらすじ
 エツリ、人外ハンターになる。同時にようやく上野エリアとその周辺を出て、池袋エリアで活動開始。護送任務スタート。

五話 「呪札」→「呪殺」
 誤字報告ありがとうございます。全く確認していなかった節の誤字だったので、言われなきゃ多分ずっとこのまままでした。サンクス。



またしても何も知らない討伐隊員君(推定17歳)

 

 あれから何度か悪魔の襲撃を受けつつ、彼等はそれを捌き切っていた。途中でエツリがついついあの危なっかしい少女に助け舟を出し、それについて怒られるというのが二度あったが、まぁ何と言うべきか……程々に順調な行軍だ。

 

「あの建物は昨日見たね。淀んだ空気が流れやすいのか、放っておくとよく悪魔が住み着いているから、身を隠すには使いにくい。定期的に討伐依頼が届けられているよ」

 

 口を開けないというのに、Mはお構いなしで話しかけてくる。何のリアクションもしないのは彼女に悪いので頷いたりそれっぽい身振りで返して、なるべく自然に見えるように努めているが、Mの方が他の護衛役や輸送隊の目を引いているので、どうあってもやりにくかった。

 とはいえ、話しかけてくるなというのもそれはそれでかわいそうだ。エツリは敵襲に備えて最大限気を張っているが、彼女はそのあまりの強さ故に警戒の必要がない。大抵は目のいいエツリより遅れて敵に気付くのに、まだエツリが行動を起こすより前に悪魔を殺しているなんてことが何度かあった。地力が違いすぎて注意力も発散しているのだろう。

 つまり彼女からしてみれば、道中はかなり暇なはずだ。雑談に興じたくなる気持ちは解る。それにデュラハンがぽろっと漏らしていた話から察するに、その落ち着いた雰囲気に反して、Mは意外と歓談が好きなタイプであるらしい。

 

「あそこ、魔力障壁かな、君には見えるんじゃないか?」

「…………!」

 

 Mが指差した方向には、確かにおどろおどろしい色の生体マグネタイトが壁を成していた。彼女は目視で発見するエツリとは違い、経験則や痕跡の有無で判断しているようだ。

 

「ミロク派の仕業かな。最近は大人しいと聞いていたんだが、そうでもないのか」

 

 このあたりでガイア教団が動いているとすれば、真っ先に疑われるのはミロク派の連中だろう。当然ガイア教には関係のない別の勢力の仕業とも考えられるが、好き勝手に障壁を使って通行を限定しようというのは奴等のやり方に近い。

 エツリが生まれるより前、しかも相当前に壊滅した組織である〝八部連合阿修羅会〟が同じような強引な手段をよく使っていたらしい。その残党が流入しているミロク派では、己の肉体を武器とすることの多いガイア教では珍しく、かなりの頻度で仲魔を活用し、戦闘でも仲魔を主体とする。

 

「となると少し、行き先不安だね。この先に教団の〝あぶれ者〟が網を張っているかもしれない」

 

 言葉の割に全然不安そうにしていないMの忠告に対して、彼は神妙に頷いた。エツリ的にはガイア教徒のサンプル数が少ないので、彼等を何かしらの指標を以て評価することはできないが、ただ中道である討伐隊と仲がいいかと言えばそれはそれで違う。

 ガイア教徒に面識のある者は二人。ヒバチとソメガミのどちらも、おそらく大多数のガイア教徒とは違う。判を押したように力とか自由とかがどうこうほざいてる連中と違って、彼等は何となく、力や自由というよりは、具体的な目的意識が強かった。

 

「相手が人でも躊躇うな。でなければ君がああなる」

「……」

 

 彼女の視線の先にあったのは、見慣れた黒い迷彩を着た男の死体だった。仲間に見捨てられるでもしたか、討伐隊員は一人で死んでいた。弔おうにも今は依頼請負中、しかも、遺体の状況は最悪だ。悪魔や虫に屍肉を剥がされ、薄茶の痛々しい骨が所々露出している。しかもその周りに衛生害虫が集まり、酷い死臭を伝播させていた。

 

 

 

『アンタら、ちょっと待ちなァ!』

 

 通りを回って路地を歩いて時、ここしかないという狭い道に立ちはだかる、エツリの胸の半ばほどの全長の悪魔に話しかけられた。

 悪魔は鳥の形をしていた。翼がところどころ結晶化……いや、宝石のような石と化してきらめいており、その灰色の翼や尾羽に色とりどりの輝きを招いていた。というか、宝石がより映えるように羽色が地味なのかもしれない。

 

「何の用だ」

 

 隣から機械でも通しているのかというレベルで平坦な声がした。普段(というか隠れ家にいる時)は上機嫌で弾むような話し方をするし、少なくとも他のニンゲン相手にも、もう少し抑揚がある。エツリは底冷えするような畏怖の念を感じつつも、何なら同様にちょっとビビってる相手方に続きを促した。

 

『このアリカント様を知らねーとは……さてはモグリだな?』

「何の、用だ」

『っとイけねぇ。ま、話は簡単だぁ。ここを通りたかったら、宝石を置いてけ!! ヒスイでもメノウでもターコイズでもいい。とにかくいいモン置いてけや』

 

 と、いうのがアリカント様の要求。悪魔がしてくるモノねだりの中では下から4か5番目くらいの面倒さか。上は親子にガキのはらわたを食わせろとか、発散のために女を置いていけとか、あるいは問答無用で全員死ねとか。まぁどちらにしても交渉にはならない。

 

「話にならないね」

 

 Mがいる時点でこうなるのは解っていた。そもそも、彼女からすれば悪魔の要求など聞く意味もない。なぜなら反故にしようが何だろうが、腕っぷしで適う者がいないのだから、どうしようもない。どちらにせよ、後ろで殺気立っている専属ハンター共が刀を抜くだろうが。

 

『キッ……キキーッ!! そんならここは通せねーぜ? シマん中を好き勝手移動されちゃ、仲間の悪魔達にメンツが立たねぇ。他を当たんな!!』

 

 エツリに手掌で続きを促されたアリカントは調子を取り戻し、そんなことを言った。悪魔にもコミュニティみたいなものがあるようだ。人類のそれより突発的でランダムなものではあろうが、一応の社会性的な、それに準じる行動理念を持ち合わせている個体が、中にはいるらしい。

 エツリ的にはちょっと好感触だった。特に後文の他を当たんな、なんて文言。悪魔にしては理性的だな、とかのほほんと考えていると、Mの方から薄墨のような寒々とした怒気が漏れ始めた。

 

「では、死ぬか?」

『キッ、キキキ……や、やろうってのかい』

「お前次第だ」

 

(ま、まぁまぁ)

 

 全く逡巡の素振りも見せず、即座に刀を抜いたMの間に入り、エツリは慌てて彼女の肩を軽く叩いて宥める。アリカントの方にも言い分があるようだし、それをこちらの事情で即斬り捨て、というのもかわいそうだ、というのがエツリの意見。

 

「君な……先程話をしたばかりだろう。ニンゲン相手ならまだしも、野良の悪魔に情けを見せるというのはどういう了見だ?」

 

(返す言葉もない……)

 

 当たり前だが彼は変人だ。普通の東京人なら、悪魔との力関係において不利を強いられているとか、その悪魔の能力に価値があって、勧誘したいとかでもなければ、交渉には応じない。自分達より戦力が劣っているならば尚更だ。しかしシルフと長い間を共にしているエツリからすると、敵対というほど敵対せずに普通に喋れるというだけで、同情心を禁じ得なかった。

 会話が成立しているだけ珍しい。ニンゲンなんて最初からエサと決めてかかる悪魔の多いこと。そのために死ぬこととなる悪魔もまた多いが、東京に巣食う悪魔の数はもはや、生きているニンゲンの数倍にも及ぶだろう。これは想像でしかないが、おそらく今も増え続けている。

 

「…………解ったよ」

 

 Mは心底呆れたという風に、わざとらしく、これ見よがしに、大いにため息を吐くと、不承不承ながら刀を収めた。

 とはいえエツリには宝石の持ち合わせなどない。魔石を複数譲ることで手を打ってくれないかと思案していると、Mが懐から青く光る宝石を取り出した。

 

「持っていけ」

『キキーッ!! こいつは良い光りモンだぜぇ!!』

 

 Mが雑に投げた何らかの宝石に飛びつくと、アリカントは何だかこっちが笑いそうになるハスキーな声で喜んだ。

 

『へへっ! これなら文句はねぇ! この辺りは顔パスにしとくぜ! キキキッ!』

 

 飛び跳ねるようにして道を開けるアリカントの横を、一行は一瞥もせずに通り抜けていく。あんな立派な羽があるのに地面を跳ねて移動する姿は、ちょっとかわいらしい。

 本人(本悪魔?)はたった今投げ渡された宝石に夢中でこちらのことは見えていないようだ。悪魔の目は暗闇なのにはっきりと輝いていた。

 

「意外だと思ったかい?」

 

 不意にそんなことを聞かれ、エツリは思わず本心のままに頷いてしまった。彼女を卑下する意図はないが、こういう時彼女なら、実力行使でさっさと済ませてしまうものだと思っていたので、穏便な対応に面食らっていた。

 

「……おそらく以前の私でも、同じことを思っていただろうね」

 

 心境に如何なる変化があったのか、Mの自虐っぽい笑顔はいつも、彼女の実力との乖離が激しい。アリカントが味を占めて余計に要求をしてこなくて良かった。お互いに穏便に済むならそれが一番いいはずだ。それは彼女の心身にとっても。

 

「気にするな。私にとっては無価値なものだ。金も……まぁあればあるだけ困らないが、一財産と言える程度には隠してある」

 

 エツリは言語化できない散りばめられたカケラのような、複数かつ互いに遠い部分的なところで、感覚的に彼女の内心を感じ取りつつあった。というのは、殺生という行為に、やはりそれなりの忌避感を感じているはずなのだ。何なら敵対するならやむを得ないと割り切れるエツリよりもずっと強く、そう思っているのではないだろうか。

 何故かと言えば、

 

(…………)

 

 エツリに止められた時、彼女はほんの一瞬、彼にしか見えないような僅か間のみであったが、心底安堵したかのように表情を緩めていた。

 

 

 

 休憩地点として目を付けていたらしい、原形を留めている雑居ビル内の一室で、エツリは流石にわずらわしくなってガスマスクを解いていた。

 部屋に入った瞬間に、Mが何か変な紙を持ちながらぶつぶつと唱えていたのは、外から中の様子をうかがうことができないようにする何らかの措置であろう。というのもエツリの目には、部屋の壁や床や天井に、薄らと魔力が通っているのが見えている。Mの隠れ家のそれよりも微弱だが、少なくとも聞き耳を立てることはできないはずだ。

 

「しかし君はアレだな……」

「な、なに?」

 

 彼女は突然含みっぽいことを言い出した。そこはかとなく悪い言葉が続く予感がして、エツリは身構えた。

 

「下手だね。刀の使い方」

 

 あぁやっぱりか、なんて思いながら、エツリはそれでも少なからずショックを受けていた。もう少なくとも五年かそこらは刀を使っているはずなのに、Mの評価からすると、下手くそらしい。おそらく彼女に比べてという意味ではなく、彼女が知る中でも、ということだろう。すなわちMに比べたらみんな下手くそだろ、という言い訳は通用しない。

 

「どう言えば丸いかな……」

 

 その前提を口に出してしまった時点で、二の句はオブラートがかかっているというのが丸分かりだ。ちょっと悪目に捉えなければならないという、己への贔屓目との格闘に備える準備をすると、Mはどこか申し訳なさそうに片手を開いて見せた。

 

「いや、あえて率直に言うが、才能がない」

「さ、才能」

 

 刀の才能がないらしい。下手ならまだしも才能がないときたか。Mは実はエツリの絶望的な伸びシロに、このところはどうしたもんかと思案していた。

 結局本人に伝える以外に術がないと思い至ったのは、ヌエを相手にした攻防を見た時だった。エツリというニンゲンに刀が合っていない。これはもう相性の問題だ。

 と、言われても……エツリの方にも術はない。討伐隊の武器は基本的にこれで、若干の長さやら洋剣のショートソードかを選べるくらいだ。習熟していない者に持たせる武器としては、ぶっちゃけ何ら違いはない。

 

「どうしろと……」

「すまない。言い方が悪かった。確かに人より一層の努力を求められるだろうが、全く未来がないという訳ではない」

 

 それを教えると言い出したのは私の方だからね、と、Mは苦笑しながらフォローした。

 

「剣士のハンター達がよく使う技を伝授しておこうか。刃物なら他の武器でも扱えるような基本的な動きだ」

「い、今から?」

「何、悪魔の業を教わる時と同じだよ。技量に依拠する技ではないからね」

「へ、へぇー……」

「近くへ。すぐに済むよ」

 

 その夜、エツリは眠れなかった。

 

(うう……)

 

 技を教える場合に多いのは、魔力を伴った呪言を耳に囁く方法だ。この奇跡的な美人が、少し身じろぎしたら顔が触れそうな位置から、柔らかな声で耳打ちをしてくるという訳。げに恐ろしきシチュエーションか……。

 彼女の肩で擦れる赤毛から涼しげな匂いがして、思わず彼女の方を振りむいてしまった時、作為的に作ろうとしてもそうはいかない美しいシンメトリーの顔があった。

 

(…………気が変になりそうだ)

 

 元から知っていたことだが、彼女が怖気すら感じる美人であるということを改めて知った。またその人がすぐ隣で猫のように寄り添い、互いの体温で温まりながら眠っているという事実。今後はもう、他の女性を見ても何らの感情も抱かないのではなかろうかという恐怖があった。しかも彼女は……

 

(今なら……)

 

「どうした?」

 

 彼女はエツリが抜け出そうとすると途端に目を覚ます。

 

「何か問題か?」

「い、いえ……」

 

 そしてガラス玉のような目で見つめてくる。そうなればおずおずとその場に戻り、大人しく横になるしかなかった。逃げられない。彼女の美しさからも、頭の中に浮かぶ卑賎な欲求による妄想からも。

 

 

 

 慣れないもので、エツリは今日もあまり眠れなかった。今までどんな環境でも眠れると自負していたが、撤回しなければならないようだ。

 

『死ぬがいいッ!!』

 

 のっけからラームジェルグの一団に襲われ、一行は苦戦中である。数が多い上に連携紛いのことをしてくる。しかも剣の扱いに関しては、あちらの方に僅かに分があるようだ。

 

「くッ……」

『哀れなものよ……子供が、鉄火場に立つ世か……しかし容赦などせんぞッ。それが我等の本能なれやッ!!』

『死ねぃ、死ねぇ、死ねぇい……』

『キェェェーーー!!!』

 

 人語に関しては個体差が激しい。おそらく怪我をしている部位によるものか。ほぼ奇声しか発していない奴は、生前頭をかち割られて死んだようだ。

 エツリは同時に三体ものラームジェルグを相手取り、すんでのところで致命傷を免れる立ち回りを要求されていた。戦士の亡霊というだけあって、型のある攻撃をしてくる。剣に習熟している者ならまた見方が変わったかもしれないが、エツリにすれば獣より余程戦いにくかった。彼の小手先の思い付きは通じない。

 

『その程度か小僧!! どうした! まだ血を見るには早いぞ!!』

 

(いい気になりやがって……)

 

 そっちは三体もいるくせによ、とか思いながら、エツリは囲まれないように走り回って引き付ける。Mに頼るのでは何の意味もないし、専属ハンター共が助けてくれる訳がない。というか二人で二体を悠長に相手している。あの少女に関しては一体を相手にするのがやっとで、それもハンサと協力しながらでも押し切れないという有り様だ。

 つまりこいつらの一匹が、一行のウィークポイントとなりつつある少女のほうへ向かわないようにするためにも、結局エツリ一人でやるしかない。

 

「…………シッ」

 

 まるで糸で引かれたかのように、筋肉によらない驚異的な動きで腕が横にそれ、一寸のブレもない完全な直線軌道の二連撃がラームジェルグの盾を叩き落とす。彼はそれを間髪入れずにザンで弾き飛ばした。

 

『なにッ!?』

 

 エツリが繰り出したのは、昨日の夜にMから伝授された、あらゆる魔法的剣技の基本形とも言える技、〝絶妙剣〟だ。

 

「せッ……!」

 

 動きが不自然なのは、動きを最適化するために腕の表皮から生体マグネタイトを噴出し、そのブーストで軌道を制御しているからだ。しかもそこまで消費しないので、連続して使える。

 

『がッ、ば…………』

 

 一体目のお喋りな奴の首に刀が刺さり、続け様に振り下ろされた斬撃がその傷をさらに斬り進める。大量の出血で一気に意識が混濁したところで、古寂れた剣が刺さった腹を、その剣ごと蹴り付けてぶっ飛ばす。これで少しは静かになるか、なんて考えている暇もなく、次弾が着た。

 

『死ねぇぇい!!!』

『キェェェエエエィ!!』

 

 エツリを挟むようにして両側からの奇襲。どちらも横薙ぎで、上下に逃げ場はない。片方は刀で弾いて流しつつ、地面から足を離し、空中で地面と平行になるように体を捻る。二本の剣とその間の彼とで漢数字の〝三〟を描くようにして回避した。

 

『ぬぅッ!? 死なんッ!?』

 

 着地と同時に片方の腹を蹴り付けて遠ざけ、もう片方の追撃に渾身の一撃を振りかぶる。ガギィッ! とかヤバめの音がして、ラームジェルグの錆びついた剣に刀が食い込んで、強力な振り下ろしと打ち合ったラームジェルグの手が震え、剣を取り落とした。

 

「これでッ!」

『キョオオオオオ!?』

「何ッ……」

 

 トドメを刺そうと居合のように構えたエツリの背後から、蹴飛ばした方のラームジェルグが復帰して剣を振り翳した。咄嗟に避けようとした瞬間に、エツリが剣を弾き落とした方が、ラウンドシールドを勢いよく突き出して彼のガスマスクを殴りつける。

 

『今度こそ死ねぇいッ!!』

「ぐぁ……」

『キエエェェェーーーイィ!ッ!!』

「や……!?」

 

 ザク、と、エツリの左肩にボロボロの刀身が食い込んだ。一撃の重みで思わず片膝を突き、刀を持っている方の手で地面を押さえてしまう。

 

「あ、ぁッ……!」

 

 突然の痛みに叫びそうになるところを、彼は直前で何とか声を抑えた。どこから正体がバレるか解らない。討伐隊であることが判明したら、協会からは勿論、隊からも排斥されることとなるだろう。

 ノコギリのように肩をズタズタに切り裂きながら、後ろに引き抜かれていく痛みが、視界を縁取るようにして急激に冷静さを奪っていく。痛みで涙すら出そうだが、焦れば敵の思う壺だ。

 

『死ねぃッ!!』

 

 死ね、しか言えない方が歓喜の声を漏らす。ガスマスクの中でエツリのこめかみの血管が浮いた。

 

(うるせぇな…………)

 

 完全に前後を取られ、しかも頭上で思いきり二本の剣が体と合わせて弓なりに引き反られていた。振りかぶった剣を同時に振り下ろしてくる気だ。地面にへたり込んでいる場合ではない。

 

「飛べッ……!」

 

 肩の傷からして、先ほどのようなアクロバットな回避行動は間に合わない。彼は形振り構っておられず、蹲る自分の真下に向けてザンを放った。その衝撃を利用して、周りを囲み、今にも剣を振り下ろそうとしている二体のラームジェルグを、自分ごと吹き飛ばした。

 

「がッ……う……」

 

 衝撃波の中心点にいたエツリが一番大きく飛ばされ、また二体の悪魔も尻餅を突かされている。いち早く武器を拾ったのは、最初から心の準備ができていたエツリ本人だった。彼はほぼ四足歩行のような体勢で走り始め、痛みで上がらない左手に無理やり魔力を集中させた。

 

「ザンッ!」

 

 続け様にザンを放ち、奇声を発している方のラームジェルグの足下の瓦礫を弾き上げ、砂塵によって視界を奪う。本当は直接体にぶつけてやりたかったが、腕が上がらない。

 悪魔は見えないながらも冷静に、剣で首を、盾で胴を守っていた。しかし今のエツリには関係ない。それを突破する策までを走り出しの時に想定していた。

 絶妙剣、あの正確無比な二連撃は、静止していては受け止めることはできない。魔力の形から刃の通る場所を探し当て、さらに魔力を推進力とした斬撃は、全く手ぶれを無視できる正確さを誇る。

 

『ギッ……! キッ、ェ』

 

 下から斬り上げるように斜めから胴体を斬った斬撃は、肋骨を器用にすり抜けてすんなりと肉を断ち、心臓に近い部分の血管を斬る。そして同じ軌道の斬撃がさらに深く胴体を斬り進め、心臓にさっくりと切れ込みを入れた。

 

『死っ、死んだかッ!?』

 

 言葉の活用にちょっとバリエーションを増やしてきたもう一体の相手は、もう楽なものだ。どんな風に倒したかを述べる必要はないだろう。剣技という一点においては負けていようとも、魔法の有無や身のこなしでエツリに軍配が上がった。それだけだ。

 

(つか、死ねぇいとキエェイって韻踏んでたのか、アレ……)

 

 

 

 ギザギザの刃で斬られた左肩は、痺れて使いものにならなくなっていた。包帯で何とか止血はしたが、人目の前でシルフを喚びたくはないし、この作戦中は片手でことを済ませるしかないだろう。

 

「情けねぇなぁ! ラームジェルグなんてザコ相手にそんな怪我するたぁよ!」

御伽話(Gossip)の仲間とは思えない弱さだな」

 

 立て直すために行軍を中断している折、Mの拙い手当を受けていたエツリを見下ろす二つの影が近付いてきた。

 そこの〝商人〟の専属ハンター。Mに聞いても「名前も知らない」そうなので、大したハンターではないらしい。

 

(二対二で遊んでた奴等が何言ってる……)

 

「お前達こそ、思っていたより使えるじゃないか。まさか二人で〝二体も〟片付けられるとはね、無名のハンターにしては上々の戦果だったんじゃないか?」

 

 何も言わないエツリの代わりに、Mがそう言い返した。彼女は自分に対する中傷であればまともに相手もしなかっただろう。言い切った彼女は笑いもしていなかった。というか、エツリの記憶では、彼女が他人の前で笑ったところを見たことはない。いつも余裕そうに見えているが、あるいは彼以上に心を張り詰めているのだろうか。

 この時は慣れない手当に苦戦している最中だったのに、面倒なことを吹っかけてくる奴が癇に障ったようだ。クールな面持ちに反して、内面は結構解りやすい。

 

「てめェッ! なめた口を……!」

「気を悪くしたか? 勿論褒めたんだ。それ以外に何だと思う?」

「クソアマァ……! そのガキの前でひん剥いてやってもいいんだぞッ!」

「願望を口走るのは自由だが、そんなに大声を出す必要はないだろう」

 

 対してMが葬ったラームジェルグは、彼等が相手をできなかった全て。数にして十一体を軽ぅーーく薙ぎ払うと、三体を相手に善戦するエツリの戦況を見守っていた。何かあればすぐに手を貸すと言っていただけあって、彼もMの視線を常に感じていた。逆に……いや、あえて逆に言えばなどという枕詞を付けずとも言わんとすることは解るだろう。

 単に彼女にはエツリを気にしていられるほどに余裕があった。11体ものラームジェルグを、業物でもない軍刀でなます斬りにしている傍らでも。

 

「…………その余裕も今日までだ。程なくして貴様の天下も終わるぞ。御伽話(Gossip)

 

 どこかてらいのあると言うべきか、無作為に選んでもそうはいかない文字列を言い残して、専属の二人はエツリ達の場を離れた。皮肉のキレではMに何枚も劣る。実力でもそのはずだ。ただ、何かが引っかかった。

 

「今のうちに命乞いの準備でもしとけッ! 見た目だけぁいいからな。お前だけならペットにでもしてやるよ」

 

(隣のガキは殺すってか)

 

 Mはエツリの方を振り向いて、エツリにだけ見えるように微笑んだ。本当に意にも介していないようだ。

 エツリは何だか不穏なものを感じずにはいられなかった。どちらかと言えばこの頃増大気味な自意識の不和がそうさせるのだろうか。

 

 

 

 とりあえずの護衛地点まで到達し、エツリは肩の荷を下ろした。ここから誰に交代するかは知らされていない。それがいいだろう。安全という意味でも、エツリの個人的な感情からしても。

 

「いやぁ!! どうもどうもッ!! 全く危なげない道筋でもう、感激ですよ感激!!」

「あぁ」

「では手筈通り、連絡していた者が所定の場所まで到着したら、戻っていただいて結構ですからッ!!」

 

 一悶着くらいは予想していたエツリからすれば、肩透かしの感もあった。ラームジェルグの群れにぶち当たった時は肝を冷やしたが、それ以外は程々に危険くらいのもので、まぁMが余裕を以て静観できているうちはそれほど警戒しなくてもいいはずだ。

 

(心配し過ぎかな……)

 

 最近、どうにも厄介事が身の回りで頻発するようになったので、彼は普段より過敏になっていたか、と心気を改めた。何もなければ何もないでいい。

 周りで誰も聞き耳を立てていないのを確認しながら、二人は商隊が背にする建物から5歩ほど離れると、雰囲気を弛緩させた。

 

「帰り支度をしよう。君の肩も、治さなければね」

「さっきのはどう? いい線いってた?」

「君にしては、という前置きが許されるなら、そうだな」

 

 厳しいな、とエツリが漏らすと、二人して苦笑した。時間はかかる。だが、オニ一匹に苦戦を強いられていた頃に比べれば、牛歩の速さとはいえ強くなっているはずだ。

 それにしても、攻撃は通用しているものの、防備は未だに最低限だ。Mから渡された服は、何なら討伐隊の防刃迷彩服よりも心許ない。彼女はそもそも敵から攻撃など加えられることはないし、攻撃が命中したとしても傷を受けないだろう。もっとエツリの規格に合わせた根本的な是正が必要となる。

 入ってくる金で現在のどうしようもない装備群を少しはまともなものにするか、と思っていた時だった。

 

「M、この後――――」

 

 ――――爆炎が上がった。

 

 

 

「何ッ……!?」

 

 見覚えがある。生体マグネタイトを燃焼する巨大な〝律〟の壁。あの時ほどの規模ではないが、これは生人(しょうにん)結界に間違いない。

 Mの困惑の声も、燃え立つ炎の勢いにかき消された。一瞬にして二つの炎壁が彼等の地点で交差し、エツリとあの少女、M、そして専属ハンターと〝商人〟一向という三方に分断される。

 

「〝コーエン〟!! いるか!? 返事はするな! とにかく私はいる!」

 

 Mの声に反応して返事をしようとしたエツリは、すぐに口許を手で押さえた。Mは声を張り上げているが、届く声量はかろうじて内容を理解できる程度だ。声を張り上げなければ聞こえないとなると、分断されたもう一方、〝商人〟達のグループに声を聞かれてしまうかもしれない。立場上それは拙かった。

 

「待っていろ!! ガートドッグを走らせているから――――」

 

 ガイィィィンッ!! と、鉄骨が何かに激突したかのような音が響いてくる。Mの方からでもない、それが素直に鉄骨の音だとも思えかった。

 

「何をするお前達、や、やめッ――――」

 

 炎壁の向こうで怒鳴っていた〝商人〟の声が聞こえなくなる。その瞬間、刃物が何か肉っぽいものを斬る音が辺りに響いた。

 

(魔力が……!)

 

 昨日今日に見た一つの魔力塊、言ってみればそれは〝商人〟のものなのだが、突如強烈に発散したかと思えば、大気に放出されたものが一気に不活性化する。生き物が、特に知性ある生き物の生命活動の停止に伴ってよく見られる動作だった。

 

「なーにが専属だッ!! くそッ!!」

 

 一緒に分断された少女に声を聞かれるかもしれないのに、エツリは悪態を飛ばさずにはいられなかった。

 下手人は奴等しかいない。なぜならエツリの目には、たとえ炎で遮られていようと、最近見知った二つの生体マグネタイトの動きがよく見えていた。

 

 





・アリカント
 妖鳥アリカント。フリオ・ビクニャ・シフエンテスの著作である〝チリの神話と迷信〟に登場する夜行性の鳥(この情報自体はボルヘス著、幻獣辞典より)。鉱石を食べて生きるとされ、これの後を追いかければ鉱脈を発見できると信じられた。

・ガバメント
 Mの愛銃。厳密には例の会社の製品ではなく、別会社製の大量生産モデル。グリップパネルの裏に魔図式が描かれており、使用者の魔力を消費することで実弾に魔力を伴わせる。
 ホントはMの登場タイミングで紹介しようと思ってたけど完全に書くの忘れてた。なので今書きます。


 年末ということもあり、また個人的な都合から、半年ほど更新頻度が下がると思います。半年間ずっと更新しないという訳ではなく、この期間に投稿される話数が少なくなるかもなぁ、くらいのものなので、ご容赦いただけると幸甚です。え? 元からそんなに高くないだろって?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。