赤クソ(ガイア)と白クソ(メシア)とクソ(他) 作:イリノイ州の陰キャ
この作品と関係ない話になってしまい恐縮ですが(いつもそんなことばっかり書いてるけど)、この頃、新作小説の投稿を始めました。蓋を開けてみれば全然ファンタジーじゃなくなってた奴。
オリジナル作品です。ジャンルとしてはSF要素のある恋愛って感じで、多分こっちを読んでいただいている方はあまり興味がないかもしれん……気が向いたら下記のURLから確認していただけると幸甚です。あるいは作者ページからご覧ください。
https://syosetu.org/novel/363662/
「あの夏に逆行した青年がみんな救おうとして勝手に曇っていく話」
ホントに付けたいタイトル↓
(Gernsback・into summer’s ICEbreaker)
エツリと少女は完全に商隊ともMとも分断され、炎壁の前で二の足を踏まされていた。
(どうすんだこれ……!)
火の手は近場の布や木に移り、じわじわとだがその火勢を放射状に開き始めている。Mを信じて待つべきか、この場を放棄して逃げるか。しかしそれにしても〝商人〟のことが気がかりだ。専属で護衛を受けていたとかいう二人はどうなったのだろうか。
(つーか生人結界の方は誰が……?)
「いやぁぁーーーッ!!!」
突如響いた金切り声に、エツリは途中まで頭の中に浮かんでいた考えを全て打ち割られてしまった。
「お前!? 何考えッ……ぶはぁッ……!?」
「や、やめろ!! 武器を降ろせ!」
炎壁の向こうで悲鳴が聞こえる。パニックになった輸送担当の連中がわめき散らす声、何も解らない。炎壁がさらに強大になっていき、その燃焼に使われる生体マグネタイトが、向こうに見える魔力の形をぼやけさせている。
(くそッ……)
エツリはこういう時、即座に考えが回るタイプではない。無意味な逡巡を繰り返し、片足で地団駄を踏むと、隣で呆然とへたり込んでいた少女がビクリと体を飛び上がらせた。エツリはすぐに悪い気分になって態度を改めるが、その場をうろうろするなり、もう飲み切った水筒の中身を何度も確認するなどして、全く落ち着く素振りを見せなかった。
というのも、
「君はそこで待っていろ!!」
と言うだけ言って、Mの魔力がどこかへと遠ざかって消えて行ったからだ。死んだ訳ではない。人が死の間際に感じる強烈な絶望や、痛みや失血ショックによる弛緩、中毒になってもおかしくない報酬系は、悪魔を数匹現世にとどめることができるほどの生体マグネタイトを生み出す。しかしそんな強烈な反応は、たった今殺された〝商人〟らしき気配のそれだけだ。
とはいえ、彼女の動向は気になる。ほぼエツリの生命線だし、あり得ないだろうとは思うが、万が一彼女に何かあればと思うと、今すぐこの場を離れたい気もするが、あるいはガートドッグが走ってきているなら、ここを離れる訳にはいかない。あのやんちゃなわんこを困らせたい訳ではなかった。
『気を付けて……!』
勝手に出てきたシルフが忠告だけして虚空に消える。つまり、誰かが近付いているようだ。エツリはじんわりと熱を帯びた刀の柄に手をかけながら、ほんの僅かに足音が聞こえた方を振り向いた。
(赤い服……!?)
瓦礫の端から赤い布が見え隠れする。あの悪趣味な装束を好む連中が何かは、言うまでもない。
「いやッ……!?」
視界の端であの少女が、赤い服の男に腕を掴まれているのが見えた。彼女は短槍を振り回して男を切り付けるが、反抗的な態度が気に障ったのか、男はへたり込んで暴れる少女を振り払った。
少女は頭を打ち、その場で悶絶している。それを見た男が一瞬だけ「しまった」という風な表情を浮かべたのを、エツリは見逃さなかった。
つまりそこの少女は、ガイア風の男が傷付けずに確保したい相手という訳か。この騒動に少なくとも関係があるらしい。それが解ったエツリは、刀を抜いて赤い服の男の前に立ちはだかった。
「どけッ!!」
(スーツ……?)
アシズ派もミロク派も大体僧衣のような装束に身を包んでいる。赤いスーツと言えばあの変態男を思い出すが、そういえば奴はガイアとまでは言っていたが、その派閥までを教えはしなかった。
そうなると、エツリの記憶の中ではミトバラ組しか残らないが、奴等がどのような服装を好むかなど知らない。大体、誤認させるために変装しているとすれば、もう判別する術はなしだ。
(ここは……)
「ミトバラ組が何の用?」
「貴様ッ」
ミトバラの名前を出した瞬間に、男は懐から折りたたみ式のスティックを一振りで伸ばした。どっちの意味かは知らないが、ガイア教の関係者であることは間違いない。
「なるほどな……
(何が?)
「生かしておく訳にはいかないな」
どうやら何らかの琴線に触れたことだけは確かなようで、男は携帯を取り出して仲魔を召喚している。召喚されたオンモラキは不承不承という雰囲気を隠そうとはしていないが、戦う意思はありそうだ。
後ろで震えている少女には、正直期待できそうにない。とはいえこのまま男に殺されるなり連れ去られるなりを見逃すのも寝覚が悪い。
(何なんだよ……!)
生人結界の焦熱がガスマスクの中の少ない空間を温める。熱と息苦しさに苛まれながら、エツリはファジーな思考回路が迂闊なことを言い出しそうになるのを押さえ付けた。
「やる気か?」
実質今から殺す宣言されて、抵抗しないニンゲンがいるものか。エツリは内心呆れ気味に刀を左右に振って払うと、素人っぽい我流の構えで男を迎え撃つ体勢を見せた。
「後ろッ!!」
(あ――――?)
絶叫に近い少女の声が響く。エツリが振り向いた時、彼のガスマスクには警棒がめり込んでいた。
あの場を放棄したMは、生人結界をかなり迂回させられ、悪魔が辺りをうろつく目貫通りにまで来ていた。彼女の腰には使い慣れた軍刀と、厳重に封印された破敵剣が差さっている。弾代を斟酌せず、ガバメントで雑に悪魔を処理してここまで走ってきた。
「下衆共めッ……!」
結界を吹き飛ばすほどの魔法なり技なりを行使すれば、その裏にいるエツリ達も道連れだ。顔も知らない敵性勢力がMの存在を知っていたのか偶然であったかは定かではないが、かなり痛い手を取られたことは間違いない。
「誰だッ!」
Mには躊躇というものが無くなっていた。不審な影を見つけた瞬間発砲する。そこらをうろつく雑魚悪魔はほとんどそれでお陀仏になるが、今回はどうやらそうもいかなかった。
銃撃は確かに命中した。物陰から出てきた男はあしをひきずっており、よく見ると左足の太ももから出血している。
「死にたくなければ私の質問に答えろ」
Mは無感動にも拳銃を男の額にめがけて照準を合わせ、人間離れした集中力で完全に身じろぎを止めた。照準はぴくりとも揺らがない。普通の人間なら、いや知性ある悪魔だとしても、この迫力の前には身を竦ませてしまうだろう。
しかしその男は違った。
「ききききっ………くく、かかかっききき」
気色の悪い笑い声を漏らしながら、その魔術師めいた外套の下でごそごそと手を動かしている。
「おい、何とか答えたらどうなんだ」
機械みたいな正確さで、彼女は男のこめかみのギリギリを弾丸で掠めた。弾の熱と摩擦でこめかみを激しく火傷し、そこから出血しようとも、男は何も言わない。表情すら変えなかった。男の肉体か精神か、それ等に直結する脳機能か何かが、もう決定的に取り返しの付かないことになっている。
「クキキキキキ……」
「何だ、お前――――」
「カカカカカカカカカカカッ!!!」
Mがほんの一瞬、僅か一秒にも満たない間、脱力した瞬間に、男の足下に一つの魔法円が浮かび上がった。
「何……!?」
魔法円から漏れる生体マグネタイトに限って、体に吸収されていく感覚がしない。Mは咄嗟に男から距離を取った。
アレは術者を召喚した悪魔から守るための〝仕切り〟ではなく、術者自身を儀式に用いる一つの祭具として取り込む類のものだ。なぜなら体に取り込めない特殊な生体マグネタイトとは、人間界に存在しないもの……悪魔達の住む世界との繋がりだ。
「自らを生け贄に……!?」
人間合体。素材にされた悪魔が何かは見えなかった。おそらくは男の外套に隠れられるほど小さな悪魔なのだろう。それなのに、喚び出されようとしている悪魔の気配は、Mにすら冷や汗をかかせるようなものだ。
「くッ……何だ……? なぜこんな場所で人間合体ができる……!?」
Mにとって予想外だったのは、彼女の眼力を以てしても見抜けられなかった、偽装された魔法円の存在だ。これを漏れなく見つけ出すことができそうなのは、彼女の知る中では、生体マグネタイトを視認するとかいう到底信じられない特技を持っているエツリか、その彼が使役する精霊くらいなものだ。
コォオオォォオオォ…………。
魔法円から噴き出す熱気は、これから顕れ出てくるであろうものとは全く反対の性質を示す。つまり、この魔法円は現在排熱しているのだ。熱放射によって設置面と魔法的接合部の温度を急激に下落させている。
突然、排気が終わったエンジンのように不穏な音を立てながら魔法円が静まり、その中心に電子的な情報が折り重なっていく。それは生体マグネタイトによって足下から実体を得て、やがて一つの姿を現した。
何も纏わない濃紫の体表、汚穢の象徴たる王座、頬杖を付いた退屈そうな表情、そして悪魔たる所以とも言える対の牛角……。
「ベルフェゴール……」
魔王。何とも陳套な響きだが、誰しも心の奥底に誦じる韜晦の訓を関さず、ある種の大胆さとでも言うべきその威容には、やはり魔王と呼び知らしめるのが相応しい。
『とあるお方から託かっておる。貴様は疾く、処理しておけ、とな』
Mは大いにため息を吐いた。後に控えている、エツリに関する大仕事のために蓄えていた〝備え〟を、少し切ることになりそうだ。そんな風に頭の中で指を折っていた。
エツリは両手を背中の後ろで縛られ、若頭みたいな男の前に跪かせられていた。
男はウルフカットの明るい茶髪に、目鼻立ちがはっきりとした金色の虹彩の持ち主で、日本人とは思えない容姿をしている。その上、座っていても背の高さが見当つく長い足。そこにいるだけで圧迫感がある。
「ガスマスクの中身が、ンなガキとはな」
エツリのあってないような英語力は、彼の中で仕事を振られるのを戦々恐々と待っていたが、いざ飛び出してきたのは日本語だった。
これにはほぼ聴覚野に丸投げで油断していた言語野も、あまりの驚きに業務の丸サボりを隠せなかったようだった。
すなわち聞いてなかった。無意味な(英語ならば思いっきり意味のある文字列だが)音素の塊として聞き流す気満々であったエツリは、前文をほとんど聞き取れていなかった。
「おい、聞いてッか?」
「あぁ……全ッ然」
ガツ、と、後ろから銃床で後頭部を殴られる。その勢いで頭から地面に叩きつけられ、エツリは喉奥からくぐもったうめき声を漏らした。彼は今現在、後ろ手に縛られており、回避や反撃に出ることも叶わない。起きた時には既に顔は暴かれ、いつものように苦悶の表情を面の裏に隠しておくこともできなかった。
「いい度胸してるぜ、てめェ」
「……どー、も」
エツリの不遜な態度は、周りの部下達の思惑はどうあれ、この若い締め役の不興を買うことはなかったようで、反抗的な態度を隠そうともしない彼の不遜な眼差しも、そよ風に吹かれるかのように受け流している。
「まぁ、あの
(あ……?)
エツリもMも別段変なものは持ってきていない。彼女の方は〝破敵剣〟とかいう特級の曰く品を持ち歩いている訳だが、昨日くらいから、鞘に収めた上で得体の知れない札でぐるぐる巻きにしている。その札が何かはエツリには分からなかったが、剣が放っている怖気のするような魔力、つまり生体マグネタイトが途切れて見えなくなったので、封印的な何かだろう。エツリの目をも騙くらかす札の封印を、他の誰かが見抜けるとは思えない。
(別のものか……?)
そもそも彼女を出し抜いてあの剣を奪える者がいるだろうか。そう思うと、むしろ他に怪しいものが一つ、頭の中に浮かび上がってきた。
あの〝商人〟とかいう依頼主の荷物。それこそ彼等の言う「いいモン」なのかもしれない。思えばその中身については、エツリもMも、何も知らされていなかった。
「そ、ォ、だ、なァ……お前には二つ、聞きてェことがある。死にたくなけりゃキリキリ答えろや」
髪の毛を掴まれ、強引に正座の体勢に戻される。エツリは肩を振って乱暴に取り巻きの男を振り解いた。
精いっぱい睨み付けてみるも、締め役の男は薄く笑顔を浮かべるだけだった。控えている部下共は事務所の狭い部屋に六、七人はおり、本人も含めれば八対一。しかも拘束されている身では、迫力もないだろう。
「ガキ、てめェ〝商人〟とはどォいう関係なンだ?」
案の定、締め役の男は〝商人〟の名前を口に出した。この連中の目的はどうやらMや自分ではなく、何かの思惑に巻き込まれたという仮説ができる。Mならまだしも、エツリにはガイア教に恨まれる接点に覚えはなかった。精々あのヒバチという男と、少し仲良くなったくらいだ。
「……知らないね」
胸ぐらを掴み上げられ、顔を殴られた。その勢いで地面に倒れ込み、左肩を打つ。傷口が刺激された痛みで叫び声が出そうになるも、彼は喉奥で悲鳴を潰し、苦悶の声を漏らすにとどめた。
「ナメてんじゃねぇぞクソガキィ!!」
「やめろや。黙ッてろ」
悶絶するエツリに追撃を入れようとしたチンピラを、締め役の男が制止した。何とか体勢を元に戻したエツリは、太々しい表情で床に血反吐を吐き捨てた。
「人外ハンターか?」
「……」
「仕事はどうやって取ッた」
答えもしなくなったエツリに、チンピラが横からバケツで冷や水をぶちまける。冷たい水が体中の擦り傷に染みて痛んだ。
寒さに弱いエツリには、冷水は暴力よりも堪えた。頭の中で神経物質がハレーションを起こす。まとまりつつあった思考がどこかへ弾けて飛んでいくような気がした。
「となると……
エツリは自分が二度失敗をしたことに気が付いた。一つは咄嗟に目を逸らしてしまったこと、もう一つは、目を逸らすという露骨な態度を取った失敗に、しまったという顔をしてしまったことだ。
「通ォりで……あの〝商人〟が強気な訳だぜ。普段なら十数人は人を雇ッてる奴が……」
Mに内心で詫びを入れつつ、エツリはやはりこの連中の目的、あるいはそれに関係する何かが〝商人〟にあるのだと確信した。
「二つ目だ。重要なのはこッちだぜ。心して答えろな」
男は足を組み替えると、ポケットに突っ込んでいた片手を出して、慇懃無礼に手掌を差し出してきた。
「〝商人〟を殺したのは、てめェか?」
(商人を、殺したのは?)
この質問はおかしい。いや、つまり、あの時〝商人〟を殺した二人の専属ハンターと、この男達が繋がっているならば、到底あり得ない質問だということだ。
そう思わせることこそ目的……というのはもっとあり得ない。拘束まで成功している相手にそんな示唆を漏らしてどうする? 邪魔なら殺せば済む話だ。イレギュラーを情報で操作するのは至難の業……それも、質問の様子からこの男達もあの瞬間の全容を正しく理解していない。
(何を狙ってる……?)
下手人を知りたがってどうするのか。憎き〝商人〟の首を取ってくれたお礼をしようとか、お礼はお礼でも、お礼参りをしようとかいう訳なのか。前者は論外だが、後者はまだあり得る。それならば、最初に〝商人〟との関係を探ってきた理由も説明できる。
しかし、あえて仇討ちをするなら、なぜあの場にこいつの部活がいたのか、という疑問がある。視界の端っ子には、あの時謎の少女を連れ去ろうとていた男が映っていた。
(そういえばあの子はどこへ……?)
少女のことを思い出したエツリが、辺りを視線で探り始めたのを、部下の男の一人が目敏く見咎めてきた。締め役の男は、変わらず余裕ぶった座り方でこちらを上から見下ろしてきている。
「おイ、どォした? 何とか言えよ」
(言うのか……? 本当のこと? それとも嘘を……?」
こういう聞き方をしてくるということは、求められているのは〝商人〟を殺した下手人の正体だ。嘘を言って煙に巻くでもいいが、何もそれらしい情報を答えられない捕虜を、短気なガイア共が生かしておくとは思えない。
それに、正直にというのはどこまで正直になればいいか、というのもある。自分は殺していない。で納得するだろうか。したとしても、生かしておくだろうか? 何も知らないんだな、もう死んでいいぜ。全く容易に想像がつくセリフだ。それに、迂闊に喋った内容のどこに、自分の首を絞める縄の先端があるか分からない。エツリはこめかみから冷や汗が流れていくのを自覚した。
(どうすれば……!)
締め役の男が痺れを切らし、何度目かになる足を組み替えをしたところで、部下の男の一人が、締め役に何かを耳打ちした。
「アグイズさん、そろそろ……」
「あァ。解ッてる。てめェ等は先に行ってろ。俺はこいつをバラしてから、後で合流する」
その一言で、部下達がぞろぞろと部屋を出て行った。何が起きているんだか分からないエツリは無言で成り行きを見守っていたが、本当に部下達はアグイズと呼ばれた男一人を残して行ってしまった。
(何考えてる……?)
何かあった時のために、一人くらいは部下を残しておくべきだ。それが何かを講じているのか。それが怖くて、エツリはこの隙に攻勢に転じようという気にはなれなかった。
「さて、てめェの処分だが……」
まだ回数を気にせずザンを打てるくらいの余力はある。エツリが気付かれないように後ろ手に魔力を溜めているのを知ってか知らずか、アグイズは椅子から立とうとしなかった。
「はぁ〜ア……だりィ〜〜〜」
そして口を開いたかと思えばこれ。
「は?」
エツリは思わず、素っ頓狂な声が自分の口から漏れるのを止められなかった。見ればこの男、本当にダルそうな顔をしている。
「ほら、その魔法でも何でも使って縄切れ。もォ行っていいぜ」
さっきまで
エツリは即座に縄を切ると、アグイズを警戒するように飛び跳ねて距離を取った。ザンで縄を切る瞬間を見守って、手も出してこない。
「ほらよ。てめェのだろ、これ」
それどころか、エツリの武器と雑嚢もほっぽり出してきた。刀なんか持たせれば、自分が危険だというのを分かっていないのか? それとも、そんなおもちゃでは自分を殺せないという自信の現れ……?
「あいつ等、源流がヤクザとか何とか言ッてよォ……一々やることが血生臭ェんだよなァ……」
心の底からげんなりしていそうな声でアグイズが漏らした。よく見るとその目の下には黒い縁取りのようなクマが浮かんでいる。忙しくて寝ていないのだろうか。
(こいつ……)
どうやら部下のガイア教徒達とは、少し違う目的を内心に抱えているようだ。演技であるという疑いも十分にある。だが、一対一となったこの現状、カードを切るにはいいタイミングではないかと、エツリは逡巡し始めた。
「ほら、何してンだよ。行っていいッて」
アグイズは厄介者を追っ払うように手の甲を振った。これ以上余計な仕事を増やさないでくれみたいな顔をしている。
エツリはここで、一つ賭けを張ってみることにした。その余計な仕事を増やしてやろうではないか。このまま何も知らないまま放流されたんじゃ、依頼もこなせず、しかも依頼人をみすみす殺させただけに終わる。初仕事がそんな終わり方なんてのは最悪だ。それに、まだアグイズが腹の中に奸計を隠している線を拭いきれなかった。
「〝商人〟を殺したのは俺じゃない……」
事実だ。アグイズが信じようが信じまいが、言っておく必要がある。この後に続く本題のために。
「ンなこた聞かなくても分かるってーの。いいからさッさと――――」
「殺した相手を知ってる」
アグイズの目の色が変わった。確かに、話を聞くつもりにはなったようだ。しかしまだ足りない。疑いの目だ。本当に知っているのか、と言外に問責してくる眼差しだった。
「…………」
「刃物で胸を突き殺される瞬間を見た」
「ほォ……」
感心したような様子で、アグイズが居住まいを直した。特におかしくもない。気絶させられている間に、こいつ等が〝商人〟の遺体を検分したとすれば、この分かったような反応にも頷ける。というか、エツリはこれを狙って〝商人〟の死因を言い当てた。おそらくあの場にいた少女も知らないことだ。生体マグネタイトを見分ける目が功を奏した。
「殺した奴を知ってるって……? あァ、分かッてるぜ、ただで言うつもりはねーんだろ?」
アグイズの態度が、先ほどの部下をはべらせていた時のような剣呑なものに戻っていた。目論見が成功したエツリは生唾を飲み込む音を聞かれないように注意しながら、至極冷静であるという風に取り繕って、両手をポケットに突っ込んだ。
「取引がしたい」
アグイズは返事をしなかった。まるでその言葉をぴったり予想していたかのように、悪魔みたいに悪い顔で笑った。
ミロク派に対する風当たりは、はっきり言って悪い。前任のユリコなる人物が人外ハンター〝商会〟創設者並みの類稀なるカリスマの持ち主で、それと比較されてきたというのもある。そのユリコの失踪後、一時は教団内でミロク派が覇権を握っていた時期があった。
しかし、ユリコ自ら指名を受けたというアシズなる人物が名乗りを上げたことで、一度は傾きかけていた形勢が取り返されることとなる。しかも奴等が崇めている〝ミロク〟とかいう悪魔は、まだ〝商会〟と呼ばれていた頃の人外ハンターのトップが封印したという。
(なんか最近着替えてばっかだな……)
アグイズに渡された〝黒い〟フォーマルスーツに着替えたエツリは、文句を言いつつも灰色のネクタイを首に通していた。ジャケットに腕を通す前に、普通のベストに偽装した防刃ベストをシャツの上に着ておく。包帯の位置にベストの重さが乗って、少しだけ左肩が痛んだ。
魔石を使った自前の応急処置では、完全に本調子とはいかない。ベストは彼の不調を見越したアグイズの親切だが、これがあって良かったなんて思う状況にはなってほしくないものだ。
「似合わねえなァ」
「ガイアの服よりは趣味いいだろ」
「あァ? いいだろこの赤。情熱の赤だぜ? お前の黒いのよりカッケーだろ」
ニタニタと笑うアグイズが投げてきた雑嚢を受けとると、中から付け慣れた白い鬼の面を取り出し、顔を覆った。表情を誰かに悟られることがないであろう状態に慣れてしまっているので、人前では何かで顔を隠していなければ落ち着かなくなってしまった。
「何だその面? スーツ着てんのにンなもん付けンのかよ」
「そう思うなら、ガスマスクを返せ」
「そいつァ無理だ。てめェを運ンできた俺の部下がぶッ壊しちまったからな。仮面ハコビヤーの面なら貸してやれるぜ。縁日の奴だけどな」
ベルトに下緒を括り付けて、ジャケットの裏から刀を垂らすと、エツリはようやく準備ができたという風に肩だけ上げて返答した。
「いいから、教えろ。これからどうする?」
彼等がいるのは、先ほどエツリが連れ込まれた事務所の下。彼等が改造した地下の部屋だった。牢屋みたいな鉄格子の部屋が二つあり、その一つ、鍵がかかっていない方で、彼等はホワイトボードを前に準備を進めていた。
「あァ。順を追って話すぜ。とりあえず、俺等の視点から見た〝商人〟殺しの状況からだな」
アグイズはおもむろに指棒を取り出すと、ホワイトボードに貼ってある紙を先端でトントンと叩いて示した。
「こいつが俺等の
丸刈りで顎髭ともみあげが繋がった柄の悪い男がプリントされていた。男は真っ赤なスーツ、エツリが見覚えある方の赤いスーツを着ていた。
(ソメガミが着てたのと同じ奴かよ……)
アグイズの話によると、ではあるが、アグイズ等はミトバラ組ではなく、普通に現在主流のアシズ派に属する陣営らしい。何でスーツなんか着ているんだ、とエツリがもっともな疑問を投げたが、答えは返ってこなかった。
「こいつ等と俺等の間で、領分を巡ッてドンパチしてたンだ」
ミトバラ組はミロク派と接近しようとている一方で、アシズ派とは敵対関係にある。アグイズが本当にアシズ派閥なら理解できる話だ。
「ンな中でも稼業は止められねェ。今回の一件もそッから派生したトラブルさ。お前等が守ってたブツは、あの〝商人〟が本来、俺等ンために運んでくる予定だったモンだ」
そういう繋がりだったか、とエツリは一人得心がいったように頷いた。それからアグイズに気付かれないように、面の下で思いっきり顔をしかめた。
(やっぱ巻き込まれたんじゃねーかよ……)
「で、どォやらミトバラ組の連中が謀って、お得意先の〝商人〟サンをぶっ殺して道中で掠め取りやがッた」
あの生人結界は、ミトバラ組の仕業だったという訳か。あの瞬間十字に出現した炎壁のために、連中は少なくとも二人の生贄を使っている。さきほど彼が形振り構っていられないとか言っていたが、それはどうやらミトバラ組の方も同じらしい。
「そこまでして欲しかったものって何?」
「そォだな……まぁこの際だ。別にお前等はモノに興味ねェみてーだしな」
アグイズはニヤニヤ笑いでホワイトボードに貼られたミトバラの写真にイタズラ書をしながら、エツリの方を振り返らずに返答した。
「アレは偽奥義書、そう呼ばれてる」
いつにもまして乱筆乱文ですみません。というのも、上記の新作にかかずらっていたのもそうですが、描写に行き詰まっておりまして、書きたいものに筆力が追いついていないなぁ、と自省するばかりの日々でした。そこで色々と本を読み耽っていたら、ずるずると期間が空いてしまい……。
あとしつこいようですけど、ここにもURLを貼っておきます。折角新作書いたから宣伝したくて。煩わしかったらごめんね。
https://syosetu.org/novel/363662/
「あの夏に逆行した青年がみんな救おうとして勝手に曇っていく話」