赤クソ(ガイア)と白クソ(メシア)とクソ(他)   作:イリノイ州の陰キャ

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前回のあらすじ
カハクs,『君かわいいね♡ 俺の女(男)になれよ』
エツリ『こ、困ります……」
ソメガミ「エッッッッッッ勃◯したわ」
ベル「キッショ死ね変態男」
ソメガミ「うるせぇ死ねメシア女」

 真5Vオモロ。試遊もやってきました。みんなメタファーと土井氏の握手会に流れててめちゃくちゃ空いてた。この小説の投稿期間並みに空いてた。すみません……。



Little frosty runner, muerto en su laberinto

 

〝まだ死ねない?〟

 

 死ねない。だってほら、――が昨日拾ったゲームまだ遊んでないじゃん。それに今日は――が本物のヤキトリ丼を奢ってくれるって。

 

〝でも、――君も、――も死んじゃったよ〟

 

 他の隊員達みたく、丸められてドッジボールの球代わりにされて? それともヤキトリ丼みたいに、悪魔に食べられて死んだの?

 

〝どっちでもないよ。でも、死んだの〟

 

 君は死ぬの? 君も俺も悪魔に殺されて死んじゃうの? 他の人達は? みんな最期は悪魔とか天使に殺されるの?

 

〝死なないよ〟

 

 それは、みんなが? それとも……。

 

 

 

(アマキ……)

 

 哀れな少女。彼女が同じ作戦に従事していた隊員の囮にされ、ヤマワロに八つ裂きにされたと聞かされた時、エツリはようやく自分がどこに立って息をしているのかを知った。東京人の全ては悪魔と天使の気まぐれに触れなかった密かな所にあって、気の迷いと裏切りは絶えず増え続け、しかも寄る辺ない。

 

「目が覚めたようですね」

「ここは……」

 

 エツリは身にかけられていたベルのマントを少し手でどけるようにして、上体を起こした。タイルの上に敷かれた段ボールが、彼等の体温が床に奪われるのを防いでくれていた。狭い部屋の壁に押し付けるようにして並べられたロッカーに、控えめに背を預けていたベルが、自らの身を抱きながら返答した。

 

「タワーの二階、何かの店舗の従業員室のようです」

 

 自分が思ったより消耗していないことと、彼女が寒そうにしていることから気が付いた。メシアがどうとか関係ない親切心によって、彼女は気を失ったエツリに情けをかけたのだ。

 

「つっ……」

「どうかしましたか?」

「あ、いや、霜焼けが……」

 

 彼はベルにマントを返すと、寒さが堪えるかのように装って、隊服である紺色の軍用ジャケットのファスナーを首下まで上げた。下に着ている黒いTシャツに、べっとりと血が付いていたから。色が黒なので見えにくいが、胸から腹の上くらいに、度々擦れるような痛みが走るので気が付いた。幸いにしてベルのマントを汚してはいなかったが、どうやら開いた傷口から出血しているらしい。胴の包帯が変に布ずれを起こしているような感覚がする。アークエンジェルに槍で袈裟斬りにされた時の傷がまだ癒えきっていなかったようだ。シルフにまで回復を手伝ってもらって治したのだが、この寒さで体に力が入るあまり、開いてしまったのかもしれない。

 

「それより、これ、どうも」

「礼には及びません。私はむしろ暑かったので、より必要としている方に預けたまで」

 

 明らかに強がりだったが、エツリも、部屋の隅で押し黙るあの不躾な男も、彼女の強がりを指摘したりはしなかった。後者の場合はひょっとしたら厚意ではなく、単にちょっとした会話すら交わしたくないという意思の表れであったかもしれない。

 密かに回復魔法を体にかけながら、狭い部屋の様子を観察する。霜が降りてきそうな工合の寒さの上、内部は乾燥している。恐らくはこの部屋以外も同様であろう。火が燃え移ったり煙が充満する可能性があるので、室内で火を焚くような真似はしたくないが、最悪の場合はそうも言ってられない。そういう時に火が付けられない、ということはなさそうだ。

 

「とにかく、出口を……一階かな」

「いや、我々を閉じ込めた際に、分厚い氷が張り直されていた。アレを突破するほどの火炎を出す悪魔か、あるいは魔法が使える者はこの中にはおるまい」

「そこまで大規模な火炎放射ができたとしても、失敗すれば酸素不足に見舞われることになります……一階は出入り口としての機能を失っていると言っても過言ではありません」

 

 となれば、上層階を探索して氷の膜の薄い非常扉を発見し、そこから緊急階段を降りるか、最悪氷の膜の薄い窓を蹴破って飛び降りるかするしかない。体力の消耗を考えればここで一昼夜を過ごすというのは不可能だ。今日中に脱出する必要がある。

 

「とにかく……上を目指しましょう。ここで得られるものは特になさそうですし」

「そう言って僕等を誘導しているようにも聞こえるね。お前の目的を手伝わせるために」

「……」

 

 一々突っかかるような発言をするソメガミだが、言葉とは裏腹に上層階を目指すということ自体には賛成だったようだ。彼は立ち上がって伸びをすると、そこらに打ち捨てられていたカーテンのボロ布から氷を払い、外套の代わりとしていた。

 

(見習うべきかな……)

 

 エツリは無言でシルフに助力を求めた。彼女はその場にいるでもなしに、即座にそれに応じる。風を操作するシルフの力によって彼の周囲に空気の膜が生まれ、それが幾分か寒さを和らげてくれた。少なくとも手がかじかんで武器を取り落とす、なんてことにはならない程度には。

 

 

 

 爪を振り上げるグリフォンを見上げながら、エツリは冷静を崩さずに交代する。一歩失せるだけで、振り下ろされた爪は彼に届かず空を切り、グリフォンは予期していた衝撃が空振った驚きで怯む。その目を折れた刀で突き刺して潰し、痛みにもがき暴れ出したのと同時に、背後で構えていたソメガミと位置を入れ替えた。

 

「アギ!」

 

 取り囲んで追い詰めたグリフォンにとどめを刺すと、三階はようやく静かになった。先程まではグリフォンや群体からはぐれたカクエンと度々出くわしており、カクエンはエツリが、グリフォンはソメガミが主体となって退治する流れができていた。こういう時同行者がいると、使える属性に幅があって有効打を狙いやすい。攻撃魔法が使えないベルも、槍(エンジェル達の得物と同じ品)の射程と重量を存分に発揮し、二人の前に立って敵を蹴散らしていた。

 

「思ったより悪魔の数が多いね。人の体には耐え難い寒さも、悪魔にとってみればさしたるものでもないということかな」

「……」

 

 戦闘中だろうがどさくさに紛れてセクハラしてくるような奴の話を、まともに取り合おうという気はエツリには起きず、彼は回り込んで視線を合わせようとしてくるソメガミを露骨に無視した。

 

「なぁーエツリくーん。君だって不思議に思ってるだろーう?」

 

 開き直って堂々と肩を組み、尻を揉んでくるソメガミを風で剥がしながら、敵のいなくなった三階の様子を確認する。酷い寒さだが一階よりはマシで、時折悪魔の気配がする。

 

『確かに変だよ』

 

 耳元で微かにシルフの声がした。彼女も何か違和感を感じたらしく、エツリに短い言葉で忠告を残すと、空気の中に埋まるようにしてまた姿を隠した。

 いくら人よりはずっと頑強な悪魔であっても、自分から居心地の悪い環境を選んで縄張りにしたりはしない。ここまで遭遇した悪魔は、寒さを苦手とするほどのものではないにしろ、厳寒を好むような奴等でもない。厄介なのは彼等に理性がないことだった。なぜこんな場所を寝ぐらにしているのか、聞き出せればよかったものを。

 

「例えば悪魔君達が、いつからここに住んでるか解らないー、とか言ってくれれば、もうそれで一発なんだけどなぁ……」

「……」

 

 エツリ等がここにいるのが不自然な悪魔の群に首を傾げている一方で、ベルは彼等の心配事とは別のことに気を取られていた。

 

(これは、精霊……)

 

 悪魔の種族どうこうに明るくないソメガミとは違って、ベルは目敏かった。姿を隠していても、磁気の性質を〝見れば〟解る。先程エツリが腹に回復魔法を当てていた時も、シルフの技によって空気の幕を作った時も、その手の周辺に高純度の生体マグネタイトが集まっていることに即座に気が付いていた。

 女性形を取る精霊は古来より、悪徳と悲恋が付き纏う。彼女等は庇護者に対して滅私と言えるまでの献身を見せ、その愛を惜しまない。男は彼女等から受けた愛や供与による利益を己が力と錯覚すると、やがて増長し、彼女等を軽んじるようになる。そうなれば両者に待つのは破滅の末路だ。あまりに深い愛故に、それが裏切られた時の憎しみもまた深いものとなる。人間や神に弄ばれた精霊や精霊の上位者による復讐、あるいは掟を破った罰は、直接死や魂の収奪に関わる。その日暮らしができればいいだけの臆病な少年には過ぎたる力であり、破滅の道標にすら等しい。彼が物語の中の男達と同じく、力に溺れてしまう卑劣漢であるかどうか、ベルはまだ判断に迷っているらしかった。

 

(いや、妖精だけでなく……)

 

 同時に彼女は、エツリが自身と同様に生体マグネタイトを〝見ている〟ことにも気が付いていた。それこそアナライズのような特殊な方法を用いなければ、通常、人間に磁気の色や性質を見分けることはできない。しかしエツリは敵の神聖や魔性を見抜き、敵が魔法を放つより先にその種類を見分け、避けるか防ぐかを判断していた。

 

(この少年は……)

 

 これにベルの胸中で良くない種類の共感が起きる。まるで同じ罪で捕まった犯罪者に醜いシンパシーを感じるかのような……。

 

「ベルさん……! ベル! 後ろ!」

 

 突然の大声にようやく意識を外に取り戻したベルは、半ば反射的に振り向いて、前足を振り上げていきり立つグリフォンの胸に深々と槍を突き刺した。グリフォンは両足で空中をかきながら壮絶な苦しみ方を見せる。槍を抜こうと左右に大きく体を振るので、ベルが何かをしなくとも勝手に傷口が広がっていき、遂にはその場に崩れ落ちた。

 

「これは……」

「露骨だな」

 

 エツリの含みのある呟きに、ソメガミも同意した。理性を失っていると言うべきか、最早元来の知性すらかなぐり捨てたような振る舞いに、三人は強烈な違和感を覚えた。魔獣の類いとはいえ、グリフォンも他の悪魔同様、人間の使う言語で意思疎通ができる程度には知能が発達している。彼等の知識の中のグリフォンは、無造作に突き出された槍に自ら突進し、苦しみにもがいて己が寿命を縮めるような考えなしではなかった。

 

「しかし迂闊じゃないか。純メシア教の神品ともあろうものが」

「……弁解はありません」

「心持ちだけは殊勝だね。まぁ、お前が自滅してくれるなら、それはそれで嬉しいがね」

 

 悪魔の死体からゆったりと垂れる血や臓物を踏み付けにしながら、ソメガミは嬉しいなどと言いつつも、心底興味なさそうな表情を浮かべていた。悪魔には赤い血が流れている。人間のそれと同じヘモグロビンの赤色が空気と結び付き、赤だったり黒だったりを演出して、時にその刺激的な色彩で危機感を煽り、あるいは昂揚させる。ソメガミはベルが攻撃されそうになった瞬間を、実はエツリよりも早く察知しながらも、彼女の方には一度も視線をやらなかった。眼差しは足下に薄く広がる血の赤色と絨毯の赤を見極めることに終始し、赤色に取り憑かれた目の中にある光の受容体は、清浄な白を深く憎んでいた。

 

「とにかく先を、目指しましょう。上の階から不可解な気配がします……あなたも感じているでしょう……エツリさん」

 

 おずおずと頷いたエツリは、急に彼女の足取りに有無を言わさない力が生まれ始めたことが気になっている様子だった。

 

「ちッ……」

 

 しかしソメガミは呑気な彼とは違い、彼女の思惑に即座に気が付いた。「あなたも感じているでしょう」などと言って、エツリとベルにしか感じ取れない何らかの認識が共有できていることを確認するという、あまりにも明け透けな方法で、彼女は何か疑問を確信に変えたのだ。それが何なのかまでは解らなかったが、エツリ少年が彼女と同質の、力のようなものを保有しているのだと、ソメガミは気付かされた。

 

「……怪我でもしたか?」

「あぁ、いや、なんでもないんだ」

「……?」

 

 そしてその暗合が、エツリに対してかけられたカマではなく、自身に対して刺された釘であることにも、ソメガミには理解が及んでいた。すなわちこれは意思表示でもあるのだ。ガイアの木端がこの問題に茶々を入れてくるなよ、という。混沌がどうこう言っているガイア教であろうとも、組織に所属する以上は上の連中の顔色に振り回されるし、当然それに逆らうことは(実力さえあれば可能かもしれないが)できない。そして彼の所属する末端組織ではなく、ガイアの本部が許さないことがある。上役連中は、今はまだ本格的にメシアの連中と事を構えたくないらしい。彼女が純メシアの関係者であることを明言しているのも工合が悪かった。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「特に……寒いな……」

 

 結局下の階層では出口どころか、氷の薄い場所すら見つからなかった。勿論、ソメガミのアギでの溶解も試みた。ほんの一瞬表面が溶けるものの、まるで狙ったかのようにどこからか冷気が流れ込み、溶かされた部分が更に分厚く氷結させられる。この上は、東京タワーをおかしくしている元凶を直接叩く他に術はなかった。

 タワーはルーフフロアまで上ると、メインデッキまでの中央外階段が出現する。あるいはエレベーターを利用する訳だが、電力が流れていないので実質道は階段に限られる。そうしてメインデッキに到達した一向は、自身の白い息に溶ける熱気すらもかき集めようという勢いで寒がっていた。ここは非常に寒い。高所にあるから、というのが理由ではなく、単に氷に囲まれているので非常に冷えていた。メインデッキに到達するまで、彼等は半時間を費やした。平時ならばこの段数の階段を全て上るのには十数分で事足りる筈だ。それがこんなに時間を奪われたのは、やはりこの寒さが原因であろう。

 

「ゴールか……」

「平時であれば景色を展望して、一休みするのでしょうね……」

 

 外階段の終わり頃から、氷ではなくちゃんとした壁に包まれるようになり、階段の最上段の踊り場の壁には、「ゴール!」と大きく書かれている薄汚れたポスターが貼られていた。端末の心許ないライトの光だけでも、目のいいエツリにとっては十分に周囲を窺うための光源となる。だからそこに描かれる楽しげなイラストを見て、ソメガミがほんの僅かに顔をしかめるのを、エツリは見逃さなかった。末端の質が低いというのはどんな組織でも抱え得る問題だが、ガイア教は別に何でもかんでもやりたい放題の犯罪組織という訳ではない。ソメガミ一個人が純粋に邪悪な性格をしているだけだ。

 

「この先が、メインデッキ?」

「どうやらそうらしいな。しかし、寸でのところでまた障害物か」

「防火シャッターでしょうか……駄目ですね、開きません。施錠されているようです」

「壊す他あるまいよ」

「人間の拠点として転用できる可能性もあるので、本来なら扉の類を無闇に破壊したくはありませんが……」

 

 最後の階段を上り切ってすぐに、非常用シャッターが降りたままの黒い壁の切れ目が目に入る。プログラムのお陰で身体能力と魔法両方面で強化されている現代の討伐隊(とガイアとメシアと人外ハンター)にとっては、この程度の障壁ならば多少時間をかければ破壊できる。それは全く疑いようのない事実であり、現に彼等は躊躇いつつも、シャッターに攻撃を加えようとした。

 

「うぇっ……」

「弾かれた……!?」

 

 ベルが槍を、エツリが刀の柄頭を使って打撃を試みる。しかし彼等の武器がシャッターに触れようという瞬間、僅か0.1mmの小さな隙間が生まれ、到達する前に弾かれた。たたらを踏まされたエツリは単に死ぬ程堅いシャッターなのかと勘違いしたが、ベルはすぐに理由を察した。

 

「生体磁気……! これは生体磁気です!」

「何……!?」

「あ……」

 

 ベルに遅れて、エツリもシャッターの構造に合点がいく。目を凝らして見ると、薄く魔法式が組まれ、簡易的な結界の役割を果たしていることに気が付いた。すなわちこの向こうとの境界となっており、この薄壁一枚を通してあちら側は、世界という単位で別の空間が広がっている可能性がある。

 

「不活性ではありますが……私の槍が反応しました。神聖を嫌うものか、あるいはそれに準ずる何かが、この奥に……」

「この奥と言うが、先に行けないのならば何の意味もないだろう」

 

 ソメガミが呆れっぽくそう指摘した瞬間、耳障りな甲高い摩擦音が響き、それからバシバシと隙間風にシャッターが叩かれる音が続いた。枠線の錆びたシャッターは不穏な音を鳴らしながら独りでに上がり始め、遂に彼等の手を煩わせなくとも、人の身長分だけ口を開いた。

 

「なっ……!」

 

 その後のソメガミの驚愕の声は、シャッターが開いた音にではなく、その中に対する感想だった。

 

「まるで巨大な迷路ではないですか……!」

 

 一本の長い道が伸び、突き当たりまでに左右に四つずつの分かれ道が伸びている。しかも外から見たメインデッキの全長より明らかに長い道だ。

 

「空間が歪んでいる……」

「これが〝王印〟の力、ということなのでしょう。やはり見立ては正しかったか……!」

「……お前が嘘を言っていなかったことは理解したよ。嘘であってほしかったがね」

 

 同意見だ。エツリは奔放な分岐を見ながら、面の下でげんなりした表情を浮かべた。このクソ寒い中、出口を求めてリアル脱出ゲームとは。寒さのせいで苛立つ元気もない。

 レガリアや聖遺物、その他神仏悪鬼に縁ある品物は、いずれも大小、人智の及ばざる力を内包する。神聖汚穢の区別なしに、俗世にはあり得ない神秘を振るう。タワーの空間を膨張させて巨大な迷宮を創り上げるなどという芸等は、いくら悪魔やら超常の事物が眉唾ではなくなった魔界都市とはいえ、それなりの〝格式〟に裏打ちされた信仰や畏れの力が必要となるものだ。

 

「……進む?」

「それしかないでしょうね。何にせよ王印を押さえなければ、この迷宮を出る術もまたなしと、そう考えるべきです」

 

 おずおずと確認を取るエツリに、ベルが神妙な顔で頷いた。このまま寒さで衰弱して死ぬよりは、何が待ち受けていようとも進む方がまだ希望が持てる。

 

「一番槍の栄誉は君達に譲るよ」

 

 若干の神聖を帯びた気に、ソメガミは気分を害しているようだった。この手の清浄性、というか光陣営みたいなオーラには、全ての過失と悪意を咎めるような居心地の悪い厳しさがある。ガイアの連中がこれを嫌うのも頷ける。神聖に若干の適性を持つエツリですら、静か過ぎる場所では自分の呼吸の音が煩わしく感じるような、あるいは水清ければ魚棲まずというべきか、空気の成分からして違うような気分にさせられる。

 

「私が行きます」

「……ちょっと」

 

 名乗り出たベルを手で制すると、エツリはその場に屈みながら折れた刀の先だけを先行させ、結界内の床を峰で叩いた。そこにある道が足場に見せかけた幻覚ではないということを確かめると、更に次は壁を叩き、それも現実にあるものであることを確認する。それからようやく自分の身を使って内部を確認することにした。右足から先に入って、それを全身が追いかける。彼は油断なく身体の違和感を調べ、何もないことを知ると、手を挙げて背後の二人にそれを伝えた。

 

「……行きましょう。先行します」

 

 

 

(カビ……じゃない、苔……?)

 

 東京タワー改め東京タワー迷宮を探索している時、何度となく見た白い防火扉の前でエツリが立ち止まった。ここの扉だけ隙間が苔むしている。その辺に落ちていたボロ切れごしに触ってみると、短く切った柔い歯ブラシのような、強い抵抗感の束が指をなぞった。かなりしっかり生え揃っており、ここまで成長するのに年単位、少なくとも一年程度は必要だと思われる。

 

「む……? その扉がどうしたんだい」

「ほら、これ」

 

 エツリは二人にも見えるように扉から一歩遠のいて、蝶番から直線に降る扉の隙間を指差した。中頃から深緑の苔が繁茂しているのを確認すると、二人も同様に首を傾げる。

 

「苔だな。なぜ苔? この温度では苔が生えるほどの湿度は期待できないが……」

「不自然ですね。他の扉には苔も、苔が生えていた形跡もなかった」

 

 俯き気味に思案するベルの心配事は、この扉が何らかの罠であるということだ。不自然な違いを魔術で隠蔽しないのは、珍しいだけで隠蔽する必要のない単なる迷宮の一部であるからか、あるいは目に引くものをわざと残して、立ち入った者を誘導しようとしているのかもしれない。

 

「そうだよな……開けてみる?」

「…………まだ賛成はできません。中の様子を探る方法はありませんか?」

「透視やら生体感知なんて高等魔法、ガイアの下っ端如きには無理だぞ」

「討伐隊の下っ端にも……」

 

 そう質問してきたことから既に明らかだったが、ベルもそれに準ずる魔法は使えないと言った。全員その場で首をひねり、どうにも策を思い当たらず、肩を竦めて見せる。

 

「他に手がかりもありません……行きましょう。私が開けます」

 

 ここでもベルが手を挙げ、二人を背にして扉の取っ手に手をかけた。押して開く両開きの扉は、ミキミキと苔が剥がれる音を鳴らしながら、しかし錆びて軋んだような音は一切漏らさず、滑らかに開いていく。

 

「これは……!!」

 

 彼女の驚愕の理由は、背後の二人にもすぐに伝わった。

 両壁一面に磔にされた死体の群。なぜ今まで気付けなかったのか解らない異常な腐敗臭、そして熱気……。

 

「壮観だな……」

 

 ソメガミとベルが戦慄する背後で、エツリは静かに目を瞑り、死者を悼んだ。全て見覚えのない顔だ。こうして知った顔を探してしまうことも、それがないことに安堵を感じてしまう自分も嫌になるが、自己嫌悪の無様な隙が一瞬先の死を招くかもしれないのに、二人にばかり前を警戒させている訳にはいかなかった。

 武装している者も、そうでない者も、壁に磔になって死んでいた。大半の髪の毛が腐り落ちた小さな遺体の下には、女子服に使われるようなピンクの切れ端と、酸化して変色した小柄な腕が落ちていた。奥の方から白骨化しており、手前に来るほど新しい。腐る過程にある死体だった。非常に几帳面な死体の並びようとは裏腹に、遺品は乱雑に放置されている。ものを荒らすことが目的ではなく、人間を殺すこと自体が目的なのだろうか。あるいはその遺体か。

 ここだけ異様に温度が高い。高いというより正常に近い。そして湿度は異常に高い。あまりに湿潤なので、入った瞬間に服が重くなったような気さえした。この大量の腐敗死体が放つ湿気であろうか

 まるで何かの選択を迫るような、そういう空気の色だった。嵐の前の静寂とでも言うべきか。こういう一見、直前までの悪環境と比べると相対的に有利な環境というのが突然現れた時、何かしらの理由がある。それに、壁に打ち付けられ、整然と並べられた死体の群を見れば、油断をする気なんぞは到底浮かんでこないであろう。腐って破裂する前の膨張した腹が左右の壁に列を成している光景は、三人の恐怖心を増大させるのには十二分だった。

 

「あれを見ろ。祭壇の装飾といい、いかにもだぞ。どうやっても印には見えないが」

 

 まだエツリが部屋に入るのを躊躇っているのを尻目に、先陣を切って突入したソメガミが部屋の奥にある祭壇を指差した。

 

「何あれ……短剣……?」

 

 面越しの限られた視界から目を凝らし、祭壇に置かれた刃物らしきものを認める。エツリが短剣、と呟いた瞬間に、ベルが目の色を変えた。

 

「間違いありません! あれが〝アマツヤの矯飾印〟です!」

 

 彼女は途端に声を張り、その短剣へと近付こうとして、二歩で止まる。何かの罠である可能性を、というか興奮に隠されていた警戒心を思い出したのだろう。

 

「何? あれが王印だって? メシアの人間にも冗談を解する奴がいるもんだね」

「嘘のように聞こえるかもしれませんが……」

 

 三人で遠巻きに短剣を眺めながら、ベルは非常に険しい顔でそれを睨み付けていた。

 

「なんだ、邪悪な……?」

 

 ベルの小さな呟きは、シルフの作為的な風の道によってエツリにも届き、彼も目を凝らして短剣を確認する。すると確かに、何か様子がおかしかった。

 

「いえ、とにかく一度――――」

 

 ガコン!

 

「な、何!? 扉が!」

 

 ひとりでに閉まった扉に戻り、ソメガメはノブを持って押したり引いたりしてみたが、無足だった。固く閉ざされた扉は不言を貫き、彼等に冷たい閉塞を以て返報する。

 

「クソッ! 何が起きてる!!」

「閉じ込められたのですか!」

「こっちが聞いてるんだよ!!」

 

 ガチャガチャと扉に腐心するソメガミを背に、エツリとベルは大部屋の方を警戒して見回していた。何か、異様な気配がする。それも人ならざるものが。

 

「おいメシアの! 何をボケっとしている! お前の怪力で扉の破壊を協力しろ!」

「で、ですか……!」

 

 ベルが反論する前に、部屋に響いた音に反応して、口論は中途半端に硬直した。

 

 

 

『キュルルル……カカカッ……』

 

 

 

 何か水を伴ったものがとぐろを巻くような音に続いて、クラッキングのような不気味な破裂音が反響した。

 全員が即座に腰を低め、臨戦態勢を取る。しかし音の主は、彼等の警戒など嘲笑って、天井から飛び降りてきた。巨大な着地音を鳴らし、それにエツリが肩を震わせて驚愕する。この腐敗臭を服のように纏う悪魔が、単なる雑魚である筈はないから。

 

「蛇ッ……いや龍かッ!!」

 

 ソメガミの余裕なさげな、投げ出すような独り言に、彼等も息を呑んだ。地を這うように四足で立つ白い体躯の龍は、目のない筈の顔を三人に向け、彼等を値踏みするように首を傾げた。

 

 





・アマツヤの矯飾印
 古代ヘブライ語と男の絵が刻印されたユダ王国の印章。絵の男は名称不明だが、太陽神と同一視されたスラヴ系の神ではないかとされている(ほぼ失伝しているので詳細は不明)。見た目は作りの悪い短剣で、彫り込みや宝石の意匠もない。刀身が外れるようになっており、刀身に隠された柄裏の部分に王印が彫られている。
 エドム進軍の際にアマツヤがエドム人から収奪した偶像崇拝の品で、王国の印章に手直しされ、粗末な短剣に細工された。アマツヤが北イスラエルのヨアシュに敗北した後、多数の宝物と共にイエフ朝の管理下に渡る。ゼカリヤの没後はその行方が長年不明であったが、討伐隊の前身組織が回収し、東京内部の基地で保管していた模様。


 こっちの旧電波塔とは違ってスカイタワー(スカイツリー)はちゃんと人間の拠点として使われています。
 前話の前書き後書き見返したら我ながらキモすぎた。のでちょっと削ります。以降はもっと淡白になると思います。
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