赤クソ(ガイア)と白クソ(メシア)とクソ(他)   作:イリノイ州の陰キャ

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前回のあらすじ
3バカ「寒い寒いなのだ」
ニーズホッグ君「寒い寒いなのだ」ガクー
3バカ「わーい」
メシア「じゃー王印壊すわ」
変態「は? ふざけんな寄越せ」
隊長「それ討伐隊がもらうから」

 なんかオオヤマツミとP3のウベルリって似てますね。他意はないですよ別に。



造物主、蚊虫、人間

 

 隊長によると、エツリを置いて逃げた他の隊員達は、二人を残してあとは全滅していたそうだ。その二人も恐慌状態で、碌に話ができる様子ではないらしい。

 

「先ズハ……ゴ苦労ダッタ。コウシテ東京タワーモ〝副次品〟モ押サエルコトガデキタノハ、偏ニオ前ノ活躍ノ賜物ダ」

 

 討伐隊隊長を相手に事を構える、というのは、勢力図的にも、単純な実力的にも、避けたい出来事であったらしい。ベルもソメガミも、隊長の申し出に異議を唱えるでもなく、奥歯を噛み締めて承諾するしかないようだった。タワーはそのまま隊長の指揮によって上野討伐隊が押さえ、明日には本部討伐隊が内部の調査及び拠点流用の準備を引き継ぐことになるという。

 隊長は厳重に封印した王印を机の上に置いたまま、まるで無警戒に慇懃な労いを述べると、膝の上で組んだ手を上下に揺らしながら、赤く光るデモニカのカメラをエツリに向けていた。

 

「あの、隊を離れちゃった上に、勝手にタワーに侵入したことに、お咎めとか……」

「ドンナ状況ダッタカ想像ハ付ク」

 

 エツリが隊でどのような目で見られているかは、隊長もよく知っている。だからといって隊長から何か働きかけるような、甘ったれた組織でもない。単に、それを加味して仕事ぶりを評価される、というだけだ。それでよかった。下手に同情されるよりは居心地がいい。

 

「サテ……疲レテイルトコロ悪イガ、少シダケ質問ニ付キ合ッテモラウ。イイナ?」

 

 いいな、と聞きながらも有無を言わさぬ様子だった。別にデモニカスーツの威容に竦んでしまったとか、ここで何が言えば立場が悪くなるからとかでもなく、単純に逆らう理由もないので、エツリは素直に頷いた。そも、隊長には恩こそあれど、反抗するような恨みもない。

 

「……単刀直入ニ聞クガ……殺害サレタ隊員達ニツイテ、何カ知ラナイカ?」

「いえ……途中で悪魔に襲われて、散り散りになっちゃったんです。つーかその言い方だと、殺された隊員って、悪魔の仕業じゃないってことですか……?」

「…………」

 

 無言は肯定に等しかった。悪魔の仕業でないならば、下手人は天使か、あるいは人間……。

 エツリの表情に緊張感が生まれたことに気が付いて、隊長は手を開いてみせた。その手で机の上の水を勧め、隊長は努めて朗らかな風に演じる。ボイスチェンジャーとその風采のために、どうしても恐ろしい雰囲気を纏っているが、というか実際恐ろしい辣腕を振るう人物であるが、少なくともエツリから見れば、見た目ほど怖い人物ではなかった。

 

「イヤ、イイ。喫緊ノ問題デハナイ」

「そ、そうですか……」

「話ハソレダケダ。悪カッタナ」

 

 命の危険を乗り越えて疲れている隊員を長い間拘束するつもりはないようだ。隊長は机の上に置いたままにしていた王印の箱を片付けると、エツリにも楽にするように促した。

 

「ソレカラ、折レタ刀ノ代ワリガ用意デキテイル。翌ル日、届ケサセヨウ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 話は終わったとばかりに立ち上がると、隊長は先んじて部屋を出た。エツリはその背が完全に扉の裏に消えるまでお辞儀をして、それから自分の休み支度を始めた。

 王印があった机をちらと見てみると、あの二人のことが思い起こされた。ベルともソメガミとも、結局ロクな挨拶もできず別れてしまった。別に情も何もないというか、ソメガミとエツリに至っては巻き込まれたようなものだが、曲がりなりにも協力して窮地を切り抜けた間柄だ。少なくとも不幸を願うような気分にはならなかった。

 

『どうかした?』

「いや……」

 

 ここは多目的室で、応接間や取調室を兼ねている。長い間占領していては邪魔になるので、エツリは早々に支度を終えると、扉を出て使用中のかけ看板を裏返した。

 

 

 

 それから二日後。腹の傷も完全に癒え、シルフの小言も二割り増しから通常くらいに戻った頃のこと。

 

『酷いよね』

「何が?」

『タワーのこと。だってあれ、本当は最初から本隊が突入してれば、最初から制圧できてたんでしょ?』

「まぁ、当初の任務はそこまでの導線確保だったし……」

『それだって必要あったか怪しいけど』

「何があるか解らないんだから、万全を期すつもりだったんでしょ」

『そうかなぁ……』

 

 その万全のためなら、本部は隊員の命など消耗品に等しく思っているだろうとは、わざわざ付け加える気もしなかった。

 本来なら東京タワーを無名の隊員が攻略したとか、その場にいたメシア教徒とガイアの構成員を懐柔し、言うことを聞かせただとか、大分脚色された噂が流れ始めていた。その立役者こそ、上野のクソガキ隊員エツリであると知る者はおらず、また本人がそれを積極的に喧伝して回るつもりもなかった。厄介な手合いに目の仇にされないためにも、余計に目立つ必要はないのだ。ただ、隊長が功を労い、優先的に刀やら消費物を回してくれたり、二日とはいえ完全な全日休暇をくれたのは、相当デカかった。体力を回復し、物資を整え……これだけで明日も生きていられるかもしれない確率が大幅に向上する。

 ただ、シルフはきな臭いものを感じて仕方がないようで、頻りに首を傾げては不満足な表情を浮かべていた。その内情を推し量ることはできない。そもそも言語化できるような具体的な疑問ならば、さっさと話しているだろう。エツリはそう結論付けた。

 

『で、今日から仕事なの?』

「うん」

『ふーん……』

 

 含みのあるシルフの受け答えに、冷や汗を禁じ得ないエツリであったが、ここは気丈に、何も感じていないフリをした。戦える者は自身で扶持を稼がなければ、この地下街ではいる場所がない。余裕のない共同生活では、誰もが常に減らせる無駄を考えている。潰しの効くヒラの討伐隊員などは、働いていない時間は不安になるなんて奴もいるくらいだ。

 今回の仕事は調査任務だ。というか、拠点である上野駅周辺から、少し離れた場所を見回ってこいという、そういう当番だ。別段初めてやる仕事でもない。前線維持や物資運搬任務の危険度を星五つとすれば、こんなものは星一つ。カタキラウワの討伐ほどではないとはいえ、安全な部類の任務に値する。現在の東京で安全などという言葉に、果たして意味があるかどうかという疑問は潰えないが、相対的には危険度が低い。

 

『どこまで行くの』

「秋葉原……より手前くらいまで、かな」

『ということは……』

 

 シルフは思案気な顔色を浮かべ、明後日の方を向いた。彼女は意識的にせよ無意識的にせよ、風を読み、その気風をも知る。すなわち彼女が訝し気な表情をしている時は、額面通り何か思惑がある時だ。

 

「どうかした?」

『今日は特に……気を付けて。南は、風の流れが悪いから』

 

 

 

 駅を離れた位置の調査任務は少人数でおこなわれる。駅周辺の警護に人数を割く関係上、大規模な作戦でもない限りは、基本的に一つの任務に五人以上を配置しない。大規模な任務の際には、別の駅を守護する討伐隊から応援が入るが、毎度毎度そんなことはしていられないし、これでも上野は警備が厚い方だ。上野周辺の悪魔がそこまで強くないというのもあるが。

 公園通り周辺は悪魔が多いので、途中までを隊行動で進み、大通りの終わりで散開。エツリは担当範囲であるアメ横の隣の通りに来ていた。

 任務に際して、通信機器などはない。というかあっても結界が干渉するため、無線の類は一切通じない。だから調査に行った隊員が帰ってきて、その言のみを頼りにする。帰ってこなければ異常ありと考える。という、非常にアナログな方式を取っている。元からダブルチェックが前提なので、一度目の調査ではそこまでの精度を求められない。

 

「…………」

『サイテー……これだから人間は……エツリは真似しないでよ』

「頼まれてもしない」

 

 シルフが目に留めたのは、高架下に打ち捨てられた女性の遺体だった。金品や衣服を奪われ、散々辱められた後に放置されたようだ。脇腹が中途半端に悪魔に食われ、そこから急激に腐敗していた。小指の先ほどの大きさの蛆が、何百とその噛みちぎった痕にたかっており、傷口全体が蠕動しているようだった。

 

 地上で信用できるのは死人のみ。

 

 というのも隊長の言。実際、もう攻撃してこないという意味では、信用できるのは死人くらいだ。いや、やはり死人もまた信用には値しない。悪魔が更なる人間を引き込もうという際の釣り餌であることも、往々にしてある。

 エツリはというと、普通の東京を知らない、何なら魔界化した東京こそが故郷であると言っても過言ではないのに、未だにこういうものに慣れない。慣れないというのはグロテスクなものが、という意味ではなく、路傍の名も知らぬ遺体にさえ、悲痛な同情心を禁じ得ないくらいには〝甘い〟のだ。

 東京タワーでの災難のあと、ニーズホッグが集めていたあの部屋の遺体も、できる限り丁重にしてやってくれと隊長に懇願していた。結局どのようにしたかは知らない。ただ次の日から、地下街の流出品の市場が少し賑わっていたことからして、嘆願は聞き届けられなかったようだ。抗議などできようものか。半人前の偽善丸出しの戯言に過ぎない。全く当然だ。生きている人間が優先されるなどということは……。

 

『大丈夫……? 顔色、良くないよ』

「あぁ……」

『君が気に病むことじゃ……ううん、そうね。悲しいわ……こんなのは……』

 

 精霊に属する者は、いずれも非常に純粋である。これは清廉であるとか、無垢であるとかいうことではなく、一つの高純度な属性に等しく、純粋であるが故に染まりやすい。

 魔力の質も、悪魔やら人間達の性格的な性質も汚いこの東京では、精霊達はその純度を保つのに苦心して本来の力を使えず、嫌気がさしたように俗世を離れてしまう。

 誰かの悲劇を前にして、悲痛に感じる程度には甘ったれた少年は、そういう意味では精霊の契約者としてはぴったりと言えようか。シルフは、そうでなければ彼に力を貸そうとも思わなかっただろうな、と、まるで他人事のように自身の内面を探ってみた。

 

「仕事しないと……」

 

 遺体を見つけた大体の場所と、その様子を記録しておく。原因が悪魔の襲撃でない場合でも、というかその方が問題だ。人間による殺人が多数見られる場合は、地下内の治安維持のため、外のエリアから来た人間に入場制限を設けなければならない。

 何年か前、非戦闘民を装って侵入してきた殺人鬼が惨劇を演じてみせた。八丁堀の地下構内が阿鼻叫喚の地獄絵図と化したことがあった。殺人鬼は討伐隊によって捕縛された後、壮絶な拷問を受け、最期は悪魔のエサにされたらしい。見せしめとして拷問から死刑まで、始終が公開されていた。

 その時は討伐隊が複数人出動すれば捕まえられる程度の実力であったから事なきを得たものの、名の知られる人外ハンターが突然発狂したともなれば、駅の一つや二つは壊滅するだろう。

 

「なんか……」

『えぇ。これはおかしい。注意して』

 

 遺体や、遺物の期待できる商店跡地などが荒らされた形跡が多い。エツリは通算四人目の死体を見つけたところで、心臓を一突きにされた死に様に違和感を覚え始めていた。討伐隊の監視が厳しい上野の近くでここまで様相が荒れているのは、中々珍しい。

 というのも、余程のことでなければ、人の遺体などは何日かかけて悪魔が食ってしまうので、こうした調査で見つかるのは、全体でせいぜい二人か三人程度のものなのだ。こんな荒れた世とはいえ、いや、だからこそと言うべきか、同グループの人同士は連帯する。少なくともそのグループが規定する殺人(つまりは死刑)以外はそこまで頻繁という訳ではない。

 その上、遺物を漁る場合にも、縄張りというものが存在する。討伐隊の縄張りなら隊員が、ガイア教の縄張りならガイア教徒が、新宿の人外ハンター達の縄張りなら登録済みの人外ハンターが……という風に、東京人には完全に無法な早い者勝ちではない縄張り感覚が根付いている。よって部外者に遺物を漁られている可能性があるということは、それすなわち敵対勢力が入り込んでいる可能性をもあるということになる。

 

『一人一人弔ったり、できないからね。そうしたい気持ちはやまやまだけど……』

「解ってる」

 

 シルフもエツリも、遺体をジロジロと眺める失礼を自分に許さなかった。彼等はこれ以上誰かが故人から金品を暴いたり乱暴狼藉を働いたりしないように、チョークの線で遺体の周りを囲むことで、討伐隊預かりの印を示しておいた。討伐隊も遺体から有用な品を流用するが、少なくとも平時であれば、その後の遺体を不必要に粗末に扱ったりはしない。

 それからエツリは、昔の先輩隊員がやっていたのを真似して、遺体の前で手を合わせた。その先輩隊員にすらも、手を合わせてやってから久しい。メシア教徒でもなく故人を偲ぶ良識を持ち合わせている者などは、この東京に生きるにはあまりにも儚い。

 見つけた遺体の全てを印で囲み終えると、彼は再度、死者を悼むように目を瞑り、ほんの数秒で目を開いた。後は、規定の位置までこれを繰り返して見回りを終えるだけ。何か嫌な雰囲気を感じたエツリは、足早にこの任務を終わらせたがった。

 

『……待って!』

「うぉ……どうかし――」

 

 エツリがシルフに聞き返す前に、高架下を抜ける疾走音が耳に入った。カツカツと続け様に響く音は、何か固い底板の入った靴音か何かかと思ったが、どうやら違う。むしろ、長い武器が走る度に腰半ばに当たるような音がする。

 

「誰かいる……!?」

 

 彼はすぐにその音を追いかけようとして、やめた。足早に逃げ去ったということは、後ろめたいことがある人間だ。そんな奴は目が会い次第こちらを攻撃してくる。

 それに、慌てて逃げ去ったのなら、完全に消しきれていない何かの痕跡が残っているかもしれない。というか本当は足音の方に体を向けた瞬間に、シルフの咎めるような視線が痛くなったので、大人しく見送ることにしただけだが。

 

「確認しないと……!」

『待って。慎重に、よ……』

 

 大袈裟に頷いて、足音が去った高架下の方をゆっくりと覗く。空気中に見える生体マグネタイトの量は正常。だが、その質は何かおかしい。

 

『あれ! あれ見て! 何か……』

 

 透明化したシルフが先んじて近付いていってしまった。足下や高架の天井に何か罠がしかけられていないかを探りつつ、手招きするシルフの方にゆっくりと近付く。

 彼女が浮かぶその下には、合成樹脂のような白い塗料で、魔法円が書かれていた。

 

「護身方陣……?」

 

 わざと一辺をつなげていないオクタグラムと、それを囲む魔法円。そして〝א〟の語末形が全て消された円状の聖句。本来ならば悪魔召喚の際に、術者を守るためにある円陣であるが、この不完全な形式では効果を発揮しない。事実、魔法円には発動した形跡はなく、少しエツリが手を加えれば、今からでも使えそうな雰囲気すらある。

 無駄に効果を発揮しないためにあえて未完成のままにしておき、悪魔召喚の直前に完成させる、という手法も珍しくはないが、そうであれば円の方を繋げずにしておくのが主流だ。中の陣形が不完全のままでも円さえつながっていると、全く意図しない効果を発揮する場合がある。これがあの音の主が作っていたならば、単に完成させようという一歩手前であっただけかもしれないが……。

 

『これって絶対……』

「多分ね」

 

 十中八九何かの罠だ。例えば完成させた時点で、悪魔との契約を捻じ曲げた呪いを術者にかけるような、あるいは消そうとするなどして干渉した場合に、鎖付式呪詛(カウンター・カース)が発動するとか。

 

(報告すべきか……)

 

 確実に業務が増えるが、これは見逃せない。討伐隊の縄張りで複数の殺人が起きていることもそうだが、殺人現場の近辺に不完全な魔法円。関連性があるにしろないにしろ、討伐隊の管轄地域に届出を出していない何者かが活動している可能性がある。単に野良の人外ハンターが、遺物漁りにショバ代を出すのを渋ったくらいのことなら構わないが、討伐隊あるいは非戦闘の民間に害をなそうという人間の仕業かもしれない。

 

「とりあえず、持ち場の最端までもう少しだから……」

『途中でも戻るべきよ。まずは報告して、人手を集めないと』

「…………解った」

 

 シルフは混乱気味なエツリを制した。どこに悪意が潜んでいるかも解らない高架沿いをほっつき歩いて、更なる危険を呼び寄せる必要があろうか。彼は自分自身の行き場すら、自分の判断に任せるのを怖がって、シルフの言う通りにした。

 しかし、背を翻した彼の踵を引くものが現れた。小さな呻き声のような、風の音……?

 

『どうしたの? 何か――』

 

 

 

 

「――ぁあ――――ぁ――……!!」

 

 

 

 

『悲鳴……!』

「あっちだ!!」

 

 聞き覚えがある声だった。今のは上野隊の隊員だ。シルフの静止も間に合わず、エツリは駆け出していた。普段の鈍臭い振る舞いが嘘のように、瓦礫の間を飛び去り、壁を蹴ってはするすると半壊の上野を走り抜ける。

 

『待って! エツリ!』

 

 風に同化していないシルフでは追いつけないほどの速さだった。迷彩服の背は一秒毎に小さくなっていく。彼女が姿を溶かし、彼に追いつく頃には、二人は西側の大通りの方に転がり出ていた。

 

「……ッ!」

 

 地面に這ったような体勢のまま、刀に手をかけたエツリは、何もない視線の先に一つの倒れた人影を見つけた。原付用の半キャップの隙間を流れて、血がこめかみをなぞって滴り落ちる。まだ酸素を多分に含んだ血の色。ただ、暗闇の中で血の色を見分けられる程度には目のいいエツリには、その人影の様相の判別が既に付いていた。

 

「…………」

 

 隊員は既に事切れていた。歩いて近付くうち、鞘を握る左手が硬く力を強まっていく。湿ったアスファルトに不自然な体勢で投げ出されていた隊員の遺体は、半開きの目と口が全てを物語るか、あるいはそこに何もないことを知らしめているのか……未だ肌の裏に収まっている自らの血流すらも、その恐ろしい相貌に臆し、滞るようであった。

 

『この人、隊の……!』

 

 同僚の死を悼む感傷の他に、頭の冷静な部分は、遺体の様子を探る不躾な目を動かすことに終始した。

 へこんだヘルメットと、袈裟斬りにされた胸から出血しており、どちらかが致命傷となったようだ。争った形跡はあるが、いずれも魔法によって乱れたマグネタイトの偏りであったり、地面の焦げであったり、下手人を特定できるような証拠にはなっていない。

 その上、身に帯びたのものには手が付けられていないのが不自然だった。平隊員とはいえ、刀や携帯は高く売り捌ける。金銭が目的ではないようだ。いや、金目のものが目的ならば、防備の厚い上野のテリトリーで挑発するようなおこないをするはずがない。もっと仕事のやりやすい場所で獲物を待つ筈だ。

 

『これ、この雰囲気……』

 

 エツリの余計な同情心と、責務を果たそうというワーカホリックな部分が旗の折り目を争う中、シルフは何かに気が付いたようだった。

 彼女は人よりも遥かに優れた〝風〟を読む力を以てして、生体マグネタイトの性格を見分け、近くで魔法を行使した術者までもを特定できる。一度でも見たことのあるものなら。

 

『あいつだよ……! ほら、東京タワーで散々な目に合った前の日にさ、ハンター協会の中でエツリのこと見てる奴がいるって話したでしょ!』

「なに……!?」

 

 先日感じた大きな気配は、上野で認めるのはその時が最初で最後だった。

 

(何かを追っている? あるいは、俺を……?)

 

 少なくとも討伐隊関係者ではない。正規のハンターかもしれないが、だからと言って無許可での遺物収集、魔法円の設置、何なら殺人まで犯した疑いがある危険人物が、討伐隊の統治圏内を闊歩している事実を見逃していい訳がない。エツリは頭の中で、不条理に耐える理性の歯止めがひん曲がっていくのを自覚した。もし自分を狙っているなら、何のためになのか、なぜ無関係の者が殺されねばならなかったのか。

 

『戻るよ! これ以上こんなところいたら……』

 

 

『シャィィイイ!!』

 

 

『ほら! 変な悪魔寄ってきた!』

 

 変な虫寄ってきた、みたいな言い方でシルフが叫ぶ。エツリは引き抜いた刀の重い感触に違和感を感じながら、刃を返した。刀身が半分ない状態になって慣れ始めていたせいで、感覚が狂っているようだった。

 黒い鱗に身を包まれ、コウモリのような翼を携えた蛇。鳴蛇(メイダ)と呼ばれる悪魔だ。

 

(屍肉を漁りにきたか……)

 

 悪魔は大半が人語を解する。中には声帯の有無や発声の方法から、口語での会話が不可能な悪魔もいるが、そういう類でも、先日のニーズホッグのような、何か召喚の際に不手際でもなければ、悪魔というものは人間の言葉を理解できる。

 

『シュルルルル……』

 

 つまり、あえて人の言葉を話さない奴等は、最初から交渉の余地などない、ということを意味する。この手合いは遭遇すれば必ず戦闘か、逃走かを選択させられる。

 ほぼ他人とはいえ、同じ隊の同胞であった遺体を放って逃げて、この悪魔に荒らされるのは不本意だ。それにまだチョークも引いてない。討伐隊の脇をあえて突こうなどという輩以外は、あれで囲うだけで排斥できる。そう思うと、やはり選択肢は戦うに限られた。

 

『やるの?』

「それしかない……」

 

 相手の出方を待つ。地力に劣る者は、下手に戦いの主導権を握ろうとしてはならない。ゴリ押しでなんとかできる実力があるならまだしも、彼はメシアでも末端の末端であるエンジェルにすら苦戦する有り様なので、特に戦いとなれば、慎重にならざるを得ない。

 

(屑拾いが…………)

 

 しかし、その実自分から動かない最も大きな理由は、見当違いの怒りが暴発しそうで怖かったからだ。怒りに任せて絶叫しながら刀を振り上げそうになって、エツリはなんとか持ち堪えている。理不尽への憤慨は、時に理不尽な怒りを他者にもたらす。

 所詮はスカベンジャー。腐肉を漁る他に餌を得る術を持たない悪魔だ。それがいっそうエツリの神経を逆撫でしていた。人の弱みに擦り寄って、いい顔をして更に巻き上げようとする非道な連中と、こいつらはそっくりだ。

 

『シィイイィィ……!!』

 

 遺体の前に立つエツリを威嚇するメイダの甲高い鳴き声は、思わずシルフが実体を解いてしまうほどだった。空中でとぐろを巻きながら翼を大きく広げてみせると、目の高さに切先を構えるエツリに向けて突撃してきた。

 

『シュウウーーーー!!」

 

 巻いた体を一気に跳ね伸ばし、鋭い牙で噛みつこうとしてくる。エツリは横に構えた刀で口を受け、その勢いに一歩後退りながらも、気を取り直して刀を押し込んだ。

 

「ぐっ……」

 

 しかし、メイダはそのまま口を斬られるでも、押し込まれるでもない。すぐさまその身を振りかぶって、エツリの腕に巻きついてきた。全身の筋肉を収縮させるようにして、彼の腕を締め上げる。エツリはなんとしても関節部にまでは伸びてこないように腕を捻り、負けじと押し返そうと踏み込んだ。

 

『今よ!』

 

 シルフの合図が聞こえる。自身の腕のせいでエツリからは見えないが、彼女の視点からは、怯んだメイダがその牙を緩ませた瞬間が見えていた。エツリは腕でほとんど塞がった視界を頼りにすることをやめ、シルフの声に従って魔力を放出し始めた。

 

「ご馳走してやる……!」

 

 刀身に渦巻く風の奔流が、メイダの口内を切り裂いた。怯んで力の緩むメイダを、巻きつかれた腕ごと倒れ込むようにして押し倒しすと、アスファルトと挟んでギリギリと口を押し斬っていく。

 未完成とはいえ、風龍撃をこの至近距離で喰らわせれば、少しはダメージを受けるはずだ。加えてエツリはその乏しい膂力を補うべく、自身の体重を使って、重力を利用することでトドメを刺そうとしていた。

 

『キキッ……ッ! ッ! ッ…………』

 

 人間には聞き取れないほどの高い音を鳴らしながら、メイダは口から徐々に斬れていく苦しみを受け止めさせられた。絶叫するでもなく、むしろゆったりと声がか細くなっていく過程を、エツリは蛇の呼吸が顔にかかるほどの距離でまざまざと見せつけられつつも、躊躇うことなくそのまま押し切った。

 完全に苦悶の声が失われた瞬間に、じわじわと滲んでいた血が一気に吹き出し、エツリの面と服を汚した。刀を伝う血脂を雪ぐように、蛇血の赤漆が迷彩に塗り込められていく。血飛沫の勢いも弱まり、刃が完全にメイダの口を二分して舗装路に到達した時、エツリはようやく刀から力を抜いた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 興奮状態のエツリは、今の戦いが遺体の保護という大義名分を得ただけの、単なるやつ当たりであることに気が付こうとはしなかった。肩で息をしながら、蛇の返り血と共に頭から血が降りていき、冷えていく感情の白々しさとは裏腹に、心臓だけは嫌にうるさかった。まるで不心得者の問責のように、怒り慣れていないような空回りが、急速にアドレナリンが分解され、震え出す体にはっきりとしていた。

 

『…………もう平気?』

「大丈夫……ごめん」

 

 エツリは、悪魔の返り血で汚れた服を見て、嫌なことでも思い出したかのように顔を顰めた。巷間では、ガイア教徒に間違われたくなければ赤い服は着るな、と言われるくらいだ。

 

 





・鎖付式呪詛
 呪いの一種で、カウンター・カースとも呼ばれる。魔法円や魔術式をわざと不完全あるいは間違った方式にして、術者に不利益な効果を発動させるように仕向ける。魔法における研究結果の盗難に対抗するために生まれた手法であり、鎖付図書から名付けられた。

・メイダ
 凶鳥メイダ。漢字で書くと鳴蛇。〝山海経〟中に存在が記された蛇の姿に四枚の羽を持つ中国の妖怪。磬石を鳴らしたような声で鳴くとされ、姿を見ることは旱魃の前触れであると恐れられた。
 小さくてくすんだ色のケツアルカトルをイメージしてください。人型じゃない方。あんな感じ。


 多分メイダはオリジナル悪魔だと思うんすけど、imagineと偽典はプレイしたことがないので知らんです。大丈夫だよな……?
 こんな感じでオリジナル悪魔と設定を小出しにしていくつもりです。ストーリーはロクに決めてないのに設定は作ってるから。
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