朝、付近のカフェでイングリッシュブレックファストをとった。その後、ホテルガイドにしたがって、オード川下りのツアーに参加す。
オード川はクヌヌラの街からアーガイル湖まで南下する形でつながっている。
舟は屋根付きだが解放的でガラス窓などはない。30人程度が座れる小型のものだ。船体も新しい印象は受けない。というか少し不安なほどボロい。
救命胴衣が貸し出されたので装着する。この救命胴衣もなかなか年季がはいった印象を受けて不安だ。使用方法の説明を受け、船は出航した。
川幅はそんなに広くないが水は青が濃く綺麗だった。両脇にはゴツゴツとした岩肌がむき出しで植生も乏しい。荒涼とした大地を探検している感じがする。秘境とはよくいったもんだ。
風はそんなに強くないし、湿度も高くないので温度の割には快適だった。夜にクリーニングに出した同じ服を着ているのが英梨々は一番の不服らしい。このクヌヌラの街で服を買いたかったが良い店はなかった。
「こんな場所だったなら、サファリジャケットでも用意しておくんだったわね」
確かにワイルドな恰好の方は合うかもしれない。白いワンピースと麦わらはとても似合ってはいる。陽光でツインテールがキラキラしているのは、周りが外国人ども・・・俺らが外国人だが・・・英梨々はよく目立っていた。
「清々するわね。ほんと何もなくって」
「そうだな。いかに普段は人工物を目にしているかわかるな。電柱一本ないものな」
「これで動植物が豊富ならジャングルクルーズになるのに」
「ワニはいるんじゃねーかな」
野鳥いるし、魚の影らしきものは水面からでも見えるが、大きなワニが日向ぼっこしていることはなく、あからさまに人間を歓迎しているわけではない。
川を下り終わったら、少し開けた場所になった。ここがアーガイル湖探索の拠点になる。今度は立派なクルーズ船が停泊していた。こちらは船内に立派な食堂があり、ランチがセットになっているチケットをすでに買っている。
波止場付近にはおみやげ売り場も充実していて、アボリジニーの品をクヌヌラの街よりも高値で売っていた。小さなアクセサリーショップもあったが、宝石や原石そのものは扱っていなくて、比較的安い価格帯のものが多かった。
「そういえば、イエローダイヤを求めてここまでやってきたけどさ。アーガイル鉱山で有名なのはピンクダイヤらしいな」
「そうみたいね。この際だからいいものが見つかったらピンクダイヤを買おうとは思うけど・・・」
「思っているような宝石や原石を扱っている店はぜんぜんないのな。ここから南西に車で30分ぐらいのところに鉱山と会社があるみたいだけど、一般人は立ち入り禁止だってさ」
「どうすればはいれるのかしら?」
「取引先と契約しているから、宝石を扱う資格が必要みたいだぞ」
「どうするんのよ」
「それにその鉱山では直接的には買えないみたいだしな。専門家が集まるオークションなんかがあるみたいだけど・・・」
英梨々とここにきた目的は観光でなく宝石を手に入れることだ。もう少しアーガイル鉱山に関連するショップがあるかと思ったら、ぜんぜんない辺境だった。目的のダイヤモンドに近づいている感覚はゼロだ。
冒険映画みたいに、さまざまな出来事のあとに巨大なダイモンドをゲットする都合のいい話はないだろう。
フェリーの乗る時間になったので、波止場へ向かった。多くの観光客が集まって混雑していた。
この観光船が人気な理由はすぐにわかった。実にオーストラリアらしい景色が存分に堪能できるのだ。さっきの川下りも荒涼とした大地で面白かったが、こちらはひたすら広大に自然が広がっている。
水鳥はたくさんいるし、植生も豊かになっている。望遠鏡をのぞくとワラビーなどの野生動物が活動しているのも確認できた。水も綺麗で魚影などもたくさんみえる。
「こんなにも手つかずの自然が残っているんだな」
「そうね、蟻塚もすぐに見つけられるようになってきたわ」
「そういうばそうだな」
高さ1メートル程度の小さな縦長の山があちこちにあって、それが蟻塚だ。いたるところにあって、この地域でもっとも繁殖しているのが蟻だとわかる。
この蟻塚の中から『ピンクダイヤモンド』が見つかったのがアーガイル鉱山の始まりだ。
「蟻にとっては不運よね」
「まさかな。人間がやってきて野球場100個分ぐらいを削り取られるなんて思ってもみなかっただろうな」
「蟻に同情するかしら?」
「別に同情はしないけど、人間の活動には驚嘆する」
デッキでしばし自然の景観を楽しんだあとは、食堂に移動してランチを食べた。ランチはしっかりとしたコースで味も悪くなかった。やはりここにもワニ料理がでた。
「カンガルー料理はないわね」
「どこで食えるんだろうな。探してみるか」
「探すならついでにコアラ抱っこできるところも探してちょうだい」
「コアラこだわるなぁ。目的はダイヤだろ」
「ダイヤなら日本でも買えるけど、コアラは抱けないじゃない」
「・・・本末転倒だな。おい」
料理はさっぱりとした味付けで個性がそんなにないので食べやすかった。自分でテーブルの上の調味料やソースなどを適当にかけて食べる。いろんな国の人が訪れるからだろう。
※ ※ ※
コテージに戻ってきて一休みをする。英梨々はスケッチブックに着色していて、12色の色鉛筆とは思えないほど鮮やかな絵を描いた。小さな紙なのに雄大だ景色なのがわかる。鳥などもスケッチも緻密だった。
俺はその横でスマホで仕事を進める。ノートPCがないのは不便だが、昨今はスマホでも仕事ができる時代になった。正直、伊織とのやり取りなどは自宅にいるのと変わらない。
美智留からはお土産の催促と自分も連れて行けという要望が繰り返されている。その役目はもう俺じゃなくて伊織に任せてしまいたい。
出海ちゃんは学校の活動も忙しいらしい。相談を乗りつつ、仕事も少しずつ回している。英梨々のサポートの立場ではあるが個性はやはり別だ。画力もどんどんと向上していて将来が楽しみなイラストレーターだ。
お土産にはコアラのぬいぐるみにしようか聞いたら、「もうそんな年齢ではないです。子供扱いしないでください」と言われた。他の選択肢は、俺や伊織と同じブーメランか、美智留用に選んだアボリジニーの楽器ぐらいなのだが・・・
英梨々が一段落したみたいでコーヒーを入れて休憩している。俺も作業を切り上げた。アーガイル湖の観光はしたけれど、このまま何もしないのもったいない気がする。俺は英梨々と相談して、世界遺産のバングルバングルの観光を予約した。
夕方になってきたので空港まで歩いて向かった。距離にして1㎞だから15分ぐらいだ。街の作りにもだいぶなれてきた。
空港には国内便の他に、観光用のセスナが飛んでいる。これがバングルバングルなどの空の観光を担っていた。料金は少しお高いがここにきてケチってもしょうがないだろう。
4人乗りでパイロットが1名なので事実上の貸し切りになる。
空からの景色は圧巻だった。英梨々の「うわっー」って語彙力が問われる感想がすべてを物語っていた。
何よりも素晴らしかったのは夕日の落ちるのを見れたことだ。もともと赤褐色の大地が真っ赤に染まっていった。まるで西部劇の夕日のように何もかも朱に染め上げた。
反対の空はすでに暗くなっていて、星が瞬き始めている。英梨々は言葉を失ったが、俺も正直言葉につまってしまった。現実的でなくて、どこかもうファンタジー世界に入り込んでいる気がした。
「終末の世界に取り残されたみたいだな」
英梨々に話かけたが反応はなかった。英梨々は景色を見ながら、同時にケータイで動画を撮っていた。
セスナ機のエンジン音とプロペラ音が大きいので、外の静寂さと違って飛行機内の音は大きかった。だから英梨々には俺の声は聴こえないのかもしれない。世界はこんなにも雄大で静かに佇んでいるのに、人間だけがせわしい。
俺は英梨々に近寄って抱き寄せながら、耳元で「結婚しよ」と囁いた。
英梨々はケータイを自撮りに切り替えて夕日をバックに撮影していた。
(了)
今週もがんばろー