実は現在はアーガイル鉱山はすでに閉山していたのだ。
したがって本編のように見学はおろか、入ることすらできないのである。
愕然とした僕はとりあえず営業していることにして話をすすめた。
ご存じだろうか。資格というのは庶民が一段上に進むのには役立つが、特権階級には必要がないのである。資格とはその人の身分や身元を補償する役割もあるから。
「アーガイル鉱山いくわよ」
英梨々は朝食を食べながら当然のように言った。昨日、英梨々には鉱山には許可なく入ることができないと説明したのだが。
クヌヌカに来て3日目。近くのカフェの自家製アイスクリームがやたら美味いといことにもっと早くから気が付ければよかった。俺も英梨々も朝からアイスクリームを食べている。
「資格が必要らしいといっただろ」
「もうすぐ届くわよ」
「届く?」
「ここまで来て引き下がれないじゃないのよ」
「別に勝ち負けじゃないけど、規則は規則だろ」
「そうよ。規則には従うわよ」
コテージに戻ると、黒いスーツに包んだ凛々しい女性が立っていた。黒髪のセミロングを後ろで結っている。ただ少し暑そうにみえる。
「お嬢様。お待たせしました」
「海部さんだとぉ!?」
「安芸さん。お嬢様がお世話になっております」
「あっ、こちらこそ」
相変わらずお堅い感じだ。行きに空港まで送ってくれたスペンサー家の優秀な執事長の女性だ。彼女がこんなところにまでくるとはスペンサー家はどうなっているのか・・・
「あまり時間がないので、準備ができましたら、車までお越しください」
「ご苦労様ね。例のものをもってきてくれたかしら?」
「はい。ここに」
海部さんから大きな紙袋を英梨々が受け取った。
「倫也、着替えるわよ」
「着替えるって何に」
俺は英梨々とコテージの中に入っていった。さすがに3日も同じ服をきているのは嫌なのだろう。いくらクリーニングをしているとはいえ飽きてくるのもわかる。紙袋に入っていたのはベージュの洋服だった。トレジャースーツとでもいえばいいのだろうか。レンジャージャケットなどという言い方もする。
分かりやすく言うと冒険家が着るあの上下の服だ。このイメージの発祥が気になるが日本では不思議大発見の番組が有名だろうか。
いそいそと着替える。寝室から出てきた英梨々はトレジャーハンターの恰好が良く似合っていた。久々のあたらしい衣装にテンションも高そうだ。せっかくなので記念撮影しておく。ポーズをとってピースサインするあたり、やはり女心とファッションは切り離せないものらしい。
例の帽子を頭にかぶった。英梨々とペアルックなのは少々気恥ずかしかった。おまけに車のところにいくと、海部さんがわざわざ一眼レフカメラで写真を撮影してくれた。ひさびさのちゃんとしたツーショットである。
車は4WDのジープで悪路にも耐える仕様のものだった。俺と英梨々が後部座席に乗り込む。海部さんはスーツを脱いで白いブラウス姿になった。薄く色のついたサングラスをかけると現地のベテランガイドのような雰囲気になる。
何もない平原の一本道をひたすら走る。野生動物が見られないのが残念だ。
車で30分ほど揺られると、道路の脇に見落としそうな白い看板が立っていた。そこから舗装されていない脇道に曲がって進むとゲートがある。ゲートの前で止まると係員がでてきた。そこで最初の手続きを済ませて敷地内に入った。
2階建ての大きな建物がある。外装は凝っていないコンクリートの直方体といった感じで倉庫のようにもみえる。ここが本社兼加工工場ということらしい。
建物のの入口では厳しいボディーチェックを受ける。荷物などはすべて預けて、撮影も禁止だった。これは原石や技術などを持ち出させないための当然の規則だろう。
次にポロシャツを着た初老の白人がガイドについてくれた。海部さんは事務所の方で待っているという。一緒に見学してもいいと思うだが、仕事もあるらしい。俺たちに気を使っているのだろうか。
ボロボロの社用車で敷地内を案内してくれた。ガイドはずっと英語だ。英梨々が同時通訳してくれるが、俺でも聴き取りやすい英語だった。敷地の面積や労働人数やダイヤの取れる量などについて解説してくれた。
人間などはペチッとつぶしてしまうような巨大な刃のついたローラーで地面を削っている。岩なども粉砕する。それを俺の背丈ぐあるバカでかいタイヤのついた巨大なトラックに積みこんでいく。
トラックは削りだした岩石や土を専用の大きな工場まで運び、特殊な選別システムの機械に土砂を流しいれていく。
「なにもかもすごい規模だな・・・」
「これだけ運んできても、ダイヤがない時もあるらしいわよ」
「貴重なんだな・・・」
300トンの土砂に対して約1カラットのダイヤ。それが比率らしい。300トンの土砂がどれくらいかいまいち想像つかないので計算してみたが、25メートルプールの半分ぐらいになる。
選別された土砂を工場の機械で適度な大きさにさらに粉砕し、水の中で揺らして篩にかける。ダイヤの鉱石は重たいので底の方に残るらしい。砂金と同じメカニズムだ。もちろん手作ではなくてすべてオートフォーメンション化していた。なんかちょっと間抜けにみえる機械で愛嬌がある。
「この石を紫外線に当てるとダイヤかどうかわかるらしいわよ」
「じゃあ、このゴロゴロ転がってでてきたのがぜんぶダイヤなのか・・・」
「売り物にならないようなクズも多いって」
だいたい小指の先ぐらいの石が多い。パット見た感じではダイヤとはとても思えないが、曇りガラスみたいのがちらほらと確認できる。
「これをさっきの本社ビルまで運び、選別、加工するみたい」
「じゃあ、英梨々のお目当てはこの原石ってことになるんだな」
「そうね」
あれだけ運んだ土砂も、ダイヤかもしれない原石になるとそんなには量がなかった。桶に一杯もない。
ガイドの爺さんが手の平で触って、一粒つまみ上げて英梨々に渡した。
英梨々はそれをポケットの中のルーペを使って確認する。俺もみせてもらった。ほんのりとピンクがかったダイヤの原石だ。大きさは1センチもない。
「これ、かなり良質で期待がもてるかも。ですって」
「グレートクオリティーっていってたな・・・」
「楽しみね」
「これ、もらえるのか?」
「もらえるわけないでしょ」
英梨々は名残惜しそうに原石を元に戻した。
次にカット作業をする場所に移動した。責任者がまずはカットするための設計図を一粒ずつマーキングしていく。これをベテランの職人による手作業でカットしていく。ダイヤモンドで硬いとはいえ、石なので砕けてしまうときがある。余計なものを落とす大事な作業だ。終わるとダイヤモンドらしい透明な石ができあがる。でも輝きはぜんぜんまだなかった。この段階ででクズ原石はすべての除かれてしまう。
次の場所では別な職人が作業をしていた。ソーイングといって、先ほどの原石をカットしていくのだが。実に緻密な作業だ。
「なんか一粒ずつがダイヤだとおもうと凄いな」
「ほんとうっすらとピンクにみえるものが混じっている時があるわね」
「そうか?」
俺の色覚と英梨々の色覚はぜんぜん違う。ピンクダイヤのグレードのなだらかな階層をみても俺はあまり見分けがつかないが、英梨々はすぐにグレードが分かった。色の濃さが違うらしいのだ。もちろん低いのと高いのを見比べれば俺でもわかる。
ダイヤモンドといえば、有名なのは4Cだろう。
・Crat カラット 重さ
・Cut カット 輝き
・Color カラー 色
・Clarity クラリティー 透明度
ピンクダイヤも例外ではないが、もちろんカラーがとても大事になってくる。
この後、ソーイングでピラミッド型になったものを、さらに細かく角を落として、あのブリリアンカットのダイヤの形にしていく。その後研磨にかけると美しい輝きのダイヤモンドが完成する。
出来上がった品がなかなか圧巻である。こんなにダイヤモンドの山を見たことがない。山といってもシャーレに入る程度だが・・・どれも小さい。
これだけでいくらぐらいなのか見当もつかない。
英梨々がガイドの爺さんと何やら話こんでいる。技術的な問題を質問しているのかと思ったら、どうも違うらしい。別室へと案内された。
応接室は豪華で、黒い革張りのソファーに重厚なテーブルが置いてある。しかし調度品などはシンプルだった。
そこに海部さんがスーツ姿で待っていた。俺も英梨々もお礼をいって近くに座る。女性スタッフがコーヒーを出してくれた。俺もはミルクとシュガーを入れて飲む。カフェレストランのコーヒーも美味かったが、このコーヒーもまた一段と美味い。甘味があってなめらかだ。
「あら、コピ・アルクかしら?」
「そのようですね」
「なんだそれ?」
「ほら、ジャコウネコの糞に混じっているコーヒー豆よ。話ぐらい聞いたことあるでしょ」
「ああ・・・聞いたことある。これがそうなのかよ」
「あたしとしては反対の立場だけど、ひさびさに飲んだらやっぱり美味しいわね」
「海部さんもわかるんですか?」
「はい。コーヒーは好きですから。それにこれだけ特徴的だと、知っている人なら直ぐにわかるものです」
「へぇ・・・」
英梨々によると、コピ・アルクが高額で取引きされるため、ジャコウネコに無理矢理食べさせるような業者がいて問題になっているらしい。人間の欲望とは恐ろしいものだ。ちなみにインドネシア産なので、北オーストラリアとは近いので手に入りやすのかもしれない。
俺たちがコーヒー談義をしていると、先ほどの爺さんがスーツに着替えて戻ってきた。今度はネクタイもしてビシッとしている。
名刺でこの工場の最高責任者であることがわかった。経営者の次ぐらいに偉いのだろうか?俺にはよくわからない。
手に持ったトレイの上に、さっき見つけたダイヤの原石がのっていた。
海部さんが会話で確認した後、ルーペで原石の鑑定を始めた。このスペンサー家の執事の万能さは伝統なのだろうか。
「まだカットしていないから、わからないけど、かなり上質なのよ」
「それで?」
「この段階で買えるか交渉しようと思って」
「ほう・・・」
「でも、この段階だと品質保証もできないし、アーガイルの証明書も発行できないみたいなのよね」
「ふむ・・・」
「ここで削った方が値段がある程度は定まるのだけど・・・この段階で購入すると場合によってははずれを引いてしまうから、迷っているのよ」
「そもそも売ってはいけないのだろう?」
「一応、こちらも免許も資格も持っているのよ。イングランドのスペンサー分家の経営する『DBS』の代理で買い付けにきていることになっているの」
「『DBS』・・・だとぉ・・・」
イギリスに本社のある世界的なダイヤモンド商社だ。アーガイル社とも提携しているらしい。今、さらりと英梨々がすごいことを言った。スペンサー家がそれなりに有名な家系なのはなんとなく知っていた。本家筋はスイスでイングランに傍系の一族がいる。スペンサーのおじさんはそれに連なっているというのを聞いてはいた。話すと長い。
どうもこれは、スペンサーのおじさんが外交ルートを使って無理やりねじ込んできた案件のようだ。俺みたいな18歳のガキがどうこうできる取引ではなく、海部さんがわざわざ現地まできたのはそういうことなのだろう。そうでないとこんな工場に入れないのかもしれない。
「ところでいくらぐらいなんだ」
「5万以下にならないみたい」
「安いなw」
「ドル」
「・・・高いな。高すぎじゃね!?」
「運命ね、しょうがないじゃない」
日本円でだいたい700万円ぐらいか・・・。加藤へ送った指輪が可愛く思えてきた。桁が1つ増えた。まだ原石なのにぜんぜん安くない。
「お嬢様。ここは妥協しましょう」
「そうだぞ、英梨々これがメインで作るわけじゃないんだろ?」
「そうなのよね、0,1カラッドもあれば十分だから」
「これだとどれくらいになるんだ?」
「0.3カラット以上になるみたいね。指輪のメインにできるわね」
「指輪みせて、相談してみたら?」
「そうね・・・」
英梨々が海部さんと話し、彼女の持っているジェラルミンケースから指輪の入った箱を出した。中には日本で作ったピンクゴールドのリングが入っている。これを爺さんにみせて、英梨々が一生懸命説明していた。
しばらく話をしたあと、爺さんが俺にむかって、「オメデトー」と言った。突然の日本語でびっくりした。慌ててお礼を言う。
「とりあえずカットしてみるから、それから考えてはどうかですって」
「それ、カットしたら価値が上がってしまわないのか」
「あたし、自分でカットしたいのよね」
「まさか、妥協ってその部分なのか・・・」
「ええ、そうよ」
俺が英梨々の馬鹿げた話を聞いている間、海部さんは爺さんと交渉を続けていた。
「まったく話が見えないんだが・・・」
「これ、大きさはとれるけど、品質的には中程度らしいのよね」
「ほう?」
「ピンクの色が薄いじゃない?」
「よくわからないけど・・・そんなもんじゃね」
「もっとピンクの濃いのもあるのよ」
「とりあえず、削ってもらえよ・・・」
「そうねぇ・・・」
こだわるところがずれすぎていて、俺にはよくわからん。そもそも英梨々が原石を削ってカットできるのかどうか・・・職人技も必要だろうに。俺は買うかどうかを妥協するのかと思った。
「お嬢様。交渉が完了しました。そのダイヤはスペンサー家の方で買い取らせていただきます。今から案内してくれるそうなので存分に削ってきてください」
「ふぁ!?」
「そう・・・じゃあ、そうしようかしら?」
「そうしちゃうの!?」
英梨々だけ案内されて、俺は海部さんと応接室に残されてしまった。
「甘やかしすぎなのでは・・・」
「お嬢様の一生に一度の晴れ舞台のためではないですか」
「そういう問題?5万ドル・・・700万円ですよ」
「別に5万ドルでも、500万ドルでも、そこは問題ではありません。この宝石にはそれだけの価値があり、それが損なわれるわけではないのですから」
「にょ?」俺は変な返事をしてしまった。
「投資と考えたら良いのです。通貨が金になったり、株になったり、宝石になったりすると考えていかがでしょうか?今時なら暗号通貨とか」
「うーん・・・」
「それではわたくしは、少し仕事をさせていただきます」
「あっ、はい」
海部さんは持ち込んだノートPCを使って作業を始めた。俺は混乱するこの状況を加藤へ報告した。第三者の意見が聞きたい。
『ごめん。安芸くんが何言ってるかわからない』
すごくまっとうな返信があった。俺もそう思う。そもそも俺たち庶民は700万の買物をあまり理解できない。ましてや小さな石を一個だ。
その後はゲーム制作の進捗状況を聞いた。進捗状況は問題がないようだが、別な問題が発生した。
俺が詩羽先輩にテキスト文を丸投げしたことにより、作風が途中から変わってしまい、そこをどうするかが悩んでいるという。どう転んでも、俺の文章を人気ラノベ作家の詩羽先輩に似せることはできないのだから、俺の文章に詩羽先輩が寄せてくれるしかない。それだと質は各段に下がるし悩ましい。
※ ※ ※
あいかわらずというべきなのか、英梨々は何時間も俺を待たせた。
ランチの時間になったので女性スタッフに社員食堂へ案内してもらった。海部さんは「人前で食べるのは恥ずかしいので」といって、食堂にはこなかった。なかなか難儀な性格である。
意外としっかりした社員食堂で簡素だけど広かった。何人かのスタッフが食べている。
日替わりランチセットでは、バーガーセットと、ベジタリアン用のミックスサンドセットがあった。俺はバーガーセットを注文した。トレイを持って並ぶと白い皿にハンバーガーとコーラをのせてくれた。フライドポテトは食べ放題であり、自分で好きなだけ皿に乗せることができた。
食堂のスタッフに頼んで、応接室の海部さんへミックスサンドセットを運んでもらった。ちなみに価格はすべて無料である。施設はもうだいぶ年季がたっていて古かったが、システムは新しいものに変えているいるのだろう。福利厚生が厚いようだ。
俺に対する社員の目線が厳しい。ダイヤモンドを扱っていて不審者に厳しいせいだろうか、それとも俺が見慣れない日本人だからだろうか。たぶんどちらもだろう。
社員食堂でしばらく時間をつぶす。ここでもアイスクリームがあって、バニラアイスにいろいろなものをトッピングできる。アイスクリーム文化でも根付いてるのだろうか。こちらも食べ放題だった。盛り付ける量がすごい人がいる。俺はディッシャーで一人前だけいただいた。これもなかなか美味しいバニラアイスだった。
海部さんが食べ終わった頃を見計らって応接室に戻った。
「お気遣いありがとうございました」
「いえいえ、余計なお世話だったら、自分で食べるつもりでした」
「お優しいのですね」
そういってクスッと笑った。普段はやや怒ったような真剣な表情なので、ギャップがなかなか激しい。案外、プライベートな時間ではズボラなところがあったりするのだろうか。謎のベールに包まれたままだ。
昼食の後はソファーでうとうとと眠った。どうせ英梨々はすぐには戻ってこない。
※ ※ ※
「倫也~。なに眠ってるのよ!」
英梨々の声で目が覚めた。最初はどこにいるのかわからなかったが、英梨々の恰好を見て思い出した。俺は今オーストラリアのアーガイル鉱山にいる。
「みてみて!」
英梨々が黒い布の上にピンクダイヤモンドをのせていた。
「おお見事なもんだな。お前がやったの?」
「一部だけね。全部はなかなか難しいわね。練習すれば別なんでしょうけど」
「そりゃそうだよな」
「でも、いろいろと勉強になったわよ。日本に帰ったらいくつか原石を磨いてみるわ」
「そりゃまぁお前の自由だがな・・・それで、これの価値は?」
「ランクも上質。でも大きさが0.375カラットもあるから中々の一品ものなのよ。アーガイルの鑑定書も作ってくれるって」
「ほう・・・よかったな」
正直よくわからん。ただ、なかなかの大きさのダイヤで5mmぐらいあるだろうか。俺たちの作る指輪のトップを担える大きさだが、サイドに飾るにはでかすぎる。もっともこのダイヤが700万円ですといわれても、「へぇー」としかいいようもない。落としてなくしたら心が病みそうである。
「それでね、倫也。せっかくだけどこのピンクダイヤモンド・・・あきらめるわ」
「あきらめるのかよ!?」
「だって、大きすぎるもの」
「でも、トップ飾れるんだろ?」
「そうねぇ・・・でも、当初のデザインと違うし。やっぱりイエローダイヤモンドが欲しいのよね」
「ほう・・・それは自由にしてくれていいが・・・」
ピンクダイヤの高品質でこの価格。イエローダイヤも同程度だろうか?いずれにせよ、俺がどうこう気軽に口出しできる金額でもない。指輪全体の値段でなくサイドを彩る一粒にすぎないのだから。
「今、0.1カラットのハイクオリティーのピンクダイヤモンを用意してくれるって」
「よかったな。それでそのダイヤはどうするんだ?」
「これは『DBS』を通じて、うちにいったん運ぶわ。通常ルートだと関税も大変だし」
「損はしねぇんだな・・・?」
「ええ。最高に幸運だったと言われたわ。さすがの目利きよね」
「いや、ぜんぜんわかんねぇ・・・」
しばらくすると女性スタッフとともに、爺さんが戻ってきた。小型のジェラルミンのアタッシュケースを持っている。
テーブルの上でそれを開けた。中には個別にケースに入ったダイヤが並んでいた。
「・・・英梨々。これは俺でもわかるぞ」
「でしょ」
色が濃い。ピンクというよりはもう紅い色に近いのだ。素人目にはルビーと言われても信じてしまうだろう。ピンクのイメージと違う気もする。けれど光に透かしてみたら鮮やかなピンクだった。パッションピンクに近い。
英梨々は指輪を薬指にはめて、ケースを近づけながら選んでいる。爺さんとの会話が弾んでいて、爺さんが笑顔なのは国籍を超えてジジィキラーなことを証明していた。美人とは得なのである。
もっとも相手からすると孫娘みたいなものなのかもしれないが。
「これにするわ。倫也買ってくれる?」
「いや・・・即答はできないだろ・・・」
「なによ、0.1カラットの小さいダイヤよ?」
「だって、色が怪しいもの」
「そう、ならいらない。プラスチックつける」
「ちょっとまてぇい。そこで拗ねる!?」
「あんたが払わないとかっこうがつかないのよ」
「俺のカードで落ちる金額なのかよ・・・」
「あっ、それはわからないわね」
英梨々が選んだ最高品質の貴重なピンクダイヤモンド。大きさこそ小さいがクオリティーがは希少レベルのようだ。そもそも市場に出していない時点で怪しいことこの上ない。最高の品の場合は流通させずにオークションになる。
「わかったよ。後から払うから。その代わり結婚してくれ」
「うわぁ・・・倫也。それはサイテーの発言よね」
「安芸さん。今のはどうかと思います。ええ流石に。ご報告はわたくしの胸に留めておきますが・・・」
「ああ、すみませんすみません」
いったいどこに報告されるのだろう?スペンサーのおじさんなら笑ってくれそうだが。
その後、俺も所定の場所にサインをした。それがどんな意味なのか考えたくもなかった。知らない間に途方もない借金を背負っているのでは・・・とそんな思いがあった。
オーストラリアまできて良かった。・・・のだろうか。
でもまぁ、英梨々はニコニコと上機嫌だし、まずは結果オーライだろう。こうして最初の宝石『ピンクダイヤモンド』を俺は無事に入手した。
(了)