今回の旅は荷造りをしっかりとした。前回よりも少し大きいキャリーバックには、夏服の他に冬用セーターが入っている。それにトレジャーハンターの服装も用意していた。
目的地はユタ州である。なんでもこの街では非常に希少な宝石が採取されたらしい。らしいというのは、現在はもう鉱山は閉山しているからだ。
鉱山が閉山して採掘されていない以上は、現地に行ってもしょうがない気がするが・・・目的と手段が入れ替わっているので、旅行する口実として捉えていいのかもしれない。
英梨々は水色のワンピースを着ていた。ゆったりとして上品な感じがする。襟元や袖口は白いレースがついているし、ボタンは琥珀を加工したもので渋めだが上品だ。
午後に成田空港を出発した。この蒸し暑い東京を離れるのは嬉しいが、現地の気候風土はわからない。
「あんまり調べたら面白くないじゃない。あんた攻略本もってRPGクリアするタイプ?」
英梨々には英梨々の理想とか楽しみ方があるのだろう。俺としては何よりもまずは英梨々の安全を確保したい。そのためにも情報を集めるのは大事だと思っているが、英梨々は嫌なようだ。人の気も知らないで自由奔放である。
「ユタ州って、ソルトレイクがあるところなんだな」
「なんか聞いた事があるわね。なにかしら」
「冬季オリンピック会場だろ。ソルトレイクシティーで開催されたからな。それで有名なんだろ。直行便がないから有名な観光地ってわけでもないのかもしれないが」
「じゃあ、とりあえずはソルトレイクシティーを目指すわけね?」
「ああ、そうしよう。そこが拠点でいいだろう」
成田からソルトレイクシティーへ行くには、だいたい11時間~13時間ぐらいかかり、サンフランシコかロサンゼルスなどを一度経由する必要がある。
「ちょっとしたタイムマシーンの体験ができるぞ」
「タイムマシーン?」
「いいか、日本を午後に出発しても、現地に着くのはその日の朝だ」
「何言ってるのかしら?」
「ふふふっ」
時差と日付変更線と東回りと西回り。ちょっとした試験などにもでてくるこの問題は、わからない人にはどんなに説明してもわからない。俺は上目線で英梨々にボールを使って解説した。
「細かいことはいいのよ。現地についたら時計を合わせるだけよね?」
「・・・いや、まぁそうなんだが」
中にはこういう現実的なやつもいる。
※ ※ ※
当たり前なのだが本当に朝についた。日本との時差は15時間。南北に移動したオーストラリアと違って、ここは地球の裏側なのである。
英梨々は腕時計をクルクルと回して時刻を合わせる。俺はケータイに現地の時間と東京の時間の両方を表示させた。腕時計など身に着ける気がしない。
飛行機の中で寝たことと、ちゃんと2食の機内食を食べたことで腹は膨れている。時差ぼけの影響をあまり感じないのは普段から不規則な生活のせいかもしれない。
「まずは宿探しだな。俺としてはソルトレイクシティーの中心地でいいと思うが」
「あの飛行機からみえた湖がソルトレイクよね?」
「たぶんそうだろう。リゾート化されていると思うからそっちの方面がいいか」
「そうしてくれるかしら?2泊していいわよ」
「わかった」
空港のインフェメーションで街の地図、ホテル案内、観光資料などを貰う。中心地も何もソルトレイクシティーがその名の通り、グレートソルトレイク湖の南東にある都市だった。はっきりいって巨大都市で開発も進んでいる。湖の東部から南東部が街になっていて、西側はあまり開発されていないようで自然が多く残っている。
広々とした空港のロビーで、長椅子に座りながらどこに泊るか検討をする。氷の入ったコーラはスモールサイズでも日本のレギュラーサイズぐらいの大きさがある。アメリカの味だ。
「ヒルトンとかのホテルにするか」
「どこでもいいわよ、でももっとチープなホテルでも構わないわ。どうせ眠るだけだし。でも・・・ダブルベッドがいい」
「そうだなぁ・・・こういうところは?」
「B&Bね。十分よね、随分良さそうなところだけど」
B&Bはベッド&ブレックファストの略だ。簡易宿で食事は朝食しか付かない。日本の民宿みたいなものでホテルとは形式が違う。共同空間が多く、その一室を借りる感じだ。プライベート空間が小さい分、料金も安いものが多い。ただ、ここは老舗のB&Bらしくけっこうな金額だった。
「とりあえず、予約状況を確認してみる」
「行き当たりばったりよね」
「それ、おまゆう」
ネットからアクセスして予約状況を確認し、空いているようなので直接電話した。交渉担当は英梨々だ。英語でのやり取りの後、予約に成功した。
「チェックインは16時だけど、荷物は預かってくれるって。とりあえず向かいましょうよ」
「よし行くか。場所は・・・」
地図上の場所を確認する。タクシーを使ってもいいが、ここは電車を利用したい。ソルトレイクシティーの中心地は空港から6キロぐらいの近い場所だ。街は大都市なので鉄道網も完備していた。B&Bは中心地にほど近い場所にあり、19世紀の建物らしい。
宿泊代はヒルトンなどの一流ホテル並みだ。2人で2連泊となると、それなりにコストがかかるが、もう気にしないことにしよう。
移動手段は、タクシー、Ubet、トラムだ。Ubetは今やタクシーにとって変わる一大移動手段で自分のいるところまで迎えにきてくれる。チップも必要なくて安いのが特徴だ。
だが俺と英梨々はトラムがいいだろう。何よりも気楽なのがいい。
「一日乗車券でいいな?」
「ええ、路面電車なのね」
路面電車乗り場が空港からけっこう遠かった。ガラガラとキャリーバックを引きながら向かう。
路面電車に揺られながら市街地へ向かう。建物に情緒が残っていて綺麗だ。道幅も広い。19世紀に栄えた街で旧い建造物が多く残っており、路面電車に乗っただけでけっこう観光した気分に浸れた。
だいたいのところで見当をつけて降りる。ケータイアプリを使えば現地まで案内しているが、「旅情がない」という英梨々の一言で却下されている。不便な方が頭を使っていいのかもしれない。
アプリを見るなと言った英梨々が持っている地図をクルクルと回している。地図を回して自分もクルクル回っているところから察するに方向を分かっていないようだ。こういう子のために地図アプリがあるのと思うのだが・・・
俺はあたりの巨大な建物から、位置をだいたい把握している。大まかな地図が頭に入れば自分の居場所を見失うことはない。ソルトレイクシティーの中心地は開けていて近代的な建物も多くなっている。
わざわざ多めに歩いているのは観光も兼ねているからだ。英梨々は地図をたたんで俺の横を並んで歩いた。自らたどり着くのを断念したようだ。
「倫也、お昼は何食べる?」
「ハンバーガー」
「迷いがないわね。本場のマッグトナルドでも体験してみる?」
「味って変わるのか?」
「そんなにかわらないわよ」
「どうせなら、美味いハンバーガー食いてぇなぁ」
市街地の中心を抜けると住宅街になる。碁盤目模様に区画整理されているのでわかりやすい。どの家にも庭があって木が植えてある。中心は大都市だったが、少し離れただけで閑静な住宅街になったのは意外だった。
アメリカと言えば治安の悪い銃社会のイメージが強いが、こういう観光地などは治安がだいたい良い。日中なので特に問題はないだろう。
「このあたりのはずだが・・・ちと、アプリでみてくれるか?」
「・・・惜しいわね。どうやら、この裏手の道らしいわよ」
地図アプリを確認して、俺たちは目的のB&Bに到着した。
区画一つ分がB&Bの敷地である。大きな木々に囲まれて、そこだけ時間を取り残されたような佇まいだ。19世紀の石造りの建築物だが古臭くはなく気品がある。異人館などと同じかもしれない。映画の撮影セットに見えなくもない。
B&Bといっても、2階建てなのに7部屋もあることから内部はだいぶ広い。吹き抜けのリビングにある調度品はどれもアンティークで落ち着いている。絨毯も分厚くて靴でそのまま踏んでしまうのが躊躇われるレベルだった。映画でみる貴族の屋敷のイメージそのものだ。
英梨々は受付を済ませて荷物を預けた。何やら会話していろいろと聞いている。俺はロビーで重厚な革張りのソファーに座った。テレビはないが、レトロなガラス窓からはテラスが見える。白いテーブルと白いイスもアンティークなデザインで凝っている。外国人夫婦がそこでゆったりと朝食を食べていた。100年前も同じような光景が見れたと思う。
「倫也、ハンバーガー屋聞いてきたわよ」
「ハンバーガーについて尋ねてたのかよ」
「何よ。倫也がリクエストしたんじゃないの。じゃいいわよ」
「いやすまん。俺たちは宝石を探しにきたから、それについて聞いたのかと思ったんだよ」
「なんでそうせせこましいのかしらね」
「・・・それで、いい店はあったのか?」
「ここにもレストランが併設されていて、食べられるからおすすめだって」
「いたれりつくせりだな・・・」
「あとは、価格みて判断すればどの店でも大丈夫ですって」
「おおっ・・・現実的な・・・」
16時まではチェックインできないので、とりあえず観光スポットを巡ることにした。徒歩圏内に旧い教会があり、まずはそこからだ。
次に歴史博物館があるので、そこにも足を延ばして見学をする。トラムの一日乗車券を買っているので移動は気楽だ。博物館では鉱山の街の発展がわかった。山の中腹にある博物館だったので、庭からはソルトレイクシティー全体をを見下ろすことができた。
お昼を回ったのでトラムに乗って街の中心まで行き、良さげなレストランを探した。
ソルトレイクシティーは歴史をずいぶんと大切にしているのだろうか、その店の作りも古風な感じだった。西部劇に出てきそうなクラシカルなレストランで、頼んだハンバーガーセットはいかにもアメリカという感じの大きなものだった。バンズのやけた光沢がたまらない。
「ポテトうめぇな・・・」
「生ポテトから揚げたものね。サラダも新鮮だし、もうほんと期待を裏切らないわね」
座って食べながらハンバーグを炭火で焼いているところがみれる。パテの大きさも選べるし、トッピングなんかも組み合わせることができる。飲み物はフリードリングだ。
シンプルなケッチャップ味だが納得のいく一品だった。人気があるのか店は混んでいた。
「この後、南西に鉱山跡地があるから行ってみるか?昔は鉱山の作業場所まで見学できたらしいが、今は入れないみたいだけど、資料館みたいのはあるそうだ」
「そうね・・・閉山しているなら行っても意味なさそうだけど」
「一応な。名目的にも必要だろ。なんて宝石だっけか?」
「『レッドベリル』よ。ものすごく希少らしいわね。エメラルドの仲間でレッドエメラルドとか、スカーレットエメラルドなんていわれることもあるらしいわ」
「ほぉー・・・それって、めちゃめちゃ高価だったりしねぇの?」
「0.1カラットなら10万円も出せば手には入るみたいね。もちろんランクがあるんでしょうけど」
「10万円か・・・」
金銭感覚が若干おかしいのだろうか。安く感じる。もっとも宿代でそれぐらい飛ぶわけだが・・・
ちなみに飛行機代は、だいたい片道1人30万、往復で120万円かかる計算になる・・・
ついでにトラムの一日乗車券は約400円と良識的な価格である。
絶対に東京で買い集めた方が安上がりなのは自明だ。もちろん、俺が旅費を負担しているわけでないので、そこはあまり触れないでおく。
※ ※ ※
トラムで南西まで向かって駅を降りると、だいぶ閑散とした場所になった。ここから鉱山跡地まではまだまだ距離がある。歩けないこともないが、英梨々を連れて町はずれを歩くのは怖い。Ubetのアプリをいれて車を呼び寄せる。郊外なので少し時間がかかったが、愛想の良い若い兄ちゃんが運転手だった。それに乗って鉱山跡地まで行った。チップを払わなくていいらしいが、英梨々が交渉してチップを渡した。
「何を交渉したんだ?」
「帰りもB&B送ってもらうために待ってもらうことにしたのよ。その値段交渉。ここでUbet呼ぶの大変でしょ」
「なるほど。でも、先に100ドルも渡して平気なのかよ」
「平気でしょ。持ち逃げしたら訴えるわよ」
跡地にはビジターセンターがあってそこで受付をする。資料館があってそこにはソルトレイクシティーで行われたオリンピックの事が書いてあった。配られたメダルはここでとれた金や銀を使って作ったらしい。
「宝石以外もとれたんだな。それにしても、堀りに掘ったりだな…山が丸ごとなくなるなんてな」
「すごいわよね。宇宙からも確認できるんですって」
今ではぽっかりと空いた穴の底は水が溜まっていて湖みたいになっている。付近は山なので鹿が遊びにきているのか、ちらほらと見える。
かつては人の背丈よりも大きなタイヤをはいた巨大なトラックが走っていたらしい。その迫力はオーストラリアで体験しているので知っている。
「閉山になると、やっぱり寂しい感じだな」
ハゲ山というのだろうか。土がむき出しで植物がまったくない。荒涼とした大地だが人工的なのだ。かつては大きな音を建てて賑わっていたのだろうが、荒廃している。
閉山とともに街の活気が薄れて、人口も一時期は減っていたらしい。今は観光拠点として街は人気のスポットに様変わりした。冬はオリンピックが開かれるほどなので、ウインタースポーツのスキーやスノボで賑わっているようだ。
ぐるりと回って元の駐車場に戻ると、先ほどのUbetが止まってちゃんと待っていた。自家用車の転用なのでUbetが指定したものを取り付ける以外は、車種もデザインもまちまちだ。
運転席でのんきに寝ているあたりが、実にUbetの運転手らしいと思った。そして街の治安の良さを感じる。
※ ※ ※
実にすばらしいB&Bだった。フロントの対応も丁寧だ。俺たちはなんだか貴族のような気分になる。
「少しあたし達の恰好がチープぎるわね。あとでドレスでも買いに行きましょ。夜の治安もいいのよね?」と英梨々が言った。
部屋の調度品はどれも素晴らしい。アンティーク家具は手入れが行き届いていた。ベッドメイクも上等で文句がない。窓からはテラスが見下ろせた。B&Bなのにバスルームが各部屋にある。バスタブは陶器製だろうか、楕円形のゆったりしたものが備え付けてあってレトロだ。蛇口やシャワーヘッドは真鍮製で金色に光っている。サビている箇所もないので、磨く人がいるのだろう。このレトロ感はたまらない。
バスルームはバラの匂いがする。窓辺には生け花が飾ってあるのには驚いた。
「旧い宿なのに、ぜんぜん古くないんだな」
「いろんな人に愛されて大切にされてきた宿なのかしらね」
英梨々がバスタブに蓋をしてお湯を溜め始めた。お湯は熱湯が出るが温度調整はできない。すごい勢いで湯気がでる。
「どうするんだ、これ?熱すぎるだろ。水で薄めるのか?」
「日本みたいに並々となんて水は溜めないのよ。3分の1ぐらいまで溜めたら冷めるのを待つの」
「へぇ・・・」
西洋式らしい。バスルームの作法は英梨々が知っていたので俺は手ほどきをうける。基本的に中でジャバジャバと石鹸を使って洗い、そのまま出るものらしい。石鹸水は洗い流さないのか気になったが、洗い流さないし、そんなに強く石鹸を使うものでもないらしい。日本の行水に近いかもしれない。水が貴重な地域で発展しているのでそうなのだろう。
「それでもシャワーがついていて、こっちは近代的に温度調整ができるみたいね。気になるならこれを使えばいいわ」
「でも、これってバスタブの外に水が流れるよな」
「下にこぼれても平気よ。あそこに排水溝があるし」
「なるほどなぁ」
白い陶器製のバスタブは4本の真鍮の足で支えられているのだ。浮いているといえばいいのだろうか。考えてみると日本みたいに洗い場がない。
お湯はけっこうな勢いで出たので、どんどん溜まっていく。英梨々の説明を受けている間にちょうどいい量になったので蛇口を閉めて止めた。
英梨々はアメニティーの歯ブラシをとって部屋に戻った。もう1つも俺に渡した。
ベッドに腰をかけて座る。そして無言で歯を磨き始めた。俺も英梨々と並んで座って歯を磨く。ミントの強い歯磨き粉の味だった。
英梨々は水色のワンピースを着ている。ひざ下あたりまであるワンピースはゆったりしていて、花柄の刺繍がある。英梨々は「チープな」と言ったが、決してそんなことはないブランドものだ。むしろこの優雅なB&Bにとてもマッチしていると思う。
俺がTシャツにデニムのジーンズなので、俺のことをいったのだろうか。もしくはこのホテルにふさわしい衣装を思いついたのかもしれない。
英梨々は浴室の洗面台で口をすすぎ、俺もその後に口をすすいだ。
それからまたベッドに座った。ツインテールのリボンを外している。英梨々が頭を振ると長いブロンドの髪が広がって、英梨々の匂いも広がる。さっきから無言だ。
「倫也・・・大事な話があるの」
「なんだ?かしこまって」
「実はあたし・・・してないの」
「何を?」
「妊娠」
あー、そんな『設定』だったなーって、俺は別に驚きもしなかった。でも、ここは優しく反応すべきだろうか。
「ナンダッテー!!」
「ぜんぜん、驚いてないわね」
「いや、だって・・・そんな気がしてたし。で、どうして突然カミングアウトしたんだよ」
「はぁ?あんたバカ?死ぬの?童貞なの?」
「童貞じゃない・・・はず」
「はずって何よ、はずって」
こいつは一体誰の子を宿したつもりなのだろうか。まぁいい。
「そんでどうした?」
「もし、あたしが妊娠してなくても・・・プロポーズしてくれる?」
「あー・・・そうだよな。前提条件が崩れるものな」
「で、どうなのよ。するのしないの?」
「それって、俺が決めるのか!?」
「あたしが決めてどうするのよ?」
うーん。だって、英梨々が言い出したことだし?そのための婚約指輪からの旅行だしな・・・
「俺は英梨々のことが好きだし、このまま宝石を集めて指輪完成させたいな。英梨々は気が変わったのか?」
「変わるわけないでしょ」
「何が問題なんだ?」
「大問題でしょ」
「だから、何が?」
「はぁ?あんたバカなの?」
「それはさっき聞いた。ツンデレは一回にしてくれ」
「もういいわよ!」
「なんぞ!?」
英梨々が怒って立ち上がった。後ろ手でワンピースのボタンを探している。「ボタンとろうか?」と聞いたら、素直に「うん」と言った。
英梨々が後ろを向いたので、俺は英梨々のワンピースの小さなオシャレなボタンを3つはずした。目立たないようにつけてあるのに、凝ったボタンなのだ。
「で、どうするのよ」
やれやれ・・・妊娠してないなら、これあれだな・・・もう我慢する必要ないな。要するに英梨々は焦れたのだ。クヌヌカでは我慢していたのになぁ。
俺は英梨々を後ろから抱き寄せた。それから手を前にして、英梨々の控えめな胸に手を置いた。英梨々がその手を上から抑えた。
「英梨々がいいなら、俺は我慢したくはないが・・・」
「あたしは最初からダメなんて言ってないわよ。倫也が妊娠しているならエッチしたらダメっていったんじゃないの」
「そりゃダメだろ」
「バカ」
英梨々が振り向いた。蒼いサファイヤのような瞳が少し滲んでいる。それからキスをした。英梨々の薄い唇には透明のリップが塗ってあって、それが俺の唇に少しくっついてから離れた。
「これからも英梨々がOKするまで、毎日プロポーズするよ」
「そう・・・」
「結婚しよ。英梨々」
「ちょっと。どうやって断ればいいの!?」
「なら、エッチしよ。英梨々」
「もう、バカァ!」
英梨々から誘ってきたくせに。
(了)