【全49話】英梨々に毎日プロポーズする夏休み   作:きりぼー

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暑いですね。


15 レッドベリルの経歴

 朝、ケータイの目覚ましが小さく鳴った。俺はアクビを1つして大きなフカフカのベッドの中で体を伸ばした。

 隣には英梨々が裸のまま寝ている。昨日久々に抱いたせいか、英梨々は熟睡してまだ起きる気配がなく、小さな呼吸音が聴こえる。俺は腕を回して英梨々のすべすべの肌を触りながら抱き寄せる。それから首元にキスをする。

 

 伝統あるB&Bは、何もかも素晴らしかった。レストランも期待を裏切らず、ローストビーフをメインにしたコース料理は、量だけでなく味も質も満足のいくものだった。お酒を飲めないことだけが残念で、料理にコーラを合わす気も起きず、英梨々と一緒にペリエを飲んだ。

 

 朝からベッドで寝ている英梨々と戯れていると悶々としてしまった。もちろんこのままベッドの上でのんびり・・・あるいは激しくか・・・過ごす一日でもいいとは思う。そのための2泊だ。

 とはいえ、旅の目的である『レッドベリル』は探しておきたい。

 

 昨日の夜は大きなショッピングセンターのジュエリーショップを見たが、ルースは扱っていなかった。ルースとは裸石の事である。

 10万以下の手頃な宝石が多く、質の悪いレッドベリルのリングやネックレスは見つかったものの、英梨々が探しているような上質のレッドベリルはなかった。0.1カラットの小さなものでいいのにだ。

 街の大きな宝石店も回ったが、レッドベリルはあったが今度は大きな一品ものばかりだ。鑑定証と経歴がある。

 また廉価版のレッドベリルの商品もあったが、こんどは人工物だった。これは質もよくて天然ものよりも輝くが、英梨々が希望するものとは違う。

 

 鉱山があるからといって、その宝石が豊富あるわけではないのだ。世界中で取引されている。英梨々がアーガイルの時のように『DBS』のコネクションを使えば鉱山経由から探し出せるかもしれない。でもそれは旅の中で見つけるのとは違うのだ。それをするなら東京にいたまま最高のものを探しだすことできるし、むしろ東京の方がいいだろう。

 

 大都市というは、あらゆる物が集まるからこそ大都市なのである。東京は世界有数の宝石の集積地のようなのだ。

 

 俺はベッドが下りて、バスルームにいってお湯を溜めた。窓を開けるとスズメに似たような鳥がチュンチュンと鳴いている。アメリカにもスズメの仲間はいるらしい。

 

 フロントに連絡して朝食を用意してもらう。ルームサービスで持ってきてもらうことにした。朝から頼めるのはイングリッシュブレックファストか、サンドイッチである。これにドリンクとフルーツがつく。

 

 風呂場で体をさっぱりとさせ、俺は着替えてから英梨々を起こした。英梨々の朝は低血圧のせいか寝起きがすこぶる悪い。なんどかこまめに起こして、徐々に覚醒させるのが賢い起こし方だ。ときどきは悪戯してツンツンする。英梨々がちょっと寝ぼけながら悶えている。

 

 部屋にノックがれて、ホテルの女性スタッフがワゴンに朝食を乗せて部屋に届けてくれた。俺はそれを受け取る。

 

「昨晩頼まれてた件ですが、このお店に足を運んでください。ホテルからの紹介状がこちらになります」

 

 ホテルマンの丁寧な英語をなんとか聴き取って、俺は慌てて部屋に戻ってから、「メルシー」とお礼を言ってチップを少し多めに渡した。

 

 昨晩頼んだこととは、『レッドベリル』のことだ。英梨々がホテルスタッフに相談したのだ。一流の場所には情報が集まる。こういう伝統と格式のあるB&Bは客の要望には答えてくれるものなのだ。担当してくれたの上品な年配の女性スタッフだった。英梨々の話をずいぶんと真剣に聞いてくれて、英梨々が訪れた場所の1つ1つをメモしていた。同じところを紹介するわけにはいかないからだろう。

 

「英梨々。そろそろ起きろ。朝食だぞー」

「もう起きてるわよ~」

「ベッドで寝ているのは起きているとは言わなないからな。朝食冷めるし、あとホテルの人が情報もってきてくれたぞ」

「ほんとに?」

「ほら、なんか紹介状もあるってよ」

 

 英梨々がブランケットにくるまって降りてきた。華奢な肩は出ていて、これこれで美しい。ただ髪はぼさぼさで、コンタンクトも入っていないから目つきが悪い。

 

「バスルームにお湯が張ってあるぞ」

「そう」と言って、英梨々はバスルームに入っていった。

 

 クリーニングはすでに仕上がっているが、英梨々はソルトレイクシティーでワンピースを一着買った。少しレトロな感じの白い襟が大きな服で、臙脂のような濃い赤色をしている。このB&Bや街のイメージ合わせた一着でかなり上等な服だ。俺も襟付きの白いシャツを買った。

 

 紅茶をカップに注ぐ。漂う香りの高さから、それが上質なものだとわかる。メーカーまではわからないが、英梨々だと分かるかもしれない。カップ焼きそばが大好きなバカ舌かと思えば、味覚は昔から鍛えられていて洗練されている。食に対する知識も豊富だ。

 

 俺は先にサンドイッチを食べながら紅茶を飲む。紹介状と一緒に添付されている地図をみた。旧市街ダウンタウン地区の一角にあるアンティークショップのようだ。アンティークショップというとカッコいい気がするが、いうなれば骨とう品屋ということになるのだろうか。その発想はなかった。

 

 軽くネットで検索してみたが情報は多くは集まらない。外装と場所だけはわかった。トラムで移動すればすぐだろう。

 

 英梨々が落ち着いた雰囲気の紅いドレスを着て出てきた。髪型はストレートだ。前髪を作らずにピンで止めている。

 

「どうかしら?」と、英梨々はちょっと照れて言った。

「いいんじゃないか?アメリカンセレブだなっ」

「そそ。そんなイメージのつもりだけど、やっぱり身長がないから迫力はでないわね。大柄の男性でも2人ぐらいガードマンとして雇おうかしら?」

 

 バカなことを言いながらテーブルについた。それから紅茶を飲んで、「あらやだ、ハーマジェスティーブレンドね」と言った。「有名?」「有名よ。リッジウェイの代表的なブレンドよね」

 

 まぁ、「へぇー」としか言い様がないのだが。

 

 英梨々が朝食を食べている間、俺はそのアンティークショップの情報を説明した。英梨々は興味深そうに聞いていた。

 

「中古の『レッドベリル』がそこにあるのかしら?」と不思議そうに呟いて、ベーコンをのせたパンをかじった。

 

※ ※ ※

 

 ダウンタウン地区の様相は少し落ち着いている。個人経営のブティックやカフェも多く、個性的で魅力だ。街も石畳になっていて、歩いているだけでも楽しい。洗練された街というよりはどこか懐かしい街だった。馬車でも通れば昔にタイムスリップしてしまいそうだ。

 

 こんなところならアンティークショップも似合うだろうなと思った。

 

 小さな公園があって、緑豊かなその場所では犬を散歩している人や、体操をしている人がいた。公園ですることは世界共通なのだろう。その隣にアンティークショップが建っている。

 

 通りからは少し奥まっていて、手入れの行き届いた花壇や植木がおいてあり、いろんな花が鮮やかに咲いている。黒く塗られた建物に、金色で塗装された文字の看板。アーチ型のショーウインドーからは、金管楽器やマリア像やランプが並べられていて、レトロなトランプやライターが下の方に飾ってあった。掃除も行き届いていて古めかしいのに埃などは積もっていなくて綺麗だ。とても絵になるショーウインドーだった。B&Bもそうだったが、昔ものをとても大切にしているのが伝わり上品だ。それが彼らのプライドなのだろう。

 

 扉を開けるとベルがカランコロンと重厚な音が鳴った。中は奥行きもあって、思ったよりもずっと広い。右側は棚になっていて大きなものが並べられてる。ステンドグラスのランプや石像や木製の家具などである。

 中央の丸テーブルには何段にもなっていて、ハンカチのような布製品や小物。それから食器やカトラリーなど、ガラス製品も多く飾られている。

 

 店の上にはシャンデリアのような照明があって、暖かい光を振りまいていた。全体的には落ち着いた雰囲気だ。

 

 正面にはショーケースが二つ並んであって、宝飾品が陳列していた。そこに店に溶け込んでしまったかのような老人が店番をしていた。背も丸まっていて、丸い大きなメガネをかけている。ルーペを使ってニュースペーパーを読んでいた。

 

 俺と英梨々が入っても、目線を上げようともしなかった。一方の英梨々はもう店の雰囲気にまいっているらしく、目がランランと輝いて少女のようである。さっきまでのセレブアメリカンのオーラはない。屋敷を抜け出して悪戯をしに来た少女のようだ。

 

「きゃー、どれも素晴らしい品よね。あるのねぇ・・・こういうところがちゃんと」

 

 一言多い気がする。ソルトレイクシティーの伝統とか文化とか、敬虔な信仰とかがこのような店を育んできたのかもしれない。映画の撮影にでも使われそうな雰囲気のあるお店である。商品のタグをみたがお手頃価格できどってもいない。

 

 ここに『レッドベリル』があるのだろうか?

 

 英梨々は静かに店を回ってみている。それからチラチラと老人の様子を伺っていた。何しろジジィキラーである。いつ仕留めるか狙っているに違いない。ガンコそうな職人気質の爺さんには見えないし、細くて小さいが柔和そうな感じもする。

 

 ショーウインドーに近づき、中の宝飾品を眺める。数百ドル程度のお手頃な商品が多く、こちらもレトロなデザインのアクセサリーが多い。ダイヤ、エメラルド、ルビー、サファイヤ、トパーズと豊富に取り揃えていて、しかもけっこうギッシリと並んでいる。

 

 こんなお年寄りが1人で店番をしてて平気なのかと不安になるが、それだけ治安がいいのだろう。

 

 ただ爺さんの前のショーケースは値段が高かった。宝石もでかくて輝いている。値段が高いわりにはけっこうな数の商品が並んでいた。ただルースは扱っていないようだ。

 

「あるわね」と英梨々は俺に囁いた。「どこに?」「原石よ、ほら、いろんな原石がおいてある」

 

 英梨々に指摘するまで気が付かなかった。綺麗な宝飾品ばかりに気を取られていた。そこにはタグがあって値段も書いてあったからだ。原石の方はオブジェにしかみえないし、値段も書いていない。何の原石なのかは俺にはわからなかったが、目をこらしてみると、確かに石の間に輝くものなどが見えた。

 

 なんだかドキドキしてきた。『レッドベリル』はエメラルドなので六角形の柱石である。ここには真っ赤な柱石は見当たらない。

 

 英梨々はその後も静かに店を回って過ごした。爺さんには声もかけないし、いきなり紹介状を渡したりはしない。爺さんは相変わらず新聞を読んでいる。

 

 クラシックの音楽が静かに流れて、どうやら左の棚の上にあるレコードからのようだ。ふんわりとした柔らかい音だった。

 

 英梨々は小さなエスプレッソカップを手に取った。後ろを確認する。それから首をかしげている。

 

「おかしいわね。このカップ。安すぎるわよ」

「130ドル・・・2万円ぐらいか。古めかしいし、十分高そうだけど」

「だってこれ、戦前のリチャードジノリのものよ」

「わからん。取っ手はオシャレだけど、そのフルーツの絵がすごいのか?」

「どうかしら。普通に買っても2万ぐらいよね」

「ふぁ・・・」

「状態もいいし、傷もないし、美品で作者の銘もある。あたしはアンティークは詳しくないから・・・わからないわね。でも、いいカップでしょ?」

「そうだな・・・」

 

 同意したものの、正直ぜんぜんわからん。英梨々がジノリのカップを持ちながら談義していたら、新聞をたたむ音がした。そして初めて爺さんが顔を上げて、やっと俺らのことに気が付いたようだ。

 

 英梨々はジノリのカップを元に戻して、スカートの裾を両手で少しもって、膝を曲げて挨拶をした。映画でみるあの挨拶だ。いささか仰々しい気がするが、今の衣装には合っているし、英梨々はカワイイのでぜんぜんおかしくはなかった。

 

 それからジノリのカップを持って、爺さんに話しかけた。とても静かな会話だった。

 

「そっか」

「どうした?」

「ソーサーがないのよ」

「ああ、なるほどな」

「ソーサーがあればゼロが1つ増えるって」

「はははっ、英梨々の慧眼もなかなかだなっ」

 

 英梨々はその商品を買った。ずいぶんと気に入ったのだろう。普段使いには良いのかもしれないがエスプレッソカップなので小さいか。

 

 爺さんは面白かったのかニコニコしている。良い物を扱う人は、良い物が分かる人を好むのである。これは1つの真理だと俺は思っている。特に英梨々と一緒にいるとそう思うことが多い。

 

 英梨々はある程度打ち解けたところで、B&Bからもらった紹介状を出した。それからバックから自分で作ったピンクゴールドの指輪も置いた。

 

 爺さんはその紹介状をハサミで丁寧に切った。それから中の手紙を静かに読んだ。それからリングを手に持って、ルーペで確認してから、赤い布敷いてある箱の上に置いた。扱いが丁寧である。この人がただの店番の爺さんでないことは所作でわかった。

 

 レコードが鳴りやんだ。爺さんは「すまんが、適当に替えてくれんかね?」と英語で言った。俺はうなずいて棚にいってレコードをしまい、新しいレコードをかけた。次の曲はジャズのようだった。それはもしかしたら名盤なのかもしれない。俺にはよくわからなかった。

 

 爺さんは英梨々に椅子に座るように言った。俺も隣に座った。値札のついたアンティーク家具なので売り物なのだろうが、店でも使っているようだ。あまり俺は聴き取れないがこんな感じの会話をしていた。

 

「なるほど、天然のレッドベリルを探しているんだね?この指輪に合うような小さなレッドベリルを」

「はい。街を探してみましたが、見つけられませんでした。もうどこにもルースを扱っていなくて」

「そのためにわざわざソルトレイクシティーまで来たのかい?」

「はい。ハネームンを兼ねて」

 

 ハネムーンと英梨々は言った。俺はドキリとする。でもその説明が一番分かりやすいし、相手の心を掴めるかもしれない。後から確認したが英梨々が言ったのは『プレハネムーン』だったらしい。婚前旅行といったところか。

 

「予算は?」

 

 爺さんの目がするどく光った。商売人の目だろうか。英梨々は糸目をつけませんとでもいうつもりだろうか?

 

「あたしの才能で払える最大限を」

 

 鋭かった爺さんはそこで笑顔に戻った。それからもう一度英梨々の指輪を持った。

 

「これは君が作ったのかい?」

 

 英梨々はその質問に、3Dプリンタを使ったことを話した。そして用意してた自分の元のデザインも見せて、できるまでの経緯を説明していた。

 

「面白い」と言って、爺さんは声を出して笑った。英梨々はそれからアーガイルでピンクダイヤを買ったことを話した。それもけっこう長い話である。鑑定証のコピーとケータイの画像を見せた。

 

「これに見劣りしないレッドベリルを探しているんだね?」

「はい」

 

 英梨々は凛として答えた。

 

「わかった。用意しよう。ただ直ぐには用意できない。16時過ぎにもう一度来なさい」

「ありがとうございます!」

「それと、このリングは預からせてもらうがいいかね?」

「もちろん!」

 

 英梨々は喜んでお礼をいった。とびきりの笑顔付きである。このミッションはスペンサー家の人脈と財産、そして英梨々の美貌で成り立っている気がした。

 

 いずれにせよ、ピンクダイヤの鑑定書を見せたことで英梨々の信用になったのだろう。そこには値段は書いていないが、見る人がみればそれがそれなりのものであることがわかる。普通は0.1カラットのようなクズダイヤには鑑定書などはつかないのだから・・・

 

※ ※ ※

 

 グレートソルトレイク湖を散策し、B&Bに戻ってランチを食べて、フロントのおばちゃんにお礼を言った。

 まだ時間があったので動物園に行って時間をつぶした。ユタ州は自然豊かな場所で散策する場所も多い。でも、今の英梨々は広い世界には興味が向かないらしい。

 

「どんな『レッドベリル』なのかしらね?」

「天然のものなんてほとんどないのだろう。あんまり期待できないんじゃないか」

「あのお爺さんが用意すると言ったのよ。きっと用意するわよ」 

 

 結局15時には店の近くに戻って、16時近くまでカフェレストランでお茶を飲んで時間をつぶした。

 

 そして、16時きっかりに店に戻った。

 

「時間に正確なのは日本人の特徴だけど、日本育ちがそうさせるのかね?」

 

 爺さんが笑って出迎えてくれた。もう一人いかつい黒服の男性が店にいた。俺らが戻ってくると、爺さんは店を閉店させて鍵をかけた。

 

「まずはこれを君にプレゼントしよう。今の君にあった『才能』だよ」

 

 英梨々の戻されたピンクゴールドのリングには、宝石がすべて埋め込まれていた。イエローをトップに各色は英梨々のデザインの物に近い。素晴らしい出来で輝いていた。

 

 明るい白色ライトの下で、英梨々に手を出すように行った。英梨々は左手を出した。そこに出来立ての指輪を渡した。

 

 英梨々は指輪を身に着けた。7色の宝石がキラキラと輝いている。とても素晴らしい出来栄えで英梨々のイメージ通りだと思った。オシャレで可愛い。それでいて賑やかで楽しそうでもある。

 

「Miss・・・君にのイメージに近いかい?」

「はい」

 

 英梨々のことを『Miss』と読んでいた。『お嬢さん』というようなニュアンスのようだ。

 

 爺さんは少しがっかりした表情で、大袈裟に首を振った。英梨々は喜んでいたが不思議そうに爺さんを見ていた。俺はなぜ指輪を完成させてくれたのか、わからなかった。

 

「残念ながら、君は宝石を何もしらない」

 

 爺さんは静かにそう告げた。英梨々は絶句して血の気がサァーと引いた。

 

「その指輪のデザインなら、その程度の宝石で十分だろう。何も最高品質のものを集める必要はない。宝石を殺すこともないだろう」とハッキリと言った。辛辣ですらある。さらに「メジャーリ-ガーで草野球させるような無駄さ」と言い切った。

 

 英梨々は文句も言わず、かといって泣きださずに、じっと手元の指を見ている。キラキラと輝い綺麗な指輪だ。オシャレだし、今時だし、英梨々の綺麗な白い肌にも合っていた。何がダメなのか俺にはわからなかった。英梨々はじっと考え込んでいる。

 

 爺さんは英梨々の手をとって、指輪を外した。それから、下からもライト当てた。

 

「光が足らない」

 

 英梨々はもう生徒のようである。うんうんと素直にうなずいている。作ってみてやっとわかったのだ。英梨々の指輪のデザインはいささか重いのだ。御徒町の若い人も即座にサイドに穴をあける工夫をしていた。

 

 いうなれば英梨々のデザインは金の指輪に宝石を埋め込むようなデザインなのだ。光が足らないという指摘はもっともだった。

 

「でも、とても素敵なデザインだから、あなたにはその指輪にあった宝石をはめておいた。いずれも鑑定証はつかないが、いいものだから心配はない」

「・・・ありがとうございます」

 

 値段は?ねぇねぇ金額は?あとからすごい請求されたりしないの?俺は金のばかり気になったが英梨々は気にしてないようだった。

 

 爺さんは一枚の名刺と、紹介状をくれた。

 

「この人に会うといいだろう。きっと協力してくれる。もし一流のものを集めるつもりなら、一流の人に作ってもらいなさい。Miss・・・あなたには才能があるけれど、あまりにも宝石を知らな過ぎだ」

 

 英梨々は名刺を受け取った。名前を確認する。俺も名刺を見た。ジュエリーデザイナーの名前など俺は知らなかったが、その人の所属する会社の名前は俺でも知っていた。世界的に有名なジュエリーブランドのものだった。

 

「さて本題に入ろう。面白い話だったので、1つ用意してきた。・・・あなたの求める『レッドベリル』の本物をお見せしよう。そして、もし・・・気に入ったのなら、これを削りだして最高の0.1カラットの宝石にするといい」

 

 爺さんの合図で、隣にいた黒服の男がジェラルミンケースを開けた。でかいジェラルミンケースに入っていたのは、真っ赤な宝石たちだった。

 

「すべてレッドベリルかよ・・・」

「あるところにはあるものね・・・」

 

 壮観だった。そこには『レッドベリル』の大玉のルースから、小粒の物まで多数あった。そして老人が選んだは、綿に包まれた一品だった。

 

「これを君に、5カラットの原石だ。2カラット以上の最高品質のレッドベリルが削りだせるだろう。私はこれより良いレッドベリルは見たことがない。少なくとも天然ではね」

 

 英梨々が手とってルーペで見ている。燃えるような紅玉だった。『火焔の宝玉』そんなイメージだ。今ままで店で見てきたものとは違っていた。六角柱の形は気品と存在感がある。

 

「正直に言うと、その原石のまま眺めているのが最良だろう。本当にすばらしい原石だ。けれど、わたしも年を老いた。いつまでも郷愁に囚われてもいけないからね。こんなジェラルミンケースで保管されるべきではないんだ。けれど、わたしにはもう磨き上げる気がしない」

 

 どこか懐かしそうに爺さんはその原石をみていた。このただならぬ量のレッドベリルからするに、普通の爺さんではないのだろう。

 

「ありがとうございます。きっと最高のリングを作ってみせます!」と英梨々は答えた。

 

 そのあと、爺さんはその『レッドベリル』について話をしてくれた。老人のたわごとだが・・・と付け加えて。

 

 鉱山で働く人は不正をする時がある。良い鉱物が見つかるとなんとか隠して持ちだそうとする。鉱山の仕事は過酷だからだ。雇われているから良い原石を発見してもすべて会社のものになってしまう。

 そこで鉱夫は隠し、会社はそれを発見する仕組みができている。バレたら解雇だし逮捕される。アーガイルでも入る時も出る時もチェックが大変厳しかった。

 

 この原石を見つけた鉱夫は飲み込んだらしい。この大きさである。飴を喉に詰まらせるように危険な大きさだった。しかもゴツゴツしている。それでも飲み込んだ。貧乏から抜け出すには千載一遇のチャンスだったからだ。

 ただ、何日たっても外には出なかった。来る日も来る日も、男は自分の排泄物をバケツに出しては水で溶かして洗った。一週間たって男は諦めた。

 

 かくして休日にもぐりの医者の元へ行き、レントゲンをとって手術をした。腹を裂いて取り出し、原石は無事に回収された。

 

「まぁよくある話だがね」と言って、爺さんは懐かしそうに笑った。

 

 原石を手にして男は喜んだが、待っていたのは警察だった。もぐりの医者はわざともぐりの医者をやっていて会社と通じていたのだ。年に数人はこうして捕まった。

 

「たいていの男はこう言い訳するんだ、『俺には妻も子供もいる、見逃してくれ』って。だから必ずこう言い返すことにしていた、『だからこそ君は真面目に働くべきだったんだ』とね」

 

 英梨々が怪訝そうにその原石を手に持って見ている。俺はわかる。「ああ、ウ〇コにまみれなくてよかった・・・」と英梨々が思っているのが。

 

「値段はそうだな・・・5万ドルで譲ろう。君たちがアーガイルで見つけたピンクダイヤモンドと同じ値段だ。そしてそれは私の思い出の値段にしよう。・・・もう金は対していらんがね。その代わり約束してくれないか?」

 

 さらりと5万ドル請求されてますやん。700万ってどうするの??英梨々は同人誌など売っているし、ブレッシングソフトにも多少の余力はあるけれど、700万は無理だぞ・・・

 

「ええ、あたしにできることなら」

「君たちの『エンゲージリング』が完成したら・・・是非みせて欲しい。わたしの『レッドベリル』が脇役に徹する指輪をね」

「わかりました。約束します」

 

 英梨々は値切り交渉をしなかった。俺は疑問に思った・・・0.1カラットのレッドベリルなら、数百ドルで手に入る。状態が良いものでも1000ドルぐらいだろう。この金額はその50倍である。もちろん削りだしたものが2カラット以上と予測される以上は妥当なのかもしれないが・・・というかレッドベリルの本当の価値が俺にはわからない。海部さんは「投資のようなもの」といった。でも、5万ドルって・・・

 

 それに2人でここに見せにくるだけでも、旅費が1万ドルぐらいかかる・・・1万ドルは大変な金額だけど、ある程度の世界では最安値の基本なのかもしれない。俺にはよくわからない。

 

「じゃ、倫也。サインお願い」

「って、俺が払うのかよ!?」

「あんた同じリアクションをアーガイルでもしたわよね」

「・・・様式美だろ・・・」

 

 英梨々がカードを切って、俺が手続き書類にサインをした。原石だけど鑑定書がついていた。発行元はソルトレイクシティーにある閉山した鉱山の運営会社である。

 

 その鑑定書の最後に、CEOとして爺さんはサインをした。

 

※ ※ ※

 

 俺たちはB&Bに戻って、ボゥーとした。狐につままれた気分だった。高額の貴重品なので通常の配達や持ち運びはしたくない。

 英梨々は大使館経由の配送手続きをした。そういうところでスペンサー家の力を使うことには躊躇がない。

 

「いい買い物をしたわね」

 

 英梨々は満足そうに窓辺で完成した指輪を見ていた。俺たちの目標は達成されたが、まさかの試作品扱いである。

 

「で、あの爺さん何者だったんだよ?」

「鉱山の経営者の1人でしょ。余生をのんびり過ごしているのよ」

「金持ちのすることはよくわかんねぇな・・・」

「気前いいの祝福よね。あたしのことがわかったのかしら?」

「お前ってただものじゃないのかよ」

「ふふふっ」と英梨々が笑った。

 

 澤村・スペンサー・英梨々。俺の幼馴染で幼稚園頃から一緒だ。父親はイギルスの外交官で名門の出。爵位も持っている。母親は同人作家の腐女子。両親ともに重度のオタクで、英梨々はそのサラブレッドだ。スペンサー家は名門で本家はスイスにある。世界中にネットワークがあるようだが・・・詳細はわからない。イングランドの鉱山会社『DBS] と強いコネクションがある。

 

「倫也、これで練習しなさいよ」

 

 英梨々は左手の薬指にはめていた指輪を外した。俺たちが作ろうとした当初の指輪である。英梨々がデザインして7色の宝石が散りばめられている。英梨々が「きりがないのよね」といった妥協品とも言える。

 

「これってさ、本物なのか?」

「あの人がイミテーションで作ると思うのかしら?」

「よくわかんねぇな・・・すげぇ綺麗だし」

「そうね、十分よね」

 

 俺はまじまじと完成した指輪を見た。確かにそれは宝石の輝きが弱いのかもしれない。ちょっとごちゃごちゃしているようにも思える。普段使いもしたいといった英梨々の希望通りかもしれない。そして『エンゲージリング』っぽくはない。

 

 俺は英梨々の前に跪いて、その左手の手にもった。

 

「英梨々、樹脂製からはだいぶグレードアップしただろ?これぐらいになれるように俺も出世するから、結婚しよう」

 

 細い白い薬指に指輪をはめた。英梨々の手にはちょうどフィットする。とても似合っている。

 

「残念ね倫也。あたしが欲しいのは『本物』なのよ。この程度の出世では無理ね」と英梨々がツンとして言った。

 

 正直、今のドレスアップした英梨々に俺がふさわしいとは思えない。俺はまだ何も成し得ていないのだから。

 

 俺の部屋で並んでアニメ見ている分にはなんとかなりそうな子なんだけど。

 

(了)

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