6時前の早朝。あんなに喧噪だったモーテルも静まり返っている。夜中は奇妙な音と慣れない環境のせいかあまり良く寝付けなかった。英梨々にはいたってはシーツに汚れを見つけたらだけ不機嫌になって、甘いことなどせずに不貞寝していた。
「今からでれば、余裕をもってヒューストンに着くから」とジャックは言った。「よく眠れたかい?」という質問に俺は「いや、正直あまり眠れなかった」と答えた。
最初にジャックが運転して、俺は後部座席でまだウトウトしていた。2時間ほど走り街道沿いのレストランで朝食をとった。まったく期待していなかったのに、妙に美味いフィッシュアンドチップスだった。ずっと不機嫌だった英梨々もやっと笑顔が戻る。
そこから俺をすることになった。中央アメリカの南部、果てしなく平原が広がっていた。見えるものは荒れ果てた大地、ゴツゴツとした岩肌とサボテン。ニューメキシコ州を東に向かって走っている。次はテキサス州だ。
テキサスだとなんとなくイメージがわく。カウボーイの街で、牛や馬が走っていて、機関車があって、西部劇の舞台となるところだろう。実際そんな感じだった。空が青くて雲が白い。空と陸の間に自分がたちがいる。道路と電線と車は人工物だか、あとは作りかけの地球といった感じでいい加減な風景がずっと繰り返されていた。神様もときどきは面倒くさくなって地球を作る時にコピペを利用したに違いない。
そこを車でひたすら突っ走る。燃費を気にせずにエンジンを酷使してスピードを出した。日中になると気温は30度を超えてくる。夏場の最高気温は40度になるときもあるらしい。雨はほとんど振らないから蒸し暑くはない。休憩ポイントではペットボトルの水を買っていたが、500mlをやめて1.5ℓのものした。喉がとにかく乾く。いつのまにか車の中まで砂埃がはいってきていた。
お昼過ぎにアマリロの街についた。ここは少し発展している。区画整理されていて街は綺麗だ。なんでもこの街の名物が牛肉らしく、ステーキハウスがあちこちにあった。アメリカ産牛肉のメッカといったところだ。
「昼からステーキを食べるかい?」
「俺は食べたいけどな。英梨々は?」
「もちろんいいわよ」
テディーはOKでみんなで良さげなステーキハウスに入った。店構えも新しく寂れてなどいなかった。街が綺麗で公園も整備されていることから治安も良いのだろう。街を見て治安が分かる・・・というのは大袈裟かもしれないが、実際それは正しい。
これに関しては『割れ窓理論』が有名だろう。窓ガラスが割れたまま放置するとスラム化していくという話だ。綺麗な街には壁に落書きなどもない。ニューヨークの地下鉄もかつては治安が悪かったが、警察を増やすよりも、徹底して落書きを消していくことで治安が回復している。不思議なものだ。
「サーロインの1ポンドステーキをミディアムレアで」と英梨々が注文した。
「英梨々そんなに食えるのかよ・・・」
「後悔したくないのよ」
「食った後に後悔しそうだけどな・・・。俺も同じものをミディアムで」
「僕はリブステーキを1ポンド」
「わたしはテンダーロインで200g」
それぞれが注文を終える。ドリンクもサラダもフリーだった。それどこから付け合わせのポテトも自分で取れる。フライドポテト食べ放題である。
やたら大きいプラスチックのグラスにコーラをいれる。英梨々は悩んで少しずつ味をみてから、メロンソーダーとアンバサダーを混ぜていた。いつまでたってもおこちゃまである。
「コカコーラ社のだから、味をみなくてもいいだろ」
「そうだけど、そうでもないのよ、水が合わない時もあるし」
ジャックはフライドポテトを山盛りにした皿をテーブルの中央に置いた。サラダを食べているうちに、ステーキが運ばれてきた。香ばしい匂いがする。まさに肉の塊で、鉄板の上には余計な付け合わせが乗っていなかった。
俺と英梨々がいただきますをする。ジャックとテディーも最初は面白がっていたが、手を合わせて「イタダキマス」と言うようになった。
この旅行中、あちこちで肉は食べてきたがここのが一番うまかった。B&Bのローストビーフも捨てがたいが、やはり焼きたての豪快な肉の魅力は格別だ。ナイフとフォークを使ってひたすら肉を切っては口に運び、噛む。噛む。噛む・
1ポンドを食べ終わる頃には噛み疲れて、顎の筋肉が痛くなるほどだ。その点でジャックはアメリカ人らしく、サクサク切っては口に入れて飲み込んでいた。テディーが上品に食べてはいるが、付け合わせやソースなどで、鉄板の上はごちゃごちゃしている。
それぞれの個性がでていた。
「倫也~」
「だから、言ったろ・・・」
英梨々が半分ぐらい残した。だいたい上質の良いところを100~200g程度食べるのが英梨々である。その点でいえばテディーみたいにテンダーロインを200gも頼めば十分だったはずだ。
英梨々の残りの肉をジャックと俺で食べた。俺は肉に辟易したが、ジャックは平気そうでケロッとしていた。やっぱり人種の差が大きいと思う。
※ ※ ※
アマリロからダラスまでは車で6時間ほどの予定だ。途中で休憩をはさみつつ運転を交代してひた走る。昼にがっつり食べたせいか、おやつのアイスクリームショップでは食欲がなくて、英梨々とふらりで1つのレモンシャーベットを食べるに留めた。がっつりダブルで甘ったるいアイスを食べているジャックとテディーは、やはり胃腸が違うのだろう。
ダラスは巨大都市なのでなんでもある。そこでチャイニーズレストランに入った。チャイニーズレストランならメニューもわかる。世界中のいたるところにあり、ジャックやテディーも食べたことがあるようだ。
「米だよな。俺チャーハン」
「ずるいわよ・・・ならあたし海鮮チャーハン」
テディーは辛いものが好きなので麻婆豆腐を薦めた。「辛い、辛い」言いながら食べているが、辛さだけならメキシコ料理とそんなに変わらない気がする。山椒の辛さが違うのだろうか。
ジャックは広東風堅焼きそばを食べていた。ぼりぼりする麺を不思議そうに食べていたが、感想は特に言わなかった。
俺と英梨々は久々の米料理に感動しつつ、夕食を食べ終えた。
日は沈んで19時になっている。ここからヒューストンは車で4時間の距離だ。0時頃には到着するだろう。ダラスも巨大都市なのでホテルを探すのに困ることはない。ここで宿泊するか、目的まで行くか悩んだ。
相談しつつもヒューストンまで行ってしまうことにした。彼ら二人との契約が今日まででヒューストンで別れる予定だったからだ。アメリカ人らしく契約にはこだわりがあるようだ。
腹をお米が満たしているせいか、俺はけっこう幸せな気分だった。ダラスの街の夜は明るい。近代的な都市で、ひた走ってきたテキサスの荒野とは違っていた。車の運転にも慣れたので信号を気を付けながら街中を走った。
街を抜け南下していく。ダラス周辺からヒューストンまでは発展していて、所々に街があるのがハイウェイからみえる夜景でわかる。
高速を飛ばしてヒューストンの中心地についたのが、23時過ぎだった。
「予定よりだいぶかかってしまった」とジャックが言った。
「無事についてよかった」とテディーがほっと息をなでおろした。
英梨々が2人と名残惜しそうに会話している。ずいぶんと無茶ぶりして頼んだようだが、契約内容の詳細は知らない。この後2人はどこかのモーテルに泊るらしい。
「ホテルまで送っていくけど。これは友人として」とジャックが言った。彼はとても紳士的な青年だった。陽気で明るくて機転もきく。素晴らしい旅のパートナーだった。
「平気。タクシーもあるし」
「ヒューストンは治安はいいけれど、それでもアメリカだから気をつけて」
そう言って2人はSUVに乗って走り去っていった。
「大丈夫といったところで、英梨々・・・どうするんだよ」
「予約取ったのよ」
「流石だな・・・で、どこで?」
「たぶん、あれ」
英梨々の指さしたの中央駅前にある大きな一流ホテルだった。
ホテルのロビーは広く、深夜なのにラウンジにはまだ人いる。英梨々が中へ入るとドアボーイがきて、キャリーバックを預かってくれた。
英梨々は青い花柄ワンピース姿だが、俺はTシャツにジーンズである。場違いな感じは否めない。ちと、周囲の目線が気になった。野蛮な日本人とでも思われてしまうだろうか。
英梨々が受付を済ませると、ドアボーイが部屋まで案内してくれた。中層階のなんでもない普通の部屋だったが、一面の窓から見える景色はヒューストンの夜景が綺麗に見える。ここもアメリカを代表する大都市の1つなのだ。
英梨々はベッドに腰かけると大きなため息をついた。
「お疲れ」
「倫也もお疲れ。強行軍すぎたかしらね?」
「おかげで運転にもなれたよ。2500キロだとよ」
「ずいぶんと走ったもんね。半分以上は倫也だったかしら。何よりも大きなトラブルが無くてよかったわ」
「素晴らしい2人のおかげだよ」
「面白いわよね。テディーなんて何もしてないようだけど、調整してくれるし」
「たぶん、いないともう一日伸びただろうな。ジャックが酒飲んじゃいそうだったし」
「そうね」
2人はひさびさの旅行を兼ねていたのだと思う。帰り道をどのように過ごすかわからない。Ubetなのであわよくば働きながら帰るのかもしれない。
一段落してから、バスルームにお湯を溜めていく。ここならゆったりと湯舟につかることができる。
「それで、どうしてヒューストンにきたんだ?」
「別にヒューストンに来たかったわけじゃないのよ。ただ、ここがカリブ海への玄関口になるでしょ?」
ヒューストンはアメリカの南部にある都市だ。その南はカリブ海である。
「港町はもっと南だけど、だいたいこのあたりよね」
「なるほどな。それでカリブ海クルーズでもするのか?」
「うん、そのつもりよ。明日は港付近でシーフードでも食べましょうよ。それからクルーザー探さないとね」
「それで、客船にのってどこにいくんだ?」
「・・・」
「ん?」
「あとで話すわよ」
英梨々がバスルームに逃げていった。
英梨々が風呂に入っている間、俺は世界地図のアプリ見た。英梨々が飛行機でなく陸路を選んだのは気まぐれもあるだろうが、本来はメキシコに行きたかったのではないか、そのまま南に進めば中米の小国が並んでいる。グアテマラ・エルサルバトル・ニカラグアと進み、コスタリカを超えればパナマである。パナマ運河を超えれば南米・・・コロンビアがある。
「まさかな・・・」
英梨々はあまり調べるなと言ったが、俺はコロンビアの宝石を調べた。そこはエメラルドの有名な産地で、現在も盛んに採掘されている鉱山があるようだった・・・
英梨々がバスローブを纏って、髪をバスタオルで拭きながら出てきた。なんやかんやとお嬢様育ちで打たれ弱いところもある。アメリカのモーテルはチープで汚かった。それでも英梨々は機嫌を損ねていた。そんな英梨々がコロンビアで過ごせるだろうか。
「なぁ英梨々。一応確認しておくが・・・次の目的地ってコロンビアなのか?」
「・・・勘の鋭い子は嫌いだよ」
「いやいやいや、冗談言ってる場合じゃなくて無理だろ」
「諦めたらそこで試合終了だよ」
「そういう問題か?エメラルド・・・それも0.1カラット程度ならいくらでも手にはいるよな」
「倫也がそれでいいなら、それでいいわよ。じゃ、明日日本へ帰りましょ」
「あのなぁ・・・」
「何よっ」
ほっぺ膨らませてツーンとしているが、そんなあざとさでごまかされていいものかどうか・・・
「コロンビアに行ったら結婚してくれる?」
「無事にいいエメラルドが手に入ったら、考えてあげてもいいわよ」
もしかしたら、俺は間違った選択をしているのかもしれない。けれど、英梨々は笑っているし、案外大丈夫な場所なんだろうか?
(了)
コスタリカに縁があるので、陸路で中南米を進みたかったが終わりそうもないし、海路にしました。
バミューダートライアングルは幼少期に見た「のび太の海底鬼岩城」のイメージが強くて怖いのですが・・・こういうのはトラウマっていうんですかね。