この話の倫也と英梨々の距離感は年月の賜物のような気がする。
困った俺は加藤に相談する。
「で、どうすればいいと思う?」
「・・・それ、わたしに相談することかな?」
「いや、他に相談する相手は伊織と美智留ぐらいだけど、まともな回答を期待できるの加藤ぐらいだから」
「褒めてくれているのかなぁ・・・」と加藤がいつものようにぼやく。
俺と加藤は今は同じ大学に通い、同じ講義を受けている。講義の合間に冬コミュへ向けてゲーム制作の擦り合わせをすることも多い。ランチもいつも一緒だ。大学内では俺と加藤が付き合っていると思われているらしいが、あえて俺は否定しない。加藤に変な虫がつくのは耐えがたい。
英梨々と加藤は友達なのでお互いに連絡をとりあっている。一時期険悪だった時期もあったが今はとても仲がいい。英梨々は表面的な友達はいたが、あまりプライベートまで付き合うような友達はいなかった。あくまでも学校で浮かないように、いじめに発展しないように気を配っていた。
高校は別々なので2人には直接的な面識はなかったが、英梨々は地元では有名な美少女なので、加藤は英梨々のことを知ってはいたらしい。高校時代に一緒に同人ゲームを作るようになった時に、俺は加藤に英梨々を紹介した。ゲーム作りを通じて2人の仲はよくなったが、理由としては英梨々が腐女子の側面を隠し切れなかったからだろう。ある意味では気取らなくて済む相手ということになる。
以後、加藤は俺と英梨々の間を幼馴染の腐れ縁から恋人へと発展することに、陰ながら手伝ってくれた。
「突然プロポーズしろと言われても、わからんだろ?」
「まぁ・・・できちゃった結婚の場合は責任を取るだけだもん。それはしょうがないよ」
「アイデアがなぁ・・・」
「とりあえず、ベタな感じでいいんじゃないかな」
「ベタ?」
「高層ビルの最上階。夜景を眺めながらの高級レストラン」
「バブルだな・・・今でもそれって主流なのか」
「さぁ・・・?」
「うーん。非日常の演出ってことだよな?」
「うん」
「英梨々は高級レストランをあまり喜ばないんだよなぁ」
「普通の子じゃないもんね」
「普通ではないよな・・・」
ホテルのレストランで食事して、その流れで宿泊してもいいが・・・今の英梨々は妊娠中なのでエッチできないしな・・・なんてことを加藤に言ったら、キレられそうな気がする。
「英梨々って何が好きなんだっけ?」
「アニメとか、マンガとか」
「そうじゃなくって、食べ物」
「焼きそば」
「ああ・・・焼きそばね・・・そこはえらく庶民的なんだね」
「それしか自分で作れないからという理由もあるんだろうけどな」
「カップ麺なら別にお湯注ぐだけだと思うけど」
「それだと作業しながらこぼしたり、熱いのを冷ます時間も必要だろ。焼きそばならすばやく食べられるからな」
「なんか、あんまり良くない理由な気がする」
「でも確かに焼きそばは大好きだな。自分でもチャレンジしていたし」
「そう。なら焼きそば屋でプロポーズでもしたら?」
「焼きそば屋ってあるのか?」
「だいたいはお好み焼きみたいな鉄板焼きのお店ならあると思うけど」
「それだ!」
「それなのかな・・・」
堅苦しいレストランよりはずっといいだろう。どうせ形式的なプロポーズだ。焼きそば食ってれば英梨々の機嫌もいいし問題ないだろう。
※ ※ ※
ジュゥー・・・・
鉄板の上の豚玉とイカ玉を眺めながら、ひっくり返す時間を見計らう。今は地元商店街の脇道の2階にあるお好み焼き屋に来ている。狭くて汚いが価格も安くボリュームもあり大人気のお店だ。もちろん味に間違いはなく美味しい。
英梨々とは昔から来ているので、店のおばちゃんとも顔なじみだ。
目の前に座る英梨々は、お好み焼きの焼き方には興味がないらしく、冬コミュに向けての資料に目を通している。美大生になってからの英梨々はけっこう多忙で昔みたいにのんびりする時間も減っている。
氷のたくさん入った大きめのグラスにはウーロン茶が入っていて、それを無意識に時々飲んでいた。
今回の冬コミュ用の作品は、異世界転生ファンタジーのハーレムものだ。もやは様式美と化しているがそれだけに人気も高い。
ファンタジー系のキャラデザは英梨々の得意分野でもある。
「これって、詩羽がGOサインだしたのよね?」
「一応・・・」
英梨々は詩羽先輩を詩羽と呼ぶぐらいには仲がいい。たぶん一番仲が良いだろう。クリエイターとしてお互いにリスペクトしてるせいかもしれない。加藤とは女友達、詩羽とは仕事友達といった感じで交流を分けている節もある。
例えば詩羽先輩と英梨々はお互いにずけずけとものをいう。周りから聞いていると口論しているようにみえる時もあるが、より良い作品作りのためらしい。どちらかというと英梨々が霞詩子のラノベファンであるが、詩羽先輩は英梨々には無名時代に挿絵投稿をしてもらったこともあり、少し恩があるようだ。なので、口論した後も喧嘩別れするわけでもなくて、いつも通りに戻る。
一方で英梨々と加藤は2人で買物にいったり、デートがてら取材にいったりしている。でも作品に関しては加藤は英梨々にダメ出しはしないし、英梨々も加藤の生真面目な進行には文句はいなわない。仕事では一線を引いている感じなのだ。なので喧嘩とか口論しているのはみたことがない。
「なんで最初の子が天然系のスライム娘なのよ」
「ケモ耳ブームの次はモンスター娘だろ」
「妖怪娘は昔から人気だけど、最初は哺乳類系が無難じゃないかしら」
「妖怪じゃねーよ。モンスターだ」
「何よそのこだわりは。女子は妖怪は好きでもモンスターは好きじゃないわよ」
「それは偏見だろ」
「倫也わかってないわね。妖怪とモンスターちがうわよ」
「それ、俺が言ったことだよね!?」
「ほら、焦げるわよ」
「あっ」
いかん。くだらないことでつい熱くなってしまった。
俺は両手にコテを持ち、まずは豚玉をひっくり返し、次にイカ玉をひっくり返した。どちらも上手くいったのは、けっこう子供頃からここに通って訓練したからだ。英梨々は自分ではやらないで口だけ出すタイプ。
今は当たり前のように綺麗に焼けるので英梨々も別に褒めてくれない。
「だいたい、妖怪だとスライム娘に該当するのがいないだろ」
「ぬっぺふほふ」
「マイナーだなっ!」
ぬっぺふほふは日本の妖怪で顔が溶けたみたいな妖怪だ。可愛くなる要素はあまりない。
コテでお好み焼きの形を軽く整えていく。
「だいたい妖怪とモンスターじゃ成り立ちが違うじゃない」
「そうだけど、この場合は西洋系ファンタジーなんだからモンスターでいいだろ」
「気に入らないわね・・・スライム娘と恋をするわけよね」
「そういうことだな」
「あんたにそんな性癖があったなんて」
「純愛だからな!?」
「スライム娘なんてR18御用達みたいなキャラじゃないかしら」
「そうか?」
「むしろ、何がそうじゃないか聞きたいわね」
「水とか、透明感って、清純なイメージじゃね?」
「はっ?あんたバカなの?」
「いや、素でいうなよ・・・」
バカなの?死ぬの?までがツンデレ的テンプレだろう。様式美は大事だ。
「その視点でいったら、スライム娘じゃなくて、水の精霊が妥当よね」
「ウンディーネか」
「そうね。それならまぁわからなくもないわよ」
「スライムじゃダメなのか?」
「スライムは、もっとこう・・・ぬるぬるして気持ちいい感じでしょ。だいたい服を溶かすから需要があるわけだし」
ウーロン茶を一杯飲む。ウンディーネとスライム娘は違うのか・・・まぁ違うよな。
「仲間にするには、助けるのが一番自然だろ?その点でスライムは下級のモンスターだし、いじめられているスライム娘を助けるという出会いは悪くないと思うんだが」
「探せばありそうよね」
「それはもうしょうがないだろ」
この後、しばし英梨々とスライム娘談義をしつつ、お好み焼きを分けて食べた。
※ ※ ※
「海鮮塩焼きそばと、ソース焼きそばとどっちにする?」
「迷うわね・・・」
コテで鉄板の上を掃除しつつ、英梨々が次の注文に悩んでいる。
「ソースで・・・」
「よし。すみませーん。オーダーいいですかー」
おばちゃんが来たところで、「ソース焼きそばで」「ソース焼きそばね。一人前?」「はい」
「ちょっと待って倫也。やっぱりこの、ブタキムチ焼きそばにして」
「ということらしいです」
「はいブタキムね。一人前?」
「一人前でお願いします」
おばちゃんはメモとらずに厨房の中へと戻っていく。
「ああ・・・やっぱり海鮮塩焼きそばにすれば良かったかしら」
「なら、それも注文するか」
「いいわよ。そんなに食べられないし」
「食べられるだろ」
「そんなに炭水化物ばかり食べるわけにはいかないのよ」
「俺が食うよ」
「あんたが食ってどうするのよ」
「英梨々は英梨々で好きなだけ両方食ったらいいだろ。残すぐらいなら俺が食うよ」
「きたら、食べちゃうでしょ。あんた女心がわかってないわね」
「それ、女心の問題か?食い意地じゃね?」
「はっ?倫也、あたしの焼きそばに文句あるわけ?」
「別に焼きそばに文句はないよ!?」
俺は立ち上がって厨房の方まで歩き、おばちゃんい海鮮塩焼きそばを一人前さらに追加オーダーした。
他のテーブルのお客からは賑やかな談笑の声が聴こえる。
「恵も誘えばよかったかしら?」
「なんで?」
「人数多い方が楽しいじゃない。それに恵なら焼きそば作るのも上手そうだし」
「それはあるかもな」
お好み焼きの最後の一切れを口にいれる。
「そういえば、他のお好み焼き屋っていかないな」
「だって、ここがあるから当然でしょ」
「他だと違うかもしれないだろ」
「そうね。ホテルの鉄板焼きなんかで食べると具材もいいしおいしいわよ」
「へぇー。やっぱり違う?」
「多少わね。でも雰囲気がよくないじゃない。あんまり気取って焼きそば食べたくないし」
確かに気取る必要が皆無な店ではある。そんな英梨々は今日はデニムのシャツだ。髪の毛も邪魔にならないように後ろでお団子にしている。
※ ※ ※
英梨々にギャーギャー言われながら、豚キムチ焼きそばと海鮮焼きそばを混ざらないように作った。片や塩味で、片やソースである。そんなに口を出すなら、1つは英梨々が作れば良さそうなものだが、英梨々なりに何かこだわりがあるのかもしれない。
豚キムチの方が香りが強い。これなら海鮮塩焼きそばを先に作って食べてから、次の豚キムチを作った方がよかったかもしれない。
とはいえ、できあがってみれば中々の出来栄えである。
「英梨々。大事な話がある」
「何かしら?マヨネーズなら自分で取り分けてからかけてよね」
「マヨネーズはどうでもいいんだがな」
「どーでもよくないわよ。豚キムチに青のりってかけるかしら?」
「任せる」
「倫也ってそういうところが無責任よね。作るなら最後の仕上げまでやりなさいよ」
そういいながら英梨々が青のりをかけている。
「いや、まさに責任についてなんだがな」
「何よ」
海鮮塩焼きそばには悩んだ末に鰹節をかけている。それから火を弱火にした。
「英梨々。結婚しよう」
英梨々が顔をあげて首をかしげている。なんだ、その無反応は。
箸で焼きそばを皿に取り分ける。俺も言うことは言ったし取り分ける。まずはさっぱりとした海鮮塩焼きそばから食べ始めた。
これがなかなかどうして、美味い。鉄板で作る焼きそばが美味いのはなぜだろうか。
続いて豚キムチを一口。
なるほど・・・これもこれでなかなか美味い。適度な辛味と酸味が合う。英梨々も黙々と食べている。
「せっかく美味しく焼きそばを食べているのに、どうしてそういう台無しにするようなこというかしら?」
「・・・台無し?」
「そうよ。そういう大事なことを今、このタイミングでいう必要あったかしら?」
「今、このタイミングを作るために用意したんだが・・・」
「はっ?」
「えっ?」
英梨々が真顔で驚いている。俺、そんなに変だったかな。何か言い訳した方がいい感じ?誤解を解く必要があるのか・・・
「どういうことよ」
「だから、プロポーズなんだが」
「そうじゃないわよ。なんで今このタイミングなのよ」
「だって、英梨々は夜景の見える高級レストランでプロポーズとか嫌だろ」
「・・・そうね。なんかすごく・・・定型化している感じがするわね」
「だろ?だから、どうせなら英梨々が好きな焼きそばを食べながらだな」
「倫也・・・」
「・・・変だったか」
「正気かしら・・・?」
「えっ、怒ってる?」
「別に怒ってないわよ。飽きれているだけ。別にロマンチックなプロポーズをして欲しいとは思ってないけれど、いくらなんでも・・・この場所が本当に適切だと思っているのかしら?」
「TPOってやつか・・・」
「別にそこまで難しく考えなくてもいいわよ。ただ、恋愛シミュレーションゲームを制作している人が、ほんとにこれが最善のプロポーズだと思っているの?」
「やっぱ、怒ってるよな・・・」
「怒ってないわよ」
英梨々が焼きそばを皿に盛り付けていく。次は豚キムチらしい。
「豚キムチもけっこういけるぞ」
俺は空になったグラスに水をいれて一口飲んだ。
英梨々は焼きそばを口いっぱいにほうばっている。
「一応さ、セリフも用意したんが・・・聞いてくれるか?」
「いいふぁひょ」
「飲み込んでからしゃべれ」
英梨々が最後のウーロン茶で流し込む。この食べっぷりがなかなかいい。フレンチでも懐石でも上品に食べる事のできる英梨々だが、庶民的なものは庶民的に食べるのも魅力である。
「んぐ・・・いいわよ。聞くわよ。あんまりがっかりさせないでよね」
「ああ。わかってる・・・」
俺は箸をいったん置いた。英梨々はまた口いっぱいに海鮮塩焼きそばを詰め込んでいる。なぜそんなに口に押し込むのか理解できない。英梨々なりの焼きそばの食べ方の作法なのか。
「俺・・・英梨々の事・・・この焼きそばのように末長ーく幸せにするから。結婚しよう」
よし。決まった。
英梨々が大きく瞳を見開いて、下を向いて口元を抑えている。ぷるぷると必死に震えているところみるに我慢しているらしい。
ぶはっーと吐き出さないあたり流石の美少女である。人前でなくて俺の部屋だったらこらえきれなかっただろう。
ウーロン茶がなくて困っていたで、グラスに水を入れてやる。英梨々が少しムセながら水を飲んだ。
「どうだ?」
「ごほっ、ごほっ・・・『どうだ?』じゃないわよ!命の危険を感じたわよ」
「けっこう真面目に考えてきたんだがな・・・」
「はぁ・・・」
「そんな深くため息つく!?」
「もういいわよ。会計倫也もちね」
「あっ・・・うん」
やれやれ。結局英梨々はどちらの焼きそばも半分ずつ食べている。
女心はよくわからんが、食い意地はわかりやすい。
(了)